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しょぼしょぼと閉じかける目をこすって眠気を緩和させながら、白い廊下を歩いている。いつもの廊下と同じ壁、同じ照明だが、壁に貼られているポスターや廊下に置かれている観葉植物の違いでこの場所が私の所属しているサイトではないことが分かる。ここはサイト‐8129。私はある目的のためにこの廊下を進んでいる。本当はわざわざサイト間を移動しなくてもよかったのだが、緊急の依頼ということで直接向かいに来たのだ。依頼内容を頭の中で反芻していると、思いのほか早く目的の場所についた。白い簡素なドア。横のネームプレートには福路弐条と書かれた小さな札が挟まっている。そう私は福路捜索部隊長に落とし物の捜索依頼を出しに来たのだ。

職員遺失物捜索隊。そういう名前で行われている試みの噂は違うサイトに所属している私の耳にも入ってきた。その発見率は80%と言うのだから広まってもおかしくないだろう。しかし肝心のその試みを行っている人物のプロフィールについてはほぼ知らなかった。そもそも私は落とし物をすることがほとんどないし、したとしてもすぐに見つかるから必要としなかったのだ。しかし今回はいくら探しても見つからないし、どこかに置き間違えたわけでもない。途方に暮れてしまった結果、初めて頼ることにしたということだ。しかしこうやって実際にドアの前に立つとなかなか緊張する。本当に見つけてくれるのだろうか?いや、迷っている時間も惜しい。私はドアを2回、軽く叩いた。

「はいはい~!今行きますのだ~!」

朗らかな声が中から聞こえてきて、数秒も立たないうちにドアが勢いよく開いた。

「……これは、初めましてなのだ。」

目の前に現れたのは、帽子をかぶった白黒のイヌだった。正確に言えば身長は私よりも小さかったので見下げる形になったのだが、白黒のふわりとした毛が目に行ったのは間違いなかった。そしてその驚きのあとに改めて全身を見たが、それでもやはり混乱は治まらなかった。部屋の中であるのに黒いコートを着ていて、後ろからは立体感のある大きな尻尾がちらりと見えていた。そして突然部屋の前に現れた不審者を怪しむように大きな目を細めて金色のモノクル越しに私を見つめてきた。

「ああ、あの、あなたが福路捜索部隊長で合っていますか?」
「うむ。私が福路なのだが、お兄さんは何か私に用事があるのだ?」

そう問われてからようやく自分が頼みごとをしに来たことを思い出した。

「あの、落とし物をしてしまいまして、ちょっと緊急でしたもので直接頼みに来たんです。」
「ほうほう!それはそれは大歓迎なのだ!ちょうど依頼も仕事もない時だったのだ。さあ、奥に入って詳しい話を聞かせてほしいのだ!」

と嬉しそうに跳ねながらくるりと振り返り部屋の奥へ手招きをしてくる。先ほどまでだらりと下がっていた尻尾がぶんぶんと左右に振られている。その行動はまさにイヌそのものと言った感じだった。そのテンションの高さに一抹の不安を抱えながらも、私は福路捜索部隊長の部屋の中へと足を踏み出した。


「ふむふむ、湯島壱未というお名前なのだな……私とおんなじ数字が入っているのだ。」

私の名前を呟きながら福路捜索部隊長がクリップボードに挟んだ紙に何かを記入する。調査書のようなものだろうか。器用にボールペンを持っている。

「……湯島さんとは初対面なのだ。まあ珍しい容姿をしていると思うが、あまりじろじろ見られると少し恥ずかしいのだ。」
「す、すみません。つい……」
「そうなのだ。話を聞く前に軽く自己紹介をした方がよいだろう。」

ボールペンの先をかちりとしまってこちらを見つめてくる。

「僕は福路弐条というのだ。捜索部隊ふ-96の隊長を務めているのだ。財団に所属する前に起こった収容違反に巻き込まれて、体がイヌと混ざってこうなったのだ。」

と言いながら頬の毛を自ら握り始めた。……ん、僕?さっきまでは私と言っていたような……。

「ああ、あとこれは前からなのだが、一人称がぶれぶれになるという癖があるのだ。あんまり気にしないでほしいのだ。」

なるほど。中学生が一人称を僕から俺に変えるときによく混ざってしまうことがあるが、それと似たような感じだろう。少し珍しい癖だが、会話に支障はない。

「所属サイトは8129で……と、あまり詳しく話してても時間がもったいないのだ。次は湯島さんが自己紹介と落とし物の説明をしてほしいのだ。」
「そ、そんな唐突に自己紹介を頼まれても、上手い事話すことはできませんよ?」
「いいのだいいのだ。軽く名前と役職と性格でも話してくれたら十分なのだ。」

