丁パート

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要認印

事件番号: ███-885
事件種別: 壬種未分類 (超常現象/進行中)
捜査担当: 特事第三課 柊班 (北海道担当)
発報日時: 20██年██月██日 10:17

事件概要:
10:46現着。一般市民による通報で発覚。通報内容は不明な原因による複数名の負傷。北海道警察管内北警察署所属の警察官4名が急行、異常事象の生起を認める。特事案件と認定され、当直の特事第三課柊班が配置された。

札幌市北区、北辰大学キャンパス4号棟7階にて、脚部に重症を負った男性を発見。男性は同大学物理学研究科の研究員を自称し、また本件通報者を自称。「同僚が次々と身体を溶け崩れさせて死んだ」旨を報告した後、救急搬送中に死亡した。

男性の発見された地点、ならびに通報に使用された回線から、異常事象の発生源は同階766号室であると推測された。同室は原子核物理学研究室の研究員控室として使用されていた。柊班の到着時点で異常事象は室外に拡大しており、複数の遺体が目視で確認された。柊捜査員の要請により現場は封鎖され、財団への応援要請が承認された。

財団による介入は11:18より開始された。08年協定文書-22号に基づき財団機動部隊"ひ-14"の投入が通告された。部隊の展開は14:30までに行われる見込み。

被害状況:
把握されている人的被害は死者6名(一般市民)、行方不明者1名。有価値資産の状況は不明である。事件現場は異常事象の範囲内にあるとみられ、事態の掌握は困難である。

隠蔽工作:
報道機関との初期協定締結に成功。大衆向け偽装報道類型"引火性液体の漏洩"を適用し、異常事象の隠蔽を行う。協定に基づき、財団への対処引き継ぎが進行中である。




20██年 ██月██日 北辰大学構内 収容班現地司令部 加山光輝

加山光輝かやまみつきにとって、札幌はどこか親しみを感じられる街だった。生まれてこの方関東住まいで旅行も滅多にしない加山だが、この街には何度も訪れている。高校の修学旅行で一度、大学に入ってから友人との旅行で二度、修士時代に学会参加でもう一度──合計四回も来ていれば、もはや見慣れた街と言ってもいい。

それでも、仕事として──それも緊急の呼び出しを受けて、急拵えであることが丸わかりの薄っぺらい資料に齧り付きながら、飛行機に押し込まれての到着となれば話は別だった。半ば色褪せた思い出は緊張の渦に押し潰され、焦燥感は呼吸を浅くさせ、街の景色を鑑賞する余裕などどこにもないまま、彼はなんとか目的地に辿り着いた。

北辰大学は札幌市内に巨大なキャンパスを有するマンモス校だが、財団との繋がりはそこまで大きくない。それでも渉外部門の手際は見事なもので、ファイルに添付されていた偽の身分証は無愛想な門衛の背筋に電流を叩き込んだようだった。畏まった様子で帽子を深く被った門衛に通用門まで案内される途中、正門前にごった返している報道陣が横目に見える。大学構内で実験用の可燃性溶液に引火してボヤ騒ぎが起き、鎮火されるも複数人が怪我──ありふれた事故、ありふれたカバーストーリー。

しかし資料によれば、ここでは今まさに、長らく真実を隠し続けてきた日本国内のヴェール体制をひっくり返しかねない騒ぎになりうる火種というべきものが燃えている。

規制線を越えた向こう側、報道陣のカメラからはちょうど建物の影に隠れる場所に、大学所有のテントがいくつも設置されていた。口中に湧き出る唾を飲み下す。ここが現地に派遣された収容担当機動部隊と調査班の拠点となっていると資料に記されている。通常は近隣のサイトに設置されるはずの調査拠点が現場にあることは、基本的に良くない兆候だ。遠隔地から通信越しに制御できるほど簡単な事案ではないということだから。

何事もなく終わるよう祈りながら、重い天幕を持ち上げる。

「81KAから派遣されました、認知異常学者の加山です。こちらでブリーフィングを受けろと……うげ」
「おっ」

第一印象をより良いものにすべく可能な限り張り上げた声が仇になり、呻き声はテントの内側に拡散した。数十対の視線が一斉に加山に突き刺さる。必死に愛想笑いを浮かべて頭を下げる加山の姿に、意地悪げに微笑む男が一人。

「よぉ、加山じゃん。奇遇」
「飯尾……なんでここに」
「なんでって、呼ばれたからだけど」

お前と一緒、とせせら笑う女のような顔をした同僚は、財団加入同期の心理学者だ。飯尾唯めしおゆい。研究分野は対異常心理分析。有知性異常実体、特に人間型アノマリーの行動予測の専門家。

加山と飯尾の勤務地は本来別々だが、顔を合わせる機会はかなり多い。専門が近しく、そして同じ対象を研究することが多いからだ。認知異常──認識災害やミームトリガー型の異常は知性体の活動に由来するケースが大半であり、必然的に認知学者と心理学者は方々で鉢合わせることになる。そして両者がともに研究するケースにおいて、アノマリーが無害なことはあまりない。

状況は想像より悪そうだ。溜め息をつきながら加山は腰を落ち着ける場所を探す。テントの中に乱雑に並べられたパイプ椅子は、機動部隊員や様々な部門から派遣された研究員、初期対応にあたるフィールドエージェントや技術者たちによってほとんどが占領されていた。奥まった一角には見慣れない制服の男女が20人ほど詰め掛けて、機動部隊の隊長らしき人物と小声で話している。ひと目で特事課の刑事とわかる安物のスーツを着た男は不満げに電話をかけ続けていた。ブリーフィングまでそう時間はない。

視界の端にわざとらしい手招き──テントの北側、ビデオ会議用スクリーンの最前列を確保している飯尾の両隣は綺麗に空いていた。空港からここまで休む暇もなかった身としては、この人混みを掻き分けて遠くの椅子をわざわざ取りに行く気力はない。人を小馬鹿にしたようないつもの表情を浮かべる飯尾の右隣に腰を下ろし、何も映っていないスクリーンを眺める。

こういうとき、話を切り出すのはいつも加山の役目だった。

「579の報告書、見たか?」
「読まずに来たら前原さんに殺されるでしょ──どう思うよ、あれ」
「こっちが聞きたい。あのふざけた末尾、作成者は何考えてるんだ」
「さあね。上は誰が書いたのかも疑ってると思うけど」
「なに?」
「改竄、隠蔽、偽装、まあなんでもいいけど。俺ら全員が読まされた報告書のコピー、あれが偽物の可能性はあるでしょ。『真の内容は公開されません』だなんて怪しすぎじゃない?」
「まさか。確かに今回初めて見たアノマリーだが、中央のデータベースだぞ」
「それが問題でさ。579の初期収容に携わった職員はほとんど記憶処理を受けてるんだよね。最初の報告を上げた主任研究員は死んでるし、今の報告書の中身が正しいかどうか分かるやつはほぼいないわけ」

だから初期収容チームにいた前原さんがわざわざ中央から呼び戻されてんの、と飯尾は笑う。この男がなぜか様々な財団組織の内情に詳しいのはいつものことで、加山としても今更疑問符を挟んだりはしない。弱みを握った情報提供者をどこぞに飼っているのだろう──初期収容の現場においては、どんな怪情報でも何もないよりマシだ。

「つーことは何だ、既存のデータはすべて疑問符付きで扱えってことか。今回は長引きそうだな」
「そうでもない。少なくとも上はスピード解決を目指してる」
「根拠は」
「俺とお前が呼ばれてる。ついでにあいつらも」

飯尾が指差す先、制服の男女は機動部隊長とともにスクリーンの脇に移動している。ブリーフィングに参加するのだろうか? そこまで考えたところで、先程までは着けられていなかった肩章に加山の視線は吸い寄せられる。敵味方識別と隠蔽を考慮した着脱式のワッペンは財団でも広く採用されているが、その肩章のデザインは財団では絶対に使われない代物だ。正距方位図法で示された北極点中心の世界地図と、それを切り裂く五芒星──

「GOC!?」
「正確には天地部門な。連中の技術開発機関」
「そんなことは知ってる! それより、合同作戦ってアナウンスは出てないはず」
「ないな。向こうも裏方が手伝いに来ただけ。理由はすぐ分かるよ」
「お前、どこまで噛んでる」
「使いっ走りレベルで。渉外部門の奴ら、人使いが荒くて嫌になるね。まあ俺は人気者だから仕方ないが?」

そう言って頭の後ろで腕を組み、大げさにパイプ椅子の背にもたれ掛かると、そのまま後ろに倒れそうになって細い足を不格好にばたつかせている。仕方ないので倒れない程度に背中を支えてやっていると、スクリーンの前にやってきた白衣の研究者と目が合った。虹色の瞳孔がこちらを睨みつけ、慌てて飯尾を椅子ごと引き上げる。あー助かった、などと呑気に抜かす飯尾を冷たく一瞥して、そいつは設営担当の職員から渡されたヘッドセットを片手に資料のチェックを始めている。ブリーフィングの担当者──つまり今回の収容班のリーダー格らしいその女の風貌には、面倒なことに見覚えがあった。

「おいおいおい、ありゃ天宮だぞ……」
「"便利屋"が札幌くんだりまで出てくるってことは、いよいよ上も形振り構ってられないってわけ。手ぶらで帰らなくて済みそうでよかった」

