お見合い用
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2012年9月18日

サイト-8122 中央棟3F 管理部門オフィス

等岩良美は執務室のデスクに座り、闖入者を見つめていた。青年は痩せていて、少なくとも病気ではなさそうだったが、どこか頼りない印象を受けた。前屈み気味に腰掛けた彼の額に流れた髪の奥で、ハシバミ色の瞳が奇妙なほどぎらぎらと輝いていた。等岩は手元の書類を一瞥した。名前は谷崎翔一。2ヶ月前に配属されたばかりの新人職員。

「書類を確認してもらいたいんですが」谷崎が尋ねた。

「ええ、読みました」

「この一瞬ですべてを?」

「それが重要なことでしょうか? 私の"能力"に疑問が?」等岩は薄く微笑んだ。「この部屋に来た目的がそのことなら、私は楽ができるのですけど」

「もちろん違います」谷崎もまた口角を上げたが、目は笑っていなかった。「先日の申請書の件です。確かに等岩部長宛に送付したはずで、1週間経っている。返事をお聞きしたくて」

特注された背の高い椅子の上で、等岩は肩を竦めた。「転属願でしょう? 私に決裁の権限があると思っているんですか。あれは人事部に回りました。結論が出るのが何週間後か、私には見当も付きませんね」

「それは困る。ぼくはここには合わないんだとはっきり悟ったのに」

「同じようなことを毎年何十人かに言われているような気がしますね」等岩は顔をしかめ、執務机の上に並べられたファイルを軽く叩いた。「以前は特事課……公安警察にいたとありますね。そこでも同じことを?」

「経緯はやや違います」谷崎は僅かに息を吐いた。「やるべきだと考えていたことが何一つできなかった。彼らは秘密主義を誤解していて、何でもかんでも地下に隠しさえすればいいと思っている。1年と少し我慢して、まったく時間の無駄だったと気付きました。だから辞めて、財団のスカウトを受けたときは、最初から仕事の内容に希望を出すことにした。それが許される職場だと、そう聞いていたんですが」

「リクルーターの安請け合いだったと言わざるを得ませんね」眉間に皺を寄せつつ、等岩は改めて新人を見遣った。「少なくとも最初からは無理です。貴方は右も左も分からない新人エージェントで、ここは財団です。必要な能力が必要な場所に配置されたことになっている限り、中規模以上のサイトでの半年間の訓練勤務は必須です」

「新人扱いが嫌なわけじゃない」心外だと言わんばかりに谷崎の目は見開かれた。「仕事内容が問題なんだ。ぼくは確かにエージェントとしての前線勤務を希望したけれど、それはこの分野なら確かに実績を挙げられると確信していたからだ。行動追跡、心理調査、内偵、情報収集、どれも必要なだけの水準を満たしている。だから──」

「能力に相応しい職務を、と?」

「最初からそう書いたと……書きました」彼はなんとか言い直した。

「私が知る限り、貴方は現職でも素晴らしい成果を挙げていますよ、エージェント・谷崎」再び等岩は微笑んだが、今度のそれは慈愛と皮肉が等分に含まれた、いくらかグロテスクな代物だった。「交渉準備課はいつになく活発に動いています。管理官も称賛していました──貴方とそのメンターの腕がいいからでしょうかね?」

「やめてくれ」谷崎は呻いた。「そのメンターのことも問題なんです。ぼくは仕事のことは嫌いじゃない。彼自身のことも、別に憎んじゃいない。ただ、あの部屋に、彼と一緒にはいられないんだ」

「人間関係のトラブルならそう言ってほしいですね。もしハラスメントがあったなら、専門の要員を手配しますが」

「そういうわけじゃないが──」

「ならば話は終わりです」等岩が小さな手を打ち合わせると、予想されるよりも遥かに大きな音が響いた。ほんの一瞬、谷崎の肩がびくりと跳ね上がるのを、等岩は興味深げに眺めた。「私は忙しいんです。もしこれ以上の込み入った会話がしたいなら、正式にアポイントメントを取って、事前に相談内容の抄録を作ることをお勧めします。こうして突然押しかけるのではなく。もしくは、大人しく人事部がなにか言ってくるのを待つように」

「随分と……官僚的なんですね、財団っていうのは」新人エージェントは明らかに不機嫌だ。

「警察に負けないくらいには」等岩は楽しげに足を組み、机を押して椅子をくるりと回転させた。「人間、それくらいの方が却って居心地がいいってものですよ、エージェント・谷崎。では、御機嫌よう」

