アーリマンの慈悲

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クソッ、死んでたまるか!

ロジャー・シェルドンは走っていた。肺は大袈裟なほど酸素を求め、脳は危険信号を幾度も発していたがロジャーは決して立ち止まらなかった。後方には機動部隊の足音が差し迫っており、少しでも走りを緩めれば機動部隊に確保されて収容房に収容される。そして死に抗う術を持たぬまま、その時が来るまで孤独な収容房で余生を過ごすことになる。彼は二度も死にたくなかった。

しかし、相手は高度に訓練された機動部隊。残酷にもその距離間は縮まっていき、不毛な逃走劇に終止符が打たれようしていた。その事実を知りつつロジャーはなおも逃げようと曲がり角に差し掛かったとき──2つの鉛玉が彼の身体を貫いた。

倒れる直前、驚愕の表情を浮かべた隊員の姿を視界に捉えた。威嚇射撃のつもりだったのだろう、とロジャーは冷静に考える一方で、射撃の下手さに対する罵倒を小さく呟いた。ロジャーはまだ、それが致命傷であることを受け入れていなかった。しかし、綺麗に空いた穴からは鮮血が噴出し、みるみる拡がる血溜まりはロジャーに死を教示した。言葉にならない絶叫を上げ、血溜まりに顔を沈めた。失血により奪われつつある思考は、無意味な拒絶反応を示すのに精一杯であった。ロジャーは知っていた。脆弱な鼓動が停止し、あらゆる感覚が切断されたとき、その後に何が起こるのかを。

死にたくない。死にたくない。死に──……



「やはり死にたくないですか、ロジャーよ」

死に瀕したそのとき、悪魔は姿を現した。目の前の隊員は驚愕の表情を浮かべたまま停止し、機動部隊の足音も聞こえない。ロジャーと悪魔以外、すべての時間が停止している。混乱するロジャーは悪魔に問いかける。

何故お前がここに?

「質問に答えなさい、ロジャー」

死にたくない。

「よろしい。今際となってもその願いに変わりないようですね」

俺の質問にも答えろ。お前は何しに来たんだ? 俺は助かったのか?

「治癒でも延命でもなく、ロジャーの死を含めて契約の障害となりうるものを一時的に排除したに過ぎません」

前に俺の願った、人類の半永久的な延命を実現してくれるのか。

「延命どころか死の概念そのものを消滅させられます。そうすれば、ロジャーたちは永遠に悲劇から逃れられます」

何故急に態度を変えたんだ?

「ふと、旧い友人の話を思い出しました。何千年も職務を放棄している怠惰な友人です。しかし、彼女を責め立てることはできません。哀れなことに、彼女の心は疲弊しています」

よく分からない。

「失礼、ロジャーには関係のない話でした。では選択してください、不死となるか、数秒後に訪れる運命を享受するか」

待ってくれ、代償を聞いていない。

「願いの実現と代償は表裏一体です。永遠に手にするものもあれば、永久に失われるものもあります。この先いくら渇望しようとそれを得ることはできないでしょう」

天秤にかけるまでもない。

「ロジャー、あなたの願いは叶えられました。また会う日まで、さようなら」

空間に無数の亀裂が入り、手をついていた壁が、血溜まりのある床が、目の前の隊員が、そしてロジャー自身の身体も粉々に砕かれて暗闇に吸い込まれてゆく。暗闇の先では粒子が別の概念に姿を変え、新たな世界の再構築が始まっていた。悪魔は笑みを浮かべ、亀裂の狭間へ消え入った。

ありがとう

世界は穏やかな死を遂げ、生まれ変わった。
死神は久しく鎌を拾い上げ、自らにふるった。
そして、死は終焉を迎えた。


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