灰より テーマ改善
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渡辺白泉

赤く青く
黄いろく黒く
戦死せり


皇紀弐千六百五年 九月拾弐日

振り仰いだ空は鈍色に、我々の胸中を暗示しているかのような重苦しさで圧し掛かってきた。
季節外れの寒気吹きすさぶ東京の街を急ぎ足で歩く人影は少ない。誰も彼もが怯えきっていて、半ばやけを起こしたように足を突き出して進んでいく。
我々三名も例外ではなく、見咎められぬ様に足早に行く。カーキ色の国民服は世辞にも暖かいとは言えぬ薄さで、この寒波に襲われる秋口にはまったく適当ではなかった。とはいえ、これを着ないことには出歩くにも難儀する御時世なのである。

「ここだ」
「応よ」

二歩先を行く南方みなかたが示す。我々もまた頷く。通りの向こう、見覚えのある真四角の建物が灰色の姿を晒している。

焼け残りのけ残り、などと口さがないものに噂される日比谷の一帯には、親不知おやしらずとまで言われた交通難所の面影は既にない。トラックの群れがそこかしこでオイルと鉄の汚らしい臭気を撒き散らし、ワイワイと無作法に叫ぶ人影が引っ切り無しに出入りする。
それに活気を感じられぬのは、ひとえに我々の心情によるものか、あるいは──それらの言葉がすべて異国のものゆえか。

「入ろう」

同い年の研儀官の密やかな声に、我々は従容と頷くほかない。
日比谷第一生命館。かつて陸軍の司令部だったここは、今やGHQと呼ばれていた。


日比谷第一生命館、4階。所謂いわゆる敗け残りのひとつであるところの機関が、しぶとく表札を入れ替えながら当世風の小洒落た装いをした事務所にしがみ付いている。
蒐集院帝都本局。物々しく本局と銘打ちながらも、実際には政府や財界や軍との折衝やら書類事務やらを行うために設けられた、本院の出先機関である。世俗を嫌う学級肌の研儀官らには毛嫌いされ、内院の重鎮たちには小間使いがごとく軽視されてきたこの組織はしかし、思いがけない事情から、今や帝都で最も剣呑な界隈になろうとしていた。
連合国軍最高司令官総司令部。この国のすべてを差配してやると息巻いて乗り込んできた英米人たちが、この建物の上階でパイプから紫煙をくゆらせつつ、文字通り頭ごなしに内閣を恫喝しているのだから。

意外にも、長銃を携えた白人の守衛に誰何すいかされることはなかった。
行き来する金髪蒼瞳の制服軍人や軍官僚たち、事務方であろう女性たちに奇異の目で見られつつも、我々三名は廊下の先にある小さな扉に飛び込んで、数分の後にはいかにも政府の事務官僚らしいよれたスーツ姿に変じていた。
変装は市政に紛れねばならぬ蒐集官に付き物の技である。物心ついた時より蒐集官の鍛錬に明け暮れてきた私と、秘衛府の衛士である応神いらがみにとっては慣れたものだ。南方は少しばかり難儀していたが、それでもすぐに勘所を弁えたのだろう。狭苦しい廊下を行きながら、不平を言う余裕まであるようであった。

「畜生、こいつは少しばかり腹がきついぞ」
「この御時世に食い過ぎるからだ。一体ぜんたいどういう神経をしてやがる」
「俺の一族は尾州の米農家だぜ、何は無くとも米芋ばかりある。第一、空きっ腹で研儀が務まるかよ」
「羨ましいことだ。うちの実家と来たら空襲で焼けちまった、蔵ばかり大切にするからだ。庭の菜っ葉じゃあ腹の足しにならんし、おれも研儀官になりてえところだな」
「止めておけ、貴様の脳味噌では汁膳にもならんよ。どうにも目方が足らんのだ」
「何を!」
「そこまでにしておけ、お前たち……」

何食わぬ顔で歩きながら器用にも小声で角突き合う同輩二人を諫めれば、両脇から溜息が零れ出る。
薄暗い廊下の両側には簡素な長椅子が設えられ、そこを鬱々たる面持ちの日本人たちが端から詰め込まれるようにして占領していた。この息の詰まる空間においては、平素は陽気な二人も少しばかり堪えたのだろうか?
そんなことを考えつつ、長い廊下の突き当りを見れば、そこには見慣れたしるしがある。

壁に掲げられ、堂々たる黒の筆跡で、帝国対外商務取引なんたらと長々しい語句が連なった看板。
その文字に重なるようにして、見鬼の術法を身に付けたもののみが知覚しうる、院の六ツ菱紋が浮き上がっていた。

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私は軽く頭を下げ、一礼する。それは紋に対しての礼であり、その先に居るモノたちへの礼でもある。
廊下に居並ぶ人々は気にも留めない。彼らは気が付いただろうか? 目に見えぬ六ツ菱の上、かつて掲げられていた御真影はもはや無いことに。

ふうと息を吐き姿勢を正せば、右手の引き戸がすいと開く。
どうやら刻限通りに着いたらしい。

「「「失礼いたします」」」

三人分の声が揃い、そして我々は足を踏み入れた。
蒐集院帝都本局秘戴ひたい部。敗戦の後もなお列強勢力に呑み込まれずにいる、数少ない神秘の残り香であった。




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