夢、あるいはクリシェ

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打鍵する手を止め、眉間を摘まんでほうと息を吐く。
ディスプレイの右下にあるデジタル時計を確認すると、とうに日付が変わっていた。
今日はこのくらいにしようかな。
そう思った私は、背もたれに深く持たれ掛かった。
SCP財団。
この世の物理法則や常識を容易く覆してしまうような異常物品を確保・収容・保護し、人類を守る巨大秘密組織──
という設定を元に生み出された、怪奇創作サイト。
ヒトを殺す怪物など、さながらホラー小説やSFのような超常的世界観で、かつリアリティのある報告書が多数投稿されている。
大元は海外の発祥でありながら、この国に上陸してからネット上で徐々に人気を博し、近年では公式オフラインイベントが定期的に開かれるなど、急成長しているコンテンツだ。
斯くいう私も、ネットサーフィンをしているときに偶然このサイトに出会い、その怪奇に魅せられて嵌まっていった人間の一人なのだが。しまいにはサイトのメンバーとして創作に参加し、自身で記事を執筆してみようと考えるようにもなった。
そういう訳で、自身の処女作となる作品を執筆するため、夜遅くまでテキストエディタに向かっていたのである。
それにしても、創作とは難しいものだ。
思い返してみれば、小説を書いたり、絵を描いたり、詩を詠んだり。今までの人生でそういった経験は皆無だった。小さい頃は本を読むのもあまり好きではなかったし、夏休みの宿題でも、最後に手つかずで残っているのは決まって読書感想文だった。
パソコンに向かって自身のアイデアをなんとか形にしてみようとするも、途中まで書いたあたりで筆が止まり、そこから一向に進まない。
なんとか出来上がった作品を見ても、構想の段階で思い描いていた輝きは既にそこにはなく、ただ無機質な文字の羅列があるだけだった。
見覚えのある異常性。シンプルな実験ログ。捻りのないオチ。
かつて自身が憧れたあの記事やこの記事とは、まるで比べ物にならない。
こんなことなら昔から芸術にもっと触れておくべきだったな、などと考えても、過ぎた時間は取り戻せない。
今日も今日とて執筆に行き詰まった私は、財団サイトのあるページを開き、いつものように繰り返し読んでいたのだった。
全ての始まりであり、唯一無二の『オリジナル』。死角から駆け寄り首を折る、あの彫像。
いつみても素晴らしい、と思う。シンプルにして、突拍子もない異常性。書かれている内容が極端に少ないからこそ、不気味さや恐怖が増幅される。
サイト内に素晴らしい記事は数あれど、その成り立ちや、覚えている限り最初に読んだページだったこともあり、私の中では特別な場所に位置する報告書だった。
そりゃあ、こんな伝説的なモノを生み出そうとも、生み出せるとも思っていない。それでも創作という世界に入り込んでしまった以上、自身がこの彫像に魅せられてしまったように、見知らぬ誰かの心に爪痕を残したいと考えるのは、決して不純な思いではないと思う。
この彫像を目の前にして、私ならどのような異常性を付与しただろうか、と考えることがある。複雑怪奇に、或いはシンプルに、様々な異常性を考えてみるも、結局『ヒトの首を折ろうとする』以上の案を生み出せた試しがない。固定観念を打ち破るのはかくも難しい。──少なくとも、私にとっては。
そんなことを考えている間にも、時間は過ぎていく。経験則から、そろそろ睡眠不足が翌日の行動に響く時間になってきたので、今まで書いていた文章を保存し、パソコンの電源を落とした。
夜更かし、徹夜、または不眠。こういったものをモチーフに書いてみるのも面白いかもしれないな。
そんなことを考えながら布団に潜り込み、私は眠りに落ちた。


私は無機質な部屋の中にいて、目の前の壁の一点をじっと見つめていた。
首を動かそうとするも、ガッチリと固定されている。それどころか手足すら動かせなくなっていて、さながら石膏像になってしまったかのようだった。
背後から感じるのは、視線、視線。
無論振り返って視ることはできない。それでも私は、確かに見開かれた眼がそこにあることを確信していた。
ひとつ視線が増え、すぐに逸らされた。他ふたつの視線は、ゆっくりとした間隔で消えたり現れたりしている。これは瞬きだろうな。点滅の周期はわずかながらにずれており、その間隔が次第に同期していくのが感じられる。
あと5回ほどで揃うだろうか。あと2回。1回──。

