ボックスガーデン

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ぼくは目の前の扉が開くのをずっと待っていた。

医者みたいな白衣を着た2人が連れてきてくれたこの部屋は、ぼくが座ってる折り畳み椅子と頬杖をついている白い机しかなくて、天井も壁も床も真っ白だった。「ここで少し待っていてください」って言われてからしばらく時間が経っている気がする。何か暇をつぶせないかと服のポケットに手を突っ込んだけど何も入って無かった。そういえばさっきの男の人が色々預かっていたような気がする。思い出そうとしたけど顔のあたりがぼんやりとしてよく分からない。最近今より前のことが分からなくなっている気がする。昨日食べたご飯はなんだっけ。食べたっけ。そもそもよく考えたらここはどこなんだっけ?

色々と考えていたけど、扉の開く音で全て飛んで行った。

「いや、お待たせしたかな?すまないね。何しろこれ、重くってさ……」

両手を広げて上に3つ重なった大きなお盆を持ったおじさんがよろよろとこっちにくる。その後ろにあと何人か人がいた。ごと、と机に置かれたお盆の中をぼくはのぞき込んだ。中には半分くらい砂が入ってた。それも気になったけどぼくはそれより気になることがあったから男の人に話した。

「ねえ、ここはどこだっけ?」
「おや、忘れちゃったかな遊太くん。ここは、病院だよ。」
「おじさんお医者さんなの?」
「うーん半分正解だね。確かに僕はお医者さんだけど、おじさんじゃないからね。」

そう言っておじさんじゃないお医者さんは僕の頭に手を置いた。

「じゃあ、お名前は?」
「これは失礼。僕はあもうたすくって言うんだ。天使の天に羽って書いてあもう、太いに透ける、って書いてたすくって読むんだ。」

そう言いながら天羽先生はメモ用紙に名前を書いてくれた。書き終わった後、ペンの頭をかちっと押して胸のポケットにしまった。

「君は長内遊太くんだよね。」
「知ってるの?」
「僕はお医者さんだからね。知っているとも。」
「そっかあ。」

ぼくは空中に自分の名前を指でなぞった。「遊」の字あってるか分からなかったけど、見えないからばれないはずだ。

「それで天羽先生、これはなに?」
「これでね、今日は遊太くんと一緒に遊ぼうと思ってるんだよ。」

そう言って天羽先生は後ろの人を呼んで机の上に色々なおもちゃを置きだした。怪獣、つみき、石、ぬいぐるみ、人形、兵隊さん、スライムみたいなやつ、いっぱい。おもちゃ箱にいるみたいだった。

「遊太くんはおもちゃで遊ぶの好きかな?」
「うん、好き。おままごとに混ぜてもらってよく遊んだよ!」
「そうか!それは良かった。今日、遊太くんとねおもちゃ遊びと砂遊びをしようと思ってるんだ。」
「砂遊びを部屋の中でしてもいいの?」
「ああ、今日だけ特別だよ?」

天羽先生はにこっと笑いながら3つのお盆をこっちに寄せてきた。

「このお盆の中に好きなおもちゃを使って、昨日の思い出を作って遊ぶんだ。」
「昨日あったことを?」
「そう、絵日記のお人形バージョンみたいなものかな。それで遊太くんにはまず好きなお盆を選んでもらいたんだ。どれがいいかな?」
「うーんとね……これ!」

青色、黒色、白色の3つのお盆から、ぼくは真ん中の青いお盆をこっちに手繰り寄せた。

「ずいぶん早く決めたんだね?」
「なんか砂の入ってるとこが青くてきれいだったから。」
「ふむ、遊太くんは青色が好きなんだね。僕とおんなじだ。」
「そうなの?天羽先生こっち使う……?」
「いやいや、僕は白色も好きだからね。大丈夫だよ。優しいね遊太くんは。」

天羽先生は右側にあった白いお盆を置いてぼくの目の前に座った。そして、真ん中の空間におもちゃを寄せ集めた。

「さあ、じゃあ僕と遊ぼう。昨日あったこと、覚えてるかな?」
「うーん……ぼんやり。」
「ぼんやりでもいいとも。こんなことあったなあ、って置いていったら思い出すかもしれないしね。」
「ふーん、わかった!」