飯尾の呟きに続くようにしてスクリーンに光が投げかけられる。イヤホン装着を指示するピクトグラム──市街地などの周囲に一般人が残っている環境で行われる収容活動において、情報漏洩を避けるための通常プロトコルだ。支給された小型イヤホンを一斉に装着する衣擦れに続き、僅かなノイズ。そして聞き覚えのある低く少しだけ掠れた声。

「収容班主任代理の天宮です。これより、ブリーフィングを始めます」




20██年 ██月██日 北辰大学構内 収容班現地司令部 天宮麗花

スクリーンの脇の雛壇に登ると、頭一つぶんだけ視点が高くなる。天宮麗花あまみやれいかの日本人女性としては少し低い身長にその高さが加わっても、視界の端に控えるGOCの技官や機動部隊の上級隊員たちには足りない──それでもこうして壇上に立ち、高い位置で視線を受け止めていると、少しばかりの優越感がある。

最も、居並ぶパイプ椅子の群れの最前列でこちらを眺める二対の両眼に対しては、懐かしさと鬱陶しさが勝った。サイト-8180で行われた長期研修で、似たような構図が何度もあったことを思い出す。碌な結末を迎えなかったセミナーの記憶が蘇り、僅かに眉を顰めながら、天宮はプロジェクターを操作した。

「前置きは省きます。アノマリーの概要についてはお渡しした資料のとおり──SCP-579-JPの収容違反が発生し、複数の異常現象によって北海道全域の現実性に影響が出ています。既に緊急対応司令室が立ち上げられ、我々も含めた収容資産はその指揮下で任務に当たることとなりました。前原臨時司令から、可能な限り早期に事態を収拾せよとのことです」

まずは前提条件の提示から──続いて参加部隊の顔ぶれや使用可能な機材など、司令室からのオーダーをそのまま伝えていく。普段から収容の初期対応にあたっている現場肌の人間が多いためか、テント内は落ち着いた雰囲気だ。これがデスクワーカーばかり集めていたら、広域収容違反という時点でひと騒ぎあっただろう。内心で安堵しつつ天宮がリモコンを動かすと、続いて数枚のスライドが表示され、確認された異常事象の情報と時系列が列挙されていく。

「今回の異常事象の発生源は北辰大学札幌キャンパス4号棟776号室、原子核物理学研究室が使用していた部屋です。特事課が出動した時点では人体溶解現象SHDということになっていましたが、実際のところはもっと悪い状況でした。こちらがキャンパス内部の映像です」

画面が切り替わり、ドローンから撮影された低い画角の画像が表示される。キャンパス構内、無人の廊下や研究室、階段を登って異常の発生源へ。無惨にも崩壊した遺体が遠間に表示され、最前列の加山が素早く目を背けた。画像処理の担当者が即席で付けた説明テロップとともにいくつもの画像が通り過ぎ──次に表示された画像には、どうにも大学の建物内にあるべきではないものがいくつも見えている。

「……本当に室内の画像なのか、これ」
「青空見えてんな。背景はどう見ても山、それも周囲が平地じゃない。奥はでけー森だし、ジブリか?」
「不規則発言は謹んでください、飯尾博士」

緊張感の欠片もない感想を述べた心理学者が隣のミーム学者に肘で小突かれているのを横目で睨む。とはいえ、彼の言葉に含まれた地形の分析は的を得ていた。リノリウムの廊下を削り取るように、あるいは上書きするようにして写り込んでいるのは深い森と峡谷、薄く積もった雪に覆われる巨大な針葉樹林だ。

「これは30分前に4号棟7階で撮影されたものです。光学的投影ではありません──中身入りです。エコーは精査中ですが、かなりの広さを有しています」
「別地域へのポータルの類ですか? それとも異常空間?」
「ほぼ確実に後者ですね。遠景から推測される周辺地形と植生の組み合わせはデータベースに類例がなく、少なくとも地球ではありません。ドローンで突入を試みたところ、全機が機能喪失。しかも単に通信が途絶したのではなく、突入時点で内部から物理的に損壊しました。おそらく、我々の現実とは異なる物理法則が働いています」
「579-JP-丁事象?」
「報告書の記述を事実とするならば、ですが」

機動部隊員の挙手質問へ肯定を返す。百戦錬磨の職員たちも流石に動揺を抑えきれず、テントの内側は俄にざわめきに包まれた。579-JPの報告書はここにいる全員にクリアランス解除されており、誰もがその曖昧すぎる記述に困惑しているところなのだ。こんなものを根拠にして収容を行っていたら、命がいくつあっても足りない──責任者を押し付けられた天宮ですらそう思っているのだから、今初めて現状を認識した隊員たちに平静を保てというのは無理がある。

そして内心で溜め息を吐きつつも、天宮はさらに爆弾を追加する。

「皆さんにはまだ開示されていない情報ですが、私の権限でお伝えしておきましょう。既に道内では30箇所以上で同様の事象が確認されています。多くは人口密集地から遠く離れた場所で、目撃者への記憶処理や道路の封鎖で対応していますが──無人地帯での先行調査では、スクラントン現実錨SRAによる封じ込めが無効である可能性が示唆されました」
「!」
「ヒューム値の差異がもたらす通常の現実改変事象への対処において、SRAは非常に有効な阻止手段です。しかし本件はそうではない。いわゆる丁事象とは、SCP-579-JPに包含される固有の物理法則が基底現実の物理法則を部分的に上書きすることによって生じると考えられており、これはそもそも現実改変とは異なるメカニズムによるものである……と、土橋博士による現地報告の引用ですが」

つまりSRAは使えない。現実改変が起きていないのだから、現実改変を抑止する機能しかないSRAは役立たずだ。ざわめきが更に大きくなり、突入を担当する機動部隊の技術者たちは小声で忙しなく議論を始める。ただでさえ異常空間が絡む事例では収容担当者の死傷率が跳ね上がるのに、踏み込むだけで機材を物理的に破壊するような空間を、どうやって収容せよと言うのだろう?

「発言許可を──現時点での収容はリスクが高い。SHDが579-JPを原因とするものであることはほぼ確実。無策で異常空間に接すれば全滅しかねない」
「ここにある機材だけでは危険すぎる。司令室は人員防護についてどのような見解を?」
「さらなる情報開示を求めます。この報告書の内容は明らかに不自然だ。より上位のクリアランスで、完全な報告書を閲覧しなければ対策を立てられません」
「時間経過で状況が改善する可能性はないか。異常空間の拡大速度によっては、かなり長期間現状を維持できる可能性もあるだろう。無理に収容せず、現場を封鎖して経過を見てもよいのでは」
「579-JP実体との交渉手段はないのですか。このような事態を招いている以上、彼らには何か意図があると考えるのが自然だ。要求の如何によっては平和裏に収拾することも──」

機動部隊の隊長格や研究者陣からも次々と疑問の声が飛び出す。流石に場数を踏んだ人間が多いだけあり、急ごしらえの資料しか与えられていない寄せ集めの集団でも、それぞれが己の役割を理解して現実的に取りうる手段を模索している。その内容がことごとく司令室の方針と乖離しているということを除けば、だが。

まともな事案なら収容班の責任者は現地の研究者たちの見解をまとめて上層部と協議し、必要な資材や機器を取り寄せて、実現可能性が高そうな手段をリストの上位から順に試す。しかし今回は残念ながらそうではない──天宮が来た時点でこの事案は訳ありだ。ブリーフィングは出来レースで、何をするかは既に決まっている。

だから一呼吸の後に放たれた天宮の返答は、実に明快で現実離れしていた。

「SCP-579-JPとの交渉は不可能です。アノマリーは既に消滅し、もはやコンタクトの術はない。そもそも知性体であるか否かも不明であり、またそれを追求する必要もありません。求められているのは事態の早期収拾のみです」
「何をバカなことを。現に我々の目と鼻の先で人が死んでいる!」
「私だって確認しましたとも──これが緊急対応司令室の、財団の公式見解です。前原臨時司令に直接聞いたところで、あるいは理事会に訴えたところで、同じ台詞を返されるかと思いますが」

食って掛かろうとした初老の研究者が絶句する。一気に場の熱が引いていき、白けきった視線が壇上の天宮を突き刺した。これは政治の絡んだ案件であり、現場の意見は無視される流れなのだと気づいての軽蔑の眼差し。司令室のメッセンジャー兼収容失敗時の斬られ首である天宮としては特段そのことに驚きはないが、まったく嫌な役回りだ、と内心で自嘲するほかない。

「小人は虚構の存在であり、579-JPは存在しない。これが大前提です。その上で、緊急対応司令室は事態の迅速な収拾を望んでいます。大型機材は準備されていますが、到着にも稼働にも時間がかかる。まずは予備調査のために突入班を編成せよとのことです」
「……簡単に言ってくれますが、隊員の防護手段が用意できなければゴーサインは出せない。部下から無駄死には出せませんのでね。おわかりでしょう、博士」

スクリーンを挟んで向こう側にいる機動部隊隊長の静かな釘刺しは、部隊指揮官としての責任ゆえだろう。アノマリーは目の前で被害をもたらしているが存在していない、なんて詭弁ですらない虚飾を並べられても表情すら変えず、自身の職責に忠実なのだから尊敬に値する。露骨に呆れた顔をして前原さんやべー、天宮やべーなどと呟いている最前列のアホどもとは大違いだ。

