ひとりさまは誰だ

舞台は財団外部調査部門奇譚課。その名の通り、奇妙な伝聞、言い伝えからちょっと不思議な通報まで幅広く調査しアノマリーか否かを判断し、オブジェクトの場合は即座に収容するという、なかなか多忙な仕事内容である。

「しかし、今日は特に何もない一日なのである……ふあ~。」

そう。今日は珍しく外部調査も書類整理などの雑務もない、完全フリーな時間なのである。今日はいつもきっちりと着ている着物も少し着崩して、机に脚を乗せ新聞を読みながら欠伸をするという余裕も大有りなのだった。新聞の主な記事も読みつくし、そろそろ休暇をしっかりと使おうと大きな欠伸をかまして手元の新聞を顔にかぶせて寝不足を解消しようとした、その瞬間。狙ったかのように業務室の扉が乱暴に開かれた。

祇園寺朝神ぎおんじあさみさん!いますか、いましたね!ちょっとこれを見てください!」

ばさーっと顔にかぶせてた新聞を引きはがし、新聞記事のスクラップを見せてくる。急に入ってきた情報を脳みそが急いで整理しているのを感じながら記事の内容を詳しくみる。

「……行方不明者12人、犯人は『ひとりさま』と住民は語る……なんだね、これは?」
「祇園寺さんもさっきベール替わりにしていた新聞の隅っこに載っていた記事ですよ!これ、なんだかアノマリーのにおいしませんか?」

ふんふんと鼻息荒く話しかけてくるこの男、久我千歳くがちとせは大の仕事好き。ワーカホリックというかもはや仕事という病気にかかってるのではないかと言うぐらい仕事に熱心なのだが。

「お生憎様だが、私は最近鼻炎がひどくてな。そんなにおいは全く感じないね。さあ、その新聞を返したまえ。」

手を伸ばすが残念、その手は空を切った。

「いいや、これは絶対アノマリーなはずです!一緒に調査しに行きますよ!」
「……久我。今日は久しぶりの休暇なんだぞ?なぜわざわざ仕事を増やすと思ったんだね?やるとしても明日だ明日。今日行くなら貴様ひとりで行ってくれ。私は寝る。」
「そんなこと言っても、もうだめですよ。祇園寺さんの分もまとめて調査許可も獲得したし……」
「ま、また勝手に許可を取りに行ったのかね?」

いつもこうだ。勝手に仕事を見つけては私を巻き込んで解決させようとする。確かに今回はまだアノマリーの可能性が高いものだったが、「味噌汁の椀が勝手に動いた!」と言う頓智気な依頼でもすぐさま飛び出そうとするのだから、困ったものである。いつもなら仕方なくついて行ってささっと終わらせようとしたが、今日はいつもとは違う。いつもの3倍ぐらい眠たいのだ。だから、びしっと言ってやる。

「い、いや、今日は絶対休むと決めたのである。誰が何と言おうとこの休暇には傷をつけさせない!絶対に、ぜーったいに仕事なんてしないからな!」


ほー、ほー、ほっほーと鳥の鳴き声が聞こえる。横の草むらには小さな蝶々がひらひらと飛んでいて、空からは無慈悲な太陽の光が降り注ぎ、皮膚を焦がしてくる。ああ、どうして。

「どうしてこんなド田舎に私はいるんだね……。」
「それが今日の仕事だからです祇園寺さん。きりきり歩いてください。」

久我がこちらに一瞥もくれず先へと進んでいく。

「もー疲れた!私歩きたくない!暑いし!」

しゃがみ込んで駄々をこねる。少し離れたところから蝉のうるさい声にかき消されずにため息が聞こえてきた。

「そんなこと言われても、今から帰ってもバスは5時間も来ないんですよ?屋根の無いバス停のベンチで5時間、その暑そうな着物で待つ方が大変でしょう。」
「ぐっ……それは、そうだがね……。」

正論で押し付けられる。確かに今から後ろに振り返って歩いて行っても、待っているのは炎天下での孤独に勝手に帰ったことの罰。孤独は嫌いだし怒られるのはもっと嫌いだ。どう考えても仕事を終わらせるしかない。

「だーけーど!どれだけ歩いてると思ってるんだね!もう15分も歩いてるのだが!」
「15分だけで根を上げないでくださいよ。小学生だってそのぐらい歩いて登校してますよ。」
「愚か者め……私の体力が小学生に勝っていると思うなよ、久我!」
「誇る事じゃないんですよ!全く、そんなに動くのが嫌なら引っ張って連れてきますよ!」

