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動物を拾った。固有の種の名前は分からない。

実家の裏の山を歩いている時にその動物はいた。いたというより落ちていたという方が、その場を描写するには正しいだろう。水分を失いぱりぱりと生を失った音を立てる落ち葉の上でその動物は必死に蠢いていた。表面はパステルピンクの肌が露わになっており、毛などは生えているように見えない。目は全て黒く微かに光沢が見える。口のあたりがとがっているその見た目はネズミに近しい。が、尻尾は確認できず、足は膝の関節が分かるほどには長い。身体に対してアンバランスなその足は、地面を踏みしめようとしているのか、振り子のように前後に揺れている。
私はひ、と息を短く飲んで後ろに一歩下がった。が、すぐに警戒を解き、まじまじとその動物を見つめる。異様な見た目ではあるが、産毛すら見えないようなその生物は私に脅威を与えるようには思えず、むしろ産まれたての赤子に対する保護欲がちらちらと灯り始めた。
私はすぐに走りだし、手ごろなクッキーの空き箱にタオルを詰めて元の場所へと戻る。その動物は変わらず動いていたが、すぐその動きが止まってもおかしくなかった。タオル越しに摘み上げる。手ごたえは柔く、もう少し力を入れると尖った口から内臓が出てしまいそうな脆さだった。空き箱にそっと乗せて、今度はその動物に衝撃を与えないようにゆっくりと歩いた。踏みしめた落ち葉の音がやけに大きく感じた。

その動物はなんでも食べた。食べ物ではなくても口にしていた。家に戻って空き箱の蓋を開くと、タオルの細い毛を細い口先でつまんでおり、すでにほつれが出来ている。私はあわててタオルからその動物を離して、代わりに台所から持ってきたハムの欠片を口にそっと当ててみる。するとその小さな口は先ほどより素早く動きハムはあっという間になくなる。食べ終えるとその場でその動物はぴたりと動きを止め目を閉じた。タオルの繊維により体調が悪いのかと心配したが、腹のあたりがゆっくりと膨らみ、へこむところから、恐らく眠っているのだろうと推測できた。よく耳を澄ますと微かな息の音が聞こえてきた。

結局タオルを食べたことによる体の異常は無かったようだった。あの後結局、糸がつままれにくいように使わない眼鏡拭きでその動物をくるんだ。そして私が目を覚ました後に、そのくるんだ眼鏡拭きに糞がついていた。少し水っぽく、茶色くしみついていた。が、その内容物には白い糸繊維は見当たらなかった。その次の日の糞にも見当たらなかった。おそらく消化したのだろう。という事は雑食なのだろうか。ハムと水しか与えていないが、糸を消化できるなら大体のものを食べれるんじゃないだろうか。日が経つにつれてその生物の動きはか弱くなくなり、活力が見えるようになった。あたりをきょろきょろと見まわし、細い足で悠々と机の上を闊歩する。が、まだ生物として幼稚であるのか、机の上から落ちるということを知らないように踏み出すので慌てて私は床へと移動させる。その時触れた肌に少し産毛の感触がしていた。滑らかになった肌をそっと撫で、赤ちゃんに声をかけるようにそっとよしよし、と声をかけた。
その生物は成長するにつれて変化していった。普通変化と言うとどこかが大きくなったり、丈夫になったりという事が多いが、その生物はむしろ逆だった。退化という方が近いのかもしれない。あれだけ長かった足はハムスター程度の大きさになり、目は2倍ほど大きくなり、水分が増した瞳がてらてらと光っている。肌は初めは産毛で白っぽくなっていたが、次第にその毛は薄い黄色に変わっていった。変化をしている間に図書館に通い様々な図鑑を借りて調べ、写真を撮りネットの画像検索を行ったが、結局当てはまる動物はいなかった。そして、退化のような成長は人間のスピードをはるかに超えていった。新しく見えたと思った小さな耳が2日後には体調の2倍ほど大きくなりずるずると引きずるようになったり、ちらっと見えた生殖器のような突起はたびたび位置を変え生え変わった。それでも体のサイズはあまり変わらず、両手ですくえるほどの大きさを保っていた。

