いたずらの裏側は

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隈取博士。ここにいたのですね。」

沖波人事部長に呼び止められ、振り返る。頭が水槽になっているという見た目からあまり探されることが無かったから少し驚く。しかし、表には出さずに軽く答える。

「なんですか?沖波さん。何か仕事の関係で困ったことでも?」
「いえ、私がお知らせしたかったのは……国都博士のことについて、なのですが。」

国都さん。先月に行われた職員交流会で出会い、仲良くしている職員さんだ。小柄で怖がりで、いたずらのし甲斐があるかわいい人。

そうだ。少し前にも会っていた。実験に向かっていたなあ。後ろからいつものようにおどかして、怒ってる国都さんをなだめて……そうやって過去を想起していると、沖波さんが重たそうな口を開いた。

「先ほどの実験で、オブジェクトの異常性により、死亡しました。」

すう、と心に刃が通る感覚に陥る。何を言った?死亡した?国都さんが?

「それは……本当のことですか?」

沖波さんは顔を伏せる。その体は微かに震えていた。どうやら本当のようだ。

財団にとって死は身近なもの。いつ自分が死んでもおかしくない。そのことはしっかりと理解していたと思っていた。しかし、僕はまだ理解が足りていなかったようだ。ちゃぷ、と水槽の液体がゆれる。しかし、こんな大変なことを聞かされたのに僕は冷静にある疑問を抱いてしまう。

「なぜ、わざわざ僕に教えてくれたのですか?普通なら仕事の引継ぎとかが必要な職員への連絡ぐらいで終わるはずなのに。」
「それは……国都博士の、願いだったからです。……彼女が死ぬ前に、遺言を聞いた職員がいたのです。」

このことを、隈取博士に、伝えてください、お願いします。

そう言って、彼女は逝ってしまったみたいだ。律儀な人だ。死の間際まで自分のことより僕のことを考えるなんて。国都さんは本当に。

「……幸い、死亡後の遺体は五体満足、綺麗な状態で回収できました。今、安置所に保管されています。一目、顔を見ることは可能ですが。」

必死に言葉を選んでくれているのが分かるが、その選ばれた言葉一つ一つが彼女の死の輪郭をくっきりと削ってくる。そうか。彼女は本当に死んでしまったのか。それなら。

「はい。見せてください。彼女に、お別れを伝えたいです。」

行くしか選択肢はないだろう。

では、こちらへ。と沖波さんが廊下をこつこつと進み始める。その後を追いながら、私は、少し前の国都さんのことを思い出していた。


「ばあ!」

そんなテンプレートな掛け声とともに小さな背中をとん、と軽くつく。

「うひゃああ!」

それだけで国都さんは子リスのように跳ね、こちらに突撃し、抱き着いてくる。ぐえ、と頭突きの衝撃を受ける。

「その声とこの体は!隈取さん!あなたですね!」

ぱっと国都博士が顔を見上げ見つめてくる。白衣に顔をうずめたせいか、前髪が乱れてしまっている。

「国都さん。前髪がぐしゃぐしゃですよ。全くお転婆さんですね。」

ちょいちょい、と軽く直してあげるが、ぱっと手を払われ自分で直し始めた。

「誰のせいですかまったく!でも、今日はいつもより驚いてなかったでしょう?成長したんですよ、私も!」
「……いえ、僕にはあまり変化は分からなかったですけど。」

そういうと彼女は顔を軽くふくらまし、じろー、っと見つめてくる。睨んでいるつもりだろうか。ただかわいいだけになっているが。さて、話題を変えないとここからぐちぐちと文句を言われてしまう。

「それはそうと、国都さん。今、どこかへ向かっている最中だったんですか?」
「……ええ、今からオブジェクトの実験を担当しにいくところでした。」
「それは残念だ。もし時間が空いていたら、お詫びに食事でもおごろうかと思ったのに。」

国都さんの目が輝く。嬉しいことがあるといつもこの顔になるのだ。

「ほ、本当ですか!それは、デー……デ、デザートもありですか!?」
「ええ、しかし仕事とは……残念ですね……またの機会、という事で。」

ふう、とため息をつくと、彼女ががしっと頭部を掴んでくる。衝撃で中の液体がぐやんと揺れる。

「すぐに!お昼までには終わる予定なので!だから、それまで待っていてください!なるはやで終わらせますのでー!」

懇願し、ゆさゆさと頭部を揺さぶってくる国都さんを落ち着かせるために、頭を撫でる。

「わ、わかり、分かりましたから!待っときますから!だから揺らすのやめて……。」
「やった!言いましたからね!約束ですよー!」

では!と元気よく駆けだしていく。揺れる一つ結びと白衣の裾が廊下の角に消えていく。その元気さの何分の一かを受け取り、僕も少し歩くスピードを速めた。

この時は、良い日になるなと思っていたのに。


案内された部屋の中はLEDライトに照らされて部屋の中心だけが明るく、隅には光からあぶれた暗闇がこびりついていた。真ん中には卓球台ほどの机が置かれており、その上にシーツを被った何かがのっかっていた。本能的にもうその隠された中身を理解はしていた。ただ、信じたくはなかった。

