窮鳥入懐

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これは、人を助ける鳥のお話。

ある雨の朝、僕はあるマンションの9階ベランダから飛び降りた。筆箱をトイレに流される、事あるごとにバカにされる、誰も見ていない所で蹴ったり殴ったりされる…他にも色々。漫画で”こういうの”は見たことがあったりしたけど、実際にやられる辛さは想像以上だった。色々と悩んだけど、とにかく僕はここから逃げだしたくて、仕方なかった。

10月の肌寒く、風が強い日だった。何を書けばいいのか分からなかったけど、遺書も書いた。母さんと父さんには迷惑をかけるけど…。そんなことを考えながら、怖くなる前に、足を滑らせるように、僕は落ちてしまった。





「コラッ!」

反射的に声の方向に目を向けると、鮮やかな赤い羽根をもつ鳥に翼で頬をはたかれた。なぜか500万円の札束で殴られたような気がした。

そして、何が起こったのか理解する間もなく、地面に激突…するはずだった僕は、突然出現した大量のクッションの上に着地したのだった。


「死んで……なくて……。鳥……え…?」

「自ら死を選ぼうとしていた君を、私がクッションを出して助けたのだ。ギリギリなタイミングで、本当に危なかった…。君、自殺というのは…」


全く状況を把握出来ていなかったけど、とにかく僕は自殺に失敗したらしい。周りを見渡すと、非常階段があった。登ろうとしたけど、赤い鳥にバサバサと道をふさがれる。


「待て待て待て、止まれ少年!」

「何なのさ、ぼくは死にたかったんだ!楽になりたかったんだ。」

「嘘だな。」

「嘘じゃない!本当に辛いんだ!何も知らない癖に!」

「確かに君の事情など知らない。だが、私は助けを求めている者の前にしか現れない。君は死にたくなかったはずだ。」

「でも、」

「でも、じゃない!」


再び翼で頬を叩かれる。何が何だか分からなくて混乱していたし、いろんな感情が湧き出て泣きそうになってしまったけど、グッと堪えた。


「…すまない。だが本当なんだ。人にはそれぞれ限界というものがある。そして、その人の限界を超えて困っている人の前にしか私は現れることが出来ない。歯がゆいが…、限界を迎えているわけでもないのに甘ったれて自殺を選んだ場合は、助けられない。」

「…僕は、強くなんてない。」

「泣かなかったじゃないか。限界を迎えているのに泣かなかった。それが出来る人間は本当に一握りだ。誇っていい、君は強い。」

「………」

「どこかで、少し話そうか。」


時刻はまだ早朝、雨は止み空にはどんよりとした曇り空が広がっている。そんな中、僕は屋上を目指して非常階段を昇っていた。それも、不思議な赤い鳥と共に。すこし奇妙だけど、さっきまで死のうとしていた気持ちは少しだけ晴れていた。


「君は何も知らない癖にと言ったな。確かにその通りだ。もし良ければ、何があったのか聞かせてもらえないか?そうだな…いつ頃から、いじめは始まったんだ?」

「…半年くらい前、4月くらいに新しいクラスになったくらいからだった。」

「なるほど…という事は、いじめてきた彼らは別のクラスだったのか?」

「うん、別のクラスでも、色々やっていたみたい。」

「どんなことをされたんだ?」

「……初めは大したことはしてこなかったんだ。消しゴムを借りて返さないとか…。ちょっと、足を踏んでくるとかさ…。今更なんとなく分かってきたけど、それで仕返ししたり、言い返してこなかったりする奴を探してたんだと思う。」

「そうか…。辛かったな。」

「でも、やり返したら、アイツらと同じになってしまうと思ったんだ。でも、その内にどんどんエスカレートしていって、いきなり油性ペンで顔に落書きされたり、ランドセルをズタズタにされたりとか…。最後には虫を食わされたりとか、自殺の練習しとけって2階から突き落とされたりさ…。大人に相談とかもした!でも、家は貧乏で母さんも父さんも共働きで忙しいし、担任の先生に相談したんだ。…見て見ぬふりをされて、しまいにはいじめられる僕を見て、一緒に笑ったりされたけど。」


パッと思いつく限り、まだまだある。文字通り泥水を啜るような毎日だった。精神をグチャグチャにかき回されて、気持ち悪く、おぞましくて、不快で、恐怖だった。学校というワードを聞くだけで吐きそうになる事もあった。


「」


「私に言わせれば、世界中で自分だけが苦しいと思い込んでしまったりする。何度も見てきた普遍的な光景だ。」

「なっ…!」

「現実は辛く厳しいなんて当たり前の事だ。問題は、その現実にどう向き合うかだ。向き合い方として、自殺が正しい方法だと、本当にそう思ったのか?」

「そりゃ、僕も悩んださ…!でも、」

「悩んだ末ならば、取り返しのつかない間違いをしても良いのか?違う、いくら限界を越えていたとしても、自殺は逃げるための甘えた行為だ。これを言われた方は、それこそ死ぬほど辛く、怒りのような気持にもなるだろうが、周りからの認識なんてそんなものだ。自殺した理由は当人にしか分からない。つまり君が死んでも、君の思いは誰の心に響かないし伝わらない。」

