反証六弦

Included page "theme:taisho150" does not exist (create it now)

評価: 0+x
blank.png

 ダンス・ホール、ジャズ、自動人形。世の中を語るにはその三つで事足りる。煌びやかな閉塞感、揺籠に似たフレーズ、日常の中の贋作達。
 帝が作りたもうた世の中は、芸術品のような美しさを喧伝している。言うならば世界そのものが、文化人の文化的な作品だというわけで。

 全く、くだらない世の中に生まれてしまった。

 ダンスホールがわざとらしく漏らす音楽に、噛み殺せない欠伸を一つ。同じ大學の知人達は様々な店に散っていくが、自分はどうにもその気になれない。いつものように真っ直ぐ列車に向かう、つもりだった。

「……?」

 駅前の広場に、男が立っている。異彩を放つ男を人々は怪訝そうに見て、避ける。否──男は、少しの彩りも持たないように見えた。ボタンの取れたコートと、コートより上等な絹のような黒髪。足元の一点を見続ける視線。物乞いのような彼は、しかし、手袋に覆われたその手に、物乞いとは違う物を持っていた。

 年代物のギター。彼の見た目も相まって、糸付きの板と見做されそうなソレを構えて、男は何やら呟く。

「……どうせ、君たちには聞こえないだろうけど」

 六弦を優しい手つきで撫で、聴かせる気が有るのか疑問な小声で、彼は世界に宣言をする。
 
 
「歌います。『日は落ちる』」
 
 
 音響一切なし、声とギターだけ。点数も、名前も付けようがない、荒削りな衝動一本。当然、その声を聞く他人など現れやしない。彼だってそんなことはわかっているだろうに。何故、彼は歌うのだろう。

 ──そんなこと、どうだっていいと。その音は明確に俺達に告げていた。

 音を出すのは、糸付きの板でしかない。奏でているのは、人間でしかない。俺たちは物でしかない。それ以上の意味を求めない音。

 その音全てを、俺は聴いてしまった。人いきれの中、他の誰もが気に留めなかった音楽を、俺だけは通しで聴き終えた。

「──ありがとう、ございました」

 息も切らさず、彼はお辞儀一つ。まばらな拍手が彼に無造作に与えられ、それで終い。

 そうなるのが、俺は許せなかった。

「あの」

 群衆の最前列まで一息に飛び出した俺から、多段ロケットみたいに感情が吐き出される。

「曲、良かったです」

「……ありがとう」

「なんというか、音楽なんてくだらないって思ってたんですけど」

「……音楽が、くだらない?」

「あ、いや、違くて」

 相手の声は冷ややかで、勢いのまま失礼なことを口走ったと悟る。慌てて首を振る。

「なんというか、この音だけは作り物じゃない気がした、というか。生きた音が本当にすごくて」

 しかし相手の視線は変わらず──いや、むしろより冷たくなっていて。

「作り物が、悪いことだとでも?」

「え?」

「流行りを否定する為に、僕等の音を使わないでほしいな」

 苛烈な一言は俺を凍らせて、彼はそのままギターを手に広場を去る。

 自分が間違ったこと、間違っていることだけ突きつけられて、俺は広場に立ち尽くしている。


 漫然と生まれる人間と違い、自動人形は理由があって生まれてくる。こんな言い方をすれば、人間より人形の方が上にも聞こえるだろうか。けれど自動人形の生まれてくる理由は、人間様の代用品である。
 それが悪いことだとは、僕は思っていない。人形には人形の快不快があり、人の代用はそれなりに「嬉しい」仕事だ。

 不満があるなら、いつまでも流行らないこの音楽にだ。手元のギターが鳴らすのは、この世界から外れた調子。

「俺はもう死ぬから、俺の音楽は死なせないでほしい」。そんな願いを込め、彼に作られた僕と音楽は、実のところひっそりと死んでいる。強すぎる音、綺麗さのない詩。主人には才能がなかったのだと、実のところ諦めていた。
 駅の広場で歌う日課も、毎日が毎週になり、最近ではよりまばらになっている。いつ歌っても、観客の反応は同じだった。「悪くない、でも聞くほどじゃない」。