「……手段は用意してあります。許可を取るのに多少、苦労はしましたが」

だからこそ、彼らにも働いてもらう必要がある。せっかく才能を買われてここにいるのだから、相応しい活躍を見せてもらうべきだろう。

「飯尾博士、前へどうぞ。貴方から説明をお願いします」
「いやいや、このタイミングで紹介って空気悪すぎじゃない? 流石にもうちょっと場が温まってるときに──」
「給料分の仕事をなさい。そのためにわざわざ東京から呼ばれたんでしょう」
「はい…………」

しゅんと項垂れつつ立ち上がるという小器用な真似をしてみせた心理学者に、疑わしげな視線が集まる。天宮が上層部のイエスマンであることが確定した今、彼女からマイクを譲られた人間がまともな解決策を提唱できるとは考えづらいのだから当然である。ひとつ間違えればバインダーやマグカップが乱れ飛びそうな険悪さ──しかしそんな空気もどこ吹く風、飯尾唯はいつもの半笑いの表情で口を開いた。

「よお皆さん。渉外部門特別顧問として、紀尾井町のお偉いさんから押し付けられた面倒事がひとつあってさ。そこにいるGOCのご友人方が最新鋭の防護装備をお貸ししてくださるんで、力を合わせて任務に当たろうって話なんだけど、乗る気ある?」




20██年 ██月██日 北辰大学構内 収容班現地司令部 加山光輝

険悪な雰囲気のまま幕を閉じたブリーフィングから30分あまり。装備の確認や異常空間監視のため、研究者たちは各々の持ち場に散り、テント内には突入班に編成された機動部隊員が残ることになった。加山も対抗ミーム編集のため医療部門ブースへ入ろうとしたのだが、何故かテントにいるよう指示され──そして今、見覚えのある人物が飯尾の腕を捻り上げるのを眺めている。

「飯尾──俺が今どういう感情を抱いているか、貴様にわかるか」
「わかる! わかるって神舎利かんざりめちゃくちゃわかるよ何故なら腕がスゲー痛いから! 離してくれ頼むホント痛いからいだだだだだだだ」

骨の軋む音が聞こえてきそうなほどに見事にキマった捻り──デスクワーク専門でこの手の痛みに耐性のない飯尾は顔を白くしている。そろそろ意識が飛ぶかもしれない。この男の腕の骨が折れようが失神しようが自業自得としか思えないのだが、まだ仕事が終わっていない段階で後送されては困る。多くの人間にとって残念なことに、飯尾の職分は替えがきかないのだ。

「そこらへんにしとけ、神舎利。子供が見てる」
「────」

子供、というフレーズはこの男には効果覿面だ。突然解放された飯尾がつんのめってパイプ椅子にぶつかるのを完全に無視して、エージェント・神舎利は横目でテントの隅を見遣る。銃火器で身を固めた物々しい機動部隊員たちに取り巻かれて、長方形をした透明なパレットの中から気遣わしげにこちらを見ているのは、こんな場所には似つかわしくない幼さの残る少女の姿。

円谷つぶらやまどか、13歳。GOC時代の資産コードは"啄木鳥キツツキ"……中学生かよ。倫理委員会は何やってんだか」
「内保と科研もだ。現実改変者タイプ・グリーンを収容に利用するなど……それもGOCの力を借りて。有り得ないことだ」

静かに拳を握りしめる神舎利は相当頭に来ているようだった。現実改変者を忌み嫌い、エージェントとして雇用されてからはその終了措置の立案実行を職務とするこの男にとって、今回の指令は不本意極まりないだろう──そしてそれをよく知りながら彼を任務にアサインした心理学者の性格の悪さは筋金入りだ。

「神舎利はこう言ってるし、俺も同意見だ。正直どうかしてると思う。何か弁解あるか、飯尾」
「めちゃくちゃ腕が痛い、千切れそうなくらい。もうさ、せっかく久々に同期が集まったってのに、神舎利お前相変わらず堅物すぎ──待って! 次は本当に折れる!」
「やめとけよ、子供が怯えてるだろ。暴力は仕事が終わってからにしろ」

椅子を引っ張ってきて二人を無理やり座らせる。流石に頭に血が上っていることを自覚したのか、神舎利は大きく深呼吸した。数秒経ってこちらに視線を投げたときには、冷静沈着なエージェントの顔が戻ってきている。

「業腹だが、俺が呼ばれた理由は彼女を見た時点で理解している。第一任務は本件収容に割り当てられた現実改変者の護衛、第二任務は暴走時の終了。相違ないか」
「ひとつ抜けてる。第三任務はGOCの監視──連中が円谷ちゃんに何かしようとしたら頭をぶち抜け。責任は俺が取る」
「おいおい、連中は味方って話じゃなかったのか」
「敵の敵ってだけだよ。大体、本当にうちを手助けする気なら排撃班を寄越すっての」

あいつらはうちの現実改変技術が欲しいの、と飯尾はいつもの軽薄な笑みで言う。同じテント内に当のGOC職員たちがいるのを知っていて、わざわざ聞こえるように大声で。当て擦られたGOC側が黙々と機材の整備を続けているのは組織間の対立を嫌ってか、それとも単純に事実だからか。

「GOCは魔術の兵器化研究じゃ他の追随を許さない。けど現実改変、特に対抗現実安定化に関しちゃ財団は世界最大手。連中もSRAのパチモンくらいは作ってるだろうけど、うちみたく『首輪』なんてのは無理だ」
「だから探りを入れに来てると?」
「こっちにもメリットはあるさ。円谷ちゃんは元・GOCの排撃資産、つまり武器だ。今回の広域収容違反では、GOCは財団に協力して後方支援を行うって話になってる。理事会は何としても事態を早期収拾したい、でもSRAが使えない以上は手間のかかるやり口を試すしかない。古巣の技術で彼女をうまく調整できれば、問題を一挙に解決できる」
「この手の異常空間は指向性現実増幅器で中和するのがセオリーだけど、あれはとにかく図体がでかいし電気を食うし一度設置したら移動も難しい。一方人間なら調整さえできれば取り回しがよくて使いやすい……理屈は通るな」
「馬鹿げた話だ。現実改変者、それも子供に突入班全員の命を預けるなぞ、正気とは思えん」
「ところが緊急対応司令室はこれが最善と言ってるんだな。正確にはマスタープランを管理してる"神州"と、それを後押しする上層部が」

前原さんは渋い顔で承認、天宮のヤツは今更上に反対する気もないから技術部とずっと揉めてる──飯尾が示すテントの反対側では、確かに天宮麗花がなにやら両手にそれぞれ別の受話器を抱えて左右交互に話している。その表情と遠くからでもわかる剣幕は、少なくとも穏健なものではない。

「とにかく、まどかちゃんの調整がじき終わる。連中謹製の内的現実拡張ユニットは、うちに奪われなきゃ本来彼女を乗せる予定だった特注品だ。乗せてスイッチを押すと、半径数十メートル圏内の環境が基底現実のそれに固定されるわけ。彼女の意識と集中力が続くうちは、太陽の真ん中にだって素足で踏み込める」
「それが不安定だと言ってるんだ──まあいい。命令には従う。彼女の護衛と処理が俺の仕事だ」
「後者はそこまで気にする必要ないけどな。現実安定化が途切れたら、おそらく彼女以外の全員が579-JPの物理法則にもろに晒される。数秒もしない内に全身ドロドロだ」
「『首輪』のセーフティが機能するなら、その数秒間で撃てば届くだろう。早撃ちは得意だ」

静かに腰のホルスターを撫でる神舎利と、笑みを崩さない飯尾。自分がいなかったらこの二人はまともに打ち合わせができたのだろうか、と加山は内心で疑問する。どうしてこう自分の同期というのは物騒な連中ばかりなのだろう? ともあれこれで話は済んだ、と場を締めようとして口を開いた時、ふと気になったことがあった。

「そういえば、俺はどうしてここに残らされているんだ。てっきり579-JP用の対抗ミーム調整に回されるんだと思っていたけど、向こうはもう人手が足りてるって」
「あ? お前は突入班に決まってんだろ。機動部隊の先導役、よろしく」
「────は?」

まるで当然と言わんばかりの回答に絶句する加山に対し、呆れたように目を細めて神舎利が告げる。

「報告書によれば、579-JPを認識した者は異常性に取り込まれる──並の対抗ミームじゃ効果がない。物理法則が違うなら通信はまともに届かないから外部からのフィルター更新もできない。お前の異常な認知抵抗値の高さは普段はまるで役立たずだが、見るだけで異常を媒介する敵を相手にするなら連れて行かない選択肢はないな」
「つーか最初からそのためにお前を推薦してんの。ミーム学者だけならこっちのサイトにもっと優秀なのが大勢いるけど、この報告書読んでもまったく脳に影響が出てないの、多分お前しかいないし」

じゃー俺はまどかちゃんのメンタルチェックやるから──こちらの左肩を軽く叩いて、心理学者は去っていく。そんな馬鹿な、と助けを求めてエージェントの方を見ると、こちらはほんの少しだけ瞳に同情の色を滲ませつつ、右肩に拳をぽんと当てて機動部隊員が集まる一角へ向かっていった。

