Quick Pay (Xコン: Quantity)

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料理が一斉に届き、テーブルの端から端までイタリア料理で埋め尽くされる。俺は早速フォークを動かして、それぞれの皿から断片を剥ぎ取っていく。パスタは巻き上げられピザは剥ぎ取られ、全て口に入る。口腔が物でいっぱいになって、ワインを流し込む。口が空いて、また食物を口に入れるのを繰り返す。ものの十数分のうちに料理の6割方が消えた。しかしまだ腹の膨れる感覚がない。もっと注文しなければいけないと気付く。

濃厚なカルボナーラ3つ、ペンネアラビアータ、野菜の多いドリア、デミグラスソースのハンバーグプレート3つ、マルゲリータチーズのピザ2つ、コーンピザ、赤ワイン4杯。足しげく通っているわけでもないのに、注文が俺の口からすらすらと流れ出す。メニュー表に手を触れる必要もなかった。その呪文は店に入る前から頭の中にできあがっていた。それらの料理がメニューの中にも、さらにはキッチンの冷蔵庫の中に存在することも、既に知っていた。

どうしてこんなことをしているのか。事情は至極単純なのだ。今日の帰り道、川にかかる橋の上でクレジットカードが落ちているのを見つけた。それは"rich"という英単語を体現するような金色のカードで、欄干の上にあった。

拾得物は交番に届けるというのが常識だとすれば、結果的に俺は常識から外れていたということになるのだろうか。俺はカードを自分の財布に忍ばせようと決心した。自己弁護に過ぎないのかもしれないけれど、俺はこれでも常識を欠いているという気はしないのだ。あの豪奢なカードを見つけた時、これを使っても誰も傷つかないと思った。空気に不幸のにおいがなかった。だから俺にとっては、落とし物というよりかはむしろサプライズギフトのように見えた。カードに向かう俺の一歩一歩が、豊作をもたらす雨雲、あるいはお祝いの紙吹雪のように感じられた。あるいはそう思い込まずにはいられなかった、ということなのかも知れない。

何にせよカードを拾った時、胃が掻き回されるような感覚と共に、ある稲妻のようなアイデアが俺を打った。つまり、カードを失くしたということに気づいた持ち主が利用停止手続きをしてしまう前に、ありったけの食物を体に蓄えるということが必要だと気づいたのだ。

そうこうする間に次の分が届き、俺は再びフォークを手に取る。パスタを巻きピザを貪りながら、俺は幸福について考えていた。今の俺は幸せだった。今までの人生を見渡してみても前例が見つからない、それくらい幸せだった。ゴクリと音を立てて飲み込み、その清々しさ――無限に等しい金を使って自分の体に蓄えるという行為の清々しさを実感した。つまるところ食事というのはは金を自分の価値、自分の幸福度に直接変換するというような作業なのだった。この際「誰のお金で」ということは関係ないのだ。金は人を選ばない。

次の分を注文する。モッツァレラチーズのピザ4つ。ひき肉の入ったドリア6つ。コーンスープ4つ。たらこのパスタ3つ。玉ねぎの載ったリブステーキプレート3つ。注文すればするほど、反対に体中のスペースが空いていく感覚がする。

従業員が厨房に向かい、まもなくして料理が届き始めた。ピザにはくどいほどチーズが載っていて、喉を通り過ぎると何か満たされた気分になる。しかしすぐに腹が減る。ドリアをスプーンですくうと、熱気とともに色彩豊かな具の掛かったピラフが姿を現す。喉を通り過ぎると何か満たされた気分になる、しかしすぐに腹が減る。コーンスープを続けて飲み干す。味がする。腹が減る。パスタが消化器官を通過する。腹が減る。固いステーキが石のように食道をごろごろと転がる、腹が減る。ピザ、腹が減る、ドリア、腹が減る。