襟元をぐいぐいと引っ張ってくる。自分と同じデスクワークをする職場の人間だというのに力が強い。じゃり、じゃりと足がすれていく。

「わ、分かった!ちゃんと歩くから引っ張るのをやめたまえ!羽織が汚れてしまうから……。」
「はあ、分かればいいんです。大体、暑いというならその羽織脱いでくればよかったじゃないですか。いつも着てますけど、暑いでしょう?」
「これは……私なりの正装だからね。」

着替えるとさらにやる気が無くなるぞ、と呟きながら羽織の裾をはたいてよいっ、と立ち上がる。くらり、立ち眩みを左足で何とか踏みとどめ、再び前へと足を踏み出した。首元から垂れる嫌な汗を襟元で拭いながら、袂の中のメモ帳を取り出し今日の仕事内容をチェックする。

「岡山県東稲村にて大量の行方不明者、住民は全員口をそろえて『ひとりさま』の仕業だという、ね。」
「どうなんです。祇園寺さん的には。」
「どうもこうも、まずは現場を見ないとなんも言えないだろう。」
「ええ?でも長年の勘とかで何となく分からないんですかあ?」
「うーむ……この、ひとりさまというネーミングから、連れ去るタイプではなさそうだとは思うがね……」

名は体を表す、と言うように名前を見るだけでどういうことをするのか、と言うのはある程度絞り込める。くねくねはくねくねする奴なんだと分かるし、八尺様は体が八尺あり大きいんだという事が予想できる。同じようにこのひとりさまというネーミングから、人を取り込んで仲間にするとか、そういったコレクター気質の怪異ではないと推察できる。なのに、行方不明というのはどういうことなのか、それは今の状況では空想すら難しい。

「ご神体があるのか概念的なやつなのかも不明だし、そもそも逸話すらも知らない。色々不確定すぎてね……。」
「そうですか……ま、そんなに期待はしてませんでしたが。」
「久我。貴様なんか私のこと舐めてない?我先輩だよね?」
「先輩なら先輩らしい行動をしてください。忘れてしまいそうですから……あ、」

つきましたよ。と久我が指をさした先には、錆びついて判読不可能に近くなっている「東稲村」と書かれた標識だった。改修されないほど僻地なのかと田舎度合いに少し驚きながらも村の入口へ踏み出した。


村の雰囲気はアノマリーのあるところ特有の嫌気がない、良い空気の漂う平凡な村という感じだった。絶妙な年季を保った家がそこそこの感覚を開けて建っている。川を挟んで向こうには畑があり、ヤギが繋がれている。一見は平和そうだが、ここで12人行方不明者が出ているのだ。油断はできない。早速畑の向こうに立っている人影に声をかける。

「あのう!少し話を聞きたいのですが!」

首にかけているタオルで汗を拭く手がぴたりと止まり人影がこちらを向く。

「あんたら、外から来たね?何の用だい?」

腰をとんとんと叩いていると後ろから声をかけられた。振り向くと、見下ろす視点の先に若草色のシャツを着たお爺さんがいた。漆塗りのごつっとした杖をついていて、年季の入った草履まで履いている。何ともまあ、典型的なお爺さんだ。

「これはどうもこんにちは。私たち、ここで起こっている行方不明者の多発について取材しにきたのですが……。」

久我が当たりさわりのない対応をする。が、行方不明者と言った瞬間、お爺さんの表情が変わった。口角がぴくっと上がり目つきが一気に厳しくなる。

「ならひとりさまのことは知っているだろう。何故危険だと分かっているのにやってきたんだ。」
「すみません。しかし、被害者の中に私の友人がおりまして、どうしても詳しいことを聞きたかったのです。」

と伝えると申し訳なさそうに顔を打つむかせる演技までしている。少々芝居がベタすぎないか?とも思ったが、どうやらその心配はなかったようだ。

「……少しだけなら話をしてやる。うちに来なさい。」
「あ、ありがとうございます!」

少し先を行くお爺さんの後を追い──まあ、追うというほど早くはないのだが──家へと近づく。その間にこっそりと久我に話しかける。

(よかったな、うまい事話が聞き出せそうで。)
(ええ、しかしこういう閉鎖空間で過ごす人は警戒心が高いものです。余計なボロを出さないでくださいね。)
「任せたまえ!」

