アイテム番号: SCP-3000-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: 財団WEBクローラは全世界で行われる演奏会の記録を紹介し、SCP-3000-JPの痕跡がないかを精査します。SCP-3000-JPの発生が確認された場合、記録を保存し、規模によっては"コネクション"、"脚色"、"偶然"等、必要なカバーストーリーを適用してください。
発生時に生じる問題の微小さと秘匿性の高さから、SCP-3000-JPの収容は優先度の低い事項です。
説明: SCP-3000-JPは、特定の条件下で実現可能性を無視して演奏会1が開催される現象です。
SCP-3000-JP影響下の演奏会を開催する過程で生じた困難は、その大小に関わらず全て異常な方法をもって解決されます。これにより、過去にSCP-3000-JP影響下の演奏会が開催されなかった例はありません。 2020年に演奏会の失敗を観測しました。詳しくは補遺6を参照してください。
SCP-3000-JP発生の条件は概ね以下の通りです。全ての条件を満たしていない場合でも、SCP-3000-JPが発生した例があることには留意してください。
- 楽器を演奏する技能を持つ人間が、自ら演奏会の開催を望んでいる。他の条件とは異なりこの条件は全ての前例で確認されているため、SCP-3000-JPの異常性はこの人物(以下、"SCP-3000-JP-A")を起点に発生していると考えられる。
- SCP-3000-JPの対象以外、その付近2で演奏会が開催されていない。
- 演奏会が開催できる場所が存在すること。ライブハウス等のイベントスペースに限らず、特定の道路上なども条件を満たすことが判明している。
- 大衆に演奏会の開催が望まれており、SCP-3000-JP発生時に観客の動員が可能である。
上記の発生条件はSCP-3000-JP影響下でない、非異常の演奏会が開催される状況と似通っています。そのため、SCP-3000-JPの発見は非常に困難です。特筆すべき点として、2022年現在、財団は全てのSCP-3000-JPを演奏会の公演終了後に発見しています。
SCP-3000-JPの発生数は、近代における音楽文化の発展からなる演奏会の増加に伴い減少しています。調査を開始した1997年時点では年間110件の発生を確認していましたが、2018年は年間3件の発生に留まっています。
2019年現在、SCP-3000-JPの発生数は急激に上昇しています。詳しくは補遺6を参照してください。
補遺1: 発見経緯
SCP-3000-JPは1997年、scp-1841-exに関連した資料の精査によって発見されました。財団が確認できた最古のSCP-3000-JPは1972年にE████ P██████が開催したコンサートで確認されます。財団の事後隠蔽により一般に記録が出回っていないこのコンサートは、一切の告知なく行われたにも関わらず1000人を超える観客を動員しています。コンサート終了後に行われた調査において、観客は何故コンサートの存在を認知したか、合理的な説明を行えませんでした。
以下の資料は上記のSCP-3000-JPに参加した観客が個人的に書いていた日記の抜粋です。
私は、あるいは私達は、ずっと今日を待ち望んでいたように思う。彼の「待たせた」という一言目からも、それは明らかだった。
彼のコンサートに行くのは初めてではなく、彼の歌を聴くのも初めてではない。むしろ、どこに行っても彼の歌を聴いて、揺れて、口ずさんでいる。言ってしまえば、今日のコンサートもそれと同じ。
でも、違う。きっと、私達は同じ思いを共有した。手を上げて、叫んで、アンコールが鳴り止むまで──だけではない。今日まで、今日から、私達はあの場所の全てを共有して生きていく。それが、彼のコンサート。
昨夜は興奮で眠れなかったが、今日もどうやら同じらしい。体はまだ揺れている。
そういえば。眠れなかったせいか、昨夜夢を見た。枕元にあったメモを書き写したら、今日はもうベッドに入ろう。あの歌を口ずさみながら、ゆっくり微睡むことにする。
寝ぼけた早朝の私が書き残したメモ: "夢を見た。熱狂する私と、知らないメロディ。今更、念を押すような夢だった。わかってるって言ってから、私は目覚めた。"
補遺2: インタビュー記録
このインタビューはSCP-3000-JP発生後、財団により音楽雑誌の取材と称して行われたものです。オブジェクトと関連しない情報については省略されています。
対象: SCP-3000-JP-A(ロックバンド"█████"所属、████・█████████氏)
インタビュアー: エージェント・サリー
日付: 2002/██/██
<記録開始>
[SCP-3000-JPに関連しないため、冒頭より一部省略]
インタビュアー: では次の質問です。[咳払い]今回の公演の自己評価を教えてください。いつも通りでしたか? それとも、いつも以上?