カードを拾った時、俺はブランド品を買おうとかいったことは一切考えなかった。むしろそういう物は俺に不幸をもたらすに違いないのだ。可愛がられたいわけではない。それよりも俺は、とにもかくにも食事を渇望していたということなのだ。俺はもう二度と食事を取らなくて良いくらい食べたいと思っていた。変な言い方だが、もう二度と動物の命を奪ったりしたくない、だから今回っきりにしてしまおうという気がしていたのだ。本気でそうできるという気がしていた。それで、吸収したエネルギーを使って、どこか遠くへ逃げてしまおうと思った。遠くでもっと他のことをしたいと思った。それが幸福だと思った。自分でも随分と薄暗い幸福だと思ったが、それでも幸福は幸福だ。

俺はまた呼び出しベルを鳴らす。しばらくしてから料理を持った従業員があらわれた。頼んだ覚えはなかったが、俺はあまり深く考えることはせずに、料理に手をつけ始めた。


机の上は、気づけばまた空の皿だらけになっていた。テーブル脇のボタンを押して店員を呼ぼうとする。その時、右に立てかけてあったメニュー表から白い目玉が現れた。目玉はシャボン玉のように、回転しながらテーブルの上をゆったりと横切る。

俺は突然、監視カメラに睨まれているような気分になった。目玉はもう一つ、それからまた一つと次々に現れる。目玉は何を見にきたのだろう? すぐに分かった、俺の食べ物だ。なぜ? 妬み? 僻み? 羨み? 恨み? 違う、俺はそんなものに構わず行ってしまうのだ。俺はこの飯をひとり占めして、こんな目玉どもが付いて来れない場所に行ってしまう。

しかしその空想に陰りが見えた途端、俺の手はぴたりと止まってしまった。ほんの数分前までノンストップで動いていた俺の口が初めて咀嚼をやめる。同時に胃の中で何か不吉な感覚が走った。暴風雨の予兆みたくじめっとした、イヤな空気が漂い始める。

なぜか分からないがうまく行かない、俺はそういう感覚が大嫌いだった。なぜ止まる必要があるのだ、と自問する。しかし俺の体内の歪みはますます大きくなっていた。まずいと思い、俺は束になった伝票を取り上げる。拡張していた胃袋がだんだんと元通りになっていくような気がした。腹痛で真っすぐに歩くことすらままならず、気づけば腰を曲げたひどい体勢になっていた。嘔吐しそうになりながら、かろうじてレジにたどり着く。俺が伝票を震える手でカウンターの上に乗せると、店員は真っすぐ前を向いたままその内容を読み上げ始めた。

カルボナーラ3点、ペンネアラビアータ1点、野菜ドリア1点、ハンバーグプレート3点、マルゲリータ2点、コーンピザ1点、赤ワイ 4点、白ワ ン2点、リブス ーキ9点、ライス3 、たら パスタ8点、ペ ロンチー 10点、エ の ラダ7点、かにクリ ム ロッケ5点、ロブスタ 4点、 タリ ンオ レツ5点、グ ルチキ  点、ビー シ ュー5点、ミ トソー ス ゲッテ 4 、シー ードグ タ 3点、シ フード ラフ 点、コーン ープ2 、コーヒー 点、バ ラア ス2点、 節のジェラー 2点、モ ツァレ 4 、ナ リタ 2 、マカ ニ ラ ン3点、たら パス 4 、 ー ス プ8点、ペン アラ ア タ 点、シ ュー3 、わ めサ ダ6点、た こ スタ5 、グ タ 4点、シー ード パ ッ ィ4点、チ  13 、ペ  ンチ ノ5 、和 ハ  ーグ2 、ク  ム   ケ5 、赤  ン3点、卵  ド ア  、チ  カ ー2 、ク   スパゲ テ   、イ  フリ  3 、オ   グ     プ6 、白 魚   イ4 、エ    4           8              コ      、        ザ1       、       5         レ        、           、

