Tale-JP下書き「機密解除」

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「おめでとう、これでお前も一人前だな。」

そう言った先輩とグラスを鳴らす。これで一息つける。

「長かったな。研修で俺とバディを組んでから、もう半年か。」

「本当に先輩には感謝してもしきれません。」

「いやいや、今回に関しては俺は後ろから細々とした指示を出しただけだ。お前の手柄だよ。」

フィールドエージェントとして働き始めてから半年、この日の朝、初めて担当したオブジェクトのステータスが遂に「収容中」1になったのだ。これはつまり、そのオブジェクトに関する収容が一段落したという事。今はそれを祝い先輩とささやかな祝杯を挙げているのだ。

「ほんとは小洒落たバーにでも行きたかったんだがな、経費で落とせなかった。」

そう先輩は冗談めかして言う。

「いやいや、飲み慣れた飲み屋が一番ですよ。あ、奢ってくれても良いんですよ。」

「いや、最近給料が厳しくて…。」

「同じ所で働いてる人にはそれ通じないですからね。」

バレたか、と先輩が笑う。先輩はいつも笑っている楽しい人だ。先輩とは自分が財団に入る以前から交流があったが、まさか秘密組織の一員だとは夢にも思わなかった。ある意味ではいいカモフラージュなのかもしれない。

「おい、あのテレビ見てみろよ。」

先輩が指差すテレビを見ると、怪しげな都市伝説特集のバラエティーをやっていた。ちょうど日本の奥地に潜むという二足歩行のキノコの話をしていた。何でも東北の辺りに人面キノコが出るという話らしい。

「あれ、もしかするともしかするんじゃないか?」

「いやいや、流石に無いでしょう。」

「それがあるんだな、実際、今回のアレだってそうだ。」

「…先輩、アレって、先輩が良い情報を仕入れたって上を動かしたんじゃないでしたっけ。まさか情報って…。」

「ああ、テレビだ。」

「何やってんですか…。」

「いやいや、この仕事も長くなると勘が働くようになるというかだな。実際当たっただろう?」

「まあそうですが…。」

「ま、種明かしすると、映像にチラッと俺の知り合いが映ってたんだ。ビジネス上何度かつつき合った仲でな。それでピンと来た。」

公然の手前、ぼかして話すが言わんとする事は分かった。

「この仕事してると、意外と世界は狭いなって思うもんだぜ。正直、一日中テレビを見て知り合いが一度も出てこない日は無いと断言できる。」

「ふーん、じゃあ、あれとかもうちの社員だったりするんですかね?」

そう指差した先には、速報で日本のある研究者が物理の世界である大発見をしたと報じていた。細かい事はさっぱりだが、今まで不可能とされてきた事が色々と出来るようになるらしい。

「いや、あれは…いわばフリーの学者だな。うちとは関係ない。うちに居ても可笑しくないぐらい優秀だろうがな。」

「やっぱりそう上手くは行きませんか。とはいえ、あの人、そんなに優秀ならうちにスカウトしてみてはどうですか?」

「それはちょいと無理かもな。確かに優秀だし、うちの博士連中と肩を並べられるのは間違いないだろう。ただ、一定数は才能ある人材を外に流しておかなきゃだめなんだ。」

「どうしてですか?」

「つまりだな、そうする事で外の世界の技術や科学の指標が分かるんだ。例えばだよ、外の世界ではライト兄弟が飛行機を発明した事になってる。だが、我が社はその何十年も前に有人飛行に成功していた事は知ってるだろう?」

「そうなんですか!?」

「あー、お前のクリアランスって幾つだっけ。」

「1です。」

「あー、その、悪いが後で出頭してくれ、何、そんなに痛くはない。」

「ちょっと!」

「あっはっは!!!悪い、冗談だ。確かにこの事はレベル2機密だが、別に記憶処理を受ける必要はないぜ。」

「え、良いんですかそれ。殺されませんか?」

「いやうちの厳しい懲戒部門でもそれは流石にしねぇよ…。まあ何故かって言うとだな、別に数時間ぐらい誤差だからだよ。お前に明日辞令が来る、良かったな。お前もこれでレベル2だ。」

