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目を閉じている、子供の頃の私。後ろには壁や柱が見える。何も居ない。
部屋の隅、三辺が集められた角は見えないが、きっと居ない。
この写真の主役は赤ちゃん。
そして、こうした赤ちゃんを、自らの子供の成長をこれから見守る事が出来るというのは、幸福な良い知らせ。抑えきれず溢れるような喜びを感じるという事でしょう。私の両親もそうだったはず。
でも、この写真を撮った少し後、私の両親は首を曲げ天井を見上げて叫んだと言います。動く事も出来ない程に恐怖し、見続けて叫んだんです。自らの力だけでは何も出来ず、誰かに助けを求め泣き叫んだ。
私は目を開けていたらしいです。笑いながら、泣き叫ぶ両親を見ていたそうです。
「怖いの、今は居ない?」
私の両親は「怖いの」に常に脅えているようでした。どんな時であろうと、私に毎日聞いていたと思います。朝起きた時、私が帰って来た時、ご飯を食べている時に不意に。悪いことをした私を叱っている時に聞かれた事すらありました。
「大丈夫、居ないよ」
一応、私は周囲を見渡しますが、何かが居た事はありません。居ないと伝えると両親は天井を見上げ、安心して笑顔になり元に戻る。いつも何の変哲もない普通の親なのに、本気で脅え半分泣きながら聞いてくるのは、どう考え直しても異様で気持ちが悪かった記憶があります。
どうして両親はこうなってしまったのか。私は何度も繰り返し聞かされました。
赤ん坊の頃の話です、私はふとした瞬間に天井を指さしたそうです。両親は「わぁ、もう指させるんだ~」って私の成長を喜んで、そして指の先を見ました。
指の先には、「怖いの」が居て、両親にはそれが見えてしまったそうです。
子供が何も居ない筈の所をじっと見ていて、不吉なものを感じる。よくある話だと思います。弟や妹が居たり、親戚の子供と遊んだりする機会がある人なら、実際に体験したという人も居ると思います。
ホームビデオを模したホラー映画とかでも見ますよね。何も居ない暗闇に過剰に脅える子供と、不穏さを全く感じ取れずに呑気そうな声で話す親、という不気味な演出。
でも、私の家では全くの逆でした。脅えているのは豊かな人生経験を積んだ大人で、分からないのは感受性が豊かな筈の子供の私。
分からないという事は理解が出来ないという事です。だから、私は両親が嫌いでした。なんて言えば良いんでしょうか。変な宗教にハマった親を嫌悪するのと同じです。
本当に聞いてこないで欲しかった。いつしか、その質問をされる度に頭が痛くなって怒りが込み上げてくるようになりました。見えない私にわざわざ聞いてくるのが、バカにされているような気がして。
思春期になる頃には、完全に無視するようになりました。
本当に、本当に嫌でした。でも、いつか私も急にまた見えるようになるんじゃないかっていう恐怖は、心の何処かでありました。
「怖いの」とは、どのような見た目なのか?一体、何なのか?