その動物を見つけて1ヶ月ほど経ったころ、鳴き声を聞いた。生まれたばかりの動物の鳴き声は基本的にどれも高い気がする。親に見つけてもらうためか、ただ体が幼いからなのか分からないが、その動物の鳴き声は低かった。「ゆ」とか「ぃ」に近いその声は唸るような音であり、何かに似ていた。1音にも満たない声では判断しづらかった。が、次第に音は長くなり、「ゅし」だの「ぃこ」と聞き取れるようになった。そして私は気が付いた。録音で聞く私の声とよく似ていたのだ。普段から録音の声を聞くことが少ないからすぐには気が付けなかった。
私の声とよく似ている、つまりは私の声から鳴き声を学んでいるのだろうか。私は鳴き声をよく聞いた。「ゅし」と聞こえたその声は「よし」と言っているように聞こえる。「よしよし」と言いながら撫でていた私の声を学習しているように思えてきた。そうなると「ぃこ」は「いいこ」だろうか。私は一層その動物が愛らしくなった。いくら図鑑にも載っていなく、インターネットの世界にも存在しない、ひょっとしたらこの世界には存在しないのかもしれないこの動物が、私の声を学び懸命に自分の存在を世界へ放っている。私からすればこの動物は赤子と同じような情が移っていた。そっと背中であるであろう皮膚を撫ぜる。皮膚は相変わらず柔らかく、つるっとした骨の感触が皮膚越しに届く。私はその日、その動物に「アイ」という名前をプレゼントした。初めてアイ、と呼んだ私の声に反応したのか、アイは小さく体を揺らし鳴き声を上げた。

1年が経ったある日、アイは嘔吐した。黄土色と黄色の混じったその液体はとても健康ゆえの副産物とは思えなかった。私は最初に獣医に行こうかと思ったが、そうして電話番号を調べたあたりで、パソコンをぱたんと閉じた。治したくなくなったわけではない。ただ、その体調不良が私には運命のように感じたのだ。いずれはこうなるようになっていた。風船が時間が経つとしぼんでいきただのゴムになるように、アイにとってこれが終着点となるのだろうと思ったのだ。私はそっとアイの手に爪の先を差し出す。3つの指先が軽く内側に曲がり爪に小さな感触が届く。私は何度もよしよし、と声をかけた。初めてアイにかけた言葉はよしよしだった。一番アイの中で歴史のある言葉のはずだ。何度も何度も繰り返す。それに呼応するように、アイがよし、と声を出す。口の足から吐瀉物の汁が垂れて床に水玉を作る。私は喋らなくていいよ、と声をかける。しかし、アイは私の声掛けと反対にふるふると震えながら立ち上がる。4つあった足は最後には2つ足になっていた。よろよろと左右に揺れる体にそっと手を当てると、その手にアイが小さな手のひらを当てて、すり、と滑らせた。そうして「よし、よし」と、初めて聞く鮮明な鳴き声を上げながらその動作を繰り返す。数回鳴くと、アイは私の手のひらにすべての体重を預けた。その体からはまだ熱は残っているが、もうアイはいない。あの鳴き声も、小さく動く手も、ふるふると震える体も、そこから消えていた。私はアイに頬擦りをするように顔を寄せた。そうして何度も頬擦りをした。熱を失うまで、乳を探す赤子のように、何度も何度も。

裏庭にアイを埋めてから数カ月が経ったときに、家に知らない人が来た。初めは何らかの勧誘かと断る気で話を聞いていたが、オカルト雑誌の取材と言いながら見せられた写真を見て私は家に上げることにした。その写真には、出会ったばかりのアイの姿が映っていたからだ。その人たちはやけに丁寧に、しかしずけずけと様々なところに突っ込んで取材をしてきた。しかし、結局私はこの生き物について知っているかという質問にはいいえ、と答えた。私の知っているアイと写真のその動物は同じではあるが、違う。同じであると言い、認めるのが嫌だったのだ。それ以外の質問には正直に答えた。数回問答を繰り返した後、その人たちはお礼を言いぺこ、と頭を下げた。私も慌てて頭を下げ、顔を上げると、鼻先に軽い冷たい何かが吹きかかった。
ミントのような爽やかな香り。くら、と視界が曲がった。

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