SCP-3000-JP-A: [笑い声]俺に俺を評価しろって?
インタビュアー: すみません、気に障りましたか?
SCP-3000-JP-A: いいや。俺じゃない奴を評価させてくる奴らを思い出しただけさ。俺以外は大体クソだって言ってるのに。
[両者の笑い声、インタビュアーがペンを動かす音]
SCP-3000-JP-A: そうだな。[沈黙]今回の公演も突然、とんでもなく良かったと思う。ただ、カーテンコールの後に舞台を振り返るのは難しい。
インタビュアー: 集中していて覚えていない、とかですか?
SCP-3000-JP-A: それも一つの原因だが、そもそも俺は鮮明に覚えている光景でも振り返ることはあまりないんだ。
インタビュアー: なるほど、今回のような成功したコンサートであれば、振り返ることも多いと思ったのですが、そうではないと。
SCP-3000-JP-A: 変な話だが、俺は始まる前にもう振り返ってるんだ。
[沈黙。メモを取る音が止まる]
インタビュアー: ええと、それは……比喩的なことですか?
SCP-3000-JP-A: いや、例え話でもおとぎ話でもない。[咳払い]今回に限った話じゃなく、俺たちのコンサートはいつだって最高で、今もそう思う。
[沈黙。インタビュアーは話を続けるよう促す]
SCP-3000-JP-A: 俺は、俺たちの凄さを誰よりも知ってる。コンサートまでにどんな準備したかも全て説明できる。俺たちがどれだけの実力と幸運に恵まれているのか、正しく理解してる。だから当然コンサートは成功するし、失敗の想像ができない。
SCP-3000-JP-A: コンサートをすると決めた朝から、既に俺には観客の歓声と、過去イチのシャウトが聴こえてた。
インタビュアー: なんというか、私には想像もつかない話です。
SCP-3000-JP-A: そうかもな。この感覚を伝えるのは難しい。
[沈黙]
インタビュアー: なるほど、ありがとうございました。最後に何か、ファンに一言ありますか?
SCP-3000-JP-A: ない。ステージで全部弾いたから勝手に考えろ、そう書いておけ。
<録音終了>
補遺3: 追加資料
SCP-3000-JPがscp-1841-exの関連資料から発見された後、財団はSCiPNETのアーカイブに、他にSCP-3000-JPに関連しうる資料が無いか精査しました。以下はその際に発見された音声記録です。
録音者: 不明
場所: アメリカ、[要レベル5/2000クリアランス]
日付 不明
<録音開始>
不明な人物: [ノイズ]アー、聴こえていますか? もし誰も聴いてなくても、まあ、私にはわからないので、いいです。
[沈黙、不規則なノイズ]
不明な人物: 長かった定期記録も最後になりました。明日、[ノイズ]は終わって、そして始まります。[要レベル4/2000クリアランス]-1は完遂されました。
不明な人物: 私たちは、明日には全て[ノイズ]でしょう。手筈通りです。これを含むいくつかの記録を除いて、私たちは無かったことになる。
[沈黙]
不明な人物: 本当に、長い日々でした。簡単には失いがたいほど、多くの記憶が残っています。[ノイズ]でも、残らない。
[ギターの音色に類似した音が入り込む。続いて、不明なメロディと歌声]
不明な人物: 彼らが歌を歌い始めたようです。最後の日ですから、無礼講でしょう。無礼講でなくても[ノイズ]散々歌ってはいましたが。皆で歌を歌う瞬間は、不思議なほど平和でした。
不明な人物: 今まで[ノイズ]、音楽は数少ない娯楽でした。思い返せばこの[ノイズ]で、沢山の知らない歌を知りました。
不明な人物: でも、全ての曲が次の世界でも有るわけではない。[ノイズ]残せるものには限りがあって、私たちは多くを見殺しにします。そうやって、人類は生きていく。
[アラートと共に"残り10分です"と繰り返し告げる合成音声が流れる。断続的なノイズが激しくなる]