小学生の頃は事ある度に両親に聞きました。しかし決して教えてくれませんでした。しつこく聞くと、逆に理不尽に怒られた事もありました。……だからこそ、色々な想像を膨らませました。
例えば、穏やかに笑いながら自ら腹を裂いて垂れる内臓を見せつけてくる裸体の女性みたいな、
生理的におぞましい存在でもない。
例えば、害意を放ちながら天井に張り付く、腕と赤いの物だけで構成された子供みたいな、
何か恐ろしい異形の化け物でもない。
例えば、逆さに吊るされた、我が子である私の生首みたいな、
子供や自身の不安を暗示するような存在でもない。
それは、ただ「怖いの」だと両親は言いました。結局、私には何も分からなかった。
勝手に長々と語りましたが、こんなことは最近まで忘れていたっていうのが正直な本音でした。というのも嫌悪から始まった溝は次第に深くなっていき、私はそのまま両親と喧嘩をするように家を飛び出したんです。
その後は、あの質問をされる事は当然ながら無くなりました。家の中に私が居ないのだから、「居るのかどうか」など見る事が出来ないのですから。
ずっと家に帰らず連絡も絶って、両親を忘れるように努める内に、自然とそんな事を意識する暇も無くなってきて。「怖いの」なんて、頭から抜けていました。
でも、遂に私は家に帰らなきゃいけない事になったんです。
母方・父方、どちらの祖父母も私が小学生の頃に亡くなっていて、頼れる親戚も近くには居なくて、一人でボロボロになりそうだった私は、竜くんと出会いました。
竜くんは私を支えてくれて、私達は惹かれ合って、恋人になるのにそれほど時間はかかりませんでした。そしてしばらくした後、私に子供が出来ているのが分かったんです。
流石にこれは伝えないといけないって思いました。竜くんも怒られるのを覚悟して、一緒に挨拶に行くと言ってくれました。竜くんが隣に居てくれるのならと、私は安心しきっていました。
いよいよ当日。実家に帰ると、怪訝そうな両親が迎えてくれました。
客間の座布団に全員が腰かけ、竜くんが話し出そうとした瞬間、それを遮るように父が厳しい声で喋り出しました。
「今、居るか?怖いの」
困惑する竜くんの顔を見た瞬間、薄れていた怒りや嫌悪、葛藤が頭の中で鮮明に思い出されて。私は「そんなの、居ないよ!!」と叫び、立ち上がってしまいました。そのまま出て行こうかとも思ったけれど、思い直して座り直しました。すると普通に「今更、何の用で帰って来たんだ」とか、普通の事を喋り出しました。
あぁ、こういう所が嫌だったんだ。居るはずの無い「怖いの」を怖がってる癖に、居ないとそれだけで一瞬で普通に戻る。「怖いの」なんて幼稚な言い方をするのとか、とにかく色々嫌だなぁと心底思いました。
でも、子供が居る事を伝えた瞬間、何か様子が変わりました。
両親は竜くんの言葉を無視しながら、黙って私の目を暫く見つめてきました。私が目を離さないでいると、急に態度を軟化させたんです。子供が出来たなんて、良い知らせだなぁと本気で喜び始めて、トントン拍子で竜くんとの結婚も認めてくれました。
しかも信じられない事に、それ以降、あの質問をされる事はありませんでした。私が半日も家に居たら5回は聞いてくるのに、本当に聞いてこなかったんです。
次の日も、その次の日も。結婚式の時も、出産に立ち会ってくれた時も、聞いてきませんでした。
あれ以来、両親と私の関係は良くなりました。突然の事だったけれど、嫌悪していた理由が消えうせたのが大きかったです。それに、子供を育てていくのなら、両親の支えがある方が絶対に良いというのもありました。
産まれたのは女の子で、名前は菜摘。可愛い名前を付ける事が出来たなぁと思います。
本当に、人生の幸福の絶頂に居ると感じました。自らの子供の成長をこれから見守る事が出来る。抑えきれず溢れるような喜びを体全体で感じていました。
柔らかくて温かくて、甘い独特な匂いと紙おむつの匂い。わぁ、赤ちゃんだぁ……と愛おしくて可愛くて、母性が刺激されて仕方がありませんでした。
ミルクを飲み、目を閉じ眠り始めた菜摘を抱っこし揺れていると、いきなりパッと菜摘は目を開けました。
起きちゃったの~?と、隣に居た竜くんと共に菜摘を覗き込むと、目が合いました。
泣かないなんて、珍しい。どうしたんだろう?そう思い、そのまま目を合わせ続けていると、すっと菜摘は目を逸らし、私の頭の向こう側、天井を見つめていることに気付きました。
この時、初めて私は”両親と一緒のようになる”という可能性に気付きました。そんな、違う。「怖いの」なんて居るはずが無いんだから。