私の腕の中には、オレンジ色の作業着を着た男が抱きかかえられている。その首は、普通ではおよそ有り得ない方向に捻じ曲がっていた。
同時に思い出す。
ああ、これは夢だ。
私は今、彫像になった夢を見ているのだ。
これまでも、何度も何度も見てきたじゃないか。
巨大な爬虫類になる夢を見た。
醜悪な老人になる夢を見た。
匣から蘇る青年になる夢を見た。
ときには、白衣の研究者になる夢。重火器を携行するエージェント。はたまた、ちょうど今抱きかかえている男のようにオレンジのツナギを着た死刑囚。
自身が読んだ記事の、そのオブジェクトや登場人物になる夢を私はときたま見て、そして起床すると例外なくすっかり忘れてしまうのだ。
目の前で慌てふためく男たちの姿をよそに、私は全てを理解した。そして。
もう一度視線が消えたので、近くにいたほうの男のもとに駆け寄り、その首を捩じり折った。
なぜ?決まっている。
彫像だからだ。
私は今、あの彫像だからだ。
あの彫像は、視線に曝されると動けない。だから私は動けない。
あの彫像は、人の首をへし折らんとする。だから私はへし折らんとする。
あの彫像は、一瞬で移動する。だから私は。
いつもそうだった。
あの爬虫類は。だから私は。
あの老人は。だから私は。
青年は。私は。
博士は。私は。
私は、そうするべきなのだ。彼らはそう動くべく生み出された存在であり、今このとき、まごうことなく、私は彼ら自身なのだから。
パニックになったのか、後ろを向いて走り去ろうとしたもう一人の男にも駆け寄って同じようにした。
誰もいなくなったので、収容房を出ることにした。廊下には警報が鳴り響いているが、聞こえない。
私は彫像だから。


それからも、することは同じだった。
駆け寄る。首を折る。それだけだ。
彫像とは、それをする存在なのだから。
駆け寄る、首を折る、駆け寄る、首を折る、駆け寄る…。
そうしていくらかの時間が経って、私の行動は止められた。
視線。長い廊下の正面からの、一人の視線。暗がりになっていて姿こそ見えないが、はっきりと分かる。
足音が聞こえる。こちらに向かってゆっくりと歩いて来ているようだ──足音?
彫像は、彫像だ。だから私に警報は聞こえない。なのに、今、正面にいる人物の足音が、はっきりと聞こえている。
なぜ?私は、彫像なのに。
「俺は、何をすべきなのだろうか」
男の声が聞こえた。なぜ?
「俺には、何ができるのだろうか」
男の姿が見えた。白衣を羽織り、そのポケットに無造作に手を突っ込んでいる。こちらをじっと見つめている。
「目の前に、彫像がある。例えば、もし」
「もしも俺が、一度たりとも瞬きをしなかったら?」
何を、言っているんだ。
そういえば、おかしい。男の視線に文字通り釘付けになってから、一体何分経ったのだろうか。
人間の瞬きは、無意識化であれば最低でも毎分10回ほどであると聞いたことがある。意識して我慢したとしても、眼球の乾燥でそう長くは持たないはずだ。
ますます分からない。目の前の男は、いったい何者なのだ。
「もし、片方づつ目を瞑ったら?もし、超能力で瞼を下ろしても周囲が見られる体質だとしたら?」
唐突に、怖い、と感じた。理由は分からない。だが、私は確かにこの感覚を知っている。
「あらゆる常識や思い込みの枠を越えて──」
あの日、あのとき。初めてこの彫像と出会った、自分の中の常識がひっくり返った──。
「そうだ。もし、そこにある彫像が、首を折るんじゃなく」
やめろ。彫像は首を折るんだ。私はそうあるべきなんだ。そうでないと。
「例えば──」
そういってようやく目を瞑った彼に駆け寄り、私は。


目が醒めた。
頭が痛い。やはり、昨晩遅くまで執筆していたのが響いているのだろうか。
幸い今日は休日だ。つまらない講義の最中に、つい居眠りしてしまうようなこともない。
夢を見ていた、気がする。内容は思い出せない。しかし、なんとも妙な感覚が残っている。
そういえば昨晩、睡眠に関する異常のアイデアを夢想しながら寝たのだったか。案外、その影響かもしれないな。
パソコンの電源を立ち上げながら、そんなことを考える。
テキストエディタを起動し、新しいページを開いて、たった今浮かんだアイデアをそこに書き込んだ。

『SCP-XXX-JPは、特定の条件を満たしたヒトが見る、世界を共有した夢です。SCP-XXX-JPを見たという記憶は、通常覚醒と同時に忘却されるため──』

なんだか見覚えのあるような、凡庸な文字列。何とは言えないが、どこかの報告書の焼き直しという感が拭えない。
やれやれ。
固定観念を打ち破るというのは、かくも難しい。
そういって、そのページに適当な名前を付けて、保存した。

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