ホテルアルバイター座布田
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「大丈夫、天井の数数えてれば終わるよ」

「一つしかないし、どっちかと言えば僕の台詞だよ」

 ターゲットのそんな呆れた言葉に、飯尾唯は陰のある笑みを返す。彼が主導権を握ったことはないし、染みを数えるより早く、既に決着はついている。そんな皮肉一つも、罠に掛かった男は悟れない。

 香水、スカート、化粧。その全てが男を貫く矛。失敗すれば貫かれるのは自分なんだけど、なんて悪趣味なダブルミーニングを心の内に浮かべて、飯尾唯はホテルの壁を見る。その奥、隣室で既に起動しているだろうSRAに想いを馳せて。

 機動部隊が突入してくるまで数十秒、彼はどこまでやれるだろうか? 飯尾唯は慣れた手付きで、なるべくゆっくり相手の胸元を弄ぶ。


「彼はどこまでやれたんですか?」

 収容任務が終わり、喫煙室で煙草をくゆらせる飯尾に、入って来たホテルマンがいきなり問いかける。その問いには答えず、飯尾は煙草を持つ指で彼の服装を指す。

「制服着たまま喫煙室入っちゃダメなんじゃないの、ホテルマン君?」

「座布田です。部下の顔も忘れたんですか? これはすぐ洗濯に出すので、別に大丈夫ですよ」

「うん知ってる、言ってみただけ」

 けら、と笑った後に、飯尾はジーンズのポケットから──既にスカートは着替えている──ハイライトの箱とオイルライターを取り出し、自身の部下に放った。座布田は少し顔をしかめる。

「俺、こんな強いの吸わないですよ」

「他に持ってねぇもん。煙草無しで喫煙室に居座るなんて許されないからね?」

「……そうすか」

 直属の上司からのヤニハラを受けて、座布田は仕方なく一本引き抜く。オイルライターの火をもたつかず付けれる程度には、このやりとりは繰り返されている。飯尾は毎回譲らないし、座布田が断って外に出ることもない。そんな小さな合意のもとで、この時間は成立している。
 座布田は灰皿に近づき、箱とライターを手渡す。受け取った飯尾は短くなった煙草を消して、二本目に口を付ける。その煙草に火がついて、煙が再び彼の肺に入るまで、喫煙室は静かになる。

 飯尾の口から緩やかに吐かれた煙が、換気扇に吸われていくのを、座布田は自らの煙草をふかしながら目で追う。

「色々する前に、確保されて終わったよ。今回も」

「……そうですか」

 弱く、煙を吐く。分かりやすい安堵を座布田は隠す気もない。隠そうとしても、彼が収容作戦で培ってきた分析力の前ではどうせ、全部気取られるのだろうから。

「今回も先輩の発案ですか、この作戦」

「作戦立案の担当者を前線に回せるのなんて当人だけだよ。俺が使える嗜好のターゲットだったんだから、そうするだろ」

 その顔が、こういう用途で使えるくらい整っていることなんて、座布田は知りたくないほどに知っている。だから、黙る。

「ま、心配してくれてありがとう、とは思ってるよ」

「……意外ですね、それは」

「ひどいなあ」

 無邪気に見える、だけの乾いた笑い。飯尾は笑って、また、煙草を吸う。座布田よりも早いペースで、飯尾は口元に煙草を寄せるから、彼のそれは座布田より減りが早い。
 座布田は煙草が特段好きではないから、彼がなぜ煙草を好きなのかはわからない。けれど、愛着とか好意とか、そういう感性に理屈を付けたいとも、思わない。

 短くなった煙草の火を、飯尾はゆっくり灰皿に押し付け、消す。次の煙草を一本取り出して、少し考えた後に座布田の手に握らせる。

「まだ吸ってくならあげるよ、俺はそろそろ戻るから」

 座布田が返答をするより早く、飯尾は喫煙室の扉を開ける。束ねられた髪が揺れる後ろ姿を見て、座布田は咄嗟に呼び止める。

「飯尾先輩って」

 俺のこと、どう思ってるんですか、と。そう問おうとして、彼と目が合う。視線は暖かいが、その温度以外、何も読めない。

「……俺より先に、死にそうですね」

 言いかけた言葉をしまって、代わりに出した軽口に、飯尾先輩は優しく笑う。

「正しいよ」

 それは軽口への返答か、あるいは言葉を止めたことに対して? どちらとも取れる一言を残して、彼は煙が漏れないよう扉を閉める。

 一息、肺に煙を入れて咳き込んでから、座布田は煙草の火を消して、灰皿に捨てる。火の付いていない二本目も一緒に。飯尾はライターを貸し忘れて出たし──そもそも、座布田が好きなのは煙草ではないから。

 もう煙のない息を吐き、座布田は窮屈な制服を脱ぐ為に席を立つ。財団内を転々として、色々な制服を着ている座布田が、一番嫌いな制服がこれだった。

 もう二度と、これを着る機会が訪れませんように。そう願いながら、座布田は喫煙室の扉を開いた。


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