確か、午前2時過ぎくらいでしたね。缶チューハイを先輩一人で5、6本は開けてたんで、結構酔ってました。いや、呂律とかはちゃんとしてましたね。あの人結構お酒強し。まあ飲んでるのが安酒なんで、翌朝は二日酔いで頭抱えるのがお決まりなんですけど。
そんな感じだったんで、もう何を話してるかもよくわからんノリでした。だから本当に、この話を覚えてるのが不思議なくらいで。
本当になんの脈絡もなかったんですよ。先輩が唐突に、「とっておきの怪談あるんだけど聞く?」「夏だし、丑三つ時だし」って。
ちょっと笑っちゃいました。いや、僕も先輩もいわゆるオカルトは信じてなかったし、そういうのに詳しいわけでもなかったので、なんか「それっぽい」ことをするのがおかしくて。それを先輩にも伝えたら、先輩も笑ってました。
で、まあ。結局ノリで聞くことにしました。先輩話すの上手いし、多分なんだかんだ面白いだろうなぁって。
……あー、ちょっとお茶とかあります? 結構長い話だし、喉渇くと思うので。カツ丼とまでは言わないんで。
ありがとうございます。そういや、交番って結構涼しいんですね。いや、僕も先輩も……というか、知り合いは大抵貧乏学生なんで、冷房代ケチった高めの温度設定に慣れちゃってて。
で、どこまで話しましたっけ? まだ話し始めてもいないところか。すいません、話が長くなるのは僕の悪いところで。ちょっと巻きでいってみます。
とにかく、先輩はその怪談を話し始めました。僕がさっき言ったような、前置きをして。結構本格的だな、と思ったのは覚えてます。
そんで、ええと。依織先輩は自分の下の名前、「依」の字について話し始めました。よる。あるいは、い。よりかかるとかいう意味だそうで。
依存の依、憑依の依。親は多分ヒモになれって意味を込めたんだな、なんて真面目な顔で言ってました。ふふ。
そんでこれから話すのは、幽霊が憑依する話だと。でもちょっと、普通の怪談とは違うとも言ってました。幽霊は普通、憑くものだからって。
憑依の憑。依るではなく、夜ではなく。けど、今回の話は違う。夜と依の言葉的な結びつきを利用して、幽霊を憑依させる。
要するにこの話は、幽霊が依る怪談だと。
……気になって翌日調べたら、「依」と「夜」の成り立ちにどうも直接の関係はないらしいんで、多分あの人のでっち上げでしょうけど。だからまあ、あんまこっからの話も信じない方がいいと思います。
まあ、そんなどーでもいい情報は置いておいて、本題ですね。この話は先輩が中坊だった頃に体験した話だそうです。
僕もそうだったんですけど、中学生の時って結構怖いもんなしなので、何でもやりますよね。いや、流石に窓ガラス壊して回る時代は終わりましたけども。
例に漏れず、先輩も結局ヤンチャだったらしく。真夜中に家を抜け出したりしてたそうです。
仲良い友達数人と公園で集まって、何をするでもなく数十分駄弁って帰る。そんなことを、週に一度くらいやってたと。ま、花火とかしない分可愛いもんですよね。
ただ、そんな夜間の非行が、ある日突然ふっと終わった。四人で抜け出してたのに、そのうち一人が来なくなったのが、その始まり。翌日親にバレたのかな、と思って翌日学校で聞いてみるが、違う、と答えられた。
じゃあなんで! と詰め寄る、うら若き依織先輩や他の友達。悪いことするのって、仲間意識芽生えますからねぇ。勝手に抜けるのは許さない、なんて風潮ができてたんでしょう。
つまり、彼には、それを跳ね除けるほどの強い理由があった。問い詰める友達に、彼は真っ青な顔で言うんです。
お化け。お化けがいたから、もう、無理なんだと。
はは、笑っちゃいますよねぇ。中学生にもなってお化けって。枯れ尾花にビビったって言ってるようなもんで。先輩は呆れてものもいえなかったらしいです。
「そうかそうかわかった、お化けなら仕方ないな」って。内心では馬鹿にして、先輩達はその子をハブに……除け者にした、と。
これ、先輩が悪いと思います? いやー、でもいきなりお化けなんて言い出したら、それを信じる方がおかしいと思いません? むしろ、信じる方がよくなかった、と思いますね。
ま、結局中学卒業する頃にはその人とは仲直りしたって言ってました。ただ、その友達の武勇伝みたいなので若干話が脱線して、先輩はもう一本缶チューハイを開けてましたね。はい。なので、僕もお茶飲みます。
……ふぅ。こんな長話する機会、僕は初めてっすね。いや、なんとか頑張ります。今日暇だし。
えと、そうだ。脱線した話で一個面白いのがあったのを思い出したので、一応話しておきます。
まず前提として、僕も先輩もお化けって信じてないんですよ。でも、今話した先輩の友達みたいに、お化けを見たって人はいるわけで。
それで、そう、催眠術。催眠術の話をし始めたんですよ。あれは世間的にはオカルトに見られる時もあるけど、お化けとは違って実在が認められるものじゃないですか。催眠療法、なんてのもあるし。
先輩、この二つはおんなじものだって、言い出したんです。催眠術も幽霊も、同じ。「思い込み」の力だって。
「いるかもしれない」「有り得るのかもしれない」「まさかとは思うけどもしかして」
そんな、思い込み。いると信じるからこそ、いる。夢がない話だとは思いますけどね。
とにかくまあ、幽霊に合わないためには信じないこと。それが一番。うん、僕もこれは同感です。だってほら、僕も信じてないし、オバケに会ってないし。
物音とか、風の音とか、視界の端で動くものとか。意識を向けちゃダメなんですよ。そこに隠れた何かを探して、信じてしまっては。
