死出の地
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「名前は?」くぐもった声はひどく聞き取りにくく、速やかに汚れた空気に拡散した。

「すみません、もう一度お願いできますか」ジョシュア・アイランズはゆっくりと尋ねた。丁寧に、静かに、はっきりと、他意のないように。「今なんと?」

「名前を!」

返事をする間もなかった。衝撃が彼の右側頭部を襲った。何か硬いもので殴打されたことを理解するよりも前に、彼の上半身は標準的な物理学に従って左側に強く押し出され、そして強力な反動を受けた。彼の両腕と腰と両足が木の椅子に固定されていることと、椅子の脚が床面のコンクリートに深く沈んでいることを理由として、彼の身体は揺さぶられ、締め付けられてひどく痛んだ。

「名前は……」痛みに思考を専有されながら、彼は思い出そうと試みた。最後に名乗ったものを。表向きの名前はいくつもあり、彼はそのうちのひとつを愛用していた。「ウォルター・ボアズ」

返礼は二度目の殴打だった。銃床の一撃を受けた額よりも、衝撃を吸収した首の骨がひどく痛み、彼は労災の申請について考えた。財団の福利厚生は手厚く、彼のような専門家に対しては特に、白い部屋の中で机に齧りついている官僚たちが考案できる範囲で最高の奉仕が約束されている。

長らく帰っていない官舎がひどく恋しく思えた。彼は小さく息を吸い、目だけを動かして部屋の中を見た。

狭い部屋にはドアがひとつだけあり、3人の男がドアとジョシュアの間に立っていた。もうひとり、彼を銃で殴りつけることだけを仕事にしている人物が右脇にいるはずだった。窓は左側にあり、割れたガラスの向こうに荒れ放題の廊下が見えていた。光源はなく、ひどく暗かった。

「我々は財団の悪逆を非難する」太った男が重々しい口調で宣言したが、そのような言い方に慣れていないことは明らかだった。覆面は小さすぎ、髭の剃られた首元がぼんやりと見えていた。銀色に光る腕時計。声はわずかに震えていた。

ジョシュアはわずかに咳払いをし、待った。今度は殴られなかった。もう少しだけ待ち、彼は話し始めた。

「なぜ私をここに?」

「我々の意志を伝えるためだ。財団に。強固な──何よりも強固な決意を」

「決意とはなんですか?」

「屈しないということだ」男の声はもはや誰が聞いてもわかるほどに震えていた。高揚と恐怖。「師を解放しろ!」

問題は明らかになりつつあった。この男がこの場の主導権を握っていることは、あまり望ましくない事態に感じられた。男が必要以上に興奮していること、この場に銃が存在すること、自分が眼前の男たちをこのような状況に追い落とした要因について何ら知識を有さないこと、そして何よりも、彼らが財団という組織に関しておそらくほとんど無知であることが、ジョシュアに危険な未来を想起させた。

「わかりました──協力しましょう」事実として、彼にはその言葉を口にする選択肢しかなかった。男は満足げに頷いて口角泡を拭い、その場を後にした。彼はもう三度ほど殴られて意識を失った。


「統計的問題は財団の活動に常について回ります」

来栖朔夜の講義は始まったばかりだった。高速道路を走るごく一般的な家庭用乗用車の後部座席で、彼女はタブレット端末を片手に作業中だった。隣席のエージェントは身じろぎし、対人恐怖症の上司のために少しだけドアの方に体を寄せた。

「こと情報収集の分野において、私たちは最も抜きん出た組織のひとつです。ですが、構造的な問題が私たちの活動を制約しています。右手と左手の問題と言い換えてもいい」

「それはどのような?」

遠慮がちに挟まれた質問に対して彼女はすぐには答えず、その視線はスモークガラスの外に飛び、宅急便のバンが隣の車線を通り過ぎていくのを確認した。「国内の略取誘拐の発生件数、ご存知ですか」

若いエージェントは困惑したが、彼の優秀な記憶力は警察官としての身分で受けた研修のことを覚えていた。「1年あたり300件前後です」

「それは警察の認知件数ですね」来栖の指は端末の上で踊り、無数のファイルが暗号化されたまま選り分けられていく。上司が何をしているのかを知る権利は部下にはなかったし、知りたいとも思わなかった。

「おかしいと思いませんか?」小柄なRAISAのエージェントは呟いた。「我々は日常的に異常を捕捉しています。記憶処理を施し、収容し、あるいはそれ以上のことをする。財団は世界最高の誘拐シンジケートですよ。1年に300件? ありえない数字です」

「ですがそれは、財団が関与していない事件か、カバーストーリーの結果で……」

「そうです」小さな首肯。「多くの事件は隠蔽される。問題はそれがどれほどの数になるかということです」

それきり来栖は黙り込んだ。彼女の耳の裏にひっそりと添えられた骨伝導マイクがわずかに震え、おそらくは司令サイトの顔も知らない重役たちから、何事かが伝達されているのが察せられた。若いエージェントは不安だった。彼はなぜ自分がここにいるのかが分かっていなかった。いつもそうだった。彼は何も知らされていない。

「これから何をしに行くんですか?」緊張に耐えきれず、彼は尋ねた。運転手は何も答えなかった。彼の上司は首を傾げ、言葉を選んでいるように見えた。マイクがまた震えた。少しして、彼女は呟いた。

「問題の再生産です」


目覚めてから数時間が経った。

ジョシュアは椅子に縛り付けられ、転がされ、また縛られた。組織の統制が取れていないのは明らかだった。彼らが誰一人として名乗らなかったことを彼は思い出した。交渉のために攫うなら、彼らは名乗らなければいけなかったし、代表者を立てて要求を伝えなければならなかった。彼は財団の外交官として、あらゆる研修の最初に叩き込まれた大原則を思い出していた。交渉のためのドクトリン。

そこに意志はあるか。それは誰のもので、何を求めているか。

男たちの行動には何もなかった。

「財団は何をしている?」尋問者は覆面をしていたが、女であることは察せられた。この手の責め苦に性別はあまり関係がない。彼女が使っている鉄パイプは血まみれだった。それを加熱するアイデアを思いつかないことをジョシュアは祈った。

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