静かに、目を開けたまま菜摘がゆっくりと、天井を指さす。
まさか、居るなんてことが無いはず。違うはず。「怖いの」なんて嘘。居ない、居ない。嫌、嫌だ。
私は、ゆっくり天井を見上げました。
居ない。
何も居ない。部屋の隅、三辺が集められた角が四つ、何処にも何も居ない。
ほら、居ないじゃん。そう、そうだよね。居ないんだよね。
そう安心した時、竜くんが叫び出しました。
下を見ると、竜くんは寝室の方を見つめていて、泣き叫びながら指をさしていて。
菜摘を見ると、顔を私の方に向けたまま、半分白目を剥きながら目だけがグリンと上を向いて、寝室の方を向いていて。手も力が抜けて、ダランと倒れて寝室の方を向いていて。
私も顔を向けました。
閉まっていた筈の寝室への扉は何故か開いていて。つけていた筈の電気は何故か消えていて。
居た。見えてしまった。
いつの間にか、私も泣き叫んでいました。怖くて、動けない。自然と体が震えているのに、目を離す事が出来ない。自然と涙が出てくる。
怖い。怖い。これが、こんなものを私は見ていたのだろうか。
恐怖を感じながらも、菜摘を抱いている感触が私に少しだけ考える理性を与えてくれていました。落とすわけにはいかない。震える体を抑えるように、菜摘をギュッと抱き直す。
笑い声。菜摘は笑っているのか。でも、菜摘の顔を見れない。目を離す事が出来ない。
同時に呑気そうな声で話す声が聞こえてきました。
「菜摘が大きくなったら、ちゃんと伝えなきゃね」
「怖いもんね、知ってもらわないとね」
両親の声でした。私達のすぐ後ろに居る。なんで、いつの間に?
どうして、笑いながら凄く大きな声で喋っているんだろうか。
そういえば、私が赤ん坊の時に”見た”時、両親が天井を見て泣き叫んでいる時、私が目を開けているのを見ていたのは誰だったのか。それを繰り返し伝えてきたのは誰だっただろうか。
分からない。結局、何も私には分からない。
今、菜摘は目を開けているのか。両親は、どんな顔で私達を見ているのか。
見えない。見る事が出来ない。
「怖いの」がすぐ其処に見えるのだから。
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- portal:4697631 (05 Dec 2018 09:08)
⑤ 漸降-立ち消え型
〇冒頭部(事件の発生→大サスペンスの発端、読み手の心理「緊張」)
・赤ちゃんの写真と、緩やかな不穏。
〇展開部(冒頭の事件に対する状況が少しずつ明らかになる、次第に「安心」)
・何かに脅える両親。
・祖父母は居ない。私が産まれてすぐ、若くして亡くなったらしい。
・両親は私が赤ん坊や子供の時に見た、「あれ、なぁに」と指さした先に見えたものが「見えてしまった」という。
・「なに」とは教えてくれない。例えば、穏やかに笑いながら、自ら腹を裂いて垂れる腸を見せつけてくる裸体の女性みたいな、生理的におぞましい存在でもない。逆さに吊るされた、我が子である私の生首みたいな、子供や自身の不安を暗示するような存在でもない。害意を放ちながら天井に張り付く、腕だけで構成された子供みたいな、何か恐ろしい異形の化け物でもない。
・ただ「怖い物だと」いう。
・聞いてくる。それが私は凄く嫌だった。
・宗教にハマったみたいなのと同じだ。
・そういう場合、子供にしか見えないというのが、良くある話だ。
・子供の幻想、感受性
・闇に対して脅える、不穏な演出がなされたホラー映像は一度は見た事があるのではないだろうか。何も居ないよ~。居るの~。
・子供の時に見えていたものは、大人になると忘れるはずで、それはそう。
・小学生になる頃には、自分には見えないし感じなくなってきた。
・だから、両親に対して、愚かだと感じながらも、自分には見えない「何か」がいつか自分にも見えてしまうのではないかと言う恐れは今までもあった。
・でも、正直そんなことは最近まで忘れていたっていうのが本音。
・家を出て一人暮らしをしている。両親からは離れている。
・当然、家の中に居ないのだから、「居るのかどうか」など見る事が出来ないのだから。
・それに言いにくいんですが、両親とは色んな考え方の違いとかがあって、喧嘩するように家を出たから、あまり帰ってなかった。
〇クライマックス(事件の不十分な解明、ハッピーエンド、「安心」)
・しかし、家に帰る必要性が出てくる。
・パートナーの竜君と出会えて、子供が出来たんです。
・流石に、これは両親に伝えないとと思いました。
・竜君も怒られるのを覚悟に挨拶に行くと言ってくれた。
・行った時、両親は相変わらず聞いてきた。
・居る?見える?
