
第1貫 とある少女のお話 At_Ice-Vine
大人気ホビー、スシブレード。とある少女は対戦相手がいない孤独を嘆いていた。そこにもうひとり、スシブレーダーの少女が現れる。
スシブレードの歴史……
それは遥か二百年の昔
江戸時代にまでさかのぼるという
古代よりスシブレードは
寿司をぶつけ合い鎬を削る
奇跡論的な遊戯であった
それらは、「鮨相撲」と呼ばれた
今、スシブレードを駆り
寿司寿司の戦いに挑む少女がいた
光と闇 二つの顔を持つ少女
人は彼女を「大江戸淑女」と呼ぶ
※呼びません
【A part】
「……はあ……」
ここ最近の悩みがため息となって吐き出され、誰に受け止められるでもなく溶けていく。心なしか、肩にかかるカバンの重みもズシリと重く感じた。足取りも重く、ローファーのつま先が削れるのを感じる。
7月19日、金曜日、午後3時37分。
学校からの帰路、ひとりどんよりとした空気を纏う少女がいた。気温は30℃にも迫る勢いだが、黒で統一されたボレロにジャンパースカート、タイツまで履いた冬服制服フル装備。シャツの白とリボンの紺だけが明るく見える。長い黒髪を後ろで纏めて垂らしているが、うなじには汗が滲んでいた。滑った眼鏡をダルそうに押し上げる。
大通り沿いの街路樹では、日が傾く前のひと踏ん張りとばかりに蝉がジワジワと鳴く。車道を通る車もどこかせわしなく、風を切って駆け抜けていく。夏の熱風に街路樹がザワザワと揺れ、蒸された土と焦げたアスファルトの匂いが漂っていた。
こんな日は、家に帰る前に気晴らしをしたいところ。となれば進路変更だ。多少帰宅が遅れても問題ない。いつもどこで何をしているかは話したことがあるし、家に帰っても十分必要な勉強はこなせる。要は家での遊びか外での遊びかの違い。今日は外で羽根を伸ばしたい気分なのだった。
大通り沿いをしばらく進み、ショートカットのため広い公園に入った。背の高い常緑樹が枝葉を揺らし、ウッドチップのジョギングコースに影で模様をつくる。犬を連れてジョギングをする人、日陰のベンチに座って休憩する老人、低い生垣の向こうにはボール遊びをする親子連れもいるようだった。人通りは多い。
特段周囲に目をくれることもなく、反対側へ通り過ぎようとした時だ。公園の中央にある噴水の向こうから聞き覚えのあるフレーズが聞こえ、小さく歓声が上がった。
「「3、2、1、へいらっしゃい!」」
足を止め、少し回り込んでみると 広場の反対側で何かが戦いを繰り広げられていた。
それは2貫の "スシ" だ。
スシを挟んで立つ対戦者はどちらも見覚えのある制服を着ている。半袖のブラウスに紺のリボン、黒いジャンパースカート。どうやら私と同じ学院の生徒のようだ。すぐそばでは同級生らしい数人が双方を応援していて、近くのベンチに座っている子供が歓声を上げ、通りかかった通行人も興味深げに足を止めている。
輪を描くように動き回り、回転しながらぶつかり合っているのはサーモンとカンパチの握り。どちらも人気がある定番のスシだ。カンパチが優勢らしく、心なしかサーモンを応援する声が大きい。
バシッ バシッ ビシッ
しかし何度かの衝突のあと、サーモンがグラグラとバランスを崩しゆっくりと回転を止める。敗北だ。
先ほどまでよりもっと大きな歓声、あるいは励ましの声が上がり、次は見学していた生徒2人が交代で対峙する。広場の向こうから更に数名の生徒が合流しようとしているようで、もしかしたらこれからもっと大人数で遊ぶのかもしれない。
始まった対戦を見終えることなくその場を後にする。公園を出ると、道路を挟んで反対側の道から小さな子供がスシを持って駆けて来るのが見える。スシのラッピングバスが公園前に停車し、少し離れたコンビニには新作スシの販売を示すのぼりが立っている。
珍しくもない光景だ。今やあの "オモチャ" は社会現象ともいえる大ブームであり、きっと明日も明後日もこの公園で……いや、全国でスシが回されることだろう。スシは日常に溶け込んでいる。
スシブレード。
数年前から世界規模で流行している対戦型ホビーだ。プレイヤーは片耳にデバイスを装着し、用意した寿司に小指の爪ほどの専用チップを埋め込む。寿司はデバイスから読み込まれた脳波に応じ、特殊な技術で浮遊・回転し、"スシブレード" となる。プレイヤーはこれをぶつけ合わせ、どちらかのスシが自壊または停止するまで争う。
人気の秘訣はその奥深さと対戦の熱狂にある。
用意する寿司は市販のものでも問題ないが、シャリが硬いと回転力が地面に伝わりにくくなるため、なるべくふんわりと、しかし自壊しない絶妙な寿司を自作するのが至上とされる。地面との接触で回転力を削がれないために酢の選定にも注意を要し、当然、直接敵スシに接触するネタは無限の選択肢と可能性を持つ。努力次第では特殊なエフェクトを発生させることもでき、そのカスタム性・戦術の多様さは凄まじいものだ。
回転力はデバイスから読み取った脳波に影響されるが、これは概ね「スシを信じる心」「明確なイメージ力」「戦闘の興奮」が強いほど回転が強くなるとされている。スシを相棒として信じ、勝利を渇望し、熱いバトルを求めるほど強くなるという単純でロマンあふれるその仕様は、ホビーアニメシリーズの人気爆発も相まって老若男女を問わず多くの人々の心を掴んだ。
今やスシはあらゆる媒体の宣伝・広告に顔を出し、世界大会はオリンピックにも引けを取らない盛り上がりを見せる。ネット上には寿司やネタの情報が溢れ返り、スシ・インフルエンサーもメディアに顔を出すようになった。極少数顔をしかめる "上品" な人々もいたが、私が通うような所謂お嬢様学校にも人気の波が来ている……いずれスシブレードを嫌う者は皆無になるのだろう。
少女はスシブレードについて考えながら大通りを逸れ、しばらく寂れた住宅地を進み、脇道に入る。
このあたりは古い商店街に近く、入り組んだ路地が多い。大型室外機の合間を縫い、捨て置かれたビールケースの横を過ぎ、壁の隙間を通る。どんどん人の気配は少なくなっていき、ただよう空気は料理や洗剤にカビや土など様々な香りを含み始める。更に数度角を曲がると、目的地に着いた。
ここは四方を廃ビルに囲まれた空き地だ。薄くコケが生えたコンクリートの壁と、まばらに雑草が生えた固い土、傾いた「売地」の看板とねじ曲がった枯れ木、金網が付いた排水溝、あとは雲ひとつない青天井がある。ここに来るにはL字の通路を通るしかなく、廃ビルに囲まれた寒々しい荒地にわざわざ来る人など皆無だ。私以外は。
リュックを下ろし、スシを取り出した。ポケットから黒いイヤーカフ型のデバイスも取り出し、装着する。
大人気のスシブレード、かく言う私も大好きだ。アニメは一昨日夜の最新話まで全シリーズ見ているし、自分の部屋にはたくさんの漫画やグッズもある。スシの握り方もだいぶ上達してきたと思うし、色々なネタを試して最近は手になじむネタも絞り込めてきた。さっきも公園での対戦を見て、イメージトレーニングしていたくらいだ。
足りないのは そう、友達である。
私は……私は友達が少ない。というのも、好きなものにこそ詳しいがそれ以外のものにものすごく疎いのだ。同世代に流行りのアイドルや歌、コスメやファッション、イベント事にも詳しくない。そして私が通っているのは俗にいうお嬢様学校。通学・生活していられる程度のマナーは身に着けているつもりだが、さして裕福でもない私ではお稽古・お食事・バカンスなんかのセレブリティな話題にも乗っていけるわけでもないのだ。
うまく話題を合わせられない。かといって大して興味もないこれらの情報収集に時間を割けるかと言えば、そうでもない。プライベートな時間をかなり大きな割合で勉強に割いている私にとって、少ないとは言えないが多くもない遊びの時間を守備範囲外のものに割くかと言えば……それは無いだろう。
ある程度は仕方がなく、諦めるべき側面もあるはずだ。しかし誰かと楽しみを共有したいという欲求は間違いなくある。しかし、楽しいものを同じ視点で楽しめないこと、"実感に共感できないこと" は友達作り、ひいては人間関係の構築において致命的な問題だと痛感する。自問自答ばかり繰り返してきた。
そうした下地の上に巻き起こったスシブレードブーム。同級生にも徐々に波及しつつある人気にあやかれば、比較的簡単に友達ができるだろうか?