「…………」

「うまくいかないことがあるのは当たり前。悲しいことがあるのは当たり前。だが、当たり前の事を、当たり前だと思うのにも覚悟が必要になる。君は強い。だからこそ、覚悟の無い甘えた選択はしないでほしい。」


話しているうちに屋上に到着してしまった。空は曇っていた。何となくぶん殴られた感覚を覚えながら、柵にもたれかかる。


「納得には早いぞ少年。人は何かに納得すると、思考が停止してしまう。」

「…うん。やっぱり、自殺は違うかもしれないって思ったけど、じゃあどうすればいいの…って思っちゃう。」

「君自身が更に強くなるのが最短の道だと思う。勉強して見返してやればいい。体を鍛えて、いじめられないようにすればいい。自分だけが、だめだと思い込むことは無い。」

「そんなの綺麗事じゃないか!……先生も同じことを言っていた。でも、そんなのアイツらには関係ない話じゃないか!」

「何かを求めるなら、それなりの対価を支払う必要があるんだぞ?求めるものが、他の人には無条件に手に入るもであってもだ。対価となるのは時間だったり、お金だったりするかもしれないが。とにかく、まず君自身が強くならなければならない。」

「結局、同じだ。先生と。僕はもう限界だったって、お前もさっき言ってたじゃないか。なんで僕だけ、そんなに頑張らなくちゃいけないんだ。」

「それは、強い君に、いじめてくる級友や見て見ぬふりする先生を救ってやってほしいからだ。」

「……え?それは、どういう…?」

「君から見たら、いじめてくる彼らは悪意の塊のように感じるかもしれないが、それは一つの側面にしか過ぎない。別の見方をすれば、彼らは自分のことを見つめれてない、苦しい人達なんだ。人は皆、夢中になれるものを探している。楽になりたくて、自我を忘れたがっているのだ。自分以外にひどいことを言って、自分が強いと思い込みたいのだ。心の隙間を恐れて、それを埋めたくて仕方ないのだろうな。」

「難しくて、よく分かんないよ…。」

「今はそれでもいい。いつか、意味が分かる時が来る。とにかく言いたいのは、障害があったら乗り越えればいいという事だ。それは人生で最も尊くて楽しく、かけがえの無い経験となるだろう。」

話しているうちに、雲が晴れ眩しい朝日が顔を覗かせたことに気づいた。何となく丸め込まれた気がしなくもないけど、黒く焦げ付きウジ虫が湧いていた僕の精神は、少しだけ回復していた。

「なんか…ありがとう。とにかく、自殺はやめるよ。」

「それは良かった…。ただ、さっきも言ったが易しい道ではない。そうだな、私から具体的にアドバイスするとすれば、一人でできる事は限られている事を自覚して、周りをもっと頼ることを考えた方がいい。そうすれば再び追い込まれた時も、なんとかなるだろう。」

「僕、頑張れるかな…。」

「今、君が何かに気づいていたとしても、その感覚はいつか消える。ただ君は強い。羽を身に着け、きっと豊かな人生を送れるだろう。それともう一つ。」

赤い鳥は両翼を大きく広げ、太陽に向かって垂直に飛んでゆく。落ちてきた赤い羽根には、あの時感じた500万円の価値は無かった。

「私からのプレゼントだ!君の人生は、まだまだこれからだ!気持ちよく羽ばたいて行け!」

遠くから聞こえる鳥の声を聞きながら、僕はいつの間にか涙を流していた。

その後、鳥を待ってみたけど、戻ってくることは無かった。部屋に戻ると、大量の旅行券や勉強ドリルや、トレーニングのための道具などがあった。これで頑張れという事なのかもしれない。

とにかく、まずは両親に相談してみよう。色々と大変な事になるかもしれないけど、とても前向きになれている今の自分なら大丈夫な気がしていた。

この鳥は、平和で誰も傷つかない世界など存在しない事を知っている。現実は辛く、思い通りに行かない事ばかりだ。

ただ、「良い事と悪い事」というように、両極性のあるものはセットになっている。

どんな状況でも、救いが無いという事はない筈なのだ。しかし、救い救われるためには生半可な覚悟では足りない。

現実を見る事が必要になる。そして、現実を見れば、自分一人の力では、どうにもならぬ事があることに気付く。

鳥はそれに気付き、助けを求めている人を見かけたら手を差し伸べ、自分が本当に困ったときは助けを求めてほしいという事を伝えたいのだろう。

伝えられた方は、今後そうしようと心に決めるかもしれない。ただ、その感覚はいつか消える。

それでも、赤い羽根をもつ鳥は、理想を求めて今日も翼をはためかせる。



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