・見えないよって、言った後、
・普通に怪訝な感じで、厳しい意見を言ってくる。
・子供が出来た事を伝えると様子が変わる。
・両親は急に黙って、私の目を暫く見つめてきた。
・私が目を離さないでいると、急に態度が軟化した。
・さっきまで、悪い知らせだと言っていたのに、良い知らせだったと言い出した。
・それから、あの質問は来なかった。こんな事初めてだった。
〇終結部(結果が立ち消え、現実と非現実の交錯、読み手が結果を想像)
・あれから、いい感じに関係も治る。
・両親の家で、菜摘を世話していた時、眠る菜摘。
・最初の表現とカブス。
・産んだ赤ちゃんを抱っこして、竜くんと一緒に菜摘を覗き込んだ。
・目が合った、可愛いなって思った次の瞬間、菜摘は私から目を逸らし、何かを見始めた。
・抱っこしたまま。菜摘が指をさした。私を指さしていると思った。
・違う。私の頭の奥、天井を指さしているんだ。まさか?と思った。
・天井を見た。
・居ない。ほら、居ない。居ないんじゃん
・次の瞬間、竜君は叫び出した。
・うずくまっている竜君は、奥の部屋、寝室を指さしていた。
・同時に、菜摘の指もいつの間にか移動して、竜君と同じ方向を向いていた。
・顔を向ける。しまっていた筈の寝室への扉は、何故か開いていた。
・居た。見えてしまった。
・怖くて、動けない。自然と体が震えて、目を離す事が出来ない。
・自然と、涙が出てくる。
・怖い。怖い。これが、こんなものを私は見ていたのか。?
・動けず、何も出来ないけれど、菜摘を落とすわけにはいかない。ギュッと抱き直すと、笑い声が聞こえてきた。
・菜摘は笑っている。
・同時に両親の声が聞こえてきた。
・私のすぐ後ろに居るのか?いつの間に?
・「菜摘が大きくなったら、ちゃんと伝えなきゃね」「怖いもんね、知ってもらわないとね」って酷く無機質な棒読みで、笑いながら凄く大きな声でしゃべっている。
・それでも、私は菜摘の顔も、両親の顔も見る事が出来なかった。
・怖いのが、すぐそばに居るのだから。
〇読後(読み手が真の結果を形成、「恐怖」)
・些細なことでも実際に遭遇してみるとこれは相当に薄気味わるい
・読み手が体験しうる日常を設定し、登場人物も読み手が簡単に想像のつく、普通の人々である必要がある。
・それに対して大サスペンスの発端は、やや現実離れしている。日常生活では経験できないような大事件に主人公が遭遇する。そしてその結果は、クライマックスを過ぎても、終結を迎えても記述されることはない。
・作品の中で事件はまだ解決していない。読み手の中に、気づいていないだけで実際に今もどこかでその事件が起こっていて、いつかその事件に遭遇するのではないか、という「不安」が発生する。
・冒頭の事件の謎が結局、解明できぬまま物語が終結してしまう構成である。物語自体は安心を得たところで終結するが、肝心のサスペンスの結果が作品の外に持ち越される。
・冒頭の事件に対して少しずつ情報を得ていき、事件の原因となる要因にたどり着いて、一応事件の原因が解明されたかのようにして物語は終結する。ひとまず、その時点での「安心」は確保されているのだが、熟慮してみると、事件の根本的な解決にはなっていないことに気づく。ハッピーエンドにみせて、作品の外に続く原因の見えない「不安」を考えた時、その重大さに「恐怖」するのである。
人生における幸福の絶頂に居る時に遭遇してしまえば、鳥の刷り込みのように本能的な行動になってしまうのかもしれません。