蒐集物覚書帳目録第〇七一七番『詩書』

詩書蒐集物覚書帳目録第〇七一七番

二〇〇八年前注、以下の目録は古く文字が欠けている点有り。
故事に異同あれど、其の特徴は変わっていない。
よってここに覆刻し、各官と共有したい。(記・准四級研儀官梣輝之)

天平勝宝六年1捕捉。薩摩国石籬浦に着きたる遣唐の船に一書有り、序に「自唐還國」の字有り2。文章は蓋し唐風なれど、その詳らかなるを知る者無し。然れどもこの文書を読みたる者、皆故なく悄然として涕し、甚だしきは喀血し薨ず。藤原清河奏して曰く、「書の妖しきこと甚だし、請ふ之を焚かん」と。命じて詩書を宮中に集ましめ、皆之を焼くも、則ち□□熾りて書は天に消ゆ、洛中の上下皆之を懼れたり。従□等研儀官小野實之、密に一を蒐集し収む。

神護景雲四年3詩書忽然と洛中に顕現す、その由を知る者無し。其の後即ち□□熾りて民草薨ずること多し。實之、敕を拜し復た書を蒐集し、奉斎官をして之をもて隠させしむ。

寶龜九年4唐使孫興進奏して曰く、「倭人数名、唐土に於いて薨ず」と。その詳を聞かずして御座を離れたるほどに、使従の唐人□□□俄かに本朝の語でののしりて曰く、「遂に唐より國に還ること能わず」と。則ち上・近習皆色を失ひて涕すも、皆その由を知らざるなり。明くるに、奉斎官□□□□□曰く、「詩書消えたり、亦た洛中に暫し□□熾りて止む」と。蒐集院の之を知る官人、皆駭き怪しむ。然れども此の後、詩書再び現れず、而して□□熾らず。

論、唐人の云ひたる倭人は、即ち阿倍朝臣仲麻呂なり。聞くならく阿倍朝臣仲麻呂、唐土に於いて常に大和を懐ひたるも遂に果たせず、余思へらく、詩を作りたるは仲麻呂なり、故れ怪異を為したるは、定めて仲麻呂の今朝への念ならんと。又思へらく、唐人去ること既に□歳、『詩書』既に無く、収むること能はず。由りて茲にその始末を記し、亦た一首詠じて仲麻呂公の無念を思はん。

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しきしまの 大和望みし 先蹤の
うたを懐ひて 独りうち泣く

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(記・小野實之)

附記一: 七哲□□□□より正二等研儀官梣□□に宛てたる信、及び返書


此れ柏原帝の御代に標れたる「詩書」の子細なり。
奉斎官□□曰く、「朝臣仲麻呂公の□霊、已に発ちたり」と。
由りて既に「詩書」無く、収めること能わざるも、史に標て以て後世に伝ふべし。
ーー御教書しかと承り候。梣□□拜

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