哀悼

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お父さんは証券会社に勤める真面目なサラリーマンだった。平日はもちろんのこと、休日でも愛用のタブレットを片時も離すことなく、寝るとき以外は常に株価や経済ニュースを食い入るようにチェックしていた。でもそれも何年も前のことで、ある日、朝食中にコーヒーをタブレットに派手に零してしまって、お母さんからこっぴどく叱られてからは家でタブレットを操作することはめっきりと少なくなった。あのときのお父さんの顔、面白かったな。

お母さんは公共のマナーやルールにとにかく厳しい。私もお姉ちゃんもお父さんも、食事のマナーのことで口酸っぱく注意された経験が何度かある。タブレットの件も前々からお父さんに注意してたけど全く止めてくれなかったので、ここぞとばかり責めたそうな。当然ながら門限にも厳しく、私が一度だけ破ったときには散々怒られて、言い合いの喧嘩になったこともあった。お姉ちゃんが間に入ってくれたから話は治まったけど、今でもやっぱり20時の門限は厳しすぎると思う。

お姉ちゃんはとにかく下品だった。小学生が好きそうな下ネタを見てはゲラゲラと大声で笑ったり、両脚をベッドにかけて床に寝転びながら漫画を読んだりしていたのがひどく印象に残っている。「彼氏いらねー」が口癖の自称サバサバ系らしいけど、クローゼットの奥にある古い漫画がぎっしり詰まったダンボールの底にちょっとエッチな本が何冊かあるの、私とお母さんはずっと前から気付いてたよ。

私達は普通の家族だった。貧乏でもお金持ちでもなく、芸術家でもアスリートでもなく、不幸のどん底でも幸せの絶頂でもなく、ただ平凡な家族。私の大好きな家族。

もう戻れないのかな。



ほんの少し肌寒い日曜日の朝のこと。朝ご飯ができるまでの間、テーブルから少し離れたソファで寝転がりながら時間を潰して待っていた。テーブルの方からは、食器同士が僅かに擦れるカチャカチャとした音と、タブレットを延々とスクロールする乾いた音だけが微かに聴こえる。ソファの背もたれからちらりと様子を伺うと、お父さんは相変わらずやけに弛んだ表情でタブレットを凝視している。あのスクロール速度で本当に読めているのか疑問だったが、考えてもしょうがないので気にしないことにした。

「ご飯できたよー」

カーテンの隙間から差し込む日の光に照らされて若干の眠気を覚えはじめた頃、お母さんの甲高い声が心地よい夢遊感の終了を告げた。着々とテーブルに四人分の朝食が配膳されていく。ジューシーなベーコンエッグ、彩り豊かなシーザーサラダ、焼き立ての香ばしいトースト、その隣に小皿に入った溶けかけのバター。こんな空間じゃなければ、さぞ食欲を唆られただろう。

「今日も自分の部屋で食べるの?それともこっちで食べる?」
「部屋で」
「はーい」

素っ気無い態度で返すも、お母さんは意に介する様子もなく、テーブルに配膳したばかりの朝食をおぼんに乗せる。コップやらトーストやらを落とさないよう慎重に私のとこまで運び、今日のベーコンエッグはちょっと特別よ、なんて言葉を残してさっさとテーブルの方へ戻って行った。

「ベーコン美味いな。これ前のやつ?」
「んー違うよ、また別の。この前のセールやってたからさー」
「そうか。あ、雅。またこぼしてるじゃないか。ゆっくり噛むんだほら」
「あら雅ったら、もー慌てちゃって」

茶番だとは理解しつつも、この疎外感はどうにも耐え難い。早く部屋に戻ろう。談笑を続ける二人の横目を通り過ぎようとしたそのとき、突然テレビ画面にニュース番組が映し出された。女性アナウンサーの横に、CGで作られた放送予定のニュース一覧が並んでいる。上から順に「動物園でパンダ出産」、「おすすめの観光スポット3選」、「旬の野菜を用いた料理の紹介」……

何気なく一覧を辿った先に、それはあった。



『港区 強姦致死罪の疑いで21歳の男を逮捕』



心臓が、一際大きく脈を打つ。何故忘れていたのだろう。いや、何故忘れようとしていたのだろう。ほんの数分前まで過りもしなかった記憶が、ぼやけてすらいたトラウマが今じゃこんなにも鮮明に思い出せる。赤色は血に、青色は痣に、肌色は裸に、3つののっぺらぼうはお父さんとお母さんとお姉ちゃんの笑顔に。あのとき私も笑っていた? 笑ってるはずがない。世界で一番好きなお姉ちゃんが殺されて笑えるはずがないだろ。顔が熱くなり、鼓動はさらに大きくなる。最も忘れようとしていた感情が、ふつふつと湧き上がるのを感じる。

「これこれ! ほら雅、お前映ってるぞ!」
「うわーホントね。これ録画してる?」

ふざけるな。二人の呑気な声色は何も変わってなかった。あのときと同じで目を細め、口角を吊り上げ、僅かに開いた口からは笑い声を静かに漏らす。その顔が、その表情が自分の心を強く締めつける。早くこの場を逃げたい、その一心でリビングから飛び出て、トイレへと駆け込んだ。

トイレの扉の向こうからは、うっすらと笑い声が聴こえる。泣き出しそうなのを必死に堪え、嗚咽を押し殺す。息を吸って、吐いて、何度も繰り返す。ふと尻ポケットにスマートフォンを入れていたことを思い出し、気を紛らわすためにTwitterを開く。












気持ち悪い。



この人たちはどこまでも平坦で、空っぽで、狂ってる。私はおかしくない、みんながおかしいんだ。乱暴されて殺されたのに、幸せも何もあるわけないじゃない。それともそれが分からないの? テーブルの席にお姉ちゃんの死体を座らせて、毎日何かを喋りかけては食べ物をスプーンで口元に運び、それをぼろぼろとこぼす様子を笑ってるお父さんとお母さんみたいに? 服すらも着させないでただ放置して、私が何もしなければすぐ虫に食べられちゃうような状態がこの人たちにとって普通なの? おかしいよそんなの。もう私には何も分からないし、何も分かりたくない。

ああ、これが悪夢だったらいいのに。


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