ホワット・イズ・ガヴァガイ?

2021/2/3・水曜日 14:10 鐸木

からんからん。ビートルズの「ヘイ・ジュード」がうっすらと掛かる、半地下の静かなカフェ「クワイエット・デイズ」に誰かが扉を開けて入ってくるが、私は目の前のコーヒーと同様にそちらには目もくれず、PCに向かい仕事をしていた。
すると、いきなり誰かが隣で椅子を引き、座った。そこで私は、カフェに入ってきた高階たかはしの存在にようやく気付いた。
「今、外で雨が降っているんだが」
「そうなのか? 来る時は降っていなかったな。傘は持ってきてないし、どうしようか」
ルポライターとして殆ど同年齢の高階と私はとある事件で知り合ってから、時々このカフェで情報交換をしている。今日は高階が私を呼び、いつも通り、悪びれもせず高階が遅刻してきた。
「なあ、バケツをひっくり返したような雨、という比喩表現があるだろ。それ、どう思う」
「どう思うって、別に、凄い雨が降っているんだな、としか思わない」
「でも、バケツをひっくり返したら、そこで終わりだ。確かに、そこの部分にはもの凄い雨が降るだろう。だが、それも一時的なものだ。お前もバケツをひっくり返したら分かるが、すぐにバケツから水は無くなる。ずっと土砂降りの雨が続いているんだから、もっと別の、適切な表現がある。そう思わないか?」
高階は、暇さえあれば、というかわざわざ暇を作っているのではないかと勘繰ってしまう程、なにかとケチをつける。高階にはそれがごく自然な、彼が生きる上での一番根っこの部分である為、自分が誰かを不快にさせた所で全く気付かない。彼は、ケチをつける事で生命維持をしているのだ。誰かが誰かの生命維持を批判しても、その人にとって重要であれば、それは止める訳にはいかない。
「いや、実は、もの凄く深いバケツなのかもしれない。上から神様が、神様が持っているのは何でもスケールがでかいんだな、と人間たちに思わせるぐらいの深いバケツを持っているのかもしれない。それならば、バケツをひっくり返したような、という表現も間違いではない」
「だがおそらく、最初にそういう表現をした奴は、人間基準のバケツを意識して」「今日、私に話しに来たのはそれか? 空にはもの凄く大きいバケツがあるらしいから、それを調査しようと?」「いや違う。そうだ、俺はこの話をしに来たんだよ」
そういうと、一枚の写真を取り出した。年数を重ね、日に焼けている白黒の写真には、とある男性が写っていた。鼻が通り、眼も大きい。ざっくばらんな髪形で、耳も少し大きいが、顔全体のバランスは取れている。
「お前、こいつ、最近見た事あるか?」
「いや、全然無い。というかそれ、白黒写真じゃないか。一体いつの写真だ?」
「この写真自体は、結構昔のものだ。だが、俺が聞きたいのは、最近見た事あるか、だ」
その含みのある言い方が気に入らなかった私は、高階に皮肉を投げかける。
「何だ、昔の写真に写っている男とは。そいつは不老不死か何かか? そんな陳腐なもの」「それに近い」
沈黙。
「正確には、不老だ。この男、『木邑きむら』が肉体の限界を迎える事は無い」
そういう
「今、令和だぞ。いや、平成初期でもダメだろう、そんなネタ」
「本当だ。俺が事前に調べてきた事をまとめよう」
高階が説明を始める。BGMはいつの間にか止まり、その分、雨足が強まっていく音がはっきり分かった。