否。残念ながら、答えは否だ。
障害となっているのは、私のスシブレードの遊び方。私個人にとってスシブレードとは……暇潰しのホビーであり、好きなアニメのグッズであり、そして、妄想のタネでもある。
最近はちょっと恥ずかしくなってきて公言しなくなったが、私はいわゆる中二病である。オリキャラが創作世界で無双したり、現実のトラブルを解決したりする妄想をするのが大好きだ。たとえば、授業中の教室に「魔の者」たちが襲来して同級生や教師を捕らえ、私はオリキャラを手早く厳かに召喚し、敵の命乞いに耳も貸さずに切り伏せてふふんと笑うのだ。あらゆる状況あらゆるパターンでだ。
スシは今の私の武器であり、いつでも懐から繰り出せる相棒だ。毎朝鍛錬も兼ねて握っている。様々な設定を練り込み、単体で放てる華々しい必殺・絶技・妙技・秘技・最終奥義の数々を持ち、オリキャラとの合体技も存在する。その動きは華麗かつ凄絶。素早い動きと絶え間ない連撃で反撃の余地を与えない。アニメスシブレードのキャラクターとも何度もイメージトレーニングをこなし、その戦略に隙が無いことを確認している。
それで、これでどう "友達" と遊ぶのだ。
技名とか友達の前で堂々と言えるか!! 言えないが!? 想像するだけで恥ずかしい!! いやでも……ちょっと超かっこいいし……妄想も、スシも、もう手放すには惜しいほど手に馴染んでしまった。
「………………はぁ……」
手元のスシに目を落とし、少し回して眺め、スシを夕空に掲げてみる。
真名まなは『奈落天暗黑掌アブソウルド=シャドウテンタクル』。「大洋の白蔓」を「極透結晶」で漬けたものに「夜の滴」を垂らし和えたものを軍艦巻きとして設えた逸品。暗黒海の芳香に臆することのない選ばれし者にしか扱うことのできない至高のスシ。
……という設定の黒造り軍艦だ。イカの塩辛にイカスミを和えたネタで、見た目はツヤのある漆黒の軍艦寿司。さすがに夕方まで懐に入れておくと少し生臭い。スシブレードのチップに抗菌・防腐効果が無ければとても持ち運びできない代物だ。だけど、夕焼け空にキラキラと輝くスシは濃厚な設定と愛着も相まって、最高に輝いて見える。
「……」
スシに秘めた思いは人それぞれで、それがすべて語られるとは限らない。アニメ4期でレンジも言っていた。これはアニメの世界に留まらず、エンジョイ勢や競技者にも関わりなく、きっと全員に言えることだ。つまりこのスシの背景アレコレだって、私が心の内に秘めていれば良いのだ。相手にわざわざひけらかす必要も無い。
もう一度ため息をついて、壁に向き直る。壁面の汚れはほとんど吹き飛んでいて、他の壁よりも明るい色をしている。気のせいだと思うが、いつも使っているせいか微妙にへこんでいるようにすら見える。
「……3、2、1、へいらっしゃい!! ……3、2、1、へいらっしゃい!!」
掛け声とともにスシを射出し、いつものように壁打ちを始める。一回一回、対戦開始までにする名乗りや対戦相手との対話を思い描きながら。仮想の敵と戦い、打ち倒しながら。
家に帰る前、帰り道の途中にここでスシブレードの練習をしていくことがよく 頻繁にある。最近頻度が増えた気がする。まっすぐ家に帰るべきなのはわかるが、叱られているわけでもないし、きっと……就職や趣味、人間関係の悩みや寂しさを慮ってくれているのだろう。特に、友達が少ないことは夕食のときに少し心配しているふうでもあった 私の学校生活を見透かされているのだ。
スシを自分の足元に寄せて、拾い上げる。
いつか、いつか友達は欲しい。一緒に遊べる友達が。一緒にスシを回せる友達が。練習していれば、上達できれば、いつか誰かとスシブレードができたなら、その人と友達になれるだろうか?
「……へいらっしゃい!! ……へいらっしゃい!!」
射出。回収してまた射出。
回転を利用して斜めに着地させ、仮想の敵を中心に円を描くように回す。敵の攻撃を躱して急旋回。上手くいなして体当たりを決める。思い通りに戦略を組み立てる。対人戦ならこう上手くはいかないだろうが、イメージトレーニングの敵は思い通りに吹き飛ばされていく。
友達との対戦とはどんなものなのか。やっぱり勝ったり負けたりを繰り返すのかな。一緒に練習して、まだ見ぬ対戦相手やスシとも戦って……もっと言えば、あのアニメほどドラマチックにはいかなくても、この嫌な気持ちを振り払うような、冒険心がくすぐられるような日常を送れるようになるのだろうか。
「へいらっしゃい!! ……へいらっしゃい!!」
しばらく壁打ちを繰り返して、ふと周囲が薄暗くなってきていることに気づく。
空を見上げると、オレンジ色の雲が流れていくところだった。烏が数羽、廃ビルのヘリから飛び去って行く。通路からは遠くの商店街や家々から漂う夕飯の香りと共に、じっとりとした夜の湿気も這い寄ってきているような気がする。
反復練習しながら考え込むべきではなかったな……。少し後悔。でも、没頭しているうちに少し気が軽くなった。次の一投で切り上げて、スシを適当に口に放り込んで、そろそろ帰るとしよう。家に着いたらもう夕飯の時間かもしれない。ご飯を食べて、宿題を済ませて、自主勉は軽めに済ませて今日はさっさと寝てしまおう。そうしよう。
「へいらっ 」
その時だった。
パキン。
背後で、小枝が折れる音がした。
「 っ!! だっ、誰だ!?」
反射的に叫び、振り向く。気のせいか、風の悪戯であってほしかった。しかし、人影が売地の看板の陰に隠れたのが見える。咄嗟だったのか足元とスカートの裾が見えていた。スカートの色は私が履いているものと同じだ……同じ学校の生徒? 私の頭が完全な絶望に傾く前に、侵入者も逃げ場が無いと理解したのか、姿を現した。
奥の通路に射し込んだ淡い夕陽を背に、ひとりの少女が仁王立ちを決める。
ゆるくウェーブがかった、そして一部は縦に巻かれたブロンドの髪が、光を透かして金色に輝く。西洋風で高い鼻筋、活発そうな太めの眉、自信に満ちた表情でまっすぐにこちらを見据える青い瞳からも溌剌とした性格が垣間見える美少女だ。
私と同じ伽美阿女学院の制服を着ているが、高めの身長と、厚手の生地越しでもわかるグラマラスなプロポーション、背筋を伸ばした美しい立ち姿は……なんというか、同じ制服でも私なんかより "サマ" になっている。
予想外にして初対面の闖入者。ただでさえ混乱しているが 私が初めて見る彼女の言動は、私をさらに混乱させた。
ゆっくり、こちらに左手を、頭上に右手を掲げ、左足を前にスッと差し出す。なにか印を結んだような手つきで、私の方をキッと見つめる。ヨーロッパかどこかの民族的なダンスにも、能か何かの伝統芸能にも見える……ありていに言えば "キメポーズ" をとり、朗々と宣言した。
「わたくしは闇寿司四包丁が1人、"ペティナイフのカタリーナ"! 人呼んで"大江戸淑女・カタリーナ"ですわ! 野良のスシブレーダーとお見受けします! 本意ではありませんが、貴方のおスシ わたくしの華麗なる舞踏で討ち倒して差し上げます!」
自己紹介だ。
「!?」
自己紹介か?