ぼくはおもちゃを見ながら、昨日のことを思い出した。確か昨日は、友達と一緒に出掛けた気がする。道具を持っていつもの場所に集まったんだ。ぼくはお盆の中にいつもの場所を作ってみた。すみの方に、小さい木をいっぱい立てて切かぶもおいてみた。

「これがね、昨日友達と集まったとこ。」
「へえ、これは森かな?」
「うん!周りに木がいっぱいなんだ。暗くて少し怖いけど、秘密基地みたいでわくわくするの。」
「ほほう、楽しそうだねえ。」

話しているうちに少しずつ思い出してきた。友達はたくさんいた。小さい人のフィギュアをいっぱいお盆の砂に立たせてあげた。砂は平らじゃないから何回も倒れて難しかった。

「それは友達かな?」
「うん!いっぱいいたんだ。」
「友達いっぱいか。羨ましいねえ。」
「天羽先生は友達いなかったの?」
「うーん、多いほうではなかったかなあ。」
「そっか。じゃあ今度ぼくと友達になろ!」
「いいのかい?嬉しいね。ありがとう。仲良くしてくれると嬉しいな。」

ぼくはまた昨日のことを思い出した。確かどこかに行こうって言ってたんだ。奥のほう。森の奥。暗くて怖いけど、そこはまだ行ったことが無かったし、何かいるかもしれなかったから。怖かったけどみんながいたから頑張って奥にいったんだ。

「あれ、先生まだ作ってないの?」
「うーん、いや、なかなか上手く作れなくてね。」
「僕よりおっきいのに。」
「……そうだね。遊太くんに教わらないといけないねこれは。」
「じゃあ、ぼくが作り終わったら教えてあげるね!」

新しい友達と約束をして、ぼくはお盆を見直した。この、森の奥になにがいたのか思い出せなかった。腕を胸の前で組んでうんうん唸るけど、やはりもやもやとしか思い出せない。と、ここでぼくはひとつだけあることを思い出した。そこにあったのは穴だった。ぼくは目の前のおもちゃの山をごちゃごちゃと鳴らしながらかき分けて、一番その穴に似ている小さいフィギュアを砂に乗せた。

「それは、森の奥にあったのかな?」
「そう。穴だったの。地面じゃなくて、壁の中に空いてたの。不思議だよね。」
「それはね、どうくつって言うんだ。遊太くんは砂遊びでトンネルを作ったことはない?」
「うーん、ぼくは砂に絵を書くのが好きだった。」
「そうかい。まあ、砂に書くのって楽しいよね。僕もたまに足で地面に落書きしたりするよ。」
「ふーん、天羽先生もお絵かき好きなんだあ。」

ぼくは天羽先生が教えてくれた「どうくつ」の中を覗いてみた。中は真っ黒に塗られてて、なにも入ってない。

なにも入ってない。

何も入ってない?

嫌、違う。入っていた。

あの日、あの洞窟には何かがいた。暗く湿った空気の中に、何かがいた。

それは遥かに大きくて、気味の悪い声で鳴いていて、ぐちゃぐちゃと水分を含んだ音を立てながら動いていた。

隣にいた友達、友達、仲間?友達?はすぐに居なくなった。暗い洞窟の奥から何かが壊れる音が聞こえた。木がへし折れるような、芋虫がタイヤに踏み潰されるような、音。頬に何かついた気がした。暗いからわからなかった。洞窟は暗くて湿っていたから水滴かと思った。ぼくは洞窟の中にいた、何かはぼく、ぼく?わたし?の前にいて洞窟は何も見えなくて、隣にいた、誰かは、またいなくなって音が。聞こえて僕の頬は濡れて、何かが動いて。音が大きくて息ができなくて。ごつごつと、した岩につまづいて、何かが大きな音を立てて湿っていて。誰かは友達の姿、じゃなくなっていて私ははどうやってここから僕はどうして僕は遊んでいた何かをしていた。