🐇

2021/2/4・木曜日 10:10 鐸木

まだ昼頃だというのに、空の雲は灰色で、どんよりとしている。絶好の調査日和だ、なんて言うのは酷い皮肉で、どうにも足取りが重たい。
私は高階から聞いた情報を頼りに、愛知県の名古屋市を訪れていた。
そこに、『木邑』が通っていたらしき、宗教施設がある。俺はそういう宗教って、全部が全部、本当に何でもかんでもインチキだと思っているから、お前が行ってきてくれ。名前は『洗命会せんめいかい』だ。本当に、困っている奴らが集まりそうな名前だな
いつも通り、変わらずケチをつけている高階の顔と声が脳裏に浮かぶ。
電車を降り、スマホの地図アプリを活用しながら約30分、黒手会に到着した。所々に汚れが目立つ、築年数もそれなりに立っているだろう、クリーム色の建物だった。入口の近くには、真っ黒なヤギの角が書かれた看板に、「洗命会」と書かれていた。
私はアポイントメントを取っていなかった為、恐る恐る洗命会のエントランスに入り、受付横のインターホンを押した。
しばらくしてそこから出てきたのは、赤いロングスカートに黒髪の、特長すべき部分もこれといって無い、至って平凡な女性であった。女性は明らかに不審がっていたが、平日に私服で家を訪ねてくる男を怪しむな、というのも無理な話である事は確かだ。私は軽く自己紹介をした後、男の写真を見せた。
「以前、ここの近くでこの男を見た、という情報がありました。心当たりはありますか?」
彼女がその写真を受け取った瞬間、かすかに動揺したのを、私は感じ取った。
なにかある。そう確信した私は、彼女にもっと詰め寄る事にした。
「どうです、この男性を、あなたは知ってるんじゃないですか?」
沈黙。
「ええ、知っています」
たっぷり10秒ほど経った後、消え入るような声で、そう言った。
「そうですか。であれば、その男が何者であったか、教えてくれませんか?」
「この男は以前、私たちの所へ通っていた、信者の一人です」
彼女は、ぽつりぽつりと、語り始めた。
「彼は、熱心にここに通っていました。通い始めこそ3年程前で、多くの信者より若くして入信しましたが、その分お勤めも頑張っていました。幹部のなるのも時間の問題だろう、と囁かれていましたのに……急に、いなくなってしまったんです。1ヶ月ほど前でしょうか。彼の行先を探ろうとしても全く情報が無く、私たちはお手上げでした。」
「会員名簿などはありますか?」
「それは……ありますが、すいません、外部の人には見せられない決まりとなっていますので。ええと、私が知っているのは、先ほどお伝えした通りです。お役に立てたでしょうか?」
これ以上聞いても、もう収穫は無さそうだ。そう思った私は、最後に一つ、気になっている事を聞いてみた。
「ありがとうございます。ところで、ここはどういうものを信仰しているんでしょうか?」
「私たちが信仰しているのは、命そのものです」
命そのもの。さっきまでの口調が嘘のように、その言葉だけがはっきりと聞こえた。
これ以上踏み込むのがなんとなく怖くなってしまった私は、礼もそこそこにその場を去ってしまった。ほかにも調べるべきことはたくさんある。傘を差しなおし、洗命会を後にした。

🐇

2021/2/4・木曜日 12:30 高階

鐸木を洗命会に向かわせた後、「『木邑』は1ヶ月前に姿を消していて、今は行方がわからないらしい」と連絡があった。俺がさらなる手がかりを求めて訪れたのは『木邑』がよく通っていたとされるスポーツジムだった。この町に何件か点在しているが、いずれも距離が離れている。詳細な位置は分からなかった為、とりあえず一番近い所に向かったが、そこのオーナーが『木邑』を知る人物だった。
「おお、木邑さんじゃないか。懐かしいね、前はここに通っていたよ。というかこれ、いつの写真だい? 白黒だし、相当昔のものそうだが」
スポーツジムの中はそこまで汗臭くなく、清潔感に溢れていたので、嫌悪感は特に感じなかった。
「いつのかは俺にも分からない。だが、これが『木邑』ある事には間違いないんだな。何か、『木邑』について知っている事はあるか?」
おそらく鐸木の方も怪しい宗教の所で『木邑』の情報を得ていることだろう。俺も情報を手に入れようとしたが、オーナーの発言は、俺が手に入れたかった情報では無かった。
「知っている事か、すまない、それはあまり多くない。なにせ、生前の彼は、全く誰とも喋ろうとしていなかったからね」
沈黙。
「あれ、どうしたんだい?」
「すまん、今、なんと?」「だから、全く誰とも」「生前、と言ったか? 『木邑』はもう、既に死んでいるのか?」
「ああ、ここに通っている別の人から聞いたけどね。あまりこういう事を言うのも縁起が悪いかも知れないが、でも、熱心に通っていたよ。ほら、そこのベンチプレス。あそこが、彼の指定席だったんだ。あそこを誰かに使われていると、口には出さないものの、少し嫌な顔をしていたよ」
それを聞いた俺は既に、掴まされたガセ情報に苛立っていた。やはり、不老など嘘では無いか。俺も少し怪しいと思っていた。何が「肉体の限界を迎えて死ぬことは無い」だ。調査をして損した。
「それで、何時頃死んだかは分かるか?」
損した、と感じつつも、私は無為に質問を重ねる。そして俺は、次の発言を聞いた時、苛立ちをすっかり忘れてしまう程の恐怖を受けた。
3ヶ月ぐらい前だね。新聞を読んでいたら、とあるビルが燃えた、という記事を見つけてね、そこにいた人は殆ど亡くなってしまったらしいんだ。気の毒だな、と思っていたら、木邑さんの訃報があってね」
沈黙。
「3、ヶ月。3ヶ月前だって?」
「うん、そうだったと思うよ」
「わ、分かった。ありがとう、もう行くよ」
「え、そうなのかい。これといって、役に立つような情報は出せてないけど」
すまないね、役に立てなくて。そう言う彼の顔には申し訳無さそうな顔でいっぱいだった。
「いや、十分だ。それじゃあ」
3ヶ月前に、『木邑』は死んでいる。1ヶ月前に、『木邑』は『洗命会』に行くのを止めている。ならば、その間の1ヶ月、『木邑』に何が起こったんだ?
恐怖はもう、無くなっていた。そこには、元来強かった好奇心が、ぐつぐつと音を立てて湧いていた。