「本当ですか、ありがとうございます! …でも本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫だ、俺という前例がある。」

外資資本だと緩くていいね、等と冗談を飛ばす。この人いつか本当に殺されそうだな、と冗談抜きで思ってしまう。

「話を戻そう、俺達は何十年も前から飛行機を開発していた。これは別にうちのエンジニアがライト兄弟より優秀だったとかそういう話ではなく、単に最先端のそのまた一つぐらい上を行く設備や理論が整ってたからだ。つまるところ、当時飛行機とその製造という物は異常技術パラテックだった訳だ。そりゃそうだよな、原理を知らなきゃ、羽ばたきもしない固定された翼を持った機械の鳥が飛ぶなんて、言ってみればUFOの一種だろ。」

先輩はここで一息つき、ビールを一口飲み込む。

「で、この場合ライト兄弟がさっきのテレビに出てたやつと同じ流されてる人材だった訳だが、もし我が社がライト兄弟をお抱えエンジニアにしていたらどうなっていたと思う?あるいは、今後飛行機を発明しそうな奴を全員お抱えにしてたら?恐らくだが、今でも飛行機は異常技術とされていただろう。それだけじゃない、あらゆる発見をする奴が全員うちに抱えられていたら、外の世界の技術は我が社の設立当初から変わらなくなってしまう。それは我が社のポリシーに反するってんである程度はわざと人材を泳がせておく必要があるんだ。」

「でも、我が社の資本からしたら、ちょうどいいタイミングで外に技術をリークするって事も出来るのでは?」

「その"ちょうど良いタイミング"が分からねぇのさ。我が社で開発される技術は別の異常技術に依存している面も大きい、そんな環境で生み出される発明が、外の世界で一体いつ発明されるかなんて予測出来ないんだ。」

「じゃあ、いっその事我が社で生み出した技術は即座に公開して、人類全体の資産にしてしまえば良くないですか?」

「確かにそうだな…。あー、でも何だっけかな。どこかのタイミングでそれのシミュレーションを…多分本当の意味でのシミュレーションをしてみて、不味い結果になったから止めたって話を聞いた事があるな。まあ何にせよ、色々複雑な事情があるんだろう。」

むぅ、と黙り込んでしまう。

「ま、とにかくそうしておく事で、何が現代において異常で、何が正常なのかを図る事が出来るんだ。我が社の資源だって有限だし、いつまでも正常な物を管理しておく訳にはいかないしな。ぶっちゃけると、俺はいつか我が社のオブジェクトが全部科学的に理解される日が来ると思ってるよ。我が社の仕事はそれらを然るべき時まで抑えて、その時が来たら放流するダムみたいなもんだってね。」

ダムが決壊しないといいな、と最後に不穏な事を笑いながら話す。テレビもいつの間にか都市伝説の話に戻っていた。

夜も更け、話は最初の話題、つまり今回のオブジェクトに戻ってきた。

「時間はかかったが、まあSafe分類なだけ有難かったな。」

「だからと言って油断するつもりはありませんが。」

「まあそうだが、いつぞやの大改革で本当に安全なヤツしかSafeには分類してくれなくなったしな。それに学者連中も言っていたが、今回のこれは本当に大丈夫らしい。」

こいつは大丈夫、今回の収容時にやけに耳にした言葉だ。先輩もそうだし、研究所の博士達、護送中の警備班、現場にいる人間は皆、奇妙な安堵の空気に包まれていた。研修で教わった"緊張感溢れる現場"とは大違いだ。

