islandsmaster-195-20d4

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  • 足首つかんで引き込む→なんかギミック使って落とし穴に落として回収する
  • タキオリはもっと異物感薄め、かつ悪人ではないが社会不適合者感を明快に出していく

 暗闇に引き込まれると、いつの間にか足首を掴んでいた手は離れていた。よろよろとタイヨウが立ち上がると、突然あたりが明るくなる。すぐに、少し離れたところにいるソラを見つけた。

「ソラ! よかった──」

「ヤア、ヤア、ヤア、ヤア!」

 背後で突然響く、聞き覚えのない声。呼びかけの声というよりも、相手を圧倒し、彼への注目を強制して、目を離して動き出すことを許さない、そんな狩りの雄叫びにも聞こえた。しかし同時に、それは間違いなく一定の友好性を保った人間的な言葉でもあって、その矛盾がタイヨウの肌を粟立たせる。声の力に操られるままタイヨウが振り向くと、ちょうど一人の男がソラに向かって大股でズカズカと近づいていくところだった。年の頃は40を過ぎたあたりだろうか。真ん中で分かれた頭髪、人の後ろを見ているような怪しげな瞳、貼り付けたような不快な笑み。そして何より、大きな丸眼鏡。タイヨウは直感する。間違いない。この男こそが、最近噂になっている丸眼鏡の狂人だ。

「お嬢さん、なかなか面白いものを着ているね。これは何処で手に入れたのかな? 落ちていたのを拾ったのかい? それとも誰かから奪った? もしくは──」
 
 男は初対面とは思えない勢いでソラに迫り、笑顔で次々に問いをまくし立てる。一方のソラは硬直して、一歩下がることもできず、手は小刻みに震えていた。その目には涙が溜まっている。

「あの!」

 先ほどとは打って変わって弱気なソラに驚いたタイヨウは、男を止めようと声を出す。すると、男の顔はすっと真顔に戻り、ゆっくりとタイヨウの方を向いた。いや、実際のところ男は時間などかけず、すぐにタイヨウの方を向いたのだが、その瞬間に発した男の重圧のために、その短い瞬間がタイヨウには異様に長く感じられたのだ。そうして初めて、ソラが押されている理由を理解した。少年を射る視線は大きな岩を括り付けた矢のようで、年端も行かない子供に向けられる類のものではない。それでも彼が一歩引かずに男に相対できたのは、ここまで失敗続きだったことに対する恥と意地のためだった。タイヨウの方を向いた男は、すぐに笑顔を貼り付けなおす。

「ああ、君。そうだ、君も居たね。君のお名前はなんというのかな?」
「えっと、タイヨウ──」
「タイヨウくんというんだね。えーっと」

 男が一瞬怪訝そうな表情になって、眉を顰め、考えるようなそぶりを見せる。

「あれ、タイヨウくんはもしかして僕と会ったことがあったりするかな?」
「え、いえ。初めてだと思いますが……」
「そうだよなぁ。いやいや申し訳ない。どこかで見た顔な気がしただけなんだ。ところで、タイヨウくんも大変な思いをしたんだろう? 汚い部屋で悪いけど、気兼ねなく休んでいてくれ」

 あらためて周囲を見渡すと、何のためのものかわからない機械、明らかに改造されたおもちゃ、大きな壺を載せた手漕ぎのトロッコ……そこはガラクタだらけの大きな部屋だった。一通り視線を巡らせて再び男に戻ってくると、すでに男はソラに向き直っている。

「それで、話が途中で終わってしまっていたね。お嬢さん、それを拾ったのでもなく、奪ったのでもないとすると──」
「ひゃあっ」

 男の話を遮るように、ソラが一際高い悲鳴を上げる。しかしどうやら、それは彼に恐怖したからではないようだ。彼女の目は、彼の後ろに向けられている。タイヨウが視線を追うと、普段見るよりも大きな、手のひらほどの黒い塊が歩いていた。ゴキブリだ。それはソラの悲鳴に驚いたようで、かさかさと動き、ガラクタの中に逃げ込んでいった。

「ほう」

 男は興味深そうに頷く。彼女の悲鳴から、何かを理解したようだった。一方でタイヨウはソラがなぜ悲鳴を上げたのか理解できず、それが苛立たしかった。単に理解できなかったからではない。初めて会った男が理解できていて、自分にはできていないことが、なぜか異様に腹立たしいと感じられた。