「お会計はどうなさいますか」それが聞こえるまでに耐えがたい時間を待たなければならなかった。

「カードで」

俺はピントの合わない視界で鞄の中をあさり、なんとか例の輝かしいカードを見つけた。店員に手渡す。レジスターの音、沈黙。カポ、ピッピッ。――ピピーッ。

「申し訳ありません、利用制限がかかってるようですが」

音が一瞬消えた。

「現金で」


バイト丸5日分の給料を一瞬にして失い、俺は店から出た。しかし不快感はまだ去らない。それどころか胃が変形するような感覚はますます強くなっていた。汗が吹き出す。度数の合わない眼鏡で世界を見ているような気分がする。平衡感覚が失われ、視界が歪んで、左右がわからない。

例のカードはまだ右手にあった。俺はまだこのカードを捨てる気にならなかった。もしかするとあの店の機器の調子が悪かっただけかも知れない。もしかするとカード会社の問題だったかも知れない。もしかすると明日になれば使えるようになるかも知れない。俺はこのカードに託した希望を諦めることの踏ん切りがつかなかった。俺は最悪のシナリオをなるべく考えないようにしていた。そんな現実逃避をしているとなんだか魂が体から1メートルくらい離れていくような気分がした。それでいながら、俺は同時に明日のバイトのことを考え始めてもいた。明日も朝は早いし、夜までたっぷり働かなくてはならない、なるべく早めに帰って睡眠時間を確保しなければ。

しかしこのまま帰宅して、果たして眠りにつくことができるだろうか? 一睡もできなかった、なんてことになるよりかは緊急外来に行った方が良いのかもしれない。そんな風に考えながら通りを曲がったとき、歩道の中央で男が俺の方を向いているのが見えた。男の方も俺の姿を認めたようで、その明朗な声がひと気のない路地に響いた。

「いやはや。良い食べっぷりだったよ!」

俺は立ち止まって男の姿を正確に捉えようとした。しかしその時にはもはや電灯の明かりくらいしか見えていなかった。一方で男の方は俺に近づいてくる。

「でもさあ。一人で勝ち逃げなんてのは、ウン、ズルいとは言わないけれど、なんだか寂しいじゃないか。ねえ、君にはトモダチとかいないのかい。ハハハ! 俺でよければトモダチになってあげたいところだけれど! ま、生憎そういう訳にもいかなくって」

しかしこの男の本意を把握する前に、俺は地面に突っ伏してしまった。男が一歩ずつ、さらに近づく。胃液の流れが喉の方に溢れて、吐く寸前のところまで逆流した。

「早くしてほしいよね、ウン。さっさと契約を結ぼう。カードを返してもらう。そしたら君の胃の中のものは、全てボクの方に入る」

はっきりとは見えなかったが男は笑っているようだった。カードを握っていた右手に力が入る。卑怯だ、卑怯だ、卑怯だ、卑怯だ、卑怯だ。まるで言葉が脳を介さずに直接口から出てくるようだった。俺の右手がますます硬くなる。ちらりと希望を見せる素振りを見せておいて、結局俺の幸福まで奪っていくなんて。他人の懸命さにつけこんで欺くような真似をするなんて――

ガツンと殴られるような衝撃とともに、頭蓋骨の中に映像が流れ込んできた。俺が橋の上に立って、欄干にあった金色のカードを拾うシーンだ。そして川の下には、泡のような黒い玉――無数の眼球がみっちりと浮いていた。その視線が、揃って俺の手の先を見つめている。空は雲に覆われてどんよりと真っ暗だ。

「そもそもの話、みんなこうやって狡猾に生きてんだよ」囁くような声がした。俺は硬直した体に力を込めてカードを放り投げた。

音にならない合図があり、視界が一瞬歪んだ。目玉の群れは一斉に水面の下へ引っ込んだ。男はカードもろとも姿を消していた。

俺はあの無限に等しい通過的価値を失った途端に、自分と自分の周りの世界が全て元通りになったことを知った。俺はそこからどうやって帰ったか覚えていない。



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