広いテントの真ん中で、加山はひとり立ち尽くす。茫洋と視線を彷徨わせ──右肩と首の間に携帯端末を挟んだまま、"神州"のものだろうホログラムの建物図面と格闘している天宮と目が合った。おもむろに天宮が端末を取り出す。猛然と何かを入力すると、すぐに加山の懐から震動。端末を取り出し起動すると、天宮の前に展開しているのと同じ図面が動き出し、複数の矢印が青白い壁やドアを突き刺して内部をくるくると動き回る。

続いて天宮からのテキストメッセージ──"突入経路予想図"さらには"検討・提案事項があれば30分以内に"。

加山は静かに天を仰ぎ、ケースの中の少女がそれを心配そうに見つめている。




[中盤ここまで]




20██年 ██月██日 北辰大学構内 異常空間中心部 エージェント・神舎利

鉄底のブーツが土を噛む音が、奇妙に歪んで響き渡った。本来リノリウムの床であるはずの場所は由来不明の苔らしきものに覆われ、地面からは微かな腐臭が漂っている。遠くから聞こえる怪鳥の叫びが背を震わせ、虫のさざめきもまた異様な圧迫感をもって迫る。生命の気配は強まるばかりで、それでも──

「……静かだ」
「相当騒ぎを起こしたはずなのに、大型の動物が皆無。妙ですね」

背中合わせに周囲を警戒しつつ、エコーと神舎利は囁きあう。極短時間のフィールド影響範囲変動による床面破壊──異常空間の性質を逆手に取った策で目的地たる研究室の頭上から一気に雪崩れ込む作戦は見事に成功した。とはいえ最も無防備な瞬間である降下こそが危険であり、このタイミングで数名を失う可能性すらあると、誰もが覚悟していたのだが。

「アルファおよびガンマ、降下完了。俺たちが殿しんがりだ」
「点呼確認。欠員なし」
「装備チェック、機材チェック、クリア。オールグリーン」
「た、助かった……」

腰が引けている加山をベータが蹴飛ばし、早く行けと急かす。デルタのリモコン操作に応えて現実拡張ユニットもゆっくりと動き始め、部隊は滑らかにユニットを中央に据えた円陣を組み直した。

「地形の侵食が酷いな。ここは平坦だが、少し向こうはすぐに崖だ」
「それよか上を見てくださいよ、さっきの場所も凄かったけど、ここじゃ青空が八に天井が二だ。もうこっち側がほとんど残ってない、頭がおかしくなりそうだ」
「それが見えてるのはアンタだけだっつの。あたしの目に映ってるのは純度100パーセントのジュラシック・パークだよ」
「食われる前に終わらせたいですね……」

ベータの腕の端末から展開された構内図面とマッピング済みの地形図を照らし合わせていた加山が呻き、何人かが失笑する。やがて加山がホログラムの図面を控えめに何回か突くと、全員の端末にも同じポイントが強調する形で表示された。

「目的地はここです。前方に見える薮の向こうの小高い丘の先、およそ60メートル。このラボの主任研究員の机です」
「移動してないことを祈るしかないな。トイレにでも行ってたら最悪だ」
「仮眠室とここから最も近いトイレ、それに給湯室と階下の自販機の位置もトレースしてあります。目的地に何もなければ順に……うっぷ」
「加山博士、体調に問題が?」
「まだなんとか……これ以上長引くときついですけどね。情報量が多すぎなんで」
「俺が支えよう。エコー、側面を代わってくれ」

ふらつく加山を肩で支えると、痩せ型とはいえ成人男性の体重に装備を加えた重みがずっしりと伸し掛かる。よく現場に引っ張り出される癖に鍛え方が足りないやつはこれだから──内心で舌打ちしつつ、加山が指で指示する方向に神舎利は足を進めていく。

「あー、軽い軽い。助かったよ」
「昔からお前は体力がなさすぎる、もっと訓練に出ろ。こんな調子で現場に迷惑かけてるといずれ死ぬぞ」
「運動は嫌いだ……あ、もう少し右に寄れ。ゴミ箱がある。そこの岩だ、かなり薄れてるけど」
「見えてる──いや、違うな。俺が見てるものより大きいのか」
「そうそう。1メートルくらい右に避けてくれ。多分問題ないけど、万が一引っかかると"上書き"されるかもしれない」
「……了解。全隊、右へ距離を──いや、待て!」

同期との何気ない会話──それに混じって何かが聞こえた。それが何なのか理解するより先に、神舎利は加山を突き飛ばしつつ、もつれるような形で一緒に倒れ込んでいた。反射的に悲鳴を上げようとする同期の口を片手で塞ぎながら、前方に向けてライフルを構える。

空気が凍った。僅かな衣擦れと金属音は、後方で機動部隊員たちが臨戦態勢に入ったことを示している。パニック状態でもがく加山を押さえつけつつ、神舎利は全身の神経を集中させる。

ほんの一瞬、遠くから何か不審な音がしたのだ。会話に紛れ込んでいて、しかし明確に鳥の鳴き声や虫のさざめきとは違っていた。人間か、それに類するものだけが作り出すような、そんな音。

耳をそばだてる──後方で現実拡張ユニットの放つ僅かなモーター音の他には何の物音も聞こえない。自分の心臓の拍動と呼吸音だけが苔混じりの泥の上で忙しなく響く。抜けるような青空と山岳地帯の美しい景観に囲まれて、引き伸ばされたように時間が過ぎていく。

数十秒は経っただろうか。焦りが募り、頭を上げて周囲を確認したい衝動がこみ上げる。匍匐状態のまま周囲を見渡したところで、泥だらけで小さく手をばたつかせている加山と目が合った。まだ片手で口を塞いだままだったことを思い出し、急いで手を離すと、ぜえぜえと肩で息をしている。

「……悪い」
「テメエ、いきなり泥の中に叩き込みやがって──」
「何か聞こえなかったか。会話の途中、どこからか妙な音がしたはずなんだが」
「ああ? お前何を、」

加山が目を丸くし、それから黙り込む。その動作だけで、神舎利は先程何が起きていたかを理解した。匍匐から中腰になり、手を上げて後方にサインを送る──ジェスチャーは『静かに前進』『この先目標あり』。味方の気配が近づいてくることを背中で察知しつつ、神舎利は加山に問いかける。

いつから聞こえてた?」
「お前に引き倒されてすぐ。伝えようとしたけど、ずっと押さえ込まれてて」
「悪かったと言ったろう──俺にはもう何も聞こえてない。最初のほんの一瞬だけ、お前との会話に紛れて聞こえた」
「会話に意識を割いてたせいで脅威と判断するのが遅れて、防護が間に合わなかったんだろ。"おかしい"と気付いた瞬間に認識にフィルターがかかった。そういう仕組みなんだよ」
「対抗ミーム制御……」

認識しただけで連鎖的に波及、感染する異常性から人体を防護するための認知フィルタリング技術だ。そもそも認識しなければ異常性は効果を発揮しない。視覚や聴覚を媒介するアノマリーによる不可逆的な影響が予想される場合、機動部隊員は認識フィルターを接種してその影響を緩和できる。

どうやら視界の範囲内には脅威はなさそうだった。膝立ちで前方を警戒しつつ、神舎利は改めて耳をそばだてる。風のざわめきと後方から近づく仲間の足音の他には何もない──しかしそこにはフィルターによって抑制された異常が潜んでいる。

そっと肩を叩く手──後ろからやってきたベータとエコーが二人の両脇に立ち、護衛するように陣形を組み直した。神舎利もゆっくりとライフルを構える。膝に手をついて起き上がった加山が、ひどく嫌そうに小さく呟いた。

「俺にはずっと聞こえてた──あれはだ。丘の向こうで誰かが歌ってる」




20██年 ██月██日 北辰大学構内 異常空間中心部 加山光輝

歌が聞こえる。

それは加山や同行する機動部隊員たちが普段慣れ親しんできた邦楽や歌謡曲のようなものではなかった。加山にはそれを音楽と呼ぶことが躊躇われた。到底人類の肉体構造から発振されうる音とは思えない──ただ、少なくともそれは聞くに堪えない雑音ではなかった。一定の音律と法則性を持ち、少々の変化を付けつつループするそれは、確かに知性を感じさせるものだ。

「何を歌ってるか、わかるのか」
「わかってたら今頃お前と会話できなくなってるよ」

先行する神舎利の問いに自棄気味に答える──視界の端が黒ずんで、心臓の一拍一拍が骨を打ち付け、そのくせ身体は激しく熱を持っている。どれだけ認知抵抗値が高くとも、視覚も聴覚も攻撃的な認識以上に晒され続ければ、いずれ脳が情報を処理しきれなくなるのだ。二徹空けで修論の最終稿を直してたときみたいだ、と場違いな感想を抱きながら、腰ほどの高さの岩場をよじ登って丘の終端に辿り着く。

「何かいる。あそこだ」

偵察のために先行していたエコーが呟いた。指をさして示すのは岩場の先だ。丈の高い草が見渡す限り続く草原に、何か大きな影がうずくまっている。アルファが双眼鏡を差し出してきた。よく見て本物か確かめろ、ということなのだろう──岩陰に身体を横たえ、頭だけを出して双眼鏡を構える。