スシブのアニメで混乱したときに流れるBGMが脳内で渦巻く。一言一句わけがわからない……いや、スシブレーダーと言ったのはわかるが。勝負? いやそれ以外の語が何もわからない。大江戸淑女? ペティナイフ? カタリーナ……は……名前だろうか。それと 。
「闇…寿司……四……包丁……?」
思わず口をついて出た。
闇寿司四包丁。
スシブレードのアニメや漫画に登場する敵幹部の名だ。邪道のスシで世界の支配を目論む集団、 "闇寿司"。組織の首領 "闇親方"。これに忠誠を誓う(劇中では)8人の四天王、これが四包丁。その数は本質的に無数とされ、各々が様々な特殊能力や異端のスシを持つ。個性豊かにして悪のカリスマを感じるキャラ造形は、実に強く中二病患者の心を搔き乱してくれる。
その四包丁を名乗る少女が、何やら私にスシブレード勝負を挑んできているよう口ぶりだ。
まるでアニメの世界の話。
「そう。わたくしは貴女の敵ですわ! 鍛錬の途中に申し訳ありませんが、わたくしとスシブレードで勝負いたしませんこと? すなわち、"実戦"ですわ!」
胸を張って再度宣言。どうやら私がスシブレードの練習をしているのを見て、対戦を申し込んでいるらしい。これは……確かなようだ。
喉から手が出るほど欲しかった誘い文句。願ってもない機会にふたつ返事でとにかく対戦開始と行きたいが、ただ、なんだろうかこの妙な立ち振る舞いは。名乗る直前まではThe・美・お嬢様という雰囲気だったのだが、言葉遣いもどことなくエセおじょ……創作物のお嬢様のようで、ポーズを決めたり、アニメの敵キャラを名乗ったり、急に勝負を挑んだり。これは……。
「 ッ!!!!」
思わず、息をのむ。重大なことに気付いた。
「……この人も……わたしと同じ……?」
中・二・病・な・の・で・は・な・い・か・?・
チラリと表情を伺う。こちらをまっすぐに見据え、なにか仲間意識のような、私を同族と確信したような何かを感じる表情だ。明らかに、なんらかのシンパシーを感じている。
この人も中二病だ。確実に。闇寿司幹部四包丁の一人、悪役令嬢カタリーナということか。いやに堂々とした名乗りに好戦的なキャラクター、間違いない。そう思うと表情やポージング、制服の着こなしまで悪役然として見えてくる。留学生かハーフのような顔立ちだし、ひょっとしたらカタリーナは本名かもしれないが……。
彼女はまだ待っている。腰に両手を当てて、こちらの名乗りを。……緊張から口の中が渇いてくる。
そもそもどうやって私が中二病どうるいだと見抜いたのか、どうしてここを訪れたのか、尾行して来たのか? 本当に乗って大丈夫か? 疑問は尽きない。
しかし、考えるのに時間を割きすぎている。中二病であること、格好良くある上では守らなければならないテ・ン・ポ・がある。今すぐ、私が名乗り返すのが最も『格好良い』。
そもそもこの袋小路の空き地に逃げ場なんてない。たじろいで無難に普通な対応をしても先がない。これを小芝居と知りながら、児戯と悟って踊ることこそ最も愉しいのだと全神経全直感が叫び始めている。悩んでいても後悔するだけだ。全力でスシを回すべきだと。
汗がこめかみを伝う。思わず笑みがこぼれる。
良いだろう……乗ってきた……!!
残念かな。悪役令嬢を気取る彼女を相手取るには、きっと正義を背にする役者ロールが相応しい。
だが、私・も・敵役ヒールだ・……!!
「なるほど……わた……我に挑もうとするならば、汝は我が奈落天暗黑掌アブソウルド=シャドウテンタクルの前に敗れ去り、深淵に散る泡沫と化すのみだ……!!」
ちょっと噛んだけど、どうにか名乗り返す。私の名前言ってないけど。高揚感と恥ずかしさで全身がムズ痒いし、表情筋がプルプルする。でも、お互い名乗って始まる戦闘って "死闘" ってかんじがして好きだし、へいらっしゃいするたびに固定の名乗りを脳内反芻しておいて本当によかった……!!
「あら、なかなか様になっていますわね。ここで葬るのがもったいないくらいですわ……!!」
ピンポイントな褒めが来てしまった。
「さっきまで練習してたし……」
「え? なんですの?」
「う、うるさい! その方、構えよ!!」
思わず構え、会話を遮る。聞き返すのは本当に勘弁してほしい。あとその方ってなんだ私。
ともあれ名乗りは済ませた。あとは スシで雌雄を決するのみ!!
「3、2、1、へいらっしゃい!」
「3、2、1、へいらっしゃい! ですわ!」
【アイキャッチ】
███&███
【B part】
宣言と同時、互いにスシを射出する。相手のスシはスタンダードな射出、私はその予想着地点へ向けて打ち出す。着地点で、あるいは空中での激突を意図した初動。対人戦こそ初めてではあるが、多くの対戦動画や大会の戦績を学び組み立てた戦略に死角は無い。スシブレードには初動を重要視する戦略も多く存在するのだ。
着地点を極端に相手側に寄せるメリットは複数ある。着地してすぐ攻撃に移りやすいこと、射出の勢いのまま初撃を与えられること、そして忘れがちなことだが、速攻によって相手に回避や受け身の選択を強要し、観察の機会や姿勢の有利を得ることができる。ややダーティな戦法と言えるが、耐久力のある軍艦巻きにはマッチしているだろう。
空中を舞う相手のスシを見やる。元々私は動体視力が良い方だが、相手のスシは誰でも一瞬で何のネタかわかるくらい、わかりやすい姿をしていた。
(あれは……ピンクの……薄い……生ハム? 生ハムの握り……?)