どん、と胸をうつ。その音を聞いて目の前のお爺さんがこちらを訝しげに見やって、またすぐに前へ進み始めた。隣から、本日二回目の久我のため息が私の耳に聞こえてきた。せっかくの休暇に無理やり引っ張り出されたというのにひどい仕打ちだ。

お爺さんの家は周りの家より一回り大きく、壁の周りに奇妙なものがあった。六段くらいの棚に焼き物がちょこちょこと置かれていた。その中から皿をそっと取り出す。皿の内側に丸い跡がついていて、まるで月のような模様になっている。

「へえ、これは備前焼、かね?」
「丁重に扱ってくれ。それは注文の品だからな。」
「そ、それはすまない。」

がたり、と備前焼を置く。見た目は薄いのに意外に重量がある。

「それにしても綺麗な焼き物ですな。こんなに綺麗な丸い跡を残せるなんて。」
「牡丹餅、と言ってね。焼くときに丸いものを置いておくとこういう跡ができるんだよ。他にもこういう焼き方が色々あるんだよ。窯変というんだ。」

お爺さんがさらり、とツボの表面を撫ぜる。その手つきやツボを見つめる瞳はまるで我が子をめでるようだった。

「こっちのツボは胡麻という焼き跡がついている。燃料の松の灰がくっついてガラス化することで生まれるんだ。こっちの置物には藁を巻くことで緋襷という綺麗な朱色の線ができて綺麗だろう。」
「ずいぶん詳しいのですな。」
「私は備前焼作家なんだよ。注文を受けて作ったり、時々小学校に出張授業したりして、細々と暮らしているのさ。」
「ほほう。それはなかなか楽しそうな生活ですなあ。」
「ああ、本当に楽しいよ。元々備前焼を焼くのは大好きだったから、仕事に出来るなんてとても幸運だ。こうやって細々と暮らしながらいつも思ってるのさ。いつか、究極の備前焼を造ってみせるとな。」

ほほう、と感心しながら家の中に入る。玄関の靴箱の上に備前焼で作られたウサギの置物がしゃがんでいた。こういう時は皿とか飾られてるものだと思ったから、意外だ。ちょっと高めの敷居を乗り越え奥へと向かう。廊下に向かって左側の部屋には木製の机が1つと外に大きな窯が置かれており、その上に茶色の粘土がどっかりと乗っていた。

「あ、あれが備前焼の材料ですかな?」
「ああ、今さっき作ろうとしていたんだよ。」
「ふむ……あの、差支えなければ、触ってみても良いですかな?こういうの、あんまり触ったことが無くて気になってしまって。」
「……まあ、いいだろう。汚さないよう気を付けてくれよ。」

了承を得てすぐにそっと触ってみる。ぐにゅっと指が沈み、そのまま指の跡がついた。かなり粘度が高い。こんなに柔らかいのに硬くて丈夫な備前焼になるというんだから焼き物とは不思議なものである。それにしても、この着物姿に陶芸とは、自分で言うのもなんだが結構似合ってるのではないか?私も彫刻でも始めてみようかな……今度の休暇にでも出来たら調べてみようか。と取らぬ休暇の皮算用をしながら十分に触り終え、机の上に手を置く。とその瞬間、手のひらに何かざらっとした感触が伝わった。くるりと手を返してよく見ると何か白い粉が付いている。先ほどのお爺さんの話にもあった、胡麻という焼き方には灰が使われていると聞いたが、その灰なのだろうか。しかし、粒が荒いような……?

「ぎーおーんーじーさーん?遊んでる場合じゃないでしょう!」
「いったたた、痛い痛い!!ほほを引っ張るのを止めたまえ!」

疑問を考える暇もなく久我に頬を引っ張られながら奥の和室に連れ込まれた。低い机の向こうにはすでにお爺さんが座っていた。久我と並んで私も正座する。お爺さんに了承を得てからごそごそとポケットからICレコーダーを取り出しインタビューの準備をする。

「……では、早速なんですが、インタビューをさせていただきます。えーと、お名前……」
八木甚五郎やぎじんごろうだ。」
「八木さん。ひとりさま、というのは一体何なのですか?」
「ひとりさまというのはこの村に伝わる伝承だよ。これを見なさい。」