*

サイト-8122 東棟B2F 渉外部門情報部 交渉準備課オフィス

「どういうつもりでいるんだ?」谷崎翔一の独り言は、もはや部屋の天井に染み付いた煙草の煙と同じように、人々を取り巻く一種の環境要素となりつつあった。平素のどこか閉塞した様子とは対照的に、彼がひどく苛立っている場合にはその思考はとめどなく空中に漏れ出ていくことになり、そしてこの部屋にいる限りにおいて、彼はよくそんなふうにしていた。

「ぼくを憤慨させるためにわざわざああいった言葉遣いを? 財団の管理職が? 馬鹿げてる。それとも本当にここは公安警察なみに頭の固い連中が揃っているのか」

その両方だろう、と天宮麗花は自分のデスクに向かいながら考えていた。口には出さない。彼女は谷崎が苦手だった──嫌うほどに彼のことを知らなかったし、知る必要を感じるほどの興味もない。2ヶ月ばかり同じ部屋で仕事をして、彼女はこの新人について彼女なりの理解、あるいは固定観念を得るに至っていた。

彼は天才だ。偏屈で狭隘で自分本意な、天宮の最も敬遠するステレオタイプそのもの。

「谷崎さん」うんざりした表情を隠す努力は不要だった。この男はそんなことは気にも留めないし、興味を惹かれない限り相手のことを見ようともしない。ただ独語が止んだ点から見ても、少なくとも他人と会話をする能力は備わっていた──いっそそうでなければ気楽だったのだが。「病院の件は片付いたんですか? 板橋の」

「一昨日のうちには終わらせたよ」彼にしか理解できない法則に則って書籍がうず高く積み上げられた机の向こうから、いくらかトーンダウンした声が届いた。「写真と音声記録、それに古臭いやり方でネガをふた揃い。手紙のコピーまで取ってある、丁寧に密封してね」

「報告書がこちらに上がってませんが」

「報告書!」声が跳ね上がり、天宮の口はへの字に歪んだ。「必要な書式を揃えるのに調査の3倍の時間がかかる。本当にこんなものが必要なのか? 使用した車両のナンバーに型番、領収書の写し、挙げ句タクシー運転手の名前? 信じがたい非効率さだ」

「財団が秘密組織であることをご存じないのなら、今のうちにそう言ってほしいのですけど。誰かがそこにいたという痕跡は、何をしたかがわからない限り消せないんですよ。だいたい、フロント企業に頼りたくないと言い出したのは谷崎さんではないですか?」

「いくらなんでも偽装身分に雑誌記者は無理があるだろう。ぼくが三流ゴシップ誌の編集部に入り浸るような人間に見えるかい? 下世話な記者を演じられるとでも?」

「無理でしょうね」天宮は首を振った。自分を偽るという点については、財団が抱える数多の天才たちと同様、谷崎もまったくの不得手のようだった。「でもそれは貴方の責任です。お膳立てを拒んだのなら、相応のやり方で補填しなければ。それに結局の所、やったことは変わらないでしょう?」

「ああそうさ」ガサガサと紙の鋭鋒をかき分けてできた渓谷から、ハシバミ色の瞳が僅かにきらめいた。「院長の浮気の証拠集めだって? まったく下衆の勘繰りだ。時間の無駄にも程がある」

「謎解きができれば何でもいいのかと思っていました、谷崎さんのような探偵気取りのエージェントなら」

「気取りじゃない」再び紙の岩戸は閉ざされ、パイプ椅子の背板がギイギイと軋む音が響いた。天宮は静かに舌打ちし、机の脇のメモ帳に乱雑に走り書きをした──"皮肉を理解する才能: なし"。「実際に探偵だったこともある。半年だけ。楽しいモラトリアムだったけれど、確かに必要な時間だった。かけがえのない収穫が得られたから」

「そうですか」天宮は少なくとも名目上は部下であるこの男をどう扱っていいかずっと測りかねていたが、ともあれ会話は続いていた。「一応聞いておきますが、何を得たのですか?」

「真実を知るためには自由の身ではいられないという確信さ」

「ああ……」聞くべきではなかったという後悔を苦いコーヒーと共に飲み下し、天宮は嘆息した。他人に理解させるつもりのない抽象的な発言ほど不機嫌にさせられる代物があるだろうか? 実際にはそれ以外にも山程の"地雷"が彼女の精神のトウモロコシ畑に埋まっていたが、ともかくその一つを谷崎は見事に踏み抜き、そのことに気付いてもいないようだった。

幸いにも、生温い沈黙は数十秒しか続かなかった。



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