生ハムの握り。
近年は大手回転寿司でも提供され始めたものの、まだメジャーとは言えない寿司だ。生ハムの塩気がシャリの酸味とよく合うネタで、ピンクのヒラヒラとしたビジュアルで子供や若い女性に人気があり、そうした興味から新人スシブレーダーが使用することもあるという。
ただ、スシとして長く使い込む人は本当に少ない。なぜなら、弱・い・からだ。
その身は軽く、柔らかい。つまり攻撃力が皆無で紙のような低耐久ということだ。これだけならまだしも、ネタが回転や移動によってヒラヒラと振られることで高い空気抵抗を生み、スピードにも持久力にも乏しい。身のはためきをうまく使って射出系スシによる攻撃を防ぐ特殊な戦術が可能とされるが、それがあったところで他が……という性能だ。
生ハムのような特定の弱いスシに光明を見出すため延々とカスタムするブレーダーも存在するが、とても実戦で使える代物ではない。スシの強さでリストを作ったら確実に最下層に来る、いわゆる雑魚ネタである。更には、カタリーナが使うスシはネタが大切りになっているカスタムのように見える。ますます弱い。
(なぜここで生ハム? ひょっとして名乗りやポーズに全振りしたいか、それか背景設定に何か意味があるとか? 一応やり込み派とも……いや、前者か。私ならキャラ設定はこだわりたいしな……。わかる。とてもわかる)
初撃を避けるのではなく受ける選択をしたらしく、生ハムは身をよじるなどの回避行動をとらない。このまま行けばもうすぐはじめの衝突を迎えるが、一撃か二撃打ち合えば勝負ありだろう。性能差は歴然であり、設定に要素を振っているなら軽めに戦闘を終えてしまって……できれば普通の自己紹介をしたい。
初撃で打ち合い、生ハムは大きくバランスを崩し、『奈落天暗黑掌』の二撃目を受けてあえなく沈む。もしかしたら一撃で戦闘不能に持ち込めるかもしれないな。
そう思っていた。
直撃の寸前で、生ハムがヒラリと身を翻す。
「なっ……!?」
機敏な回避に咄嗟に対応できず『奈落天暗黑掌』は空を薙ぎ、ガリガリと地面を削りながらドリフトするようにして着地する。
(まぐれ回避!?)
半ば反射的に考える。あれはネタが大きなスシだ。この閉鎖空間とはいえ、僅かに吹き込む風の影響を受けたと考えれば、おかしくはない。
しかし、急速旋回しての追撃が一撃、二撃、と避けられるうち、どうやら本当に生ハムのスシがこちらの攻撃を難なく躱しているのだと理解させられる。攻撃を十分に引き付け、衝突の寸前にヒラリと身を躱す。空気抵抗など微塵も感じさせない、闘牛士やダンサーを思わせる華麗な動きだ。
その弱さゆえとはいえ、有名なスシネタだ。彼女のスシが他の生ハムと比較にならないほどスムーズに移動しているとわかる。私が想定した、くるりくるりとゆっくり回る最弱ネタの姿など、そこには無かった。
「そんなものですの? せっかく良いおスシを持っているのに。おスシが泣いていますわ~?」
腕を組み、口元に手を当てて煽るカタリーナ嬢。実にサマになっている。それに、初撃で仕掛ける情報のアドバンテージもすっかり失ってしまったらしい。ネタが割れたとはいえマイナーなスシだし、詳細な性能までバレていなければ良いが……。
どういう絡繰りかはよくわからないが、あの生ハムは、あるいはブレーダーたる彼女は普通と違うようだ。今なお軍艦巻きゆえの重量と防御力で攻め続ける『奈落天暗黑掌』を上手く躱しているし、余裕綽々とした彼女の様子を見るにスタミナ切れも望めない……可能性がある。
このままでは膠着状態となるか、ひょっとしたら競り負けることすらありえそうな気配だ。
「フンッ、まだだ!!」
ここで啖呵を切る。挑発には乗るに限るから。そして、打開策があるからだ。
"必殺技"。
初代アニメスシブレードから使用されている特殊な攻撃。派手なエフェクトと共に繰り出される魔法じみた攻撃は、華々しく奇抜に闘いを彩ってくれる。主人公は師匠からスシと心を通わせることの大切さを学び、共に研鑽を重ねた末に最初の必殺技を会得する。それ以降も頻繁に使用し、時に新たな、時に進化した技で視聴者を沸かせてきた。
ホビー版スシブレードでも "必殺技" は実装されている。ある程度熟達したブレーダーは、デバイスから発する脳波を経由してアニメと同じようにスシから爆炎や雷撃を放つことができるのだ。もちろん、本物の炎や電気ではなくシャリに内蔵したチップが投影する立体映像なので、安全面の問題はない。
しかし、敵のスシにはしっかりと影響する。熱波で焦げ、激流に揉まれ、岩壁と衝突し突風に舞い上がる。互いに敵ブレーダーの脳波も受信しているためだ。二次元世界を切り取って直接三次元上へ持ち込んだような大迫力の情景は、はじめのブレーダーが披露して以来常に人々を魅了してきた。
私は、"必殺技" を使うのが得意だ。どんなスシを握っても、少しの練習だけですぐに狙ったエフェクトを発生させられる。スシの上達に同じく、必殺技の発動に必要となるのも猛る心と鮮明なイメージが重要。常に中二魂と共にある私にとって、その容易さは呼吸にも等しい。
必殺技の発動に、ポーズや掛け声を合図とするのも良いという。タイミングを明確にしたり、いつも同じ感覚を掴めるようにする工夫だ。これは多くのブレーダーに有効だと認められていて、実際私も使っている。私の "必殺技"、その発動条件は 技名の "詠唱" だ。
「『堕黑凍絞凶握』グラスピングスケアー!!!!」
「!」
呼応するように、『奈落天暗黑掌』から冷気を纏う弾丸が射出された。
黑く堕ちた天海の刃で、敵対せし総ての者に敗者の烙印を刻み込む。然る後に投降を赦し、凍え、声を絞り出してどうか救いをと崇めて、初めて、その凶悪なる力で命を摘み取り、握り潰す。
……という背景を持つ攻撃。元より黒造り軍艦はネタを射出する攻撃が可能なのだが、これに冷気のエフェクトを加えた技だ。黒造りの表面に纏うぬめり成分が射出の空気抵抗で鋭い形に整ったところに、冷気を纏わせて凍り付かせ、鋭い槍として敵のスシを貫く貫通攻撃……をイメージしている。
オマケとして、通常の貫通ダメージに加えて冷気にあてられたかのような特殊効果を期待できる。シャリを凍らせてスリップさせたり、ネタによっては可動部を凍らせて機能不全に陥らせたりできるはずだ。実際、壁打ちで試した時には霜の跡が残ったし、硬い音が鳴っていた。
さっきまでの突進とは打って変わって、不意を突いた遠距離攻撃。弾丸として細長い形状のゲソは、直線的でこそあるがその分高速で敵のスシに届く。いかに生ハムにしては素早いとはいえ、これは避けられないらしい。その身の一端へゲソが突き刺さる。このまま冷気に蝕まれ粉々のカケラになるか、シャリまで届いてスリップし始めるに違いない。
しかし、またしても狙いは外れた。
「ハッ!」
一瞬、カタリーナが挙げた掛け声に呼応するように生ハムがブレたように見え、完全に突き刺さったかに見えた『堕黑凍絞凶握』が急角度で方向転換し、明後日の方向へ吹き飛ばされる。目で追うと、壁に刺さったゲソが解けてクタリと垂れ下がるのが見えた。
「!?」
何が起こったか理解できなかった。一旦攻撃の手を止め、少し距離を取る。
完全に直撃コース、シャリへの被弾から継戦不能まで見えた奇襲だったはずだ。いかに巧みな動きで翻弄出来ようとも、素材が生ハムである以上防御力が低いのは確実で、少しでも掠る=瀕死の図式は崩れない。元より射出攻撃を弾く戦法があると言っても、何かデタラメな絡繰りでもなければ……。
いや、違う。
眉間に力を籠め、息を吐く。おそらく技術のみで回避された。そう見るべきだ。
思えば、左回転の生ハムの回転軸に対してやや右に着弾していたように思う。生ハムの回転がこちらの攻撃を受け止めやすい位置に着弾したということ。これに加え、彼女の操作精度、あの生ハムの操縦性、噂に聞く生ハムの防護技能も加味するならある種当然のミスかもしれない。すべては、まだどこかで彼女を並みのブレーダーとして見ている私の驕りが招いた結果か。
最大の問題は『奈落天暗黑掌』がもうだいぶ消耗してしまっていることだ。序盤の連撃に必殺技の使用、言い訳がましいが、スシのコンディションも決して良くはなかった。ここから繰り出すことができる必殺技も少なく……今の失敗も踏まえてここから切れる手札は……。
こうして僅か数秒とはいえ逡巡する間、私と『奈落天暗黑掌』を眺めて 闇寿司四包丁 "ペティナイフのカタリーナ" は云う。
「お見事な "必殺技" ですわ! それほどの技を使いこなすとは……どうやら、お遊びはここまでのようですわね……!」
「ぐっ……!! 」
残る手札は『堕黑凍絞凶握』の連撃。全弾撃ち切って、一矢報いる……!!