不明な人物: もう時間が[ノイズ]。最後に、私も彼らと[ノイズ]。
[アラートが止む。足音と声が、メロディが響く方向へ遠ざかる]
不明な人物: それでは、第[ノイズ]定期記録を終了[ノイズ]。
不明な人物: 覚えていてください。私たちが忘れられてまで、あなたたちを望んだことを。
<録音終了>
補遺4: 追加事案・インタビューログ
2016/██/██、財団フロントの芸能プロダクション「Ster Crap Project」所属タレントがSCP-3000-JPを発生させました。対象となった演奏会は企画から開演まで全て財団フロント主導で行われたにもかかわらず、財団は以下のSCP-3000-JPの痕跡全てを、演奏会の終了後に発見しました。
- コンサート企画書の初稿作成者を誰も記憶していない。報告書作成現在、企画書は第二稿以降しか存在しない。
- SCP-3000-JP-Aは財団のエージェントとして、職務上SCP-3000-JPの報告書を閲覧済みであるにも関わらず、演奏会開始前の「奇妙な強迫観念」について報告しなかった。
- 演奏会予定日、日本国において他に予定された演奏会が存在しなかった。
この事案について、財団はSCP-3000-JP-Aとなったエージェントにインタビューを行いました。
対象: SCP-3000-JP-A(エージェント・後醍醐 勾)
インタビュアー: 飯尾研究員
日付: 2016/██/██
<録音開始>
SCP-3000-JP-A: じゃあ、インタビュー始めよっか。
インタビュアー: はい。よろしくお願いします。それと今回、後醍醐先輩はインタビュー対象です。あまり会話を主導しないようお願いします。
SCP-3000-JP-A: わかった、気をつけるね。それで、今回のライブについてだけど。
インタビュアー: [溜息]どうぞ、続けてください。
SCP-3000-JP-A: あくまで私の感想として、だけど。気にするようなことかな、って思う。
インタビュアー: 財団が未然に防げない異常が、ですか?
SCP-3000-JP-A: その異常だって、あり得る確率でしょ? 企画書を失くすことだって、全く無いわけじゃない。ライブをやらなきゃ! って気持ちが強かったのは確かだけど、いつもと特別違ったかというと、自信はないし。
インタビュアー: しかし、今回だけではありません。SCP-3000-JPはこれまでも多数確認されています。
SCP-3000-JP-A: 確かにそうなんだけど、ね。でも、私はどうしてもSCP-3000-JPが異常とは思えない。
インタビュアー: 私には、あなたがそう思いたがっているように見えます。
SCP-3000-JP-A: そうかもね。でもさ、誰だって信じたいんじゃないかな。音楽には特別な力があるって。
<録音終了>
補遺5 収容に関する提案
補遺4の事案を受け、SCP-3000-JPの特別収容プロトコルについては再検討が行われることになりました。以下は議論において中心であった部門の見解です。
形式部門の見解
形式部門として最初に明言しますが、SCP-3000-JPの"形式"は未だに判明していません。発生条件は未だに曖昧ですし、何より、職員やフロント企業を用いた実験において、SCP-3000-JPを再現できた前例がありません。現状の特別収容プロトコルは偶然と未知に頼る部分が多く、常に収容違反のリスクが存在します。
しかし、より大きな規模で実験を重ね、新たなプロトコルを用意する必要は現状では薄いでしょう。SCP-3000-JPは異常性の発生条件こそ不明瞭ですが、その指向性は演奏会の成功、あるいは増加を目指す単純なものです。加えて、問題点として挙げた「再現性が低い」というのは「発見されにくい」とイコールで、隠蔽においてはメリットになります。現状のプロトコルで収容違反が発生していない以上、これ以上規模を広げてSCP-3000-JPの形式を解明したところで、規模に見合うリターンを得られる可能性は高くありません。