八木さんが取り出したのは麻紐で製本された一冊の本だった。表紙には筆で「東稲村の歴史」と書かれている。良く地方の図書館に置かれているような歴史書だ。中には村の歴史や村の広さ、人口など真面目なものが書かれていたが、後ろの方に「ひとりさま」という項目があった。

ひとりさま

昔、この村にはある青年がおった。名は伊作といい、とても優しい性格で、いつも真面目に稲を育てておったのだが、ある日ちょっとした不手際で稲のほとんどが枯れてしまった。

伊作は村のみんなから蔑まれ、村の中で孤立してしまった。それから数日後、伊作は村の山奥にある神社の井戸の中へ身を投げ死んでしまった。それから、村人たちが次々と不審な失踪を遂げるようになった。

これは伊作の呪いではないか恐れおののいた村人たちは伊作の無くなった井戸の近くに祠を建て、いつまでも祀られる村神となったのだった。

本来は別の名前が彫られていたが、経年劣化により名前部分が「一人様」と読めるようになり、移行この村では一人様としていつまでも大切にされているのだった。

「ふーむ……これがひとりさまという伝承かね……まあ、よくある民話っぽいが……。」
「このひとりさまが村の外から来た人を行方不明にしていると?」
「そうとしか考えられないだろう。伝承にも村人が失踪したと書いている。」
「それはそうだが……他にも十分可能性があるのではないかな?例えば、村人がその人たちを殺して隠している、とか……。」
「なぜそんなことをする意味があるんだ。村人同士の殺人なら動機があるが、動機もないのに殺そうとするわけないだろう。」

それもそうだ。仮に誰でも殺したかった殺人鬼が村に紛れていたとしたら、真っ先に村人を殺すだろう。それの方が簡単だしわざわざ外部の人だけを殺す理由がない。だとすると本当にひとりさまが……?昔の人の怨念が元となって生まれたのならクラスⅢ型霊的実体だろう。しかし霊的実体は人を殺す異常性は持ってることは多いが、人を物理的に消失させるというかなりのエネルギーが必要な異常性を持つことは稀有だ。それと同時に狂暴でもある。収容するのはかなり難しいか。

「それにひとりさまがやったと言える証拠もある。」
「証拠?それは一体なんですか?」
「6人目がいなくなってしまったころだったか。神社の祠の近くにアクセサリーが落ちてたんだよ。ガラス製のネックレスでな。それを調べてもらったら、消えてしまった人の持ち物だというじゃないか。ここまでくればもうひとりさまのせいだと疑ってもおかしくないだろう。」

行方不明の痕跡。よくある怖い話のラストのような証拠。普通だと嘘っぱち、ありえない。オカルトもいいところだと突き返すところだろう。しかし、私たちは沢山の"オカルト"を確保し収容し、保護している。簡単に嘘という事はできない。兎にも角にも、現場となっている神社の祠に行かないと何も始まらない。

「その祠というのはここからすぐに行けるところにあるのですかな?」
「ああ、ここの窓から見えるだろう。あの山が。」

八木さんの指さした方にを見ると、確かに山の中に神社らしき建物が見えた。しかし、私の意識は違う所に吸い込まれた。窓の向こうの庭に、縦長の円柱形の黒い何かが置かれてたのだ。かなり大きそうだ。形は違うが、火星のモノリスの様だった。なんだろう。特別な焼き物を焼く窯だろうか。

「祇園寺さん?なにぽけーっと外を見てるんですか?」
「ぬ?あ、ああいや、ああいう神社を見るのは初めてだったからね。ぼーっと見入ってしまったよ。」

よいせ、と立ち上がる。さあ、行こうか。ひとりさまの祠とやらに。


「はあ、はあ……これが……ひとりさまの祠の……ある、神社。三桐さんぎり神社か……。ぜえ……。」

かなり急で、舗装もされていない山道を10分も歩き続けてようやくついた三桐神社はかなりこじんまりとしていた。小さな鳴鈴にぼろぼろの賽銭箱。そして奥には八畳間に祀られるご神体。こじんまりとはしているが、意外にもしっかりとしている。賽銭箱の中身は一応確認したが空っぽだった。残念。