あ、すいません。そう言われたら逆に気になりますよね。僕の話に集中してください、と言おうにも脱線ばかりだし。気をつけます。
とにかく、四人組が三人になって。それでも夜の集まりは続けてたらしいです。三人になった時点で辞めればいいのに続けるのは、青さというか若さというか。
オバケを見た、という少年が出たことで、引くに引けなくなっていたのかもしれませんね。彼と同じように、自分が友達に白い目で見られるかもしれないから。
だから、幽霊はいない。お化けはいない。そう信じなければならない。そう、思い続けたのが悪かったんだろうって、そう、あの人はいってました。
二週間後、夏休みに入ったあたり。そこで、先輩の友達二人は、もう夜に集まるのはやめようと言ったそうです。よくよく考えたら、なんの意味もない行為。夏休みは、辞めるにはいい区切りだった、ということなのかもしれないですね。
でも、先輩はひとつだけ気になった。二人の怯えた顔が、どうしても気になった。だから、一つだけ質問をした。
「どうして辞めようと思ったの?」
二人は、信じられないというような、そう、まるで幽霊でも見たような顔だったらしいです。その顔の友達二人が、おんなじことを、おんなじ言葉を、返してきたと。
「よるは、いるから」
だから、外には出ちゃいけないんだと。怯えて、震えて、首を振って。だから先輩も、みんなと外に出るのは辞めた、と。
あー、いや、話はここでは終わりませんでした。まあ、ここで終わった方が、話としては綺麗かもしれませんけど。少なくとも先輩の話は続きました。
え、と。ここまでの話で、先輩以外の夜に集まった友達は全員、何かお化けのようなものを見たと考えられます。にも関わらず、先輩だけが見ていない状況。最初の、お化けを見たと言ったから除け者にされたあの状況の逆。先輩は、自分が除け者にされることを恐れたんです。
で、先輩はもっかい、真夜中に外に出ることにした。いや、アホなんじゃないかって突っ込みました。お化けが出るまで粘るつもりだったとか言ってましたけど、単に友達には嘘付いて話合わせればいいじゃんって。いや、仕方ないんですけどね。あの人、嘘が下手なんで。
まあとにかく、それっぽいものが出るまで、毎日。外に出てやろうと。そんな意気込みで、少女は夜の街に出ようとしていたわけです。いや、幽霊よりまず誘拐とかを怖がるべきですよね。だから本当、これが一日で終わって良かったと思います。ええ。先輩は、1日で、しかも外に出ることなく、それに遭遇しました。
「依」は「い」とも読みます。先輩は、だから想像しやすかったんだろうって、そう言ってました。真夜中、窓から抜け出そうと、椅子から立ち上がる時に。
ず、と。ふと、背中か肩に、何か重いものを感じる。
立ち上がれない。立ち上がろうとする気が起きない。何かに依りかかられているような、感覚。
疲れているわけではない。それよりは軽い。でも、なんとなく、立つのが億劫になる。
心臓の鼓動はこんな速さだったか。呼吸はちゃんとできているか。気になる。気になって仕方がない。
体に変調が起きても、目にはなんにも見えない。息を大きく吸って、吐いて。何度か、繰り返して。落ち着くまで、繰り返して。ようやく、その状況を受け入れる。
受け入れた、矢先。一言だけ声が聞こえる。
「よぶな」って。
僕だったら、というか、普通の人なら状況も相まって、結構ビビると思うんですけどね。これに先輩、なんて返したと思います?
「呼んでねえよ」ですよ。その一言で、先輩の肩の重さも消えて、おしまい。ちゃんちゃん。あとは友達と仲直りしたとかの、枝葉末節の話でした。
いや、あの時はテンションおかしかったから面白かったけど、客観視すると酷いですね。こんなオチの怪談あります? なんでこんな話にあんな大層な前置きがあるのか、わからないくらいですよね。
いや、その時もおかしいとは思ったので、聞いたんです。あの前置きはなんだったんだって。答えてはくれました。
「私のせいじゃないって、言い訳をするため」らしいです。誰への言い訳なのかは、答えてくれなかったです。
え、と。これで本当に終わりです。先輩を探す役に立つかは、正直微妙な話でしたね。すいません、途中からは話すことが目的になってました。もう日も暮れちゃってますね。
心配? いや、別にしてないですよ。先輩のことだし、無事に決まってます。まあ、この一週間はあんまり心配する余裕がなかったというのが本音ですけどね。
恥ずかしい話、怖い話聞いたから眠れない、みたいなもんです。いや、オカルトは信じてないですよ。さっき言ったじゃないですか。信じたら見えちゃうのが幽霊だって。見たくないですもん、信じません。
まあ、一番いいのは考えないこと、でしょうけど。ほら、さっき言ったじゃないですか。居ると思うと、現れるのが幽霊だって。多分、否定も認識なんですよ。
ただ、うーん、どっちなんでしょうね? いると思い込んだせいで、脳が錯覚してしまうのか。
認識すると、呼び込んでしまうモノなのか。
いや、どっちでもいいですかね。とにかく、僕は帰って寝ます。久しぶりに、ちょっと肩が軽くなったので。
いや、大丈夫ですよ。認識しなければいいんです。さっきのは先輩の作り話。暗闇で何かが動くのも、心臓がざわめくのも、肩が重いのも、否定しておけばいいんです。
ただ、もし何か起きても、ね。さっき言った通りです。
僕は、責任を負いませんから。
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