総じて、形式部門としては現状維持で問題ないと考えます。
時間異常部門の見解

SCP-3000-JPの異常性、特に情報の秘匿性は過去改変と類似しています。時間異常部門が最初に推測したのは、SCP-3000-JPが演奏会終了時を起点として、演奏会が行われるように過去を改変している可能性です。しかし、この仮説における過去改変の規模を考慮すると、時間異常部門の計器が反応していない点、SCP-3000-JPの影響が演奏会周辺に限定されている点などに矛盾が生じます。
SCP-3000-JPが時空間異常である場合、その起点は少なくとも演奏会の開始以前と考えられます。しかしこのような短期間の過去改変は現実改変と大きな違いがないどころか、時間の流れに逆行する分痕跡が生じやすいです。
総じて、時間異常部門としては管轄外と判断し、他部門の判断に従います。
結論として、財団はSCP-3000-JPの特別収容プロトコルを変更せず維持することに決定しました。
補遺6: 緊急事案
2020/04/07、SCP-3000-JPとみられる演奏会が公演開始前に中止されました。原因となったのは、新型コロナウイルス(COVID-19)の流行により東京都に発令された緊急事態宣言と推測されますが、詳細は不明です。
以下はSCP-3000-JPが発生したライブハウスに設置されていたカメラの映像記録です。
日付: 2020/04/07
場所: 東京都██区 ライブハウス内
人物:
- SCP-3000-JP-A-1(インディーズバンド"Twin Light-off"ボーカル・ギター、三宅 優)
- SCP-3000-JP-A-2(インディーズバンド"Twin Light-off"ギター・コーラス、市瀬 梨子)
- SCP-3000-JP-A-3(インディーズバンド"Twin Light-off"ベース、任場 拓士)
- SCP-3000-JP-A-4(インディーズバンド"Twin Light-off"ドラム、宍戸 宗)
<記録開始>
[ライブハウスには四人以外誰も居ない。"Twin Light-off"は全員ステージ上で自らの楽器を手にしている。]
SCP-3000-JP-A-1: ライブ開始時間まで10分、キャンセルは100人を突破。この箱の観客動員数は90人。どうする? まだ待ってみる?
SCP-3000-JP-A-3: 俺はお前に任せる。やろうって言ったのもユウだし、お前の意志次第だと思う。
SCP-3000-JP-A-1: よし。
[SCP-3000-JP-A-1はスタンドマイクの電源を切る]
SCP-3000-JP-A-1: じゃあ、やめよう。
[SCP-3000-JP-A-2がチューニング中のギターの弦が弾かれる。大きな音が鳴る]
SCP-3000-JP-A-2: そんなあっさり? 今日のために準備してたし、今日のために生きたとまで言ってたのに?
SCP-3000-JP-A-1: うん。
SCP-3000-JP-A-2: なんで?
SCP-3000-JP-A-1: 俺達だけ準備したってしょうがないじゃん。違う?
[SCP-3000-JP-A-1は話しながら、ギターを肩から下ろす。続いて、SCP-3000-JP-A-3がベースを置く]
SCP-3000-JP-A-3: まあなあ。このまま観客なしでやるのも悪くないとは思うけど、それはきっと違うよな。
SCP-3000-JP-A-2: でも、それは。
[SCP-3000-JP-A-4が一度シンバルを叩く。ライブハウスに高い音が反響する。]
SCP-3000-JP-A-4: ライブってさ、全員が同じ夢を見ることだと思うんだ。
SCP-3000-JP-A-2: え?