「シーツを、剥がしても?」
「……ええ、もちろんです。」

少し分厚い白を剥ぐと、そこに彼女の顔が現れた。死に顔のたとえに「眠っているよう」というのがあるが、それは実に的を得ているなあ、と感じる。今にもライトの光に顔を歪めて起き上がってきそうな、そんな穏やかな顔だった。

「沖波さん、少しだけ退出してもらえませんか。……すぐに終わりますので。」
「……わかりました。」

きい、ばたん、という音ともに僕らは二人きりになった。机にもたれて頬をさらりと触る。まだ暖かい。回収されたばかりだと聞いたが、ここまで暖かいものなのだろうか。……この職場についてから、ここまで綺麗な死体を見たのは初めてだから、何が死体の正解かが分からない。

「国都さん。約束の時間、過ぎちゃいましたよ。ご飯食べましょうよ。」

僕は話しかける。動かない体に。

「ひょっとして、いたずらばかりしちゃって怒っちゃいましたか?」

話し続ける。何も聞かない耳に。

「僕、結構勇気出したんですよ。女性をご飯に誘う事なんて、初めてだったんですよ。」

何も反応しない体に対して、心の内が漏れ出してくる。

「初めて本気で仲良くなりたいなって思って、でも正しい仲良しの手順を知らないからいたずらばっかで気を引いて。……小さな子供みたいですね。僕。」

部屋の中には僕の声しか響かない。反響して心の空洞に声が溜まっていく。

「僕は、こんな見た目でいたずらばっかりして、それでも嫌わずにいつも反応をくれて会話してくれる、国都さん、あなたが好きだったんですよ。」

本音が出尽くすと、知らんぷりしていた感情が露わになる。悲しい、寂しい、辛い、苦しい、痛い、心が。頭部のガラスに爪を立てて手で覆う。ああ、こんなにも悲しいのに。こんなに離れてほしくないのに。行ってほしくないのに。

「僕の顔では、あなたのために涙すら流せない。」

拳を机に乱暴に叩きつけると、体から力が抜けしゃがみ込んでしまう。後悔の念が背中を這う。もう少し素直に話せていたら。自分に正直になれていたら。あなたを失うことは無かったのだろうか。行き場のないもしもが部屋の中を埋め尽くす。ひとしきりもしもを出し尽くすと、僕はぐっと足に力を入れ立ち上がった。

「……さようなら、国都さん。僕はあなたが大好きでした。」

すっと背を向けドアに手を伸ばす、その刹那。

「……ばあ。」

聞き覚えのある声が、後ろから聞こえてきた。水槽が取れる勢いで振り返る。シーツを掛布団のようにめくって、国都さんが起き上がっていた。その顔は眉が潜まっているが、確かに生きている顔だった。

「……いや、少しいたずらの仕返しをしたかっただけなんですよ。触れば体温でばれると思ったし。でも、思いのほかばれなくて、いつ起き上がるかタイミングが取れなかったというか、その──」

国都さんが言い訳を並べ終わる前に、僕は駆け出し国都さんの体を抱きしめていた。

「く、隈取さん……あの、そんなに力いっぱい抱きしめられると苦しいです……。」
「……いつも、あなたは驚いた後に抱き着いてくるでしょう。真似をさせてもらいましたよ。……いいですね、これは。とても安心する。」

手のひらで、体全体で、国都さんの暖かさを感じる。生きている熱を感じる。

「隈取さん。私はずっと起きてたんですよ。もちろん、立ち去る前の言葉も。」
「……僕、何か言いましたっけ?そんなことよりご飯食べにいきましょ?約束を果たしましょうよ。」
「もー、またそうやってすぐにけむに──」

呆れたように笑う彼女の首をぐい、とこちらに傾け耳元まで近づく。

「好きですよ。国都さん。」

そしてすぐにぱっと手を放す。国都さんの顔がこちんと固まる。

「すみません。不意打ちだとびっくりするかなって思って……嫌でしたか?」
「……もう、本当に隈取さんは。」

いたずら好きなんですから。

その日僕は、世界でもっとも優しく素敵な笑顔をこの水槽のガラスに映し出した。


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