想像以上に、早くも劣勢の正念場。残るリソースはあちらが有利で、腕前でも完全に負けている。が、回避に徹しているということは、やはりまともな被弾は形勢逆転に直結すると見ることができる。低精度ゆえに上手くいくかは分からないが、なるべく芯を捉える射撃を試みて、どうにか……!!
何より、煽られてばかりはいられない。できれば一泡吹かせて何かしら言い返したいところだ。そのあとゆっくりあの超常的な挙動についてお伺いを立てるとしよう。
「減らず口は冥府で叩くが良い!! 『堕黑凍絞凶握』!!!!」
射出された『堕黑凍絞凶握』は再度生ハムのスシに迫る。上手く行った。今度の攻撃は完全にクリーンヒットのコース。そしてすかさず次弾準備。まだ数発は撃てる……これで無理なら今度はもう少し左を、さらに無効化されたならフェイントや周囲への攻撃を狙ってみよう。苦肉の策ながら可能な限りの戦略を立てて、これではどうだと対戦相手の顔を見やる。
その刹那、カタリーナは笑みを浮かべていた。
直後、生ハムに突き刺さった『堕黑凍絞凶握』がバチンという音と共に真上へ弾き飛ばされ それ以上の超高速で、生ハムスシが『奈落天暗黑掌』へ向け跳躍する。
「なっ!?」
それはちょっと意味不明が過ぎないか!?
「ご賞味あそばせ? これが、生ハムの力ですわ~!!」
対応する余地もなく生ハムの一端が『奈落天暗黑掌』を捉える。そのままぐるりと回り込むように包み込むと、そのまま両者が絡み合い、跳ねるようにして再び宙を舞う。そして、空中で宙返りしたかと思うと『奈落天暗黑掌』だけが上空へと放り投げられた。
「なにあれ!? 『堕黑凍絞凶握』が!?」
間抜けな悲鳴と共に、置き去りにされた思考がようやく回り始める。
着弾の瞬間、異常な急角度で『堕黑凍絞凶握』が逸らされた。直後の高速接近も加味すると……弾丸の勢いを利用されたと考えるのが妥当 だろうか? 理屈はわからないし、どれほどの早業をもってすれば可能なのかもわからないが、直前までの "身軽で素早い" 動きとは完全に違う急加速に見えた。
衝突後の投げ技も奇妙だ。急接近は空中で『堕黑凍絞凶握』を回転軸か足場に……強引に解釈して、そうしたしても、今度は『奈落天暗黑掌』ごと跳躍している以上、支点は別の場所にある。生ハムを手足のように地面に突いて跳んだ……? いや、あの柔らかさでは無理だ。原理不明の手段でネタを指のように繊細に動かせたとしても、素材の強度は というか待て、そんなことよりも、『奈落天暗黑掌』が異常に弱っていないか?
見上げると、空中でほぼ回転を止めた『奈落天暗黑掌』が目に映る。
イヤーカフを通じて感じられる直感的な、脳波に障る程度の理解だが、ほぼ停止したと言っていいほど回転が弱々しい。触れてから投げ上げるまでの一瞬に回転を殺された……? このまま地面に叩きつけられれば完全に そもそも回転が殺される要因は 逆方向に振り払った 接触面が 特殊な素材が ???
時間にしてみればほんの刹那。入ってきた情報が多すぎて、ぐるぐると頭が回る。あるいはそう、空回る。まるで現実を理解することから逃げるように、負けの言い訳を求めるように。
そのせいで、彼女の接近に気づかなかった。
「セァァァァァァアアアアアア!!!」
突如上がったカタリーナの雄叫びに肩が跳ね、我に返る。スシを見上げていた視線を下げて彼女へ焦点を合わせようとするが、本来いるはずの位置に彼女の姿は無い。その代わりに、鼻が触れそうなほどの至近距離を何かが掠めて 。
ズドッッッッッ!!!!!!!!!!
私の足元が爆発する。
「!!??」
直後、砕け散ったアスファルトが腹や胸を突風の如く打ちのめし、抗う間もなく肺の中身が全部吐き出される。身体ごと吹き飛ばされ、背中から地面に叩きつけられたうえでゴロゴロと転がり、壁に後頭部を打ち付けてようやく止まった。
「ッ!? ガフッ!? なっ何が!?」
やっとの思いで地面に手を突き、土と苔の感触を感じながら上体を起こす。ゲホゲホと咳き込みながら爆発地点に目を向けると、地面が大きく陥没していた。象か何かが踏みつぶしたように1mほどの大穴が開き、あまりの衝撃に周囲の地面が大きくひび割れめくれあがっている。粉々になった破片が頭上から今もパラパラ降り注ぎ、粉砕された土とアスファルトが土煙のようになって滞留している。
その陰から、怪物じみた気配の何かがゆっくりと立ち上がる。
「焦ると手元が狂いますわね……ですが、2度は外しませんわよ……?」
「ヒッ……!?」
闇寿司四包丁が1人、"ペティナイフのカタリーナ" がそこにいた。
爆心地のすぐ近くに立っていたのは彼女も同じ。だが、派手に転がってあちこち汚れて着崩れた私と違い、カタリーナの着衣に乱れはない。姿に微塵の変化もない。しかし、その立ち姿からは異様な雰囲気が漏れ出ている。「覇気」、あるいは「殺気」とでも形容すべきか。立ち姿を見ているだけで身体が強張るのを感じる。
いつのまにかカタリーナの手には何かが握られていた。あれは……何だ? 棍棒のように見える。くすみがかったブラウンの、クリスマスチキンや生ハムの原木のようなフォルムをした……鈍器、だろう。よく見ると、先端付近には砕けたアスファルトのカケラが少し付着している。
なにかおかしい。
明らかにスシブレードに絡む物品ではない。脳波を読むデバイスでも、当然スシでもない。急激に凄みというか……人生で初めて感じる明確な殺気を放つカタリーナ。イレギュラーすぎる地面の爆発と、それに全く動じない姿勢。鈍器の先端の汚れ。……2度は外さないという宣言。
なにか異常だ。
異・常・な・膂・力・で・不・意・打・ち・の・撲・殺・を・仕・掛・け・て・き・た・。そうとしか思えない。
理解した途端、血の気が引き身体が震えだすのがわかった。離れた場所に立っているのに、眼前に凶器を突き付けられているような感覚がある。原理はわからない。動機もわからない。しかしそれどころではない。明確に死が迫っている。玩具で遊んでいただけのはずが、どうしてこんなことになっている?