「君は、地上から来たのかい?」

 気さくに問うているように聞こえて、その声には迂闊に踏み入れた足を掴む泥沼のような重みがある。ソラは肩をびくっと揺らし、震えた声で答える。

「え……どうしてそれを?」
「ゴキブリは、地下、特にこの辺りでは食用なんだ。喜ぶ人間こそいれども、驚くような人はいない。まあ、君の気持ちもわかるけどね。こればっかりは慣れることが大切だ」

 男の話を聞き、ソラは顔を顰める。ゴキブリを食べることを想像したからだろうか。彼女に悪意はないことを理解しつつも、タイヨウは自身の生活が、そして自身が育った環境が否定された気がして、ソラとの距離が酷く遠く感じられた。一方で目の前の男は、どうやらソラと価値観を共有できるようだ。タイヨウは自分と彼らの間に、薄い壁が張られているように感じて、無意識に歯ぎしりをした。

「なるほど地上から来たのかい。それは大変な思いをしたねえ。それで、中層か下層まで落ちて、どうしてこんなところにいるんだい?」
「いや、あの……」

 畳みかけるような質問に、ソラが横目でタイヨウに助けを求める。タイヨウは前へ出ようとするが、透明な壁のために一瞬行動が遅れてしまう。その機を逃さず、タイヨウの動きを封じるかのように男はソラとタイヨウの間に割って入る。

「そうか、申し訳ない。名前も知らない大人と話すのは緊張するよね。僕はタキオリ。商人みたいなことをやって各地を旅しているんだ。こんな変なところに居るのも、線路があると色々移動が楽だからと思ってくれればいい」
「タキオリさん、ですか」
「そう。それで、君はどうしてこんなところに?」
「ちょ、ちょっと待ってください」

 出遅れたタイヨウだが、なんとかタキオリと名乗った男の横まで歩み出て、その顔を見上げる。タキオリはタイヨウの接近に気付きながら、彼を一瞥もしない。

「ああ、どうした少年。僕はこのお嬢さんと話しているんだが」
「その、ソラは色々あって、疲れていると思うので、僕が話を」

 そこでやっと、タキオリは首から上だけを動かして、笑顔で少年を見下ろす。逃げることも反抗することも許さない無言の圧力。アミカケとして、上層の商人と渡り合うことがタイヨウの日常だった。しかし、彼を見下ろすそれは、ただの商人に必要な表情ではない。また、ただの商人に作り出せるようなものでもない。丸眼鏡の奥に隠れた、底も知れない何かがタイヨウを見据えていた。

「──そうか。まあそれでもいいね。なら椅子を用意しようか」

 予想だにしない好意的な反応にへたり込みそうになるタイヨウを気にかけもせず、タキオリはガラクタの山を漁る。それから三脚の椅子を、ちょうど三人が向かい合うように並べ、そのうち一つに座ると、二人にも座るように勧めた。
 タイヨウが警戒しながら、ゆっくりと腰を下ろす。次いで、ソラも残りの一つに座った。それをみて、何事も起こらないことに胸をなでおろしてから、タイヨウはここまでの経緯を順に説明した。一通り話を聞いて、タキオリは幾度か頷く。

「なるほど。それでここまで来たんだね。まあデンシャが来ないのも無理はない。今日はシュクジツというやつなんだよ」
「シュクジツ……?」
「まあ地下生まれなら知らないのも無理はない。おめでたい日ってことだよ。特に君みたいな少年少女にとってはね。だけど皮肉にも、君たちにとってはとんだ災難だったみたいだ。それで、なんだ──」

 タキオリはそんな話はどうでもいい、といった風に無理やりに話を切って、ソラの方を向く。

「君たちはスーツを直したくて上層を目指している、と」

 ソラがこくりと頷く。

「なるほど、そうだったか。でも残念だけど、それは上層に行ったからって直せるようなものじゃないよ」

 タキオリの語りは軽快で、笑顔は崩れない。突然ここまでの努力を軽々しく否定されたようで、タイヨウはぐっと歯を食いしばって男をねめつけた。

「そんなの、やってみないとわかんないじゃないですか」
「ま、止めはしないけどね。ただ──」

 相変わらずタキオリはタイヨウのことを一瞥もしない。羽虫を片手で追い払うように、その言葉を適当にあしらうばかりだ。

「僕自身、ほんの少しだがスーツについて知っている。預けてくれれば一部の機能は回復できるかもしれない」

 タキオリは前へ乗り出して、ぐっとソラに顔を近づけた。丸眼鏡の奥で、ソラの表情の変化の一つも見逃すまいと、瞳孔が一際拡張する。

「それに、僕よりもっとそのスーツに詳しい人間も知っている。案内してあげてもいい。そうすれば地上に帰れるよ。僕も地上に用があるんだ。一緒に地上を目指そうじゃないか」

