You are (not) abnormal.
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何の前触れもなくけたたましいサイレンが棟内に響き渡り、赤色の回転灯が廊下を何度も照らし始める。

「これは訓練ではない。繰り返す。これは訓練ではない。B1棟3階308号室にて収容違反が発生した。担当職員は直ちに対処せよ。繰り返す──」

機銃を抱えて廊下を駆ける機動部隊、退避用のシェルターに逃げ込む白衣姿の職員、モーター音を響かせて天井から降下する重厚な壁、初めて直接目にしたオブジェクトが発する呻き声……突如として訪れた事態に一切慣れていない研修中の新人職員僕 らは一同にパニックを起こした。

「怖い……怖いよぉ!」

僕も悲鳴を上げて涙を流しながら先輩職員の指示に従い、十数メートル先にある小型シェルターに駆けていた。だがシェルターに入ろうとした矢先、僕の目に腰を抜かして立てなくなってしまった新人職員と取り込もうとするオブジェクトの姿が目に映ってしまった。

「あ……やだ……助け……」

その声が耳に入った瞬間、僕は助けなきゃという気持ちに支配された。
自ずと身体が動き出す。

「こら君! どこに行くんだ!」

そんな忠告も一切聞かず、僕は向かう。

「だめー!!!」

恐怖で涙を流しそうになりながら、手を震わせながら、僕はオブジェクトの前に立ちはだかった。

しかし無情にもそれは奇怪な笑い声を上げ、僕を飲み込んだ。

そして意識を失って──


「ハァッ……!」

目が覚める。顔からは冷や汗が滝のように流れ、服は汗を吸い込んでペタペタしていた。堅いベッドがその感触を強めている。
僕は溜息を吐くと同時に顔を拭った。

「また、あの日の夢……」

収容室ここに来てからというもの、何度も同じ夢を見る。
僕がオブジェクトとして収容室ここに入れられるきっかけとなる場面だった。

「僕がしたことは、間違ってないよね……」

あの夢を見る度に自分の中に浮かぶ疑問をぼそりと呟いて身体を起こし、壁に掛けられた時計を見る。
午前6時57分を示していた。
そろそろ朝食の時間だ。長針が12を指せば標準人型オブジェクト収容プロトコルに従ってあそこの棚からご飯が出てくる。この辺は新人教育課程において教えられていたからよく分かっている。最初は食堂のご飯と比べてあまり美味しくないと感じていたけれど、数ヶ月も経てば普通の味に成り代わっていた。

しかし、長身が3を指しても朝食が出てくる気配はなかった。何かあったのかな、と思いつつ再びベッドに寝転がる。いつの間にか知らない天井からいつもの天井に変わったそれをただ眺めながら待っていた。

「……静か」

室内の換気音以外に、物音はない。その音が子守唄のように僕の意識を遠ざけていく。

……扉の解錠音がした。防衛本能でも働いているかのように僕の意識は一瞬で元に戻り、身体は咄嗟に身構えていた。

ここに来てからというもの、「普通」ではない僕の身体──財団の言葉で言い換えれば「異常性」が付与された僕の身体に関する調査をくまなく行われていた。当然、あられもない姿になってここでは明言できないような事だっていっぱいさせられた。仮にも僕は財団職員としてここに来た身だから、業務の立場上仕方ないっていうのは分かっている。分かってはいたけれど、それでも、恥ずかしいったらありゃしなかった。

その記憶が甦って顔をこわばらせていた僕だったけれど、中に入ってきた白衣姿の職員から発せられた言葉に目を丸くした。

上波 明日さん。お疲れ様でした。あなたのオブジェクト指定は本日をもって解除となります」


収容室を出て長い廊下を歩いて行った先にある小部屋で事細かに話を聞いた。
どうやら、僕に付与された異常性は他の職員や財団の施設に対して危険が及ぶものではない事が分かったらしい。数日前に知能検査と告知して行われた──実際は財団への忠誠度を確かめるためのものだったみたい──も良好であり、僕は財団職員として復帰できることになった。といっても、新人研修中にあんな目に遭ったものだから未実施の教育課程や実習が残っているらしい。普段この時期に開催されることはないそうだけど、今回は特例と言うことで僕専用の教育プロトコルが組まれたそうだ。それが終わって初めて僕は晴れて「新人」卒業となる。

話の後は諸々の手続きへと移った。スーツや携帯端末機、部屋の鍵といった備品の返却、IDカードの再発行などなど。そして最後に「自分がオブジェクトととして収容されていた記憶」を保持するか否か、といったものがあった。僕は少し悩んだけれど、異常性というものに立ち向かう組織に属する以上、この経験は欠かせないだろうと思い、記憶処理は拒否した。……でも、流石に恥ずかしい実験に関する記憶は消してもらうようにお願いした。

