谷崎のやつ

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サイト-8100は広大で、どこもかしこもひどく白い。

壁も床も天井も白尽くめで、どうにもこうにも居心地が悪い。べつだん白色に悪感情はないが、ずっとそればかりでは目に悪いし、何より気分が乗ってこない。

1階の代表部オフィスはこんな状態ではなかったと同僚に愚痴れば、あれは余所行きの装いなのだと笑われた。サイトの地上階に集められている部分は見せ札だ。そこら中に監視の目が蠢いている首都圏の拠点サイトでは、容易に内部の様子を伺える地上部分はいわば組織そのものの顔であり、美しく余裕を持って装うのだと。

だから俺たちのような裏方は真っ白い地下がお似合いなのさ──諜報部門に勤続15年という同僚はそう言って笑った。その時はぼくもそういったものかと納得した。

だけど結局の所、四六時中白色灯のもとでファイルと睨み合いをしていたなら、どんな人間だって気が滅入る。


「谷崎さん、またこんなところでサボタージュですか」

ぶつりとCDプレイヤーの電源が切られる音がした。アイマスクを外す必要はなかった。部屋に入ってくるときはどこか遠慮がちにする癖をして、こちらの様子を見るなり強気で突き進んでくる足音は、以前によく見知った人物のものだった。

「天宮麗花、きみは確か近畿のどこかに飛ばされたんじゃなかったっけ。左遷されたのでは?」
「昇進して近畿圏中枢監督サイトに転属することは一般には栄転と呼ばれるんですよ。貴方は知らないでしょうけれど」

彼女が不機嫌であることは容易に察せられた。左遷だか栄転だか知らないが、数年の歳月では気性に難があるところは変わらなかったらしい。

「久々に東京に戻ってきて懸案事項を片付けようとしてみれば、貴方はいま諜報部門所属だというじゃないですか。居場所を突き止めるのに苦労しました、まさかまだ8100にいたなんて」
「きみと違って、ぼくには根城をすぐに変えるような器用な真似はできないからね」
「そうでしょうとも」

乱暴にアイマスクを剥ぎ取られ、しぶしぶ目を開いてみると、虹色の瞳孔がこちらを冷たく見下ろしている。ベッド代わりに使っている横倒しのソファから起き上がると、代わりに段ボールひと箱にみっちりと詰め込まれた資料が投げ出された。

「貴方の”やりかけの仕事”です」
「きみがいなくなる前に引き継ぎは済ませたと思うけど」
「私の権限を使って好き放題に資料請求していたぶんですよ。照会が遅れたり、請求当時には調査結果が出ていなかったものが8192の私のオフィスに転送されたんです」

受け取りを拒否すればいいものを、わざわざ律儀に溜め込んで整理していたらしい。そういう性分だからいつまで経っても幕僚部から便利屋扱いされているんだろうに、本人はそれを美徳と思っている。さてどうやって追い返そうかと考え込みながらぼくがファイルを捲る間、天宮は机上に放置された実験装置を脇に退けようと苦闘していた。

「貴方は変わりませんね、隙あらば人目につかない場所に巣を作る。このゴミ溜めは?」
「第4リラクゼーションルーム。廃棄待ちの備品や抹消許可申請から漏れたくだらない資料の終着点、ぼくが来る前からこんな調子だった」
「RAISAに知られたら大騒ぎね」

やっとまとまった場所を確保できたのか、彼女は乱暴に机の上に腰掛ける。懐から取り出したのは、小型のフリーザーバッグに封入された財団規格のメモリーカード。バッグの表面に書き込まれた文字列は、どうにか日付として読み取れた。

「これを覚えていますか」

バッグをこれ見よがしに振ってみせる。飼い犬に餌を差し出すように。諜報部門のエージェントにとってはある種馴染みのある仕草で、手の中にあるものの情報を洗いざらい寄越せと言っている。彼女のような人物がそんなやり方を身に着けたことはひどく奇妙で、滑稽にも思える。

「見たことのある日付だ。ぼくの仕事だね?」
「でなきゃ聞きに来るものですか。知りたいのは貴方から見た、この件の一部始終です」

さあ話しなさい。そう催促する天宮の顔は、以前より少しだけ窶れたように見えた。

「一応、いまは休憩時間なんだけどな」
「私だってそうです。だいたい、調査課にいたときはそんなことは気にしていなかったでしょう」
「……ぼくだって少しは変わったんだ。渉外部門時代の話はあまりしたくない」

彼女の呆気にとられた顔はいつ見ても面白い。その間抜け面にぼくは密かにほくそ笑んだ。確かに昔話は好きではないけれど、書類仕事に嫌気が差していたところでもあり、彼女の登場は締切を遅らせる都合の良い言い訳になりそうだった。

「……まあ、仕方ないか」

投げ渡されたメモリーカードを受け取る。長くなるよ、というと彼女は眉を顰めて周囲を見渡した。

「客人に出すコーヒーの一杯もないんですか、ここは。話の前に一服したいのですが」
「豆とドリッパーはシンクの脇にある。薬缶は足元の引き戸。淹れるならぼくのぶんも頼むよ」
「貴方は、本当に、変わりませんね……!」

肩を怒らせ、足元を覆う書類の山を掻き分けてずかずかと流し台に近づいていく天宮を背に、ぼくはメモリーカードを注意深く取り出し、部屋に放り込まれた廃棄品の中でひとつだけ生きている情報端末に挿入する。セキュリティの権限要求がパスされ、いくつかのファイルが薄暗いディスプレイに映し出された。

最初の日付は、2014年の6月10日。

あれは確か、よく晴れた日のことだった。



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