ウサギは何も言わずに死んだ
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サイト-8100のガラス張りの通路は、春の陽光を受けて輝いていた。

雲ひとつない快晴の昼下がり。会議室が集中している7階の東廊下に人影はほとんどない。昼休みには少し遅く、かといって午後一番に舞い込んだ仕事が落ち着くほどの時間は経っていなかった。巡回している警備員のほかには重役出勤してくる管理職へのレクチャーに呼ばれただろう研究員や、どこか不穏な雰囲気を纏ったエージェントたちが数名行き来するばかり。

ここ数年でさんざんに見慣れたはずの光景を、私は半ば呆然と眺めている。

壁際に整然と一定間隔で並べられた椅子は、大小複数の会議室で行われる会合のために室外で待機するエージェントが使用しているもの。新年度が始まって間もない今週はどの部署も内部の調整で忙しく、会議はほとんど開かれていない。だから無人の会議室の外で座り込んでいる私の姿は、相応に目立ったに違いなかった。

「あの、大丈夫ですか?」

控えめな声の方に視線を振って、ほんの少しだけ目を丸くした。警備部の制服を折り目正しく着込んだ女性職員の髪は長い三編みにされていて、染料では到底出せそうにない空色をしていた。向こう側には薄っすらと背後の廊下が透けていた。

「ああ、すみません、私は朝夕ちょうせきといいます」こちらの困惑に気づいてか、女性職員は慌てて首から提げていた職員証を差し出した。「ここの警備員です。アイランズさんですよね? 渉外部門の」

「ええ、そうですが」

よかった、と一息をついて、朝夕は言う。「どこか具合を悪くしてらっしゃるのかと」

「ご親切にありがとうございます。体調に問題はありませんよ」

ほらこの通り。そう言って胸を張ってみせると、朝夕はぱっと破顔する。聞けば巡回中、同僚から無線で連絡が入ったらしい──会議が開かれていない会議室の外で、職員らしき白人がずっと座っている。念のために保安部門に照会をかけているが、面識があるものはいないか?

「私、以前は階下したのエントランスで検査員やってまして。アイランズさんのことはすぐにわかりました。このサイトが初めての人は迷ってらっしゃることも多いんですけど、しょっちゅう会議に出てる外交官の人は違うだろうし、体調不良かなと──ああごめんなさい、ずっと話してて。晴れの日はいつもこんな感じなんです」
「いえいえ、お気遣いいただき嬉しいです。ご同僚の皆様にも、余計な手間を取らせてしまって申し訳ないと」
「ご丁寧にどうもすみません──任務かなにかでしょうか? あっ、機密とかでしたら私はこれで」
「大丈夫ですよ、個人的な用事ですから」

一人で早合点して慌てている警備員を宥める。今日はこのサイトで行うべき職務がないのは事実だった。即応任務の当番勤務は明日からで、夜のミーティングはサイト-8140で行われるが、それまでは自由時間だ。上長には6時間ぶんの外出許可を言い渡されていて、4つある携帯端末の電源はすべて切られている。

私が1時間もこの場所に座っている理由は、本当になんでもない個人的なものだ。

「少しだけ……決心が鈍ってしまったもので」
「決心、ですか?」
「ええ。ですが、ずっとこうしているわけにもいきませんから」

立ち上がり、朝夕からは私の身体の影になる場所に置いてあった紙袋を手に取る。財団のフロント企業のひとつ、首都圏ではよく知られた菓子メーカーのロゴが控えめに入った、落ち着いた白と灰褐色の紙袋。

あ、と朝夕が小さく声を上げ、口に手を当てるのが横目に見えた。

「勤務ご苦労さまです。それでは、私は失礼します」

きっと朝夕は事情を理解したに違いなかった──そのことを察した瞬間から、それ以上彼女と話すことは躊躇われた。頭を下げ、私は足早にその場を後にする。

柔らかな日差しに照らされている見慣れた廊下が、ひどく冷たく、長く感じられた。

*

暖かく閑散とした直線の終わり、角を曲がって左の階段を足早に降りれば、先程とは打って変わって冷え冷えとした空気がスーツの首筋を静かに撫でる。部屋の外に立っていた黒いスーツの男は何も言わず、ひどく簡単なボディチェックのみで恭しく私をゲートに通した。

上空から観察される危険を可能な限り排するため、採光用のガラスと一部の吹き抜け部分以外、青空を模した発光パネルで構築された空間。構造上は屋外にあたるものの、ここからサイトの外に出ることはほとんど不可能な、注意深く閉鎖された見かけ上の外界。

どのような宗教のモチーフにも類似しないよう、しかし面影程度は感じられるよう、財団のデザイナーが苦心して作成した白いオブジェの向こう側に、滑らかな黒い石板が列を成すように並んでいる。遠目に見ただけでは、それの設置意図を推察することは難しいだろう。周囲には植栽の緑とコンクリートの灰色、天井の青が整然と配置され、石板はただそこにある。

それは墓碑だ。


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