壁に手を突いてなんとか立ち上がる。全身が痛む。擦り傷に脂汗が沁みる。呼吸もどこかおかしい。しかし逃げなければならない。どうやって逃げ切るとか追い付かれるとか考えてる余裕などもう無い。少しでもカタリーナから距離をとるため、1歩、2歩と歩き出した。
だが、それまでだった。
カクン、と、足から力が抜ける。
咄嗟に「あ。これはもうダメだ」と悟る。足先から膝、指先から両腕、スゥっと脱力し始める。経験はないが、意識が落ちる感覚ということなんだろう。転がって多少減速はしたのだろうが、後頭部からモロに壁にぶつけられたからな。思えば、命の危機との直面や身体が飛ぶほどの衝撃、殺気を感じるなんてのも初めてだ。スシブレード初対戦で得られる貴重な経験ってこういう意味ではないと思うが……。
視界が薄暗くなってきたのに、不思議と安堵があった。直前まで命を守ろうと身体がフル稼働していた反動だろうか、疲れが一気に来て、まるで気絶に眠りのような安らぎを感じる自分までいる。もうどうしようもないし、どうにでもなれという気分だ。おめでとう悪役令嬢カタリーナ。貴女の勝ちだ。彼女がどう見ても即死級の攻撃を放つらしいことも、苦しまずに済みそうということで安心材料だろうか。
ああ、ただ 。
(もう少し動ければ、もう少し冷静なら、通報くらいは しておきたかった な )
身体が完全に崩れ落ちる前に、私の意識は闇へと落ちた。
拍子抜けだった。
表情を見るに、対戦相手の少女からはもう闘志を感じられない。壁際にへたり込み、顔は青ざめ呼吸は乱れている。今しがた放った一撃はほんのジャブ感覚のもので、決して殺す気の一撃ではない。先ほどまでは悪くない精度の必殺技を放ち、勝算があるかのような姿勢だったというのに、少し慮外の攻撃を受けた程度であそこまで動揺するとは と、カタリーナの口から嘆息が漏れる。
カタリーナの目的は少女の命ではない。尾行がバレてしまったから、不意の遭遇戦として相手取っただけのこと。スシブレードとしての戦闘を済ませてしまって、このあたりで退散するべきか。そう判断したカタリーナは周囲を見回して黒造り軍艦を探す。
最後に投げ飛ばす瞬間、生ハムの僅かな粘着性とシャリ・ネタの精緻な操作によって、軍艦の回転とは逆向きの回転を与えてある。単純に回転力が激減するだけでなく、回転軸が乱れ受け身も取りにくくなっているはずだ。直前までの消耗ぶりを加味すると、おそらく地面に叩きつけられて潰れているだろう。
スシブレードの基本ルールに、敗者は自身のスシを食べるというものがある。止まったスシを少女の口に捻じ込むか、目の前に捨て置けば勝負付けは済むはず。そう思ったところで、カタリーナの目が黒造り軍艦を捉えた。
回っている。何事もなかったかのように。
「っ!? なぜ !?」
咄嗟に身構えるが、嫌な汗が頬を伝う。ここまでの戦闘で、黒造り軍艦が想定を大きく超える動きを見せたことは無かった。スシブレードでの戦闘において、油断は即敗北に直結しうる。スシが想定外の挙動を見せた場合、自分には見えない形で秘策が用意されていた可能性が高い。
生ハムスシ最大の長所は、相手のスシへの接触面の大きさ。これは空気抵抗もあわせて短所として見られがちだが、少し接触しただけで相手のスシへ密着し高い摩擦力を得られる生ハムは、繊細なスシの操作を得意とするカタリーナと相性が良い。まるで手のひらのようにネタを操作し、相手の攻撃に対しての受け身や回転への干渉を可能とする。
逃げ場のない空中で行う攻撃はある種の決め技であり、彼女が好んで使う戦法だ。回転軸を揺さぶられたり、回転と逆方向へ向けた力を受けると、当然敵のスシの回転は弱まる。通常であれば地面に接触しての踏ん張りや重量を活かして生ハムを引きちぎろうとするなどして対抗できるところだが、空中ではそのどちらも不発に終わりやすい。
今回も完璧に回転を殺したはずだった。もし干渉から逃れたとすると……黒造りの特性を生かして、逆に生ハムへ何らかの干渉を行った可能性がある ?
その可能性に気付いたカタリーナは、少し離れて待機している生ハムスシを確認する。少女を吹き飛ばした攻撃に対し、なんらかのカウンターが来るのではないかと警戒して少し離しておいたのだ。よく見ると、黒造り軍艦に何をされたのかすぐにわかった。
「まさか、イカの "ぬめり" ですの!?」
表面に変化はない。しかし、ネタの裏側がイカスミ入りのペーストで黒く汚れていた。
少女が『堕黑凍絞凶握』と呼んだ必殺技、あれはイカゲソに冷気を纏わせ、凍らせて射出したものだ。あの状態では、黒造りの潤滑性は凍結によって失われている。しかし、スシ本体への直接接触となれば話は別。イカスミの潤いが生ハムの摩擦を減退させ、回転への干渉を阻害したのだ。
他にも射出攻撃を行うスシは存在し、生ハムはこの迎撃も得意とする。しかし、主要な射出系であるかっぱ巻きやいくら軍艦などはネタにぬめりが無いに等しい。納豆などは多少のぬめりを持つが、生ハムから逃れるには粘度が高すぎる。
少女自身、生ハムのような特殊な戦法を用いるスシを警戒して黒造りを握ったわけではおそらくないだろう。偶然の結果として、黒造り軍艦は生ハムの戦法が通用しづらいネタだったのだ。
「 っ!!」
カタリーナが想定外の回避に驚いている間、少女に動きがあった。苦悶の声を押し殺すように立ち上がり、一歩、二歩とカタリーナから距離をとる。
カタリーナもこれに気付き、一旦少女へ向き直るが……むしろ疑問が深まる。継戦可能な状態で逃走? 多少でも距離をとってカタリーナ本人からの不意打ちを警戒するにしても、あの状態では1秒すら稼げない。逃走の無意味さを証明するように、少女は大きくよろめく。辛うじて踏みとどまり、カタリーナを横目にまた一歩踏み出すが、そこで止まってしまった。
「どこへ行こうと 」
声を掛けようとして、言葉に詰まる。
目が合った少女は、先ほどまでとは明らかに違う表情になっていたからだ。元々あどけなさが残るような、大人びたような、どこか不思議な顔立ち。はじめは自信に満ちた表情をしていたが、対戦を経て徐々に余裕を失っていったように思えた。
しかし明らかな窮地に立った今、彼女の表情は冷たい。冷ややかな目、どころではない一切の表情が消えた鉄面皮。先ほどまではポーカーフェイスなどできようもない人物に見えたのだが、今は人が変わったような無の表情で、変わらず黒い……濃紺のようにも見える大きな瞳にカタリーナを映していた。
二の句を継ぐ前に、少女の方が言葉を紡ぐ。
「此に敷くは戒壇。召喚せしは叛逆の堕天使」
明らかに、必殺技の詠唱だ。
「!?」
ここに来て新たな必殺技の発動。これにカタリーナは瞬時に応戦……できない。必殺技を複数種使い分けるブレーダーはほんの僅かしかいないという常識、まだ抜けきっていない黒造り軍艦生存の動揺、そして、戦闘終盤というスシが弱ったタイミングで必殺技など打てないだろうという先入観が、無意識に一瞬の遅れを生む。
加えて、スシとの位置関係も悪かった。カタリーナは生ハムスシでの迎撃を考えたが、生ハムスシは警戒のために距離をとらせている。投石等の遠距離攻撃で援護をと振り返るが、手近に良い投擲物が無く、この確認動作も対応を遅らせる。
カタリーナは咄嗟に駆け出した。直接攻撃で仕留めるのが一番迅速だと判断したためだ。少女との距離はたった数m。カタリーナの膂力を以てすればほんの一瞬。手にした得物を握り直し、今や眼前となった少女へ向けて振りかぶる。