「……ああ、クソ」

ひと目で手遅れだとわかった。ひどい猫背の、盛り上がった肩口から脊椎の半ば突き出した異形。猪と人と熊を混ぜこぜにしたような巨大な獣に、ひどく薄れて引き伸ばされた人間の姿が重なって見える。顔は半分ほど溶け崩れていたが、辛うじてわかる人相は突入前ブリーフィングで渡された研究員の顔写真と似ていた。深々とした草原の中、折れ砕けた乱杭歯が立ち並ぶ口を半開きにして、それは泡立つ血と共に言葉にならない歌声を垂れ流している。

「確認しました。対象に間違いありません」
「579-JPの姿はあるか」
「視認できる範囲には無し」
「よし。対象に動きは?」
「ありません──変異する前に重症を負ってるようです。たぶん、もう動けないんだ」

頷いたアルファが部隊員を呼び集める。現実拡張ユニットの丸い素体も、タイヤを時折引っ掛けながら岩場の下までやってきた。怪鳥や狼の襲撃を警戒しつつ、岩陰で作戦会議が始まる。

「聞いての通り、目標はすぐそこだ。撃って殺せると思うか」
「何とも言えませんね──ここじゃあ光学測距と実際に弾が通る物理的な距離が一致しません。仮に銃弾が効くとしても、撃っても届くかは不明。少なくとも音は響いている以上、仕損じれば間違いなく気づかれます」
「初撃で殺し切るしかないが、照準に不安があるのはまずいな。どうにか環境を固定できないか」
「現実拡張ユニットなら……」
「目測で300m近く距離がある。フィールド範囲は最大出力でも50mが限界だ」
「とすると……」

接近戦、とベータが呟いた。隊員たちが顔を見合わせる。通常の戦闘ではまず避けるべき手段──しかしこの異常空間においては、それは非常に現実的な選択肢に思われた。距離も質量も化学組成も運動エネルギーも、あらゆるものが現実と乖離している以上、現実拡張ユニットの効果範囲に引き込むほかに対象を確実に排除する方策はないのだ。

とはいえ、問題はもう一つある。

「ここからずっと草原だ。足元が悪すぎてユニットは通れない」
「それに遮蔽物のない窪地だぞ。この図体じゃ目立ちすぎる、良い的だ」

対象が攻撃してこなくとも、この空間にはそこらじゅうを怪物がうろついている。逃げ場のない窪地かつ遮蔽物のない環境に身を晒せば、辿り着く前に全滅しかねない。ユニットが失われればもっと悪く、全員が比喩でなく地面に広がる肉の染みと化すだろう。

沈黙が場を支配する。誰もが真剣に状況への対処法を考えている。しかし妙案はなく、誰も諦めてはいないがゆえに、議論は打ち切られることなく停滞する。

膠着──その気配を背中で感じながら加山も考える。とはいえ現場での戦術的な議論は専門外。思考するのは同期の悪人、非常に遺憾ながら友人と呼ぶべきであろう男、飯尾唯のことだ。

加山が突入部隊に抜擢されたのは体質ゆえだ。だが神舎利は違う。彼は歴戦のエージェントだが、そもそもここには突入専門の機動部隊がいる。わざわざ外部から呼び寄せたエージェントを一人だけ参加させても連携を乱すだけ。現実改変者を投入する際の安全弁、カウンターパートといえば聞こえは良いが、そもそも資料によれば今回投入された円谷まどかは非常に従順な現実改変者で、Cクラスの正式なクリアランスすら発行されているれっきとした財団職員だ。裏切りの可能性は極めて低いし、そもそも装置に入っている状態ではカウンターパートなど必要ない。

今回の無茶な収容プランを立案したのは上層部だが、それを実行するために何か企んでいるのは飯尾唯だ。奴が神舎利を選出し同行させた。あの腹黒女装野郎のことであるから絶対に何か意図がある。円谷のメンタルケアを飯尾がやっていたことを考えれば、円谷の裏切りの可能性はほぼ排除可能、とすると神舎利の役割は円谷の排除などではなく──

「……あの野郎、一度本気で殴っといた方が良い気がしてきたぞ」

こうなることを見越していたんだとしたら説明不足にも程があるだろう。舌打ちしつつ、肩のホルスターに吊るされた無線機のスイッチを入れる。登録されたチャンネルは一番下。相手の性質を考慮して全体開放のチャンネルなので、この会話は部隊全員に筒抜けだ。

どうせ記録されているわけだし、後で始末書だな、と思いつつ、通話ボタンを押し込んだ。

「あー、こちら加山。加山光輝。円谷ちゃん、聞こえてる?」
『え──あ、はい! まどかです! 何のご用でしょうか!?』

ごん、という音はユニットの内壁に頭をぶつけた音だろうか。やっぱり止めたほうがいいんじゃないかとも思えてきたが、既に会話を聞いた部隊全員がこちらを注視しており、特に神舎利の視線は燃えるようだ。後戻りはできそうにない。

「えーと、きみ、いまその装置を使ってこの空間の物理法則を書き換えてるわけだよね。体調に問題はない? 疲れたりしてる?」
『このくらいだったら何度も耐久試験をしているので、あと十時間くらいは大丈夫です! お気遣いいただきありがとうございます』
「な、なるほど。それじゃあ──装置を出たらどのくらい保つ?」
『え、それは』

円谷が言いよどみ、隊員たちがぎょっとして中腰になる。加山としては銃を向けられたりしないことを祈るしかない。別にこちらはストレスで発狂したわけではないのだ。

「装置を使わない場合の効果範囲と持続時間──飯尾先生が君に教えた、本当の数字が知りたいんだ。ブリーフィングのときはGOCの人たちがいたから、資料には嘘が書かれてたんじゃない?」
『ええと──』
「俺は飯尾先生の友達だし、他の人も口は堅いからさ。大丈夫、先生に教えてもらった通りのことを伝えてくれればいい。君や先生が処罰されることはないよ」

静かで穏当な落ち着いた口調は、頼りがいがある大人という雰囲気を出すためのせめてもの努力だ。その一方で、銃を抜きかけている隊員たちには身振り手振りで必死に敵意がないことをアピールする。どうにも締まらない攻防が数秒間続き、その間黙り込んでいた円谷が、やがて小さく息を吐いた。

『本当に本当に必要なときだけ教えてもいいと言われたんですけど──今がその時なんですよね』
「ああ、そうなる。君の力がいる」
『内的現実拡張ユニットは、能力の安定とセーフガードに必要なだけなんです。仮に私が意識を失っても、しばらくは能力を維持できるように。出力範囲と効果時間に、ユニットの有無は関係ありません』
「それじゃあ」
『ちゃんと集中していれば、ですけど──私の改変強度なら、生身でも能力の減衰はありません。皆さんをお守りできると思います』

ありがとう、という言葉は少し掠れていた。眼前に憤怒の形相の神舎利がホルスターに手をかけながら迫っていて、平静を保てる人間はそういない。注意深く無線機のスイッチをオフにして、神舎利の肩越しにこちらを興味深げに眺めているアルファに視線を投げる。

「どうでしょうか。この装置が無くても事が済むなら、接近戦も十分可能なのでは」
「……渉外と科研の連中を締め上げる必要があるな」

アルファが肩を竦め、ベータ以下の隊員が装備を広げて作戦の検討を始める。どうやら正解を引いたようだ──これが終わったら休暇を取って、その前に飯尾を一発殴ろうと加山は決意した。




20██年 ██月██日 北辰大学構内 異常空間中心部 円谷まどか

今日は体育の授業がある日だった。室内運動場が解放されるのは週に2回。プリチャード学院の通信教育講座は体育への時間配分が少なく、首輪があるとはいえ力いっぱい体を動かせる数少ない日を、円谷まどかは楽しみにしていた。

それがなんだか急にカリキュラムが変更されたと思いきや、身体検査を経てすぐに飛行機に載せられた。パレットで荷物みたいに輸送されるのはもう慣れっこだが、ここまで慌ただしいのは珍しい。何かあったのかな──そう考えていると、緊急任務に参加するのだと告げられた。

それからあれよあれよという間に、巨大な茹で卵みたいな装置に積まれて作戦に投入されることになった。見覚えのある制服の人たちが現れたときはひどく怖かったけれど、顔馴染みのカウンセラーが現れて彼らを追い払ってくれた。機動部隊の人たちを守るために力を使ってほしいのだとも教えられた。以前とは違う、人殺しの武器としてではなく、皆を守るためにどうか頼むよ、と。

そして今、異常空間の中心部に位置する草原の真ん中で、装置の殻を外して外気に身をさらし──後頭部に銃を突きつけられている。

「隊の防護以外のために能力を行使すれば──その瞬間に、俺がお前を撃つ」
「おい、神舎利!」
「これが俺の役目だ。わかっているだろう」

最後の言葉が自分に向けてのものだと、円谷には理解できている。彼女は現実改変者であり、財団に雇用されたCクラス職員であり、GOCの元排撃資産だ。生まれつきヒトならぬ力を持っていて、それゆえに幾度となくこういった扱いを受けてきた。銃口の攻撃的な気配には慣れっこだし、むしろ事前に声をかけてくれるだけ優しい方だとも思う。会話が通じる相手だと思われているということだから。それに──