 だから、二日連続でこの広場に立つのは久しぶりだった。それは人形の気紛れであり、昨日の青年を思い出したからでもあった。

 この音に、確かな熱量で応えたあの青年。本当はもっと丁重に持て成すべきだったのだろう。けれど──チューニングしながら、あの青年の言葉を思い出す。被造物として、この音を続けるものとして、それは許せる言葉ではなかった。

 彼は無自覚だろうけれど。踏みにじられた側は無自覚ではいられない。あそこで跳ね除けたことを、間違いだとは思わない。
 ……なんて、まるで人間みたいな自己判断を下して。僕はいつものように、無い息を吸い、吐く。

「歌います。『廻れ、音』」

 そこで目が合った。昨日の青年と。だから、というわけではないが。

 

 全力で語り、響かせる。──僕等の音を。

 

「……ありがとう、ございました」

「あの」

 青年はまた飛び出して来た。昨日と変わらぬ、いや昨日以上の熱にあてられて。

 そして彼は、先日の謝罪も無しに、薮から僕に質問を切り出す。

「名前。教えてください」

 嘆息。自動人形である自分にそれを聞くことは、愚かだ。
 いや、自動人形であることを隠している自分も、また愚かではあるのだが。しかし、そんなもの、音には関係がないのだから。

「僕に名前は──」

「いや」

 しかし、彼は、私の予想を超えた近さで詰め寄って来る。

「その音の、魂の名前、なんて言うんですか」

 私は。その質問を聞いて。

「は」

 彼の代わりに、あるいは彼と一緒に、久方振りに笑って答える。

「ロックンロール。それが、僕の魂の名前だ」


ページコンソール

批評ステータス

カテゴリ

SCP-JP

本投稿の際にscpタグを付与するJPでのオリジナル作品の下書きが該当します。

GoIF-JP

本投稿の際にgoi-formatタグを付与するJPでのオリジナル作品の下書きが該当します。

Tale-JP

本投稿の際にtaleタグを付与するJPでのオリジナル作品の下書きが該当します。

翻訳

翻訳作品の下書きが該当します。

その他

他のカテゴリタグのいずれにも当て嵌まらない下書きが該当します。

コンテンツマーカー

ジョーク

本投稿の際にジョークタグを付与する下書きが該当します。

アダルト

本投稿の際にアダルトタグを付与する下書きが該当します。

既存記事改稿

本投稿済みの下書きが該当します。

イベント

イベント参加予定の下書きが該当します。

フィーチャー

短編

構文を除き数千字以下の短編・掌編の下書きが該当します。

中編

短編にも長編にも満たない中編の下書きが該当します。

長編

構文を除き数万字以上の長編の下書きが該当します。

事前知識不要

特定の事前知識を求めない下書きが該当します。

フォーマットスクリュー

SCPやGoIFなどのフォーマットが一定の記事種でフォーマットを崩している下書きが該当します。


シリーズ-JP所属

JPのカノンや連作に所属しているか、JPの特定記事の続編の下書きが該当します。

シリーズ-Other所属

JPではないカノンや連作に所属しているか、JPではない特定記事の続編の下書きが該当します。

世界観用語-JP登場

JPのGoIやLoIなどの世界観用語が登場する下書きが該当します。

世界観用語-Other登場

JPではないGoIやLoIなどの世界観用語が登場する下書きが該当します。

ジャンル

アクションSFオカルト/都市伝説感動系ギャグ/コミカルシリアスシュールダーク人間ドラマ/恋愛ホラー/サスペンスメタフィクション歴史

任意

任意A任意B任意C

ERROR

The meshiochislash's portal does not exist.


エラー: meshiochislashのportalページが存在しません。利用ガイドを参照し、portalページを作成してください。


利用ガイド

  1. portal:5526847 (09 Aug 2019 13:25)
特に明記しない限り、このページのコンテンツは次のライセンスの下にあります: Creative Commons Attribution-ShareAlike 3.0 License