切羽詰まってもちゃんとパーフェクトに

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誤伝達部門にとって「言及はできる」オブジェクトは「言及できない」ものより遥かに厄介なものであったりする。「言及できない」オブジェクトは強制的に言えなくさせられるだけで、まだ害はない。「言及はできる」オブジェクトはうっかりすると「言及してしまう」から面倒なのだ。無意識にポロリと言ったり書いたりしまえば、それでオダブツになることだってある。

そして、今回がそれだった。

そんなことを考えながら誤伝達部門日本支部主任の瀬戸香代美博士はサイト-81NJの廊下を渡り、罪悪感を抱きながら目当ての職員を見つける。

「間城博士、今時間ありますか?」

「はい、大丈夫ですよ。」

「重要な話なので、一旦移動しましょう。」


「それで、話とはなんでしょう?」

会議室に移動し、間城博士が切り出す。

「今回はとある報告書の和訳をお願いしたいです。」

英語が得意な彼の役目は誤伝達部門としてのもののみならず、和訳もあった。それ故今回の件はうってつけだった。

「なるほど、一体どんなオブジェクトで?」

「それなんですが、今から口を閉じて良く聞いてください。」

普段と雰囲気が違う瀬戸博士に彼は少し怖じ気づいた。

「今回和訳して欲しい報告書ですが、私の口からは多くは言えません。それと、質問したいだろうことも先に行っておきます。今回、別サイトの管理官からの要請でこの報告書の和訳を単独で行ってもらいます。何でも、日本支部に転用したい技術のサンプルがこれしかないとかで。Dクラス職員を使った和訳はリスクが大きすぎるために却下されました。あと、機械翻訳も危険すぎるので使わないでください。そして、和訳する日は改めて決めて、隔離された部屋で行ってもらいます。必要なクリアランスは先程管理官に頼んで既に配布してあります。質問は禁じます。」

突然の偉く長い文章量に驚きつつ、ただただ話を聞く。

「こちらが今回和訳してもらう報告書です。」

そう言う瀬戸博士は印刷した報告書を彼に渡した。

Specific Collection Position: SCP-4098
Security Credential Permissions 4/4098
Selective Class Placement: "Shadow's Crown" Phenomenon Strictly Classified Publication

妙に回りくどい言い方をする報告書が最初に目に飛び込んだ。そして読んでいく内に、自分が課せられたことの重大さを理解した。

下手な訳し方をすれば死ぬ。それにサイト-94が危ない。瀬戸博士があそこまで念を押したのも納得だ。だけどそもそもなんでデカイリスクを背負いながらこれを訳す必要があるんだ。日本支部にはもっと危険なオブジェクトでも潜んでいるのか?

様々なことが彼の脳内を巡ったが、一番大きかったのは今までにない恐怖と緊張だった。

「大丈夫ですか?できないのでしたら別の人に—」

「いえ、平気です。決心はつきました。任せてください。」

瀬戸博士にはそれが嘘であることは分かっていたが、何も返す言葉がなかった。



日程を決め、その日の業務も終えた間城博士は自室のベッドで4098の報告書とにらめっこをしていた。あれから心臓がバクバクと打ち続けている。S、C、P、お馴染みの3文字を頭に上手く文章を和訳しなければならない。

(どうやって訳すのさ……。)

Sはさ行の言葉で始めれば良い。さ行の言葉はたくさんある。問題は他の2文字だ。C、「ち」はセーフだろうけどか行が許されるかどうか分からないからあまり使いたくない。外国語なら許されるだろうか。Pはどうしろと言うんだ。ぱ行の言葉なんてそうそうない。外国語に頼りっきりになるだろう。いや待て、そもそも日本語がアウトだったらどうするんだろうか。こればかりは仕方がない。

次に考えたのは、他の言語だった。他の支部の人々もどうするんだろう。ドイツ語やスペイン語は似た要領でやれば良いだろうから羨ましい。中国語や韓国語はどうするんだろうか。彼らも苦労しそうだ。

そして、最後に考えたのが、一番考えたくなかったことだが、「もしも失敗したら」。フォーマットを少しでも外れたらSCP-4098の効力は消え、自身はSCP-4098-1によって恐らく死ぬ。しかも報告書を見る限り、サイト-94の職員も巻き添えを喰らう。