「小銭漁りしてる場合じゃないでしょう祇園寺さん。八木さん、それで祠と言うのは……?」
「これだよ。」

神社の外れに鳥の巣箱のような縦長の祠が立っていた。両端には花を挿せるような細い筒が埋め込まれ、中には人型の小さな像が立っている。

「この像の首にネックレスが下がっていたんだ。きっとひとりさまが脅しているんだ。ここに来た人はみんなこうなるぞ、とな。」
「ほほう……それは何とも恐ろしいですな……。」

呟きながらしゃがんでよく見つめてみる。かなり年季が入っていて、とても不気味なオーラを放っている。こりゃあKeterクラスの怨霊になっててもおかしくないレベルだ。よっこいせと立ち上がり伸びをする。さあて、何から調べるか。

「よし、そろそろ行きましょうか祇園寺さん。」
「は、はあ?!もう降りるのかね?せっかくあれだけ頑張って登ったというのに、すぐに?」
「写真も撮影し終わりましたし、記録も完了した。これ以上何もすることは無いですよ。それに、頑張ったと思ってるのは祇園寺さんだけですよ。そこまで辛くなかったでしょう。ねえ八木さん。」
「そうだな。君、運動不足なのではないか?そんなことだったらすぐにひとりさまに捕まって今うかもしれないぞ。」

ははは、と二人から笑われてしまった。何たる屈辱……久我よ、次の仕事では絶対に貴様に全て任せてやるからな……。

結局また息切れをしながら下山し、また調査に来るかもしれない、という旨を八木さんに伝え私たちは村の入り口に戻っていた。

「結局私たちだけでは何もわかりませんでしたね……。」

頭の上で指を組み久我が残念そうにつぶやく。

「うむ……やはりアノマリーの仕業なのだろうか……殺人の可能性も考えてたのだが……。」
「それは難しいでしょう。警察もとっくに色々調べつくしているでしょうし……警察の目をかいくぐって死体を隠すのは絶対無理ですよ。」
「うむ……そのまま隠すなんて無理だな……埋めるなんてもってのほか。切り刻んで保管するにも死体が多すぎる。煮詰めてどろどろにして捨てるのも同様に労力がかかる。」
「なんでそんなに死体の処理方法に詳しいんですか……。」
「最近ミステリ小説にそういう描写があってな。その小説ではその他にも色々な処理方法を記述してたぞ。動物の餌に紛れ込ませる、とか、あとは焼却炉に入れて燃やして隠滅を……。」

そこでふ、とあるものを思い出した。八木さんの家にあったあの大きな窯。いや、窯と思っていたが、あれは……。

「久我。ちょっと忘れ物をしてしまったようだ。もう一度、八木さんの家に戻ってくる。」
「え、ちょっと祇園寺さん──」

久我が止めようとしている途中で急いで走り出した。おかしいのだ。あの家の中の窯はかまくら型のちゃんとした窯だった。かまくら型なのは外部からの力に強いから。そして、内部の熱をいい状態にするためだ。しかし円柱だとうまい事焼くことができないはずだ。わざわざ使う理由が分からない。という事は、あれは窯ではないという事だ。そう考えるとあれは……八木さんの家の裏に駆け込みあのオブジェに近づく。近づいて見るとやはりかなり大きい。身長180cmの私と同じくらいの大きさで、私の三倍くらい幅が広い。上の蓋を開けてぴょんと飛びのり中をのぞく。やっぱりだ。中に焼き物を置く台が無い。下にしゃがんでみる。下に扉がある。この構造は間違いない。これは、焼却炉だ。

その時、私の頭に衝撃が走り、目の前がまばゆい白、そしてすぐに黒に変わった。


「ぐ、ぬぬぬ……ここは……」

目を覚ますとすぐ横に畳が見えた。私はどうやら倒れているようだ。起き上がろうとしたが、出来なかった。腕と足が何かで縛られている。きっと麻縄か何かだろう。芋虫のようにぐねぐねと動き目線を変えると、見覚えのある仏像が見えた。今日見たばかりの三桐神社のご神体だった。その横には、何か作業中の八木さんがいた。

「おや、起きたのか。寝ていた方がよかったのに。」
「や、八木さん。やっぱりあなたが……行方不明の犯人だったんですね。」
「はは、何故君はそう思ったんだ。」
「あの庭の焼却炉。あれは死体を燃やすために使っていたんでしょう。でなけりゃああんなに大きな焼却炉、わざわざ作る必要が無い。普通に売られているものを使えばいい。」
「ふ、君は葬式に行ったことが無いのかな?人の死体は肉を焼くことはできても骨を焼き尽くすことはできない。人の骨を12人分、隠し通せるとでも?」
「ええ、私の予想が当たっていたら、あなたは見事に隠して見せたんだ。」