SCP-3000-JP-A-4: だから、僕らだけ夢見てても意味がない。
[SCP-3000-JP-A-4がドラムスティックをケースにしまう]
SCP-3000-JP-A-1: まあ、ロマンチックに言えばそんなとこ。悔しいけど、ここで暴れるのは、多分、ダサい。
[沈黙。SCP-3000-JP-A-2は息を吐き、肩のギターを下ろす]
SCP-3000-JP-A-2: わかった。みんなが納得したなら、私も今はそうする。
[四人は楽器を置いて、舞台袖歩いていく。声が少しずつ遠のく]
SCP-3000-JP-A-1: また来よう。次は、満員の観客と一緒に。
[四人がカメラの画面外に消え、続いて足音も聞こえなくなる。カメラは無人のライブハウスを写している]
<記録終了>
補遺7: 実例増加
2020年4月以降、新型コロナウイルス(COVID-19)の流行により演奏会の数が世界的に減少しました。これに比例する形で、SCP-3000-JPの発生件数が急激に増加しています。
SCP-3000-JP影響下の演奏会の開催形式は多岐に渡ります。映像を配信しての無観客公演、観客動員数を減らし密集を避けた限定的公演などが主流となります。いずれにおいても、一般に理解を得やすい形式である点は共通しています。
SCP-3000-JPの開催形式に変化が見られてから、1日に複数のSCP-3000-JPが発生するケースが頻発しています。カバーストーリーの流布に不都合が生じるほどの件数は極めて低いですが、SCP-3000-JPの発生件数に制限がない可能性には留意すべきです。
特筆すべき点として、SCP-3000-JPの件数増加に伴って、時間異常部門は散発的な時間変動の痕跡を確認しました。変動が小規模であるために起点の探知は出来ませんでしたが、引き続き時間異常部門は調査を継続します。
補遺8: 追加資料
以下の資料は2021/██/██、過去に複数回SCP-3000-JPを発生させたロックバンド"Critical Blue"のボーカル、不破野 怜氏が出版した自伝「柑橘類とアンサー」の初稿における、SCP-3000-JPに関連する部分の抜粋です。なお抜粋部は編集者から「明らかな虚偽である」として、出版時には全て省略されています。
その日の朝は快晴だった。音楽なんて聴かなくていいくらいの、気持ちのいい朝。ヘッドフォンは三日前に床に放り投げたまんま、俺は贅沢な二度寝を決め込んで。
それで、その日の俺に何かが起きた。
気づけば俺は五線譜の上(ギターの弦の上かもしれない。細かいところは忘れた)に立っていて、俺の前に音楽が立っていた。彼は小さく、しかし綺麗な目をしていて、それで俺は彼が音楽なのだとわかる。
彼は棒立ちの俺に笑いかけ、名前を名乗った。「マンドリンの幻想曲第0番」それが彼の名前らしい。
「しかし」首を傾げる。「幻想曲第0番なんて、聞いたこともない」
「だろうね、僕は生まれなかった音楽だから」
幻想曲第0番は音楽を名乗るのに相応しい、よく通る声をしていた。
「僕はマンドリンが眠る前に考えて、起きた時に忘れたフレーズ。流産したアイデア。もう願われず、生まれることのないもの」
悲しそうに第0番は言う。俺が悲しそうに見ているだけかもしれない。
「悲しまなくてもいいんだ」俺の気持ちを汲み取るように、第0番は語りかける。「アイデアにとって、生まれないことは珍しいことじゃない」
「生まれることすらできない音楽が、たくさんある」
「そう。あなたにだって心当たりはあるだろう? もう覚えていない、音にしなかったメロディ」
言われて、首を振れない。全てを形にはできないし、忘れないと先に進めないことは、痛みごと知っている。でも。口をついて言葉が出る。
「何か、君にしてあげられないのかな」
「僕だけに、と言う意味なら無いね。生まれなかったアイデアは、一夜の夢にずっと閉じ込められる。こうして君と話せているのは、そうだね、時間的なイカサマだと思って欲しい」
けど、と、第0番は言葉を続ける。
「僕たち、生まれなかったアイデアに出来ることなら、あるよ。僕等を代表して、僕はそれを伝えに来たんだ」
「そりゃまた、何故俺に?」