つまり、サイト-94の職員の命は自分の手にかかっている。

そう思うと心臓の脈打ちが激しさを増した。

結局、その夜は十分寝ることができなかった。

そして、数日経って約束の日が来た。




間城博士は瀬戸博士と機動部隊員2名に連れられて部屋へと案内された。着くや否や瀬戸博士は彼にバンドを巻き付けた。

「これは生体反応を図る機械です。万が一貴方が和訳中に死亡した際を考えての処置です。いや、別に貴方を信用してない訳ではありません。」

どこか申し訳なさそうに言う彼女を尻目に間城博士はより緊張を増していた。

「どうか、幸運を。」

「頑張ります、主任。」

こうして間城博士は大量の辞書やパソコン、そしてSCP-4098の報告書と共に部屋へ入った。

持ってきたものを机に置く。今から自分はサイト-94の人々の命を預かって和訳する。失敗は許されない。

キーボードを打とうとした手が止まる。しかし、その手は拘束を自らの力で振り払った。

「……よし。」

こうして、1人での奮闘が始まった。

幸いにも4098の報告書はそんなに長くない。それでも多い量に見えた。

そして、早速画像キャプションにぶち当たった。

Site-94's construction, previously.

「サイト-94の」、「築成図」、ここまでは訳せる。previouslyに当たる単語が出てこない。無理やり「プリービアスリー」と表記するのにも難がある。長時間考えた末にひらめく。

ならばもう1セット使えば良い!

サイト-94築成図、プロトコルの刷新以前のカラー・フォトグラフィー。

こうしてキャプションは訳された。

(思ったより制限なくて良かった……。)

訳していると自然と気が楽になっていく。ハードルは想定より低いし、結構外国語でも意味は通じる。それと、「SCP-4098」という単語や数字は制限から外れる様だ。それでも自分がリスクを背負っていることに変わりはないと用心しながら作業を進めていった。

サイト-94のそれまでの貯蔵物は、プロトコル策定後にはサイト-96に貯蔵されましたが、プロブレマティックでした。サイト-94のコンテインメント・プロトコルは、サイト-96におけるコンテインメント用のプロパティの収容量以上で、コグニトハザード対策のプロテクション用のスペースを調達するプロジェクトは昨今でもコンディショナルなプランです。

翻訳の5割を終える。片仮名が多くて意識の高い中二病にも思える。それでも和訳は進めなければならない。ここには恥も外聞もない。あるのはS、C、P。それだけである。

……サイトの調整役はプロジェクトを承認しました、躊躇なしに、ぱっと。……

「S、C、P、S、C、P、S、C、P……ふふふ。」

最早そこには理不尽冴えも戦く混沌とした和訳と、精神が狂い始めた1人の男の姿だった。

そして、作業は終盤にかかる。短い報告書なのに、精神は酷く疲労していた。

Stressed, carrying previous Site-94 container parts, Sparse-Clearance Personnel spoke consecutive phrase: "S-why C-don't P-you S-guys C-just P-try S-talking C-like P-this?"……

初めて、S、C、Pがつかない文章が出た。

和訳の男は初めて呪縛から解放される。

些少なクリアランスのプロジェクト職員がコンテインメント用のパーツを送配中、注意力がぽしゃって所労のためにコメントしました、ぽつりと:「エスなんで、シー誰も、ピーこういう、エス感じで、シー喋って、ピーみないんだろう?」

こうして、残るは1文となり、そして—

「っしゃちゃんとパスしたああああああああああああああああ!!!!」

間城博士は、勝利の咆哮を部屋に反響させた。


数時間後、訳された報告書を管理官に送信した瀬戸博士は間城博士の健闘を讃えていた。

「和訳作業本当にお疲れ様でした。よくぞできたものです……。」

「刹那のミスでチビるかと思いましたよ、ぽしゃるかと……。」

「本当にお疲れ様でした。疲れているでしょうし、今日は残りの時間を休みにでも使ってください。」

「そうですか、チャンスですし、パスタイムでもさせていただきます。」

「間城博士……間城博士?」

「瀬戸博士、コンディションにプロブレムでも?」

「もう、その言葉遣いはしなくても良いんですよ……。」

精神が壊れた間城博士は首を傾げるばかりだった。


業務連絡

間城博士は和訳作業からの疲弊によって精神に異常をきたしたため、3週間の休暇並びに自宅謹慎が通達されています。その後言動の回復が見られなかった場合、休暇期間は延長されます。間城博士が担当していた業務は瀬戸、静博士、そして北小路研究員に回されます。


サイト-81NJ管理官 瀬戸 香代美


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