記憶処理室を出る。副作用である若干の目眩を抱えながら自分の部屋へと向かう。ドアの脇にある機器にIDカードをかざすと緑色のランプが点灯し、解錠音が鳴った。

「ただいま……」

2ヶ月ぶりの部屋。あの日部屋を出た時と何も変わっていない。唯一変わったことがあるとすれば多少埃を被っていた事ぐらい、かな。掃除機を起動させて部屋の中を簡単に掃除した。

今日は一日ゆっくり休むように、との指示が手続きの時にあったので大人しくそれに従うことにした。ふかふかのベッドに寝転がり、久々の部屋でただ何をするでもなく、ボーッとしてみる。

「ここも……静かだな」

壁やドア越しに小さく話し声や物音が聞こえてくるが、部屋の中は静寂が支配していた。心地よいと言えば心地よいのだが、どうしても収容室の感じを思い出してしまう。
ベッドから身体を起こして机の上にあるラジカセの電源を入れる。

「今日は、これにしようかな」

棚から女の子のキャラクターがジャケットに施されているCDを取り出し、ラジカセにセットした。
再生ボタンを押すとそのジャケットには似つかわしくない音楽が流れ始める。

「やっぱりこれに包まれている時が心地いいな……」

財団に来る前からずっと聞いていたそれは、僕の心に快適さをもたらす。
気づけば僕の意識は途絶えていた。


翌朝から教育プロトコルが始まった。
内容が短期集中といった感じ組まれていてとてもハードだった。うっかり泣きそうになったり、1日を終えるとベッドに倒れ込んだ瞬間に寝込んでしまったりすることも珍しくなかった。
それでもなんとか踏ん張って、あと3日でプロトコルが終了するところまで来た。

今日は朝からずっと雨が続いていた。
雨はやっぱり気分が沈む。その日はなかなかやる気が起こらないまま半日が過ぎた。

だけどそれでもお腹は空く。昼食を食べに食堂に向かうことにした。
そこで、僕の気持ちは一気に上向くことになった。

「やった! 今日はチャーシュー麺がある!」

元々ラーメンが好きで週に3,4日はラーメン系のメニューを頼む僕だけど、ここのチャーシュー麺は群を抜いて美味しい。初めて食べた時は昼食も夕食もそれを頼んでしまったほどだ。ただ残念なのがこのチャーシュー麺が月に数回しかメニューに並ばない、いわば不定期のメニューってこと。確か食堂の出入り口に目安箱的なものがあったはずだから、食べ終わった後にでも「定常メニューにしてほしい」とでも書きに行こうかな。

いつも通りコショウとラー油をちょっぴり多めにかけて席に座る。窓際の、中庭が望めるカウンター席だ。今日はあいにくの天気だけど、晴れた日はとても景色がいいし、なんとなく僕がいた日常の世界に触れたような気持ちになる場所だからこの席が気に入っている。

相変わらずの美味しさにほっぺたを落としそうになりながらあっという間に麺とチャーシュー、その他諸々の具材はお腹の中に入ってしまった。またしばらく食べられないと思うとちょっと惜しくなってしまうけれど、まだチャーシューの脂を浮かべて輝いているスープが残っている。最後の最後まで楽しもうと椀に手を添えて口へと運んで──

「ンプゴホォッ……!」

スープと唇が触れようとした時、突然背中に衝撃が走った。同時にスープが鼻にドッと流れ込んで思いっきりむせ返る。色々汚れてしまったので鞄に入れていたウェットティッシュを取り出してまずは口回りを拭こうとした、その時だった。

「ふん、いいザマだ」

僕はきょとんとして一瞬固まる。

「え、何……?」

すぐに我に返った僕は辺りを見渡す。
そばで見ていたがたいのいい男が不敵な笑みを浮かべているのが目に入った。
この人の仕業だな、と確信を得た直後に男は立ち去ろうとした。
普段温厚な僕も流石にこの行為にはムッときてしまった。
僕は、その男の前に立ちはだかって見上げた。

