Tachyon-4

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「ぼくが目になろう」

小学生の頃、教科書でその言葉と出会った瞬間を、今でもはっきりと覚えている。
黒。
皆と違う存在。疎まれ、煙たがられ、仲間はずれにされる存在。
それにも関わらず、彼は己の色をアイデンティティとした。
恐るべき驚異に皆が悲観する中、ただひとり果敢に立ち向かわんとし、思考を巡らせ、先頭に立ち、皆を率いて勝利を掴んだ。
彼に出会った当時のぼくには、読解力も表現力もまだ足りず、自身の境遇と彼の境遇を重ねて抱いたその感情が何なのかを説明することはできなかったけれど、やがて気付いた。

それは嫉妬、或いは羨望。
ぼくは、黒い魚だった。
そしてこの世界には、ぼくらを脅かす捕食者など存在しなかった。


物心ついたときから、「それ」はそこにいた。
空間に揺蕩う存在。「それ」は、そう形容するより他にないものだ。
いろいろなところに旅行してみて分かったことだが、どうも「それ」がいるのはこの街とその周辺の狭い地域だけらしい。少なくとも、ほかの地域で出会ったためしはない。
どこにでもいるけれど、かといってどこにだっているというものでもない。
この街の中で、道端で数日に一度出会う野良猫とか、そういった程度に点在している。
不思議と恐怖は感じなかった。幼い頃からそれが普通だと思っていたこともあるが、何より「それ」からは悪意や敵意を感じず、またいかなる場合でも周囲の物質に干渉している様子をみたことがないからだ。
ただ、そこにいるだけ。歩いている人がちょうどその空間に差し掛かっても、陽炎のようにその姿を溶かし、やがてもとに戻る(当然のように写真には写らない)。
「それ」は日常だった。少なくともぼくにとっては。

ぼく以外の皆にとって、その光景が日常でないと気づき始めたのはいつ頃だったか。はじめは幼児の冗談や見当違いとして笑いながら聞いてくれていた親も、ぼくが「それ」が本当にいると思い込んでいると分かると(ぼくからすればその理解の方が思い込みなのだが)、放ってはおかなくなった。
病院、寺社、占い屋、いろいろなところをたらい回しにされた記憶がぼんやりとある。
はじめはこちらも意地を張っていたものだが(だって本当にいるのだから)、周りの人間に「それ」を証明することを諦め、またあちこち連れ回されるのもいい加減疲れてきて、何より、心ないクラスメートに嘘つき呼ばわりされたことが随分堪えてきた頃。
あの物語に出会ったその瞬間、ぼくなりに深く納得したのだ。

ぼくは、黒い魚であると。
皆と違う存在なのだと。疎まれ、煙たがられ、仲間はずれにされる存在なのだと。
そして、彼と違って、ぼくが主人公になることは決してないのだと。
彼は目になった。唯一無二の個性を生かして。
その点ぼくはどうだ。ただそこにいるだけの陽炎のような存在を映すの目に、一体どれほどの価値があるというのか。
ぼくの目は、大魚の目にはなれないのだと悟った。

それ以降、一切「それ」が見えなくなったことにした。

急な変化に周囲は戸惑ったものの、彼らにとってはそちらのほうが正常なので、普通に接してくれるようになるのにそう時間はかからなかった。
もちろん、それから後も「それ」の姿は以前と変わらず見かけたけれど、すべて無視した。
もっとも、「それ」はただそこにいるだけに過ぎないなので、無視しようが無視しまいが特に支障はなかった。
中学校に通うようになっても、高校に通うようになっても、街はずれに大きな研究施設だかが設立されてちょっとした話題になっても、「それ」はそこにいた。
初めのうちは、「それ」を見かけるたび自分が嘘をついていることを嫌でも自覚して、少し憂鬱になってしまっていたものだけれど、近頃はもうそんな感情もあまり浮かばなくなって、ただ「それ」を風景の一部として捉えるようになっていた。
だからといって「それ」がそこにいる以上、ぼくが群れに混ざれない黒い魚であることは明白で。
無意識に引け目を感じていたのか、そもそも社交的な性格ではなかったのかはわからないが、その後もぼくは自分から積極的に交友関係を広めようとはしなかったし、周囲もそれを感じ取ってか積極的に絡んでくることもなかった。

だからその休日もいつものように、早めに食事を済ませて、街はずれの図書館で静かな午後を過ごすつもりだった。


異変に気付いたのは、自転車を走らせて少したった頃だった。
「それ」がいない。
無論、「それ」の姿を見かけない日はある。ただ、それにしても何かがおかしい。
一体いつから「それ」に出会ってない?
昨日?一昨日?思い出せない。彼らは、ぼくにとって風景になっていたから。
それでもおかしい。
どこにいる。どこかにいるはずだ。どこに。
いまや図書館などどうでもよかった。ペダルをこぐ。前に進む。角を曲がる。いつもの公園。商店街。神社の境内。いない。あの橋。このトンネル。どこにもいない。一体どこに。

いた。

初めて見る異様な光景だった。
この街に点在していたはずの「それ」が多数、視界の中にいる。
列をなしている。
それぞれの見分けがつくわけではないけれど、確かにここには街中の「それ」がいると確信する。
なぜここに?
そこは、岡の上に数年前に建てられた研究施設へと続く、トラックなどが通る通用門だった。

柵を乗り越え、坂道を駆け登る。途中、いくつかの建物に向けて道が分岐していたが、「それ」の多いほうへ、濃いほうへと進んでいくことにした。多数集まっても「それ」の様子はいつもと変わらず、体がその位置を通過すると陽炎のように掻き消え、振り返るとゆっくりと再生を始めていた。
この施設でどんな研究がされているのかは街の人は誰も知らないけれど(建設時に説明会もあったらしいが、聞いた住民はほとんどいなかったろう)、今ならひとつ推測できることがある。
ここは、「それ」を研究するための施設なんじゃないか?なぜかはわからない。
でもそれが真実なら大変なことだ。「それ」は存在するのだと、君は間違ってなかったと、そういってくれる人が見つかるかもしれないのだから。
同時に、何か嫌な予感がする。なぜ「それ」はここに集まった?昨日でもなく、先月でもなく、今日?ひょっとして、研究者らはなにか取り返しのつかないことをしてしまったのではないだろうか?
考えがまとまらないまま、坂を上る。息が切れる。研究施設が見える。

「ヤツ」が、そこにいた。



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執筆者: Tachyon
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最終更新: 28 Feb 2021 15:26
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