🐇

2021/2/20・土曜日 15:14 鐸木

しばらく、高階からの連絡が途絶えていた。いつも通りといえばそうなのだが、それでもちょっとした連絡は寄越していた。とうとう死んだかと思っていた矢先、高階から電話がかかってきた。
「なあ、ガヴァガイ、という言葉を知っているか?」
そういう高階の声には、焦燥が滲んでいた。私がそれに「知らない。法螺貝と何か関係が?」と返すと、高階は電話越しにため息を吐き、鐸木に説明する。
「ガヴァガイというのは、昔、とある研究者の男が見つけた言葉だ。とある部族の人間が白いウサギを見て、『ガヴァガイ!』と叫んだんだ。まずここまでの情報で、お前はガヴァガイをなんだと思う?」
「白いウサギの事では無いのか?」
至極当然の事であるというように私が返答する。すると、それを見透かしたように高階が笑った。「そういうと思った」
それに少しむっと私は、じゃあそれは一体なんだ、と噛み付くように答えた。
「まあまあ、そうかっかするなよ。それで、その研究者はガヴァガイという言葉がウサギである、という事を確かめる為に観察を続けた。そうすると、部族の男は、彼らの言う『ガヴァガイ』に対し、膝をつき、言葉を発し始めたらしい」
「祈りを捧げた、という事か?」
「そういう事だろうな。そうすると、研究者はこう思った訳だ。もしかしたらガヴァガイというのはウサギという意味では無いのかもしれない、とな。そこで研究者はその場でウサギのように飛んだり、白い物を指さしたりしたが、部族の男は反応しなかった。そして、最終的に太陽を指さしたんだ。そうしたら、どうなったと思う?」
沈黙。
「ガヴァガイ、と言った?」
「そうだ。彼らの中で、ガヴァガイというのは神に近い言葉だったんだ。それも正しいとは限らないが、もしガヴァガイを『ウサギ』としか翻訳しなかったら、ガヴァガイという言葉を『神』と翻訳した人間と意見が食い違う。結局の所、言語の翻訳とは不完全な物なんだ」
「お前は結局、何が言いたいんだ?」
「俺たちが今探し求めている『木邑』は、ガヴァガイをウサギとしか翻訳しないような物だったんだ。違う、違う! あいつの本質はウサギでは無く、燃え盛る太陽だったんだ」
「お前の言いたい事が全く伝わらない。たとえ話じゃなく、もっとはっきり」

あいつは、神だったんだ!

🐰

2021/2/20 土曜日 15:17 高階

ブツリ。ツー、ツー、ツー。
手が震える。鐸木との電話を強引に切ったあと、


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