「 神属からの追放、背徳と魅惑を以て、零下の黎明を拓け !!」
しかし、そこまでだった。
ガキィンッ! と硬い音を響かせて、飛来したイカゲソ 『堕黑凍絞凶握』グラスピングスケアーがカタリーナから鈍器を弾く。必殺技の併用のみならず、必殺技の同時無詠唱発動。彼女の知見を完全に超える技の運びであった。
「そん 」
そんな馬鹿な。ありえませんわ。このわたくしが。
闇寿司四包丁の一人、"ペティナイフのカタリーナ"。スシへの深い知見を有し、スシの精密操作にかけては比類なき実力を有する彼女をしてそう言わしめた少女は、彼女の言葉を待つことなく、黒造り軍艦 奈落天暗黑掌アブソウルド=シャドウテンタクルに自身の周囲を巡らせ、眼前でピタリと止める。
右の掌を己のスシへ翳し、左手で顔を覆う。先ほどまでの弱々しさは立ち消え、胸を張って両足を踏みしめ、堂々と見得を切る。奇しくも、その姿は名乗り口上を上げたカタリーナにどこか似ていた。
そして、完成させる 必殺技の詠唱を。
「降臨せよ!!!! 奈落の悪鬼、黒き翼の堕天使 アイスヴァイン!!!!]」
その瞬間、少女の背後からひどく歪んだ何・か・が立ち上がる。
一対の黒く大きな翼、そして剣のような武器を携えた、人影に似たソレ。同時に、その姿が掻き消えるほどの猛烈な勢いで冷気が噴出し、周囲のすべてを凍て付かせる吹雪となってカタリーナの全身を打つ。視界の全てが白く染まり、その身体も、武器も、スシも諸共に遥か後方へ吹き飛ばされる。
背中から壁へ叩きつけられ、声を上げることもできずその場に崩れ込む。轟轟と吹き荒れる純白の嵐の中、カタリーナはあっけなく意識を刈り取られたのだった。
【OP主題歌:██████】
【C part】
瞼越しに光を感じて、ゆっくりと意識を取り戻す。
私はパイプ椅子に座っていて、手を後ろに回したまま動けなくなっている。腕を動かそうとするとガシャガシャと金属音がして、冷たい質感が肌に触れる。どうやら手錠のようなもので拘束されているらしい。
服装も変わっていた。気を失うまでは泥まみれの制服だったはずだが、患者衣のような薄く簡素な服に着替えさせられている。手や肘にできた擦り傷には絆創膏や包帯が巻いてあって、少し薬品の匂いがする。どうやら治療してもらえたようだ。
周囲に目を向けると、そこは殺風景な部屋だった。歯のように真っ白な硬い素材の床、壁、天井。天井の四隅には黒い半球状の監視カメラが取り付けられている。目の前には新品らしい綺麗な長机と、その向こうにもう一台パイプ椅子が置かれているが、誰も座っていない。私と椅子や机は部屋の中央に配置されているが、見回しても扉らしいものは見えない。
見慣れた風景だった。
ここはおそらく臨時収容室のひとつ。または収容コンテナの中。扉はたぶん背後の壁面に見えない形で施工されていて、そのすぐ横にタッチパッドが隠されている。私から見て左右どちらかの壁には監視窓があって、この5m×5m×5mの部屋、そして私の様子を誰かが観察しているはずだ。
S・C・P・財・団・の誰かが。
『あー……テス、テス。声が聞こえるかね? 返事をしてほしい』
不意に、低い男の声が部屋に響いた。
「はい、聞こえます」
見えないスピーカーからの呼びかけに答える。
『よし。身体に不調は?』
「ありません。ケガの治療、ありがとうございます」
『問題ないよ。制服やカバンはまだ検査中だ。中の教科書や、制服に入っていた財布やスマホもね。明日には検査を終えてここに届くか、もしかしたら新品になるかもしれない。ところで、もう少ししたらインタビューに入るが、先に何か聞きたいことはあるかね?』
「詳しくはインタビューでお話ししたいと思います」
『ふむ、助かるよ』
「……ただ、その……私のスシはどうなりましたか?」
『ん? ……ふむ』
生ハム使いの……異常存在であろう彼女について通報しなければならないだろう。ただ、重要な話はインタビューでまとめて記録した方が情報を整理しやすいと聞く。異常の話は後回しにして あくまで雑談として、私のスシブレードがどうなったか聞いてみる。
嫌な予感がした。制服や所持品を検査しているのに、スシについてだけ触れないのは不自然だ。拘束されていることといい、機械越しの会話から入ったことといい、扱いに違和感がある。
『そんなにスシブレードが気になるかね? 立花たちばな育子いくこ君……おっと』
この予感が正しければ、私は 。
『ああいや、SCP-014-JP-J?』
私は、異常存在として再収容された。
【次回予告】
黒造り軍艦の使い手、立花育子。SCP財団の手によって尋問を受ける彼女を、闇寿司四包丁 "ペティナイフのカタリーナ" が突如急襲する。さらに謎の勢力の襲撃を受ける財団施設で、徐々に立花の過去が明らかになっていくのだった。
次回、スシブレード 華聞伝 第2貫「精神一夜漬け Invite_To_The_Combat」
次週もみんなで、へいらっしゃい!!
ですわっ!
~ ~ ((🍣)) 💥 ((🍣)) ~ ~
第2貫 精神一夜漬け Invite_To_The_Combat
[あらすじ]
【アバンタイトル】
収容サイト-81██、監視室-TCC-006。臨時収容コンテナ-006の監視に用いる、細長い形をした小部屋である。
元々広くはないのだが、いくつかの解析機器が壁際に並んでいるため部屋全体が狭まり、歩ける幅は1m前後しか残っていない。第6臨コンからマジックミラー越しに差し込む光と少しの照明程度しか光源がないため薄暗く、初期収容時のインタビューなどわずかな時間だけ利用する部屋ということもあってか、財団の施設にしては埃っぽい臭いのする場所だった。
マジックミラーに沿うように設置された大型デスク。その上にはPCに似た情報端末や音声スクリーニングに用いる機器、コンテナの情報がモニターされたホログラムデバイスや複数種の通信機器が整然と並んでいる。しかし整頓されている場所ばかりではない。情報端末の前にだけは沢山の書類がズラズラと広げられ、いくつもの記録媒体やセキュリティトークンが山積みにされ、湯気が立つマグカップが置かれていた。
監視室内には2つの人影がある。
「ふむ……SCP-014-JP-Jね……」
呟いたのは、デスク前の椅子に背中を預け、マジックミラー越しに収容室内を眺める人物。
恰幅の良い男だ。七三に分けた白髪交じりの髪にやや垂れた一重の両目。太く力強い眉や眉間に刻まれた皺はいくつもの修羅場を制してきたかのような威厳を感じさせるが、脂まみれの肌や乱れ気味の髪型、目の下に染み付いた真っ黒な隈はその修羅場の惨状を物語り、ひどく人相を悪くしていた。まだ40代なのだが、鼈甲の眼鏡を頻繁にグイグイ押し上げる仕草も相まって10か20歳は老けて見える。
男は奇妙な服装をしていた。白い詰襟シャツに白いスラックスを履き、赤いネッカチーフを締めている。その上からオーバーサイズ気味の白衣を羽織って腕まくりをしているのだが、白衣の裾にはわずかに黒い汚れが付いてしまっている。仕事熱心な研究者のようにも、不潔な料理人のようにも見える格好だ。
白衣の胸元には「SCP財団81管区 SS-8111所属 特任上級エンジニア 白石吉秋 博士 CL-3」と書かれた黄色のネームプレートが提がっている。彼は普段は別の施設で働いているのだが、偶然にも収容サイト-81██を訪れていたため、ここへ担ぎ込まれた少女、立花育子の初期評価を任された職員だった。