「大丈夫です。先生から聞いていますから」
「何?」
「もしユニットから出て戦うようなことがあったら、そのときは神舎利さんが守ってくれると言っていました。銃を向けてくるだろうけど本当に撃ちやしない、あれは照れ隠しだから、と」
「…………」

みしり、と神舎利の銃把を握る手に力が入る。もしかしてこれは言っちゃいけなかったかな、と思ったものの、それ以上の追求はなかった。呆れ顔の加山が先導する機動部隊にエスコートされて、自分の背丈よりも長い草が生い茂る草原を中腰になって隠れながら進む。見たこともない景色──しかし現実改変者としての彼女の空間知覚は、視覚や嗅覚や触覚を飛び越えて、自身の支配領域とそれに改変されながらも呑み込まんとする周囲の異常空間の、釉薬のない陶器の表面を強く擦り合わせるような、ひどく不快なせめぎ合いを捉えている。

時折足を草の根に引っ掛けながらの行軍。神舎利はぴたりと背後につけている。こちらが転びそうになれば肩を掴んで引き止め、よろめけば支えてくれる。銃口もまた片時も離れず、円谷の後頭部に定められている。先導する加山は時折こちらを心配そうに振り返り、機動部隊員たちも言葉少なながら気遣いのそぶりを見せている。

体育の授業とはぜんぜん違ってるけど、悪くないな──そう思い始めたとき、唐突に部隊は停止した。

「────あれだ」

草の中に隠れて加山が囁く。彼が指差す先に屹立する威容は、図鑑で見たどのような動物とも違っていた。鹿角にも見える捻じ曲がった大きな角、熊のそれをさらに大きくしたような尖った鼻先。分厚い毛皮と盛り上がった肩口の筋肉はまさしく巨獣──しかしそよ風に乗って漂うのは、獣臭というよりも血の匂い。

「怪我、してるんですか……?」
「最初に影響を受けて、空間改変の中心点にずっといたんだ。まだ生きているのが不思議なくらいだ」

思わず漏れた疑問に、呻くように加山が返答する。よく見れば毛皮に隠されて、怪物の全身は傷だらけだった。内側から肉が引き裂かれ、骨や血管が露出している。足元は半ば地面に埋まっており、血溜まりは乾いて土色になっていた。

「もう少しだけ接近する。フィールドの効果範囲にやつが入った瞬間に一斉射」

加山と交代した先導役の隊員が囁き、隊列は円形から緩い楔形に変化する。弧を描くようにして怪物の背後を取りつつ、ゆっくりと前進し──彼女から正確に半径40mの距離で展開された支配領域が、怪物の身体に接触した。

『────────!!』

次の瞬間、楔の前面から銃火が炸裂し、放たれた弾丸は正確に怪物の身体に突き立って、その内側でエネルギーの全てを開放した。怪物がよろめきすらせず、無抵抗にただ薙ぎ倒されるのを、円谷はその鋭敏な空間知覚能力でもって感じ取った。それは怪物の意志によるものではなく、単純にライフル弾の威力に耐えることなど到底不可能なほどに衰弱しきっていたためだった。怪物の口から言葉にならない悲鳴が漏れ、そのことで初めて、円谷は怪物がこれまで何かをずっと口にしており、それが自分には聞こえていなかったことを悟った。

「接近しろ、"啄木鳥キツツキ"。フィールドの範囲内に確実にやつを収める。まだ死んでいない」
「あ、はい」

隊長らしき人の冷厳な通告──急いで数歩前へ。怪物の巨体に薙ぎ払われて、草原にはぽっかりと穴が開いている。機動部隊員たちは素早くワイヤーを投げて怪物を地面に固定していた。的確に関節や腱を縫い留められ、身動きのできなくなった獣が全身を震わせて呻く。

『────────』
「……ごめんなさい。あなたが何を言ってるのか、私にはわからないんです」

隣に佇む加山に視線を向ける。こちらの意図を察したのか、複雑そうな顔で加山が言う。

「俺にもわからない。ほとんど日本語は残ってなくて……ただ、いくつかのフレーズはなんとか聞き取れた」
「なんて、言ってるんですか」
「"まやかしだ"と言ってる。"この世界は嘘ばかりだ"と」
「それは──」

崩折れた怪物がもがく。人間としての面影はもはや感じられず、その吐息はゆっくりと弱まっていく。

これから彼が辿る結末はもう決まっているのだろう──機動部隊への随伴任務は大抵こういう終わり方をする。そしてそれがこの世界ではまだしも幸せな方なのだということは、円谷にもなんとなく分かっていた。

「まやかしなのは当たり前だ。ヴェールは人々を守るためにあるのだから」

神舎利が呟く。その銃口は一瞬たりともブレることはなく、円谷の後頭部に向けられている。しかしそのトリガーに掛かる指先が先程より僅かに緩んでいるのを、円谷の空間知覚は確かに捉えている。

真面目そうな人だから、このことを伝えたらきっと怒るんだろうな──そんなことを考えながら、円谷はゆっくりと怪物に近づく。首元のスクラントン現実錨がアラートを起動しない程度に、周囲に展開したフィールドの効力を強めていく。自分の手足はそのままに、神経だけが透明に身体を飛び越して、空間に拡がっていくような感覚。怪物は身震いし、その巨体から力が抜けていく。

「……そこまででいい。後ろを向いていろ、"啄木鳥"」
「あんたの任務はアタシたちを防護するための能力行使だけだ。この先を見る必要はないよ」

機動部隊員が口々に制止する。ゴーグルやサングラスで隠されたその表情を伺い知ることは難しい。だがその吐息に潜む配慮を感じ取れないほど、円谷は子供ではないのだ。彼らのライフルは怪物の脳と心臓があるだろう場所にぴたりと照準されており、これから先に起きることは、誰にだって簡単に理解できる。

そしてだからこそ、その思いやりに感謝しつつも、受け取ることはできないのだ。

「大丈夫です──ありがとうございます。でも、ちゃんと見ていたいんです」
「だが、それは」
「先生の許可はもらってます。結局最後に責任を取れるのは自分だけだから、と」
「あの野郎、帰ったら本気でぶっ飛ばす……」

加山の呟きにはひどく感情が籠もっている。たぶん彼は先生の数少ない友達のひとりだと思うのだが、大丈夫だろうか? カウンセラーのことを少しだけ心配しながら、10人分の筒先が獣の身体に向けられるのを見つめる。何かあったとき、彼らを守れるのは自分だけだ。

「射撃用意。3、2、1──」

え、の合図は財団もGOCも一緒なんだな。そんな風に場違いな感想が出てしまうのは、たぶん似たような光景を見すぎたせいなのだろう。巨体が動きを止め、支配領域を外側から押さえつけていた重圧が霧散していく。任務完了、と誰かが呟き、吐息と笑い声がそれに続く。

内側にもつれるように急速に崩れ行く世界の中で、全員を確かに包み込めるだけの支配領域を維持しながら、ふと円谷は奇妙な気配を感じた。獣の巨体、世界の崩壊と同期するようにゆっくりと縮んでいくその身体の上に何かがいる。ぼんやりと掴みどころのない、敵意こそないが親和的でもなく、そして円谷の改変能の支配下にありながら、彼女の空間知覚をもってしてもその実像を把握できない何か。

目を凝らす。瞬間的に拡張された視覚がそれを光学的に捉える。血まみれの毛皮の上に座り込む、ピンク色の硬質の肌と茶色の髪の毛を持ち、短い手足を力なく投げ出したそれは、

ただの人形だ。

「────え?」

ガラス玉の瞳と視線が交錯する。その疑問符に答えるものはなく──次の瞬間、音もなく空間が崩壊した。




20██年 ██月██日 北辰大学構内 収容班現地司令部 天宮麗花

デブリーフィングは怒涛のような勢いで終了した。

GOCの技術者たちが驚くべき迅速さで引き上げた後、すぐさま物々しい雰囲気の内部保安部門の調査官たちが到着し、彼らが脇で調査をしている中で余計な発言を差し挟む余裕は誰にもなかった。型通りの状況確認と司令室への報告──『残りは後日、正式な報告書にて』で全てが終了したのは、現地司令部のメンバーが様々なサイトから寄せ集められていて、めいめい本来の勤務地での業務を抱えていたからだろう。機動部隊員や各種計測機器の技術者など、異常空間の影響を受けていて除染措置が必要なメンバーが近隣のサイトにまとめて移送され、現地司令部は店仕舞いの時間を迎えている。

そしてそのどこか気の抜けた喧騒の中、人目を忍んでそそくさとキャンパスを去ろうとする心理学者を捕まえるために、天宮は少々の権力を私的に用いる必要があった。

「全て吐きなさい。今すぐに」
「え、え、え? 何なの急に」
「そのふざけた笑い方を今すぐ止めないと、私の権限とコネをすべて使ってあなたの所属を向こう何年かI5のセラピストセンターに変更します。硫黄島沖の海底あたりで働きたければ自由にしていなさい」
「うーん、俺登山とか好きだし別に……オーケー、落ち着こう、ねえってば」

