余興

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「足りない」

 早瀬は口元をナプキンで拭いながら呟いた。

 そこは、徹底された清潔感を強調する純白に囲まれ、有無を云わせぬ艶めかしい雰囲気が食指を操る異様な空間。主に扱われる食材達は普通の市場では決して入手が叶わない代物であり、シェフがその技量を持って上等な存在へと昇華させ、余計な付加価値などのない"料理"として客の前へと運ばれていく。ゆらりと頬を撫でる妖しい湯気が想像を掻き立て、客は生唾を飲み込む。

 店の名は、弟の食料品。普通の肩書を持たない常連達が人知れず酔いしれる場所。存在してはならない理由をいくつか抱えながらも、彼等を満足させるために今日も"open"の札をぶら下げる。

 しかし、早瀬の顔には不満が表れていた。

「お口に合いませんでしたか。差し支えなければ、その理由を教えていただけますか?」

 脇に控えていた男、ウェイターはやわらかな笑顔を崩さぬまま早瀬にその真意を尋ねた。早瀬は喉元に親指を潜らせ、神妙な面持ちで口を開いた。

「すまない、紛らわしい言い方をしてしまった。私の問題だとは思うのだが……念の為、この料理についてもう一度説明してくれないか」

「かしこまりました」

「そちらの料理、"特撰仔人のロティ 冬野菜添え 赤ワインソース仕立て"には、メイン食材として9歳の少女の新鮮の頬肉を使用しております。第二次性徴期を迎える前に収穫したため、脂肪分を多分に含んだ、やわらかで大変口当たりの良い肉に仕上がっており、その食感を損なわぬようオーブンによる低温調理を施しました。また、ソースには本場イタリアから厳選して取り寄せた赤ワインと、隠し味として母親の血を使用しております。当店独自の調理術により、少女の肉と母親の血、互いが互いの手を取り合うように絡みつき、料理全体がより深味になるよう仕上げました」

「つまり、遺伝子に刻まれた母娘の絆を一種のスパイスに。ご来店時、今日は特別な日だと伺っておりましたので特別な料理をと思いましたが……」

 ウェイターから懇切丁寧な説明を受けた早瀬は、フォークで一切れをすくい上げ、じっくりと観察した。ロティはフォークの腹にだらしなく持たれかかり、端からソースの雫を滴らせている。頭上のシャンデリアの優しい光に照らされた淡いピンク色の身は、まるで生きているかのような躍動感を錯覚させ、無垢な少女の輪郭を想起させた。早瀬はテーブルクロスを汚さないよう慎重に笑顔の切片を運び、存分に濡れた舌で迎え入れた。

 上質な肉の甘みの中に、ピリッとしたソースの塩気が程好いアクセントとして活きている。じゅわじゅわと脂のほどけるような食感が何とも心地良く感じられ、さらなる咀嚼を促した。噛み締める度に、早瀬の胸に途方もない感動が押し寄せた。そして切なくも、過剰に分泌された涎が母娘の手を導き、するりと腹底へ堕ちていった。

 早瀬は口腔内の壁にこびりついた物までも舐め取り、やはり神妙な面持ちを浮かべながらウェイターの言葉を確かめた。舌を何周目か回したところで、感想を溜息とともに吐き出した。

「……確かに美味しい。今まで口にした中で最も、遥かに」

「だが、やはり物足りない。今日という日を締め括るにはあまりにもだ。いくら調理の仕方が特別だったとしても、母娘を一品の料理として仕上げるという発想自体は平凡なものじゃないか。特別であって欲しいのは食材の方だ」

「頼む。本当に、本当に特別な日なんだよ……」

 早瀬は眉間に親指を押し当て、視線を巧妙に隠しつつウェイターの反応を伺う。一方、ウェイターは顎に人差し指を押し当て、口角を少しも下げぬまま黙り込んでいる。そのうちに二人は虚空を見つめ、各々に思考を巡らせはじめた。



 先に沈黙を破ったのはウェイターだった。

「では僭越ながら──"私の全身"、などは如何でしょう?」

「ほう」

 突拍子もないように見えるウェイターの提案を、眉一つ動かさずに早瀬は頷いた。最初から、ウェイターにその提案をさせることが早瀬の狙いであった。早瀬は、あえて真実のみを語ることで場の空気を巧みに操ってみせたのだ。

 そうとも知らないウェイターは、自身の食材としての側面を説明しはじめた。

「人間の価値は、必ずしも脂肪分の含有割合や芳香のみで決まるものではございません。どのような人生を歩んできたのか、最も強く抱いている感情はなにか。唯一無二のパーソナリティが細胞を熟成させ、牛や豚には決して真似できない独特な肉の旨味を生みます」

「その話を踏まえて、私の価値を説きましょう。少々風変わりな業界に身を置いているが故に、この身体は様々な旨味が染み付いております。両腕には血の温かみが、足首には必死にしがみついてきた掌の感触が、目にはきらびやかな料理の映像が、耳にはお客様の笑い声が。大小含めたあらゆる経験が私を彩り、円熟させていることでしょう。当店が誇る調理術によって最大限まで引き立てた場合、果たしてどうなるのか」

「月並みな言葉ではございますが──それは極上の料理となるでしょう」

 説明の終了を合図するかのように、ごくんと、早瀬の喉は大きく脈打った。気恥しそうに語ってみせたウェイターとは対照に、早瀬の肌には生気が漲り、顔は熟れた桃のように紅潮していた。"年甲斐もなく……"。その場を取り繕う言葉すらも忘れてしまう程に、早瀬の気分は最高潮に達していた。

 しかし、ウェイターが言い放った次の言葉で早瀬の夢心地は解かれてしまった。

「ただし、私と勝負してもらいます」

「私が賭けるのは当然ながら"私の全身"、早瀬様に賭けていただくのはそうですね──"早瀬様の舌"、などは如何でしょう?」

「ちょっと待ってくれ。何故私の舌を賭ける必要が?」

「無論、早瀬様に私の全身をご堪能いただく為でございます。当店も営業をしております故、お客様には相応の対価を支払ってもらいます。普段は金銭での取引という形になりますが、今回に限っては値踏みも容易ではございません。よって、早瀬様に同価値の"食材"を用意していただくのが」

 

 

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