「遊太くん?遊太くん。」
「私は、洞窟の奥から何かが大きな水音さんがお迎えに。暗い場所取り消し炭の臭いが」
「……ちょっと横になろうか。飯尾さん、薬。」

僕の意識は消えた。首のあたりの小さな痛みで。あの洞窟のような、真っ暗な穴におちていった。


「医務室に運んであげて。優しくね。起きないように。」

天羽は迅速に外に待機していた職員に指示をする。体躯の大きな職員が、長内さんの体を担架に乗せて持ち上げる。力の入っていない腕がだらりと外に垂れて揺れている。天羽がそばに寄りその腕を胸の上に置いてあげると、担架はゆっくりカウンセリングルームの扉を通り出て行った。室内が妙に静かになった。残されていたのは俺と天羽、机の上にあるぐちゃぐちゃと汚く荒れている砂遊びの跡だけだった。

「飯尾くん、この箱庭の写真を記録したら、一緒に片付けてくれるかな?結構荒れちゃって、砂が飛び散ってるから。」
「あー……わかりました。」

一歩机に近づくと、足の下で砂が床に擦れて不愉快な音を立てた。ここまで飛び散っていたのかと少し驚きながら改めて机の上の砂遊び……否、「箱庭」の中を覗き込んだ。

箱庭療法。規定された箱の中に砂を敷き詰めて、その中に患者の思うようにおもちゃを置いてもらい、心身状態を測るカウンセリングの手法の一つだ。本来は無意識の中の自意識や性格などを判断するんだが、今回は少しケースが違う。患者自体が忘れた、閉じ込めてしまった記憶を無意識の中から取り出そうとする試みだった。だが結果はこれだ。

「うーん、駄目だったね。よほどトラウマになっているんだろう。まだ幼いから、仕方ないんだけどね。」

机の砂を手でかき集めながら天羽が呟く。まるで、外から見ていたかのような態度に思わず口を出してしまう。

「よく、飄々としていられるよな。精神退行した職員へのカウンセリングなんて、俺だともう少しぎこちなくなりそうだ。」
「ん?飯尾くんは子供が苦手なのかい?」

天羽はこちらを向き、砂のついていない親指の関節を使って銀縁眼鏡のブリッジをくいと上げる。

「そういうことじゃねえよ。」

目の前にいた長内の姿を思い出す。確かカルテには180cmと書いてあったか。かなりの長身だ。そんな大人が、子供のようにゆらゆらと横に揺れながら、覚束ない呂律で話しかけてくる姿なんて、なかなか慣れれるもんじゃないだろう。

「どうしても少し不気味に思っちまってな。あまりにアンバランスすぎて。靴の左右を入れ替えて履いたような感じがするんだよ。」
「ふむ。そういうものかな。でも僕と遊太くんはさ」

友達だから。

天羽はこちらを向かずさらりと言った。もう取り繕わなくていい職員同士の会話の中で、邪気も皮肉もなく、当たり前のように。そこで俺は知った。
こいつは長内をはなから職員、いや元職員とすらもう考えてないのだろう。天羽からみた長内は、「長内遊太という財団職員」ではなく、「悩みを抱えた遊太くん」という認識をすでに固めているんだ。
たった一回で?それとも、カルテを見た時からすでに?どちらにしても、口元に笑顔を絶やさずそう言った天羽の姿は、学校であったことを楽しげに話す少年のようで、どの患者よりも不気味に、恐ろしく見えた。

「ん?どうしたんだ飯尾くん。早く片付けるのを手伝ってくれ。持ってくるの大変だったんだから、帰りは手伝ってもらうよ。」

ぼーっと突っ立ってた俺に少し怒りを含めて天羽が話しかけてくる。

「……ああ、分かったよ。」

俺は天羽にとってどんなやつだと思われてるんだろうか。

天羽にしかわからない、意味のない問いを頭で反芻させながら、箱庭の中のおもちゃの人形を、ビニール袋の中へ投げ入れた。

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