警察官に偽装したエージェント2名に両脇を掴まれて、数人の作業員が残るだけの司令部テントに引っ立てられた飯尾が怯えたように叫ぶ。とはいえいつもの胡散臭い笑みが完全には剥がれきっていない辺り、こうして連行されるのも予想のうちということだろうか。

全く気に入らない──手を振ってエージェントたちに下がっているよう合図しつつ、天宮はパイプ椅子に拘束された心理学者に書類の束を突きつける。

「あなたには聞きたいことが山のようにあります。マスタープランなどという世迷い言に始まり、今回は何から何までおかしな作戦でした。何か一つでもボタンの掛け違いがあれば、突入班は全滅していた」
「でも彼らは成功した。それで良いんじゃないの」
「良いわけがありません。こんな馬鹿げた"プラン"に二度目はない。そもそも報告書の内容が理解不能なところに突然捩じ込まれた人員配置、GOCの介入と作戦規定から外れたタイプグリーンの投入。全て収容審査局が動くべき事案です」
「だから告げ口のネタを集めてるとか?」
「収容班主任代理として、私には上に報告する義務があるんです。ここで起きた全てを理解して、書面に起こさなければならない」

私に憎まれ役をやらせて勝ち逃げなど許すものか──天宮の思考はそこに集約されている。彼女の奉じる財団とは人類最高の知性が集まった強大な収容組織であり、このような行き当たりばったりの仕事の責任者として己の名前だけが記録されるなど断じて許容できないことだ。本来の責任者を引きずり出し、そいつにも最低限同じ烙印を背負わせねば気が済まない。

息巻く天宮に苦笑して、飯尾は携帯端末を開いた。無数の通信ログの中から拾い出されるのは、機密指定された何通かのメール。彼の同僚からのひどく直截的で大雑把な指示は、この騒動の中で飯尾が果たす役割を決定づけたものの、実施手順そのものは飯尾のオリジナルだ。

「そう言われてもね、俺にもあんま言えることないよ。アイランズが俺に依頼したのは円谷ちゃんの運用の適正化、手配された権限もそのための人員徴集と、部隊編成への裁量権だけだから」
「渉外部門の所掌範囲のみ。あちらの独断ですか」
「そーいうこと。今日の俺は現場コンサルタントで、GOCへの欺瞞工作は『可能なら頼みます』くらいだったかな」
「それで理事会の承認した収容計画をねじ曲げたと? 完全な越権行為です」
「今頃上はその理事会に文句言ってると思うけど。なんせ"神州"が出してきた任務のリクエストがもう酷いもんだったし、修正案は全部蹴られて、危うく彼女ひとりだけ突っ込ませるところだったんだから」

流石に他所から預かってる大事な資産をそんな扱いできないでしょ──肩を竦める飯尾の言い分は、その話し方がとにかく天宮の神経を逆撫でするということを除けば、一応の辻褄が合っている。渉外部門の越権行為の是非やそこから生じているであろう政争については、天宮もさほど興味はない。重要なのはこのような事態が起きた理由なのだ。

「やはり問題の根源は579-JPの情報規制、そしてマスタープランの編成ですか」
「まー確かにアレがもっとまともな内容だったら、上は介入なんてしなかったと思うけど。でもそれ、報告書に書く気なの?」
「……臨時司令に話を聞きましょう。マスタープランの執行責任者は彼女です。本件の終了報告にもちょうどいい」
「えっマジ、俺あの人苦手で」

椅子に足を縛られたままでの泣き言を完全に無視して天宮が端末を操作すると、ビデオ会議システムはその求めに応じて迅速に起動する。意外にもコールはほんの数回で済んだ。臨時司令部の喧騒を背に、コーヒーマグを片手に持った前原博士の顔がスクリーンに映し出される。カメラの画角から逃れようと椅子ごと必死に仰け反っている心理学者を怪訝な表情で一瞥した後、前原は天宮に目をやった。

『報告は読んだ──ありがとう、天宮博士。迅速な収容に感謝するわ』
「現場の努力の成果です」

開口一番の感謝の言葉。しかしそれに対する天宮の返答は、静かでありながらも謙遜というには程遠く、怒りと不満が語気から滲んでいる。否定的な反応を予想していたのか、前原の表情に戸惑いはない。むしろ視線で続きを促す──天宮も頷いて再び口を開く。

「我々に開示されたアノマリーの情報は少なすぎました。この時点で既に通常とは異なる。にも拘らず、一刻も早い解決が求められました。提示された防護手段は規定違反の現実改変資産。バックアップのプランはなく、予備調査のはずが異常の発生源と目されるベクターの終了にすり替わっていた。プロセスの何もかもが異常です」
『把握しているわ。最も、つい先程のことだけどね』
「マスタープランには明らかな問題があります。ありすぎると言ってもいい。今回の成功はほとんど偶然によるもので、部隊の全滅と事態悪化は十分にあり得た。貴女ほどの研究者が、何故こんな無謀な作戦案を承認されたのですか」

責任はお前にあるのだ、という言外ながらも直截的な追求に、背後の飯尾が顔を引き攣らせる。一方の前原は僅かに顔を顰めたが、そこに不快の色はなく、むしろ自省と不可解とが混在したような表情だった。

『何を言っても言い訳になるわね──ただ、私が起草した時点での579のマスタープランはもっと穏便で時間のかかるものだったはずよ。少なくとも現実改変で異常空間を上書きするなんて冒険的なアイデアは、当時の収容班は私も含めて一顧だにしてなかった』
「ですが実際に運用されました。それも碌なフォローもなしにです。渉外部門がプランを無視して追加人員を出していなければどうなっていたか」
『本当に済まなかったと思っているわ。何が起きたのかまだ解明できていないけど、こちらが把握しているマスタープランの内容と全く異なる指示が出されていたみたい。北辰大の事案だけじゃなく、異常空間の収容を担当しているほとんどのチームで、資材の誤配置や命令不備が起きていた。当初そちらに送られる予定だった資材や人員の半数以上は、実際には別の場所で収容にあたっていたの』
「では手続き上のミスだと?」
『まだ不明だけど、可能性が高いのはそこね。他のアノマリーの収容手順との混同が起きたとか──とにかく、この件は私に責任がある。貴女や現場の人間が追求されないように手を尽くすわ』

約束する、という前原の一言に、天宮が小さく眉を上げる。どんな事案でも助っ人として投入される"便利屋"として何度も前原の指揮を受けたことがある天宮からすれば、彼女の言う『約束』の価値は絶大だ。少なくとも事案報告書の責任者に自分の名前が乗ることはないだろう。報告書は妥協せずに仕上げるにしても、そろそろ矛の収めどきだ。

「……了解しました。こちらの撤収と事後処理は規定通りに行います。カバーストーリー流布や事後データの整理が残っていますが、残務はそちらに引き継いでも?」
『勿論。そこら中で収容違反が続発したから長丁場になると踏んでかなりの人員を引き抜いてきたんだけど、予想以上に早く収束したから司令部はいま人余りなの』
「それは何よりで」
『負担をかけてしまってごめんなさい。そちらで使われるはずの機材や人員がいたから、ほとんどの地点では民間人も含めて犠牲なしに事態を収束させられた。貴方たちのおかげよ』

頭を下げる前原と、それを受けて頷く天宮。二人の指揮官は互いの引き際を弁えて、それ以上核心に踏み入りはしない。推測も追求も、後は書類と会議を通じて行われる。事務的な通達を数分間行った後、最後にもう一度前原が礼を言って通信は切れた。

これで仕事は終わりだ。近隣のサイトで撤収と痕跡処理のための残務引き継ぎをして、後は期限までに報告書を仕上げ、その後に記憶処理を受ければいい。不可解なことはまだ数多くあるが、財団においてはそれもまた仕事のうち。責任が自分にふりかからず、同じような事態が繰り返されないのなら、天宮がこれ以上するべきことはない。

長い一日だった。さあ帰ろう、と踵を返して、ふと天宮は椅子に座ったまま微動だにしない男に目を留める。

一瞬寝ているのかと思ったが、そうではなかった。ぶつぶつと口の中で小さく何かを呟きながら、彼は考え込んでいる。普段の舐め腐った態度を投げ捨てて、前原の姿が消えた後のスクリーンを睨みつけ、驚くほど真剣に、何かを考えているのだ。

「……飯尾、さん?」
「回収された死体を見たときから、ずっと気になってたことがある。ここじゃ犠牲者は大勢出てるのに、どうしてあの男だけが、人間じゃなくなったんだろう、って」

彼の口元に笑みはなく、先程までの事案解決に伴う軽薄な雰囲気は、どこへともなく消え去っていた。手元の端末には相も変わらず要領を得ない579-JPの特別収容プロトコルに加えて、高速で推移する文字と数字の羅列がいくつも映し出されている。その項目の一部は天宮にとっては非常に見覚えがあるものだ。

「いま最新のデータを見たよ。北辰大以外に異常空間の内部で確認された犠牲者はいない。他の異常性に巻き込まれたり、防護手段の不備で死傷者は出てるけど、民間人が溶けて死んでたのはここだけだ」
「肉体が変異したまま生存していたのは」
「あの男だけ。ここだけ、彼だけだ」

不意に天幕を風が揺らした。夕暮れの冷気が薄暗い空間に残る僅かな熱を霧散させ、二人の足元にわだかまる。飯尾と天宮は顔を見合わせる。このとき、両者の意識は端末の一点に吸い寄せられ、そこには事件のすべての元凶たる、最大の矛盾が端的に述べられていた。