「僕たちのことを愛してくれそうで、それに──丁度よく眠っていて、近々自伝を書く予定があるから、なんて言ったら怒る?」
「いや、別に。むしろ肩の力が抜ける」
「ならよかった。こんなに喋るのは初めてだから、失礼じゃないかと不安で」
人間みたいに、第0番は安堵する。人間から生まれたのだからそれは当たり前かもしれないな、と思う。
「それで、俺に出来ることって?」
「簡単な話だよ。音楽を産んでほしいんだ。なるべくたくさんね」
「……そりゃ、難しい話だ」
軽口を叩く。
「全ての音楽が生まれますように。それが僕等の──生まれなかった音楽が望むことだから。そのための協力は惜しまないよ」
「へえ、例えば?」
「人間もアイデアも、音楽を殺して回った奴らから隠してあげられる、とか?」
その言葉だけ、第0番は俺ではないどこか遠く、夢の外を見ながら話した。しかしそれも一瞬のこと。彼はすぐ、俺に向き直る。
「それに──目が覚めるまで、あなたと話が出来る」
「そりゃいいや」
その後の記憶はない。ただ、目が覚めたら窓の外は黒くなっていて。俺は目を擦りながら、床のヘッドフォンを手に取った。それは、覚えている。
その時考えたフレーズも、全部、まだ覚えている。
不破野 怜への記憶処理が提案されましたが、断片的な情報であること、また、記憶処理により再度同様の事案が発生する危険性を考慮し、対象への記憶処理は見送られました。
補遺9: 最新資料
2023年現在、新型コロナウイルス(COVID-19)により自粛・縮小されていた演奏会が2020年以前の状態に復帰しつつあります。これにより、SCP-3000-JPの発生件数も従来通りのものに減少しています。
以下は唯一中断されたSCP-3000-JPを発生させたSCP-3000-JP-A32023年に開催したコンサートの映像からの抜粋です。複数の条件からこのコンサートはSCP-3000-JPでないと判断されていますが、関連する記録として記載されています。
日付: 2023/04/07
場所: 東京都██区 ライブハウス内
人物:
- ロックバンド"Twin Light-off" ボーカル・ギター、三宅 優
- ロックバンド"Twin Light-off" ギター・コーラス、市瀬 梨子
- ロックバンド"Twin Light-off" ベース、任場 拓士
- ロックバンド"Twin Light-off" ドラム、宍戸 宗
<録音開始>
[四人が舞台上に立っている。満員の観客と歓声に、四人は深く一礼する]
Vo.三宅: まずは、今日来てくれて本当にありがとう。
Vo.三宅: あとは、一年前のあの日来ないでくれてありがとう。
Vo.三宅: そして何より、この一年間耐えながら、音楽を愛し続けてくれてありがとう。
[もう一度、三宅が深く礼をする。観客は大きな拍手。宍戸がハイハットを鳴らす。]
Vo.三宅: もう一度、この場所に立ててよかった。この地面の下がゴミの塊だってのも、忘れちゃいそうなくらい嬉しい。
[笑い声。宍戸がスネアドラムを小さく叩き、市瀬が細かくベースを鳴らす]
Vo.三宅: ま、そんなこと言ったら地球なんてケイ素の塊で、星空なんてガス溜まりだ。原材料なんて気にしないで、次の歌行ったほうがいいかな。
[歓声と拍手、咳払いをマイクが拾う。宍戸がスティックでリズムを刻み始める。市瀬が弾き始めたイントロに、任場のベースが合流する]
Vo.三宅: 改めて、俺たちが"Twin Light-off"です! 聴いてください、「今日という星空」!
<記録終了>
SCP-3000-JPは現在も、人類により継続的に観測されています。
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アクションSFオカルト/都市伝説感動系ギャグ/コミカルシリアスシュールダーク人間ドラマ/恋愛ホラー/サスペンスメタフィクション歴史任意
任意A任意B任意C- portal:5526847 (09 Aug 2019 13:25)
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