「あ、今横にいます。横って言うのは私のではなくあなたの横って言う意味で、あなたから見て右側です」
脳みそが上手く作動していない気がする。かたかたと壊れた音を立てて、曲がったコピー用紙に文章を印刷しているようだった。
「僕の右側、っていうと、このあたりかな?」
天羽さんが手を広げ、空間を撫でる。半分くらいずれていたが、指先はかすっている。
「少しずれていますが、そのあたりです」
「そうか。じゃあ、どんな見た目をしているか教えてくれるかい?」
私はじっと見つめる。割り箸くらいの細さの腕の先の、さらに細い指で身体の丸い表面をばりばりと掻いて、表面がぽろぽろと落ちていく。名前を付けるならこの存在は「ポロ」だろうか。
「表面は堅そうなんですが、腕、あ、細い腕で、腕は腰あたりに生えていていや腰というか、丸い身体なので腰かどうかっていうのはあまり分からないんですけど、あ、で、その腕が」
「妹尾くん」
天羽さんが私の名前を呼ぶ。脳みそでこんがらがっていた思考が、きゅっと結ばれたように感じる。天羽さんは机の上に置かれていたコーヒーのカップをソーサーごと私に近づける。
「焦って伝える必要はないよ。よく見て、ゆっくりと伝えてくれればいい。僕も妹尾くんも、今は何かに急かされることはないからね」
私は「はい」と呟きカップを持ち、コーヒーを飲む。温くなり、少し酸味が強くなったコーヒーは私の思考を洗うように鮮明にしてくれる。そして、改めてゆっくりとその存在、いや「ポロ」に目をむける。
鏡餅のような見た目、細い腕、足は無い、目なのか何なのかは分からないが、黒い点が真ん中についている。常に体を掻いて、表面の皮膚のようなものがぽろぽろと落ちている。大体の説明を一つ一つ説明すると、天羽さんは何やらバインダーに挟んで書いていたものをすっと抜き取りこちらに向けてきた。そこには「ポロ」とよく似たような絵が描かれていた。
「こんな見た目に近いのかな?」
「ええ、大体あっています。すごいですね、絵上手いです」
褒められたのは初めてだよ、と嬉しそうに天羽さんはその絵を机に置く。そしてぱっとこちらに向く。
「それで、妹尾さんがこの子を見るようになったのはいつからだったかな」
「ええと、この子なら5日前です」
「じゃあ、他の子が見えるようになったのはいつかな」
「多分、最初にいたのは1カ月前です。その前にいたのかもしれないですけど私には分からないです」
初めて他の人が見えないものが見えるようになったのは、割と最近だった。そもそもこの職場で働いていれば、誰か限定的な条件でしか見えないものや、反ミーム存在のような見えるけど見えなくなるものなどがいるのは珍しくない。ただ、それが収容されていない状況はまずかったので、早急に報告をした。しかし、報告をした博士は総じて首を傾げた。報告の通りに調査をしたが、オブジェクトの反応は無く、反ミーム存在である可能性から、専門の職員が同じく検査を行ったが、私の見えているものには一切反応が無いと言われたのだ。私は最初はあり得ない、と思った。だって、すぐそばにいるから。本当にすぐそばに。隣り合わせに。でも、他の人には見えないし、オブジェクトとしても認識されていないなんて。私はそれを聞いてからは少し怖かったが、初めて見えた時には怖く感じなかった。いるな、と思っただけだった。視界を半透明の良く分からない何かが泳いでいく、あれと似たような印象だった。あるのはあるけど、見えてだからどうした、という感じ。
「成程、見え始めた時と今で何か違うとところとかはある?」
「見た目以外でですか」
「見た目が変わってるのは報告で確認できているからね、ぼんやりとしたものがはっきりとしているとか、現れる場所が違うとか」
「うーん、分からないです」
「そうか、ありがとう」
天羽さんはペンのキャップを開けてはしめてを指先で繰り返している。ふともう一度ポロに目を向けると、ポロはいなくなっていた。ぽろぽろとこぼれていた破片ごと。
「天羽さん、ポロがいなくなりました」
「ポロ、ああ、この子がいなくなったのかな」
「ええ、そうです。いないです。破片もいないです」
いなくなると不安に駆られてしまう。どうしてだろうと自分でも考えてしまう。
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