青大将の話
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その日、カシアス・クリスマスは、奇妙なめぐり合わせによって、朝食を見知らぬ人物と共にすることになった。

隆起した壁に古ぼけた木の時計が打ち付けられていて、針は11時を少し過ぎていた。それが随分気まぐれなことをクリスマスは知っていたが、同時にそれはひどく高慢ちきで、短針のずれを指摘されるのをひどく嫌うので、おそらく基準時間から1時間は外れていないはずだった。

附属エリアG-313(もっとも、彼がそう分類しただけで、この場所を呼ぶ正しい名前はついぞ存在したことがなかった)は薄い下草に覆われた空間で、天井までの高さは50メートルほどだった。光源のない薄い黄色の光が空間に満たされていた。エリアは全体としては大劇場のロビーのようなつくりで、入り口は6つあったが、うち4つは通路の向こう側の本棚から溢れ出した本で埋まっていた。エリアの3分の1ほどがクリスマスの住む掘っ立て小屋に占拠されていて、残りの空間の真ん中に大きな白いテーブルが草原から文字通り生えていた。

食事は必ずテーブルで行う決まりだった──規則がなぜ存在するのか誰も知らなかった。なんにせよ、8本足の”従者”に注意を受けることはのっぴきならない事態が起きる前兆であり、避けるに越したことはない。隣の附属エリアに住んでいる触手クジラの冒険家から譲られた、南極の氷床に棲むという雪肉苔のサンドイッチが今日の朝食だった。仄かに甘い凍った層状肉を咀嚼しながら、彼は客人を観察した。

若い東洋人の女性に見えた。ひどく痩せていて、疲れ果てている。肌と髪の荒れようや服の汚れは荒野を彷徨う放浪者を思わせる。フードの付いた外套(この時点では、彼はパーカーという服装を知らなかった)は何箇所か切り刻まれて、赤黒い汚れの染み付いた無地の肌着が見えていた。彼女は机に突っ伏すようにして、ゼイゼイと息を荒げながらサンドイッチに齧り付いた。

「水が必要だろうか」クリスマスは尋ねた。闖入者が現れてから数十分が過ぎていたが、それが初めての会話の試みだった。彼は自身の英語が通じるか多少不安に感じていたが、果たして彼女は机上に倒れ込んだまま、視線だけを彼に向けて引き上げた。

「白湯はあるか?」低い声。ほんの少しだけ訛りのある、滑らかな英語だった。

「ある。少し……酸性度が高いが」

「構わない」小さくうなずいて、それから彼女は付け加えた。

「ありがとう。とても……助かる」

「少し待っていなさい」自分の分のサンドイッチを口に詰め込み、彼は立ち上がった。

*

ジョエル・サッチ・オリアン・サーセウス=カシアス・クリスマスは自身の境遇におおむね満足していた──顔も知らぬ母親から授かった、あまりに長すぎる名前を除いては。彼は地質学者で、地図製作者で、空間開拓者で、時には探検家だった。彼は高等教育を受けたことはなかったが、故郷の森の悪戯好きな妖精たちから土と森と洞窟に関しての知識を授けられていし、北の学舎を放逐された魔術師は一かけらの黒パンと引き換えに学術的探求のやり方をひととおり伝授してくれた。

故郷から放逐された後も、彼はうまくやってきた。様々な土地を渡り歩き、いくつかのポケット宇宙の誕生と閉鎖に関わった。出生地の座標を見失った若き旅人を、閉ざされた世界の住人たちは好奇と猜疑を等量に混ぜ合わせた態度でもって迎え入れた。彼はヘドロ虫の哲学者と4つの太陽を眺め、大蛤が吐き出す蜃気楼の氷山を踏破し、女神に捧げる針を鍛造する巡礼者の列に同行した。

彼は多くのものを見た。

図書館にやってきたとき、彼はそこに腰を落ち着け、自分の後半生をこの場所に求めることにした。自身の経験を記録する必要を感じていたし、故郷に帰れる見込みはなかった。もしかすると、他の多くの宇宙と同じように、彼の生まれた土地はとっくの昔に閉ざされて、5次元の彼方に折り畳まれたのかもしれなかった。彼はそれでも構わなかった。

だから彼は図書館にカードを作り、名前欄には下手な英語の筆記体で、”カシアス・クリスマス”と書き込んだ。

*

時計は少しだけ針を進め、テーブルの上は空っぽになっていた。2人は静かに息を吐いた。食後の心地よい弛緩した空気の中で、彼らはお互いを把握する必要を感じていた。先手はクリスマスがとった──とはいえ、彼は客人について多くを知る必要を感じていなかったので、まずはこの場所で生きていくための、ごく簡単な規則を説明することにした。

「じゃあ何か」短く簡潔な説明が終わり、客人はひどく呆れた表情で首を傾げた。「このホールは……生きてるのか?」

「その可能性が高い」

クリスマスは頷き、そして補足した。「外皮の大部分はすでに死んでいる。木の幹と同じだ──だが一部の壁には生命エネルギーの徴候がある。地下には高温の真水が大量に蓄積していた。幾つかの装飾は壁の中から直接生えている。”司書”はここにあまり近づかない。図書館そのものの生体組織か、あるいは寄生生物かもしれないが、確証はない」

「図書館も生きてるのか?」

「学者たちの見解は分かれている。だが今のところ、生きていないことを証明できていない」

「ひどいところだな」

客人は呻いた。ありったけのサンドイッチを腹に詰め込んだ後になって、彼女は初めて、自分の怪我について思い出したようだった。彼女が草の中に座り込んで外套を脱ぎ捨てると、全身に及ぶ大小無数の傷跡が明らかになった。いくつかの切り傷と弾痕。脇腹の火傷の痕は、魔法や呪術で無理に治療を施した際に現れる独特の皮膚のひきつれに彩られていた。どの傷もごく最近のもののように思われた。

「面倒な連中と問題を起こす羽目になってな」

クリスマスが差し出した妖精の軟膏を傷口に塗りながら、どこか恥ずかしげに彼女は笑った。

「実家の奴らが追いかけてくるのは分かってたんだ。けど、問題はそっちじゃなかった。あの連中、やけに素早くて、何も喋らないくせに機械みたいに正確だった。爺さんは……」

「爺さん」クリスマスは聞き返した。「”青大将”の?」

「そう、その」彼女は頷いた。図書館では比較的知られているその名前について、彼女はよく知らないようだった。

「1ヶ月も逃げ回ってたんだ。追いつかれて、胴体に3発も撃ち込まれて、もう駄目だと思った。むかっ腹が立って、一泡吹かせてやるつもりでさ。逃げ込んだのはどこかのバーだったんだ。それで酒瓶を叩き割って、火をつけた。連中はちっとも怖がってなかった。俺が火達磨になるのを眺めてるつもりだったんだと思う」

「そこを彼に助けられたのか?」

「そうだ。ずっと隠れてた。爺さんはここに……図書館に来ようとしたけど、”道”は見張られてた。あいつらを撒くのにさらに1週間かかって、その間はずっと下水道か、路地裏の段ボールの下さ」

クリスマスには段ボールなるものを目にした経験がなかったし、現実世界における下水道のことは資料でしか読んだことがなかった。それでも彼には、事態のおおよその経緯が飲み込めた。”青大将”を名乗る人物によって現実世界から図書館に連れてこられる人物の大半は、とある2つの巨大な組織のどちらかか、悪いときは両方に追われている。そして外見上はごく平均的なヒト種族に見える存在に対して問答無用で銃を向けるのは、その片割れによくみられる特徴だった。

焚書者に狙われたのか」

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