「な、何するんですか。謝ってくださいよ」
「……やだね、ケダモノ」

男はそう言い残し、なお去ろうとする。
僕はそっと男の袖を掴んで静止させる。
男は「あ?」といい、僕の方を向く。
その表情に少し怯えながらも、僕は口を開いた。

「ちょっと、ケダモノってなんですか。僕のことですか?」
「そうだが?」
「じ、じゃあ尚更謝ってほしいです」
「ハッ……絶対嫌だね、バーカ」

男の口から飛び出した信じがたい言葉に僕はとうとう許せなくなってしまう。

「バ、バカって……ひ、人には言っていいことといけないことがあるって──」
「うるせえ! 異常性持ちケ ダ モ ノが説教たれんな!」

男はトレーごとラーメンスープの入ったお椀を腕で振り払うようにひっくり返した。スープは飛び散ることなく、ある程度まとまった常態で僕の身体にクリティカルヒットする。僕は、怯えながらも、だけど負けじと言い返す。

「な、何するんですか! ご飯にはなんの罪もないんですよ!」
「知るかよ、異常性持ちのご飯ケ ダ モ ノ の エ サなんて」
「え、エサって酷いですよ!あ、あなたには……うぐぅ……」
「あ? 俺にはなんだと?」

でももう限界を迎えつつあった。
恐怖心が芽生え、足も手も震え、視界も滲み始めている。

だけど、ここで引き下がっちゃダメだ。
ダメだ、今ここで泣いちゃ。
耐えるんだ。

そう心の中で言い聞かせて必死に涙を堪える。
気がつけば辺りには人だかりが出来ていたけれど、男も僕も眼中にはなかった。

「せっ、せっかくこのご飯を作ってくれた、職員の方々や食材の生産者の気持ちを……か、考えたことがないんですか!」
「チッ、さっきから聞いてりゃ異常性持ちケ ダ モ ノの癖にグチグチウジウジうるせえヤツだな……大人しく収容室檻の中に入っていりゃよかったのによぉ……ガキが」
「が、ガキって……そういうあなたの方が自分の感情を、こっ、コントロール出来てない、が、ガキじゃぁっ、ないですか!」

今思えば、ここで止めておくべきだったのかもしれない。

「全く……お、親の顔が見てみてみた──うぐぁッ」

不意に零れてしまった言葉が言い終わる前に、頬に加えられた衝撃が加わって天地が引っ繰り返る。
コップが飛び、僕の身体に冷や水がかけられる。
スーツの襟を思い切りつかまれ、腹に幾度となく重い衝撃が加えられる。
僕の心を満たしていた食べ物が未消化のまま口からあふれ出し、水音を立てて床に広がる。
そしてその上に押し倒され、僕の首は男の左手にきつく絞められた。

「かっ……く、は……が……くるっ……し……はなっ……」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ! 俺の親はなあ! 人型オブジェクトケ ダ モ ノに殺されたんだよ! なのによぉ! ここはてめぇみたいな異常性持ちケ ダ モ ノが普通に業務についていやがる! そんなのが視界にうろついてみろ! 腹が立って仕方ねぇんだよ!」

男が雄叫びを上げ、拳を振り上げているのが視界に入る。
再び頬に衝撃が加えられることを悟り、目を閉じた。

「おいそこ! 何やってんだ!」

しかしどこからか駆けつけた警備員が拳をまとった腕を掴んで僕の身体から引き離した。
放せだの殴らせろだの、男は何かを喚きながら食堂から姿を消した。

食堂には観衆と、どよめきと、惨めな姿と化した僕が残った。

なんで……?

どうして……?

大丈夫かなあの子……

僕は……

僕は望んで……

望んでこうなった訳じゃないのに……

多分相当なダメージ負ってるよ……

なんでこんな目に……

合わなきゃいけないの……?

あ……

まあ殴ったヤツはD行き確定でしょ。
お先真っ暗だな。

ほろ、ほろ。

気がつけば、涙が流れている。

一瞬にして浴びせられたものが、

そんなことより誰か医者呼んで来いよ。

涙と化して姿を現す。

恐怖。

痛み。

そうだな。
えっと……誰呼べばいい?

苦しみ。

悲しみ。

そして何より。

誰でもいいよ。
状況伝えりゃ他の医者にも連絡行くだろ。

自分が「異端なものである」という現実。

「ぐ……」

女の子の声で、泣く声が漏れ始める。

え……? 今の声って、あの子から?

「うっ……ぐっ……」

腰回りが、丸くなる。

「あぅっ……」

おい、何か体格も変わってねえか?

乳房が、膨らむ。

「ああぁっ……」

僕の身体は

もしかして新人研修中に収容違反に
巻き込まれたって話、あの子?

あっという間に

女の子の「それ」に、変わった。

「あぁあぁあぁあぁあぁあぁ!」

食堂には、慟哭だけが響き渡った。


tale-jp エージェント・上波 財団職員id_a 金崎研究員…..



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執筆者: Ueh-S
文字数: 6794
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最終更新: 21 Dec 2020 09:44
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