トランスレース女性
公開日 2075年5月11日20:30
赤城 千春さん(9日午後、横浜市内) =伊奈 宏介撮影
「ただ認めて欲しいです」──記者の質問にそう答えてくれたのは、“トランスレース”を自認する赤城 千春さん(31歳)。彼女はトランスレースを始めとした種自認に関する差別撤廃活動に取り組んでおり、学生時代の実体験を綴ったエッセイの出版、最近は報道番組にコメンテーターとして出演するなどの多才な活躍を見せている。
トランスレースとは、生まれ持った種別が種同一性と異なる者を指す。同種愛や異種愛、知的活動の有無など細かな相違はあるが、多くは種的違和を強く訴えている。最近では、ハリウッド俳優のジスパー・リッチウォーク氏がSNS上で自身のトランスレースを告白する投稿が話題となった。
本紙は、赤城さんが学生時代に受けた差別待遇やトラウマなどの実体験について、二時間にわたる取材を行なった。
「自分がトランスレースだと知ったのは、中学一年生のときです。幼い頃からそうでしたが、その時期は特にひどく、衝動的に奇声を上げたり、机の上に乗ったりすることが度々ありました。最初は気にかけてくれていたクラスメイトも、次第に私を遠ざけるようになりました」
娘の奇妙な行動に、両親は、高名な脳専門病院で受診させたり、公認祓魔師に悪魔祓いを依頼するなど様々な手を打ったが、原因が分からず、途方に暮れていた。赤城さんも両親の苦労に気づいており、自分がどうしようもなく嫌になって、不登校や自傷行為をすることもあった。
ある日、学校側から財団異常疾患研究・治療センターで受診するように提案された。紹介された医科は、“動物特徴保持者(AFC、アニマリー)”向けの心療内科だった。当初、両親は学校側に対して「娘を何だと思っているのか」と強く反発したが、赤城さんの希望もあって、渋々受診に納得した。
検査の結果、赤城さんには、“ネコ要素保持者を種自認とするトランスレース”との診断が下された。これまでの衝動行為は種的違和によるストレスの顕れであり、しっかりと向き合うことで落ち着いてくるとのことだった。
予想外の診断に、付き添いの母親は、赤城さんの肩を静かに抱き寄せた。一方、赤城さんは、「変でごめんなさい」と、母親の胸の中で何度も謝ったそうだ。
「別に配慮を求めたりとか、そういうのじゃなかったんです。自分と向き合うためにも、知ってもらった方が気持ち的に楽かな、と。次の日からですね、イジメが始まったのは」
赤城さんは、ホームルームの時間を利用して自身のトランスレースを告白した。心無い言葉を覚悟していたが、クラスメイトの反応は思いの外薄く、何事も無かったようにホームルームは終わった。「認めてくれた」と解釈し、帰宅後、その話をすると、両親も一緒になって喜んでくれた。その日の夜は久々にぐっすりと眠れた。
次の日に登校すると、靴箱に入れたはずの上履きが無くなっていた。玄関付近をうろついているうちに予鈴が鳴ったので、仕方なく靴下のまま廊下を歩き、教室の扉を開いた。既に着席していたクラスメイト達は赤城さんに注目し、沈黙の後、一斉に笑い声をあげた。様々な嘲笑の中で、「トランスレース」の単語が何度も聞こえた。堪えられず帰宅するも、心配そうに声をかける両親には何も言えず、適当な言い訳で誤魔化した。
イジメは続いた。特に、衝動行為をしてしまったときのクラスメイトの反応は一変した。以前は白い目を向けられるだけだったが、先生が周りにいないときなどは、突き飛ばされたり、口に雑巾を詰められて無理やり抑えつけられるようになった。衝動が満たされないストレスで、首元を掻いたり、髪の毛を毟ったりするのをクラスメイトは面白がった。
度重なるイジメに、向き合うどころか、人間として産まれてしまった自分にひどく嫌悪するようになっていた。
「子供というのは、大人が思っている以上に社会的で、閉鎖的です。そして、理性のブレーキが弱い分、純真な気持ちで暴力を愉しみます。特に、私にはトランスレースという一つのテーマがありましたから、自分で言うのも何ですが、玩具にしやすかったんだと思います」
赤城さんは中学二年生に進級した。その頃には、“トランスレース”という単語は、誰もが深い知識を醸成する機会を得ないまま、学校中に広まっていた。
イジメはより過激になっていた。給食の時間、ネコ要素保持者用のご飯を無理やり食べさせられ、何日も吐き気と腹痛に苦しんだ。次の日には、ネコ要素保持者から「私達を馬鹿にしてるのか」と激昂した様子で胸ぐらを掴まれ、そのときに鋭い爪で付けられた切り傷は今でも首元に残っている。学校側も含めて、誰も味方になってくれなかった。
そして、事件は起きた。ある日の放課後、クラスの中心的な男子グループに空きの更衣室まで呼び出された。部屋に入ると、すぐさま扉を施錠され、床に押し倒された。男子の一人に「本当に人間か確かめてやる」と言われ、馬乗りになられて、ワイシャツや下着の中に手を入れられた。そして、脱がされそうになったとき、タイミングが重なって、衝動的に奇声を上げた。顔を強く叩かれたが、それでも奇声を上げるのが止められなかった。
近くにいた先生が駆けつけ、事件は強姦未遂に終わった。事件を聞いた両親は学校側と男子グループの親に猛抗議し、男子グループには学校側を通じて厳重注意が言い渡され、親達からはお詫びと示談金をもらった。それでも両親の怒りが治まることはなかったが、それ以上に、深く傷ついた赤城さんをケアするのに必死になった。
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