SCP-579-JPの真の内容は公開されません。

「まだ終わってない。この事件、まだ何か裏があるよ」




[各パート人物の視点提示]

霊安室というには余所余所しさも冷たさもない部屋だった。それは部屋というよりはむしろ容器というべきで、常温に保たれて密閉された強化アクリルパネル製のコンテナは、内部に除染が必要な異次元やポケット宇宙由来の生物体を保管するための防護装備だ。

10センチを超えるパネルの厚みと、目に見えない数々の防護装備に隔てられた向こう側で、天宮と飯尾は既に熱を失った傷だらけの巨体を眺めている。

「先に言ったように──ごく安直に考えるなら、彼は異常空間のベクターです。彼が死んで空間が消えた以上、彼こそが空間の原因と見れば筋が通ります。人体崩壊の犠牲者は、空間の上書きに巻き込まれた」
「そう、問題は彼じゃない。彼のような存在がいないのに、なぜか異常空間が発生した」

床に座り込んだ飯尾の周囲には、北海道の地図が散乱している。山奥や海岸沿いから過疎集落に工業地帯まで、バラエティ豊かな発生地点が、天宮の書き込んだ赤丸で彩られていた。

「財団のサイトを丁寧に避けています。それぞれの地点の間隔も広く、相互の連携は難しい。プランの執行不全も加われば、人員配置の修正はほぼ不可能です」
「人間の脳を簡単にぶっ飛ばして作り変えるはずのアノマリーの効力を、自在に制御してるやつがいる。そいつは少なくとも死んでないし、財団の内部情報をよく知ってた」

偶然じゃない、と言葉が重なる。異なる視点と異なる思考が、同じ結論へと収束していく。

「秘匿された財団サイトの位置を知り得た者。マスタープランに介入できる者。どちらも財団の内部にしかいない」
「人間は変異する。そうでなきゃ溶けて死ぬ。アノマリーの影響に耐えられて、制御下に置ける存在がいるとしたら」

視線がぶつかり合う。驚きと興奮と恐怖とを載せて、ひとつの名前が吐き出される。

二人の研究者が導き出した結論は、物言わぬ亡骸の上に滑り落ちて、滅菌された空気の中に消えた。




[違和感提示]

北辰大の一件は完全な失態と言えるだろう。私が指示した北海道全土の人員配置の重み付けは完全に上書きされており、収容当時の対処案にない現実改変者の投入を含め、状況の全てが当初の指示を逸脱していた。天宮の報告を信じるならば、現場の独断と渉外部門の介入がなければ最悪の事態もあり得る展開で、その原因である誤った指示は"神州"を通じて行われたのだ。




「"30箇所以上で同様の事象が確認されています"って話だったよね。"多くは人口密集地から遠く離れた場所"だとも言った。そこで聞きたいんだけど、"多く"じゃない方に建物の中で起きたケースはあったワケ?」
「屋内で発生したケースは今回だけです。他は2件が比較的街中で発生してますが、それぞれ廃工場と川の上ですね」
天宮の操作で飯尾の端末に座標が送られる。廃工場は一応街中だが倒産して数年が経っているらしい。川の発生地点も岸から10mは離れていた。
「どっちも人が集まる様な場所じゃないな」
飯尾は画面を報告書に切り替えて眺める。
「この報告書だと小人の法則を理解して初めて異常性が現れるって風に読めるけど。じゃあ何で人がいないトコで異常空間が出るわけ?」
天宮もそこに考えが至らなかったわけではないが、納得のいく理由は見つかっていない。数秒の沈黙が生じた後、それは天宮の端末からの呼び出し音で破られた。
『想定よりはるかに早い収束よ。人員も資源も少なくなってたのによく頑張ってくれたわね、ありがとう』
「……少なくなっていた?」
素直に喜びの色を見せる前原だったが、天宮はその言葉の違和感に反応する。
『そう。部隊や支援装備は北辰大学に重点的に割り当てられる様に指示したつもりだったんだけど、どこで行き違ったのかあちこちの発生地点に満遍なく送られていたのよ』
お陰で大体の異常空間はすぐに潰せたんだけど。そこから先の言葉を思考が遮る。すぐに潰せたのは大半が無人の空間だった、即ち人間のベクターがいなかったこともあるのだろう。
『―つまりそっちのリスクは計画よりも大きいものになっていた。そうなった責任はこちらにあるわ、本当にごめんなさい』
最後の方のそれだけ聞き取れたが、天宮の中では困惑の方が大きかった。本当に行き違いか?資源の割り当てを行ったのは―

「小人を理解するには人間を辞めなきゃならない。そうなったら死ぬだけ。でも、そもそも生きてないものなら死ぬことなく理解できるんじゃ」

飯尾の呟きが思考に割り込む。天宮の思考が更に加速する。生きてないもの。人間と同様の理解力を持つもの。資源の割り当てを任されたもの。……まさか?いや、あり得る。

天宮は急いで臨時司令部宛ての番号にコールをかける。しかし、彼女を待っていたのは切断音だけだった。


終盤展開メモ(Discordに貼ったやつ)

研究室突入後:
研究者たちとコロポックルの対話。研究者は人語を失っている。
突入部隊は対抗ミームによってコロポックルを視認できなくなっている(認識すると異常性に取り込まれるので認識自体をブロックする)。加山はコロポックルの知識の影響を受けないため、異常空間の中でも「人形」と会話している研究者を認識する。
機動部隊は加山を目として用い、円谷のフィールドを急拡大してコロポックルの影響を一瞬だけ削ぎ、579-JPの媒介となった研究者を終了する。
コロポックルの「世界観」を理解することで異常空間を広げていた研究者が全滅し、異常空間は縮小。事態終了。

結末:
異常空間の縮小後、デスクワーク組(天宮・飯尾想定)のミーティング。
天宮の情報開示→異常空間は何十箇所も発生し、その多くは北海道の無人地帯。大学構内で展開した今回は例外的。
飯尾の疑問→コロポックルの世界を理解した人間がベクターとなって世界そのものを書き換える。では人間がいるはずもない原野でなぜ異常空間が発生するのか?

前原からの連絡で事態の収束が判明。前原は予想以上に早く収束したことを喜び、その後の会話で重点配備されたはずの部隊や支援装備が優先度の低い無人地帯にも割り当てられ、そのため中に人間のベクターがおらず強度の低い無人地帯での収容がスムーズだったことが判明。
不手際で命を賭けさせたことを詫びて通信を切る前原。困惑する天宮。

飯尾がふと呟く。「人間に小人の観念は理解できない。小人を理解するには人間を辞めなきゃならない……でも機械なら?」
天宮がぎょっとして臨時司令部へコールするがつながらない。→結へ

個人的な丁事象の解釈:
神州は579-JPに汚染され、部分的にではあるが神州のデータベースに十分な情報がある地点で579-JPの法則が優先される異常空間を発生させられるようになった。無人の原野でも丁事象が起こせるのはそのため。
ただし人間が直接579-JPに影響されて媒介となるパターンのほうが異常空間の出力(書き換え強度?)が高いため、579-JPの物理法則を断片的にでも理解できそうな人間のもとに情報を送り込んで異常空間発生のテストをした。これが北辰大の事案。他の場所は事態を早期終結させないための囮。


使用キャラクター

加山光輝 http://scp-jp.wikidot.com/author:mitsuki1729

認知異常学者。ミームと認識災害の専門家で、これらの効果をほとんど受けない体質。後半の異常空間で甲・乙の認識異常をフルに受けることが想定されるため、状況を認識できる語り部として起用。

飯尾唯 http://scp-jp.wikidot.com/author:meshiochislash

心理学者。財団の内情に詳しいひねくれ者。渉外部門作戦顧問としてGOCとの共同作戦を提案。現場だけで進むパートにおいて上層部の動きを推察できるキャラ&円谷のメンタル調整担当として非情なムーブができるキャラとして採用。

天宮麗花 http://scp-jp.wikidot.com/author:p51

なんでも卒なくこなせる便利屋博士。飯尾のことが嫌い(独自設定)。収容班主任代理。GOCから技術提供を受けての臨時の共同作戦という政治的に微妙な案件において、責任取って辞めてもらうのが簡単(復活も簡単)という政治採用枠。中間管理職として前原の下で苦労するキャラとして起用。

御代記内/エージェント・神舎利 http://scp-jp.wikidot.com/author:mishary

真面目で優秀なエージェント。飯尾・加山の財団加入同期(独自設定)。機動部隊側の語り部枠、また円谷に拒否感を示すキャラとして採用。

円谷まどか http://scp-jp.wikidot.com/author:winston1984

GOCから接収された現実改変者であり対抗現実安定装置の中身。


機動部隊メンバー(オリジナル、名無し。ある程度個性があったほうが書きやすいため作成。そこまで重要な要素じゃないので書き分けは考えなくていいです)

アルファ: 隊長。頼れるおじさん。

ベータ: 副隊長。男勝りの姉御。加山の面倒を見てる。

デルタ: 機械に強い。円谷入りのユニットを操作する係。

エコー: 冷静な狙撃手。神舎利と一緒に行動。


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