 ソラがタイヨウの方へ視線を動かそうとして一瞬固まるのを、タイヨウは見逃さなかった。それは恐怖ではなく、怯えではなく、むしろ希望とそのための逡巡を示していた。目の前の男の誘いと、頼りない少年を比較しての迷いのためだった。タイヨウは漠然とした不快感を、頭を振って追い払う。彼女の反応も当然のことだ。望みを叶えられる希望が目の前に吊り下げられれば誰だって、それがいくら疑わしいとしても手を伸ばしたくなってしまう。

「適当なことばかり言うのはやめてください! やっぱり僕はあなたを信用できない。助けてくれたところ悪いですけど、もう行かせてもらいます」

 タイヨウは彼女がそれ以上狂人の言葉に惑わされないようにと、できる限り声を張り上げた。その言葉を聞くや否や、先ほどまでソラに向けられていた丸眼鏡が、ぐっとタイヨウの眼前に迫る。

「君が信用できないとして、僕に何か関係あるかな? 僕はこのお嬢さんと話をしているんだよ。それとも君も地上に行きたいのかい?」

 その声色は、妙に静かで、しかしやはり重い。想像だにしなかった言葉に、立ち上がろうと込めた力が行き場を失い、不自然な前屈みで体が固まる。

「ほう?」
「……わけのわからないことを。ほら、行こう」

 タイヨウは立ち上がって、ソラへと手を伸ばした。彼女は何かに気を取られているのか、タイヨウの顔を不思議そうに眺めていた。

「ソラ?」

 二度目の呼びかけ。突然現実に引き戻されたかのように、彼女はびくりと肩を震わせた。それから、彼の手を取って立ち上がる。

「う、うん。そうだよね、まずは上層でスーツを直せるか試さないと。そっちの方が確実だし」

 立ち上がってタキオリを見下ろす二人。しかし丸眼鏡の男は動じず、座ったまま、にこにこと笑うばかりだった。

「まあ、まだ若いんだ。やりたいようにするといい」
「何を上から。……そもそも地上に行きたい奴なんてろくでもないに決まってる」
「そうなのかい?」
「ああそうですよ。そういうことをいうやつは、周りの迷惑も考えない、くそ野郎ばっかりだ」
「はははっ、確かに。それは一面的には真実だな」

 タキオリは納得したように何度も頷く。付き合っていられるか、とタイヨウはソラを連れて出口へと歩いていった。ソラの手を引いて先導するタイヨウは、拠点を出る間際、ちらりとソラが振り返ったことに気付かない。

 二人が出ていくのを見守って、タキオリは、ふぅ、と息をつく。その声に反応してか、隠れていたゴキブリがまるで心配するかのようにガラクタの陰から顔を出し、彼を見つめている。笑顔の仮面はいつのまにか、ぽろりと外れていた。彼は小さく、誰に言うでもなく、彼自身の言葉を繰り返す。

「──スーツに詳しい人間を知っている、一緒に地上を目指そう」

 それは、釣り餌だった。彼がかつて消してしまった輝きを、しかしそれ自体を餌に釣り上げようとする、身勝手で矛盾し、欺瞞に満ちた提案だ。再び彼に浮かんだ笑顔は、今までのそれとは違って自嘲的で、それゆえに心からの笑いだったのかもしれない。

「まったく、どの口が言うんだか」

 何かの転がり落ちる音が、彼の笑いを拒絶する。ガラクタを無理に積み上げた山は、小さな綻びで容易に崩壊してしまうだろう。現にそれは、小さく左右に揺れている。山の崩壊を止めるため、彼はゆっくりと立ち上がった。

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  1. portal:5060201 (15 Jan 2019 17:15)
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