「その、気になってたのですが、皆さん油断し過ぎじゃないですか?」

「ん、そうか?」

「だって、相手はオブジェクトですよ?いくらSafeとはいえ、何があって人が死んでも可笑しくないのに。」

「んー、そういわれてもな。でも最初はみんなピリピリしてたろ?」

先輩の言う通り、確かに最初こそ全員慎重過ぎる程丁寧に動き、先輩も私を口うるさく注意していたのだ。それが、いつの間にかこんな事になっていた。

「もしかして、オブジェクトにそういう異常性があるんじゃないですか?」

読んだ報告書の中のオブジェクトには、自身の危険性を誤認させる為、自分に関わる人間に自身は安全だと思わせる異常性を持つ物も多くある。今回のこれもその類では無いかと思ったのだ。

「いやいや、流石に俺達もプロだぜ?それは無い。」

「それが油断だと言って…。一度通報するべきでは?」

「うーん…実を言うと、それにはちゃんとした理由があるんだ。だがまぁ…お前には言えない。」

「これも機密情報ですか。」

先輩の顔付きが険しくなる。

「察しが良くて助かるよ。すまんな、今回のオブジェクト、実は単なるSafeオブジェクトでは無い。今週中か、早くて明日にも…まあ、Safeでは無くなってるだろうな。」

「Safeでは無くなる、ですか。」

「まあ、今回の場合は良い意味でだけどな。」

数瞬、沈黙が流れる。

「一つ質問良いですか?」

「何だ?」

「あの人、本当はお知り合いだったのでは?」

先輩はニヤリと笑う。

「知り合いではないさ…俺が一方的に知ってるだけでな。やっぱりお前は察しが良いな。」

「流石に分かりますよ。」

「たまにあるのさ、こう言う事は。」

数秒の間を置いて続ける。

「異常だと思っていた物が、本当は正常だったって事もある。あるいは、異常な物を正常だと言い聞かせる事もある。ただ、案外珍しいんじゃないか?異常が本当の意味で正常になるのは。」

それ以上はお互い何も言わなかった。

「なんだかしんみりしちまったな、そろそろお開きにするか。」

「良かったんですか、無理に聞いたとはいえ僕に教えて。」

「安心したまえ、第一に、それはお前が勝手に妄想しているだけであって誰かが教えた訳では無い。次に、その情報はどうせ明日機密解除される。良かったな!」

「何だか複雑です…。それに、結局僕はまだまだ1人前じゃないって事ですよね。」

「そう案ずるな!お前はそう遠くない日に一人前になれる!」

「何だか良い予感はしませんが。」

「お前には明日から俺と一緒に1週間の東北旅行に行ってもらう!題して作戦名・キノコハンター!人面茸を追えの巻だ!」

「ちゃんと確証があっての事ですよね!?」

「勿論だ!俺の第六感がそう叫んでいる!上には許可を取っておいたぞ!なんとホテル代は経費で落ちる!旅館でも良いらしいぞ!」

やれやれとため息を吐く。

「分かりましたよ。行くからには何か見つけますからね。」

「そう言ってくれると思ってたよ!ま、気を高く持とうぜ。なんせ、歩く菌類なんて科学的に解明されるのはだいぶ先だろ!」

「…ところで何ですかそのパンフレットは。」

「見てくれ、秋の紅葉キノコ狩りツアー!1泊2日の宿付きで格安!良さげだろ。」

「そんな所で見つかったら苦労しませんよ!というか経費なのに何で格安に拘るんですか!」

「え、そら高級旅館に泊まる事にすれば浮いた金がだな…。」

「捕まりますよ!?」

いいじゃないかと笑う先輩の傍ら、やっぱり今日は奢って貰おうと固く誓うのだった。

通達

先日の██博士(非財団職員)の研究『霧散力学における位置エネルギーの発見』の発表に際し、財団はこれに関する分野の秘匿、収容を終了する。ついては、これにより異常と認められていた技術の活動中の積極的な使用を許すと共に、関連するオブジェクトのExplainedクラスへの変更を進める事。また、この通達をもって本事項は機密解除指定とする。

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