ぴく、と八木さんの作業の手が止まる。その間にちらりと手の先を見た。茶色い瓶の中身を布にしみこませていた。推察だが、久我を後ろから襲って捕らえてやろうとしてるのだろう。

「それで、どうやって隠したと?」
「あの作業場で土いじりをした時、机に不思議なものが散らばっていたのだよ。それは白くてざらっとしていた。私はその時、家に入る前に八木さんから聞いた胡麻、という焼き方に使う灰だと思っていた。しかし違ったんだ。灰にしては粒が多すぎるし、仮に散らばっていても焼くときに使うなら窯の周りに落ちるはずだ。」

肘を上手く使ってよいっと正座の形になおる。何も状況は好転していないが、取り合えず推理を伝える状況に似合った姿になれた。しっかりと八木さんの目を見つめて、私は口を開いた。

「あれは、粉々にした人骨でしょう。それを松の灰に紛れ込ませれば立派なカモフラージュになる。仮にこぼれていても私のように灰か何かと勘違いする。」
「ふ、ふふ、ずいぶん想像が豊かだな。それだけで私が犯人だと予想したと?」
「いや、あと一つ気になることがある。行方不明者の身に着けていたガラスのネックレスだ。ガラスは燃えることは無い。融点に達しても解けて跡ができるはずだ。だからあなたはそのガラスのネックレスを逆に利用して、ありもしないひとりさまの神隠しの信ぴょう性を高めた。……違いますか?」
「ふ、ふふ、ははははは、はっはっはっは!」

八木さんが高笑いをしながらこちらへ向かってくる。そして眼前まで迫ってきて、急に真顔で戻り答える。その瞳は真っ黒で何も映さない、どす黒い闇の様だった。

「そうさ、私が全てやったことだよ。しかし、君は動機までは推理できないだろう?」
「そ、それは確かに分からないですがな……」
「備前焼の焼き方について話したでしょう。牡丹餅、緋襷、胡麻。その他にもたくさんあるんですよ。灰青色に変わる桟切、還元効果により青灰色に変わる青備前、特殊な技法により紫蘇色に変わる黒備前などな。こんなに様々な色が出る備前焼にも出せない色がある。分かるかな、祇園寺さん。」
「え?えーっと今出ていないのは……黄色か緑か……」
「緑だよ。」

私から離れ再び作業を続けて始める。

「遺骨に色が付くという話を聞いたことがあるかな?どうやら焼いている時に何かが原因で赤、黄、緑の色が付くと聞いたんだ。何をしても緑がうまくつかなかった私は、どうしてもきになってしまい、近くで飼われていたヤギをこっそり深夜に殺して実験をした。焼却炉の作り方も調べて、一から手作りでな。焼き終わったあとの骨には、確かにわずかに緑色が付着していた。これだ。と確信したよ。そこからは早かった。すりこぎで骨をできる限り細かくして、胡麻の方法で焼き上げた。しかし駄目だった。完成したのはいつもの胡麻がついたツボだったよ。」

ここまで聞いて疑問が浮かぶ。だって骨は……しかし疑問を挟む隙もなく八木さんは話を進める。

「私はそこでもう一つある考えが浮かんだんだよ。『人の骨じゃないから』。だから私は、村にわざと人を連れ込んだんだ。備前焼の体験教室と嘘を吐いてな。しかし、いくら殺して焼いてもダメだった。何回やっても、何回やっても、何回やっても……緑には届かなかった!」

力強く茶色の瓶を叩きつける。中の液体が衝撃でぴしゃっと畳に落ちる。液体が全て畳の隙間に吸収された後、私はおそるおそる、口を開く。

「八木さん。あなた、炎色反応は知ってるかな?」
「……炎色反応、だ?」
「金属元素を燃焼させると炎の色が変わる化学変化ですよ。味噌汁をこぼすと火が黄色に変化することがあるんです。それは、味噌汁の中に含まれるナトリウムが反応しているんです。」
「……やめろ。」
「骨にはカルシウムが沢山含まれている。カルシウムの炎色反応は──」


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