「………橋ヶ谷君、私が何言いたいかはわかってるよね?」
「…………」
医療棟の一角にどこか怒りをはらんだ斑座さんの声が響く。
一方その矛先である僕は、そんな彼女に対して背を向けて、かれこれ20分以上寝たふりを続けている。
今起きて目を合わせるのはマズい。多分1時間くらい延々とお説教される羽目になる。
「橋ケ谷君?聴いてる?」
「…………」
目が覚めた時一瞬見えたあの横顔、心配してるのは確かだったけど明らかに6割くらい怒りの感情だった。
なんとか諦めてくれるまでここまま乗り切るしかない。
「……はぁ、仕方がない。私そろそろ次の仕事だし、夜また来るから」
斑座さんはそう言って、ゆっくりとドアの方へと向かっていく。
足音が遠くなるにつれ、緊張の糸がほどけていく。
やれやれ、どうにかこの場は乗り切った。流石に夜はごまかせないだろうから、それまでに上手い言い訳を考えて……。
「あ、福路捜索部隊長。いらしてたんですね」
ガラガラとドアの開く音とともに、斑座さんのそんな声が聞こえてきた。
「え?」
思わず声が漏れ、反射的に体を入り口の方に起こした。
そんなはずがない。捜索業務が一気舞い込んできてここ一か月はまともに休みがないとこの前本人が電話で言っていた。
そんな時に多少なり距離があるこのサイトに来れるはず……。
「……あっ」
「ほら、やっぱり起きてた」
だがそこに福路捜索部隊長の姿なく、こちらをあきれた表情で見る斑座さんだけが立っていた。
「……………」
「で?何か言いたいことは?」
「えっと…その………お、おはようございます」
精一杯の作り笑いで挨拶をする。さて、斑座さんの反応は……。
「…………」
思いっきり息を吸いながらこっちに向かってきている。あ、ダメなやつだこれ。
「おはようございますじゃないんだよ!!!」
耳をつんざくような大声に一瞬目を瞑る。
再び目を開けると斑座さんの姿はなく、代わりに彼女の右腕がいつの間にか首に───
「ぐえぇっ!?ちょ、斑座さっ、いだだだだだ!」
「私が一体どれだけ心配したと思ってるの?それなのに怒られるのが嫌だからって寝たふりなんかして!小学生か!」
彼女の細い腕からはいささか考えにくい力によるチョークスリーパーに思わず体をばたつかせるが、全く抜け出すことができない。
それでいて気道が閉まらないように手加減しているのは、流石エージェントだなと感心してしまう。
でも痛い。ただひたすらに痛いすっごく痛い。
「とにかく、今からみっちりお説教してあげるから覚悟しなさいよ!」
「わかりました!わかりましたから!大人しく説教されますから離してください!」
そんな斑座さんの声が鳴り響く中、病室の外からこちらに向かってくる足音が聞こえた。
聞きなれた靴音の軽さ、短く繰り返される呼吸音、プラスチックがカサカサと擦れ合う音。あれ、これって……。
「橋ヶ谷君!倒れたって本当なの……だ?」
勢いよくドアを開けて部屋に入ってきた福路捜索部隊長の語気が焦燥から疑問へと変わっていくのがはっきりと分かった。
うん、そりゃ倒れたって聞いた人がチョークスリーパーキメられてたらそうなりますよね。なんかすいません。
「ま、斑座さん?何をしているのだ?」
「え?あ、いやこれはですね、えーっと……ちょっとお説教と言いますか、制裁と言いますか…」
「病人相手にそんなことしちゃダメなのだ!はやく離してあげるのだ!」
「え、あ、ご、ごめんなさい…」
斑座さんは僕の首から腕を離すと、しゅんとした表情で部屋の隅で丸まってしまった。怒られたのが余程堪えたらしい。かくいう僕も、普段からはあまり想像できない福路捜索部隊長の語気の強さに少し驚いている。
「ふ、福路捜索部隊長、斑座さんを責めないでください。僕が寝たふりしてたのが悪いんですから」
「寝たふり?なんでそんなことしてたのだ?」
「いやぁ…倒れた理由が理由なんで、まず間違いなく怒られるなぁ……と思いまして…」
「なるほど…?ちなみにどんな理由なのだ?」
「……過労ですよ」
丸まったままの斑座さんがそうポツリと呟く。それを聞いた福路捜索部隊長の表情は、一瞬で何があったのかを察したような顔になった。
「私がモフ……様子を見に行ったら書類の山の中で仕事してたんですよ?どうしたのって聞いたら、他の人の仕事を代わりにやってるって言うんですよ」
斑座さんはそう言葉を続ける。ちょっとだけ何か聞こえた気がするが今は気にしないでおこう。それより問題は福路捜索部隊長だ。話が進むにつれどんどん眉間に皺が寄っていく。
「手伝おうかって言ってもこれは僕が引き受けたものなので自分で片付けますよって……。でも根詰め過ぎは良くないから少し休憩しようって言ったら立ち上がった瞬間倒れちゃって…」
「で、今にいたる……と。そういうことなのだ?」
「……はい」
「はぁ…なんとなくそんな気はしていたというか、橋ヶ谷君はやっぱり人が良すぎるのだ」
「いやでも、僕はそうやって皆さんの役に立ちたいというか…その…」
「でもそれで倒れたら本末転倒なのだ!無理する方が迷惑になるのだ!」
「………わかったのだ」
僕の言い訳をそう短く言って切ると、福路捜索部隊長は僕に背を向けドアの方へと向かっていく。
「あれ、どこか行くんですか?」
「ちょっと野暮用ができたのだ。そのまま向こうに戻ることになると思うから、2,3日は大人しく休んでいるのだ。わかったのだ?」
「は、はい!しっかり休みます!」
鋭い口調に思わず背筋が伸びる。福路捜索部隊長はそのまま部屋を出ていき、あたりはシンと静まり返った。
残されたのは、いまいち状況を掴めていない僕と、未だに丸く待ったままの斑座さんだけだ。
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