ええ、と渋るがそこから無言になってしまった。本当に待っているようだった。覚悟を決めて私は口を開いた。

「湯島壱未、サイト‐8119の研究員です。性格は……よく周りの人からは真面目だと言われます。性格と言われるかは微妙ですが……それで、落としたものは……カードキーです。」
「カードキー。それはどこのなのだ?」
「自室です。」
「へ、部屋にカードキーが付いているのだ?!」
「ええ、大体うちのサイトの部屋にはカードキーが付いていますよ。実験室に入る際にも使用しますし、実質職員証みたいなものです。」

そういえば、福路捜索部隊長の部屋にはカードキーはついてなかったな。目の前で福路捜索部隊長が羨ましい、管理官に頼もうか、と少しの間呟いたあと、はっとして「し、失礼。」と咳ばらいをした。

「それで、そのカードキーを無くしたのに気が付いたのはいつなのだ?」
「今日の朝です。仕事の書類を夜遅くまで整理していたせいで、そのまま机に突っ伏して寝落ちしてしまったんです。そうしたら起きたころには実験の時間が迫っていて……慌てて部屋を飛び出した後に、いつもカードを入れているケースを忘れたことに気が付いたんです。」
「ふむふむ、それでその実験はどうしたのだ?」
「サイト管理官に事情を話して予備のカードキーを使わせてもらい実験を行うことはできました。そして、部屋に閉じ込めてしまった可能性を留意して、同時に部屋の中に入ったんです。その机の上にはケースがありました。しかし、カードキーだけが無かったのです。」

あの時の驚きを思い出して少し前のめりになる。首から下げている名札が揺れる。

「それは、例えば書類の隙間に入っているとか、そういう可能性はないのだ?」
「何回も探しましたが、どこにも挟まっていませんでした。机の下にもタンスの下にもどこにも落ちてませんでした。」
「ふむ……それは奇妙な話なのだ。部屋の中に入るにはカードキーが必要なのだ。そして部屋の中から飛び出して無くしたことに気が付いた。閉ざされた部屋の中にはケースがあった……そうなると、部屋の中にある可能性しかないと思うのだが?」

真剣な顔になり、あごに指を置きながら聞いてくる。確かに、今の話を聞くだけだとその結論に至るだろう。ただ今回はさらにこんがらがった事情があるのだ。

「それは私が昨日のことを伝えていないからです。……実は、私は昨日1日、部屋の鍵を閉めるのを忘れていたのです。」
「なるほど。だったら鍵が無くても部屋に入ることができる。そして鍵を忘れたことにも気づかない、というわけなのだ……ふむふむ……。」

そう、昨日の私は部屋にロックをかけることを失念していた。何かを考えていたからか、よく覚えていないが帰ってきたときにやらかしたと思ったのは近しい記憶だ。そして今日の朝も部屋から飛び出したため、鍵をかけていない。つまり私は昨日の何処かで鍵を無くしたということになる。

「よし、事情は分かったのだ。では、一応確認するのだが、カードキーの写真を持っていないのだ?」
「いえ、すみません、持っていませんね……調査書に必要なのですか?」
「いや、捜すときにその落とし物の特徴をよく知っていると探しやすいのだ。表面のキズや大きさを知れるだけでも十分探すときのヒントになるものなのだ。」

ここら辺はさすがスペシャリストと言ったところだろう。確信を持った発言に私は先ほどまで感じていた不安が薄れていくのを感じた。これなら見つけてくれそうだ。

「まあ無くても全然大丈夫なのだ。では、昨日湯島さんが向かった場所を教えてほしいのだ。」
「ええっと、昨日は確か……すみません。もやもやとしてて、食堂に行ったぐらいしか覚えていないです。」
「ほう?先週ならともかく、昨日のことなのに覚えていないのだ?」
「すみません……最近寝不足でして。」
「ふむ……まあ確かに、食堂は職員証をかざして清算するシステムになっているのだ。無くしそうな場所ではある。では、向かってみるのだ。」
「あ、私も行くんですか?」
「そうなのだ。実際に行ったら細かな記憶が復活したりするかもしれないのだ。それに。」

そこで言葉を切ってちらりと天井あたりを見つめる。視線の先には短針と長針が重なりそうになっている壁掛け時計が引っかかっていた。

「そろそろお昼時なのだ。良かったら一緒にお昼でもどうなのだ?」


私はレバニラ定食を、福路捜索部隊長はコロッケ定食を頼んでいた。結果的に言うと、カードキーはどこにもなかった。落とし物の仮置き場所にもなかったし、清掃員に聞いてもそんなものは見ていないという。そもそも誰かが拾っていたら届けてくれるだろう。


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