「……」
もう1人の人物は入口前に立ったまま動かない。暗いが、背格好は白石博士と同程度らしく、似た服装に白衣姿であることがわかる。
「ふーむ……」
白石博士は指で眉間をトントン叩いたかと思うと、バサバサと資料を広げ、カップから緑茶を啜りながら少女の経歴を再確認し始めた。これから行われるインタビューに備えて情報を整理するためだ。出自や過去の振る舞い、ここ数か月の動向や今日起こった出来事について確認する。
そんな白石博士の眼前、マジックミラーを越えた先、臨時収容コンテナ-006の中央には長机と、2脚の椅子がある。その一方にはアノマリー……SCP-014-JP-Jと呼ばれる怪異が座っている。後ろ手に拘束されたまま、机の上に視線を落としてインタビューの開始を待っているようだ。身じろぎひとつする様子はない。
そ・れ・は、少女の姿をしていた。
漆黒の前髪が目元に、後ろ髪が肩から膝まで垂れさがり、照明を受けてリング状に輝く。不健康に見えるほど白い肌に、細く力ない眉。表情は見えづらいが、髪の隙間に大きく切れ長の目と鈍い藍色をした瞳が見える。資料にある歳相応に幼い顔立ちをしているのだが、口元を引き結んで緊張した面持ちはどこか大人びた印象も与える。
着ているのは薄いグレーの標準検査着。甚平のように身体の前で交互に重ねて結ぶタイプのものだ。同じ素材でゴム紐タイプのハーフパンツと、これも支給品のスリッパも履いている。そして、椅子の後ろでクロスさせた腕には大型の手錠が2つ掛けられている。細い腕には過剰に見えるが、異常存在へ掛ける物の中では小型な部類であった。
静かな収容コンテナの中、SCP-014-JP-Jは目を伏せたまま動く気配はない。「SCP財団」に「収容」されるということは、ほぼ人権の剥奪に近い扱いを受けることと同義である。原則、たとえソレに人として扱われた過去があったとしても人としては扱われない。有用性の多寡やメンタルケアの必要性によっては改善の可能性が高いとはいえ、SCP-014-JP-Jの様子からは不安や不満、恐怖やその他一般的な反応は読み取れない。
白石博士は再度視線を上げ、コンテナの様子を見てため息をつく。手元の資料 「SCP-014-JP-J」が「立花育子」と呼ばれていた時期の資料を雑に放り投げ、卓上に散らかった紙束に加えた。
「うーん。手元の情報だけでは何もわからないね。動向から見て、収容直前のスシブレードが何か影響した可能性がある、としか」
キィと鋭い金属音を立て、椅子を回してもう1人の人物に声を掛ける。「不明である」とする不満にも取れる呟きに反して、情報機器類に照らされた白石博士の顔はニンマリと歓喜に歪んでいた。その肌が、眼が、ズラリと並んだ白い歯が光る。
「インタビューついでだ。試しにスシブレード、回してみようか。少し頼んだよ」
「……」
これに、人影は黙ったまま頷いた。
白石吉秋博士。彼は優秀な職員であり、特に突出した実績のために上級職員に抜擢された経歴を持つが、その素行には物議を醸す要素がひとつあった。
必要だと考えれば、独断で実験を行う場合がある、という点だ。
それも、ただの実験ではない。未発見の異常をあえて開拓するような危険なものから、ともすれば職員の命を危険にさらすもの、異常存在同士の掛け合わせ いわゆるクロステストをも前向きに検討する姿勢のものもだ。入念な準備と協議や計画を重視する傾向がある財団において、彼の行動指針は異端と言える部類。
しかし、彼が積み上げた実績もまた大きい。一見して気まぐれな彼の判断は、その実これまでの経験と異常存在に対する多面的な知識に裏打ちされたもので、ひとつの実験で複数の成果を得ることや、破滅的な収容違反を事前に回避する結果となった場合もある。これによって、彼は常に扱いに疑義を唱えられる人材であった。
結果、彼はひとつの部門の上級研究員として地位を与えられることとなった。常に提案する側でありながら、必要な状況判断を下せる立場であり、同時に部門全体で彼の手綱を握れるポスト。得意分野であったこともあり、その事績が周囲への面目も保ち、業務は円滑化しつつあった。
そんな白石博士がSCP-014-JP-Jの初期評価を任せられたのはまったくの偶然だった。
とある異常存在を確認するため、彼は単身ここ収容サイト-81██を訪れていた。そんな折、SCP-014-JP-Jが収容されたのである。彼と同門の収容チームが根城である特別サイト-8111からここまで来るには2時間程度かかるため、ばったり居合わせた彼が一旦様子を見ることとなった。
収容サイト-81██からは資料を渡され、人員の追加は特になく、管理官からは初期評価の着手段階に入ってほしいと促された。たった2時間。本来は資料の読み込みや、機材や壁越しの接触に留める程度のもの。本来であれば。
つまり、この数時間、彼の実験を止める者は誰もいなかったのである。
「スシブレード。スシブレードねえ」
ギィ、と椅子が軋む。刃物を研ぐような、獣の歯ぎしりのような、檻が軋むような音が狭い部屋に響く。
「"あれ" は、本当にスシブレードなのかな? 立花くん」
長いようで短い、少女の収容生活が始まった。
【OP主題歌:██████】
【A part】
少女がふと視線を上げる。大荷物を抱えた何者かが1人、いつのまにか部屋の中に立っている。
背が高く、肥満体形をした中年の男だ。白の上下にネッカチーフを巻いていて、コック帽を被れば料理人風にも見える格好だが、その上に羽織った薄汚れた白衣は研究員らしき雰囲気も漂わせている。白石吉秋と読めるネームプレートには、肩書きとしてエンジニアと併記されている。どうやらどちらでもないらしい。いや、よく見ると名前のあとに博士とも書いてある。奇妙な立場の人物だ。
白石博士は長机に歩み寄り、その上にいくつかのクリアファイルを置く。バインダーを置く。いくつかのレコーダーを置き、足元に小さなクーラーボックスを置いた。パイプ椅子を引き、ギイと軋ませて座る。
一見して持ち込んだ物品はどれも白い無地に見えるが、表面が一部ゆらめき、何かが浮かび上がっていることがわかる。応答式ミームコーティングと呼ばれる技術が用いられているからだ。事前に特殊な情報を読み込んだ者は本来の表記を読み取ることができ、敵対者ならば昏倒させ、何も知らない者には無地に見える、超常科学の産物。
ラベリングはそれぞれ異なる。いくつかの資料、マニュアル、報告書。少女にはラベルが読めないものも数点あるが、おそらく、見えないものは要求されるクリアランスレベルが高いもの 人事ファイルなどだろうか。
机の上にズラリと並べられた資料。博士は座ったまま、机に目を落として待機し始めた。着ている白衣の胸元にはとあるシンボルがゆらゆらと浮き上がっている。そのシンプルなロゴマークは、机の上の資料群すべての表紙にも添付されていた。
真円に、120度ずつ角度を付けて突き刺さった3本の矢印。それらを囲む要塞のような枠線。これはこの施設を保有し、博士が所属する組織の象徴であり、組織の理念を象ったものだ。
SCP財団。
超世界規模で活動する秘密組織のひとつにして、人類史上最大級の"正常性維持機関"。知る人ぞ知る人間社会の盾、ディープステートの正体、あるいは、誘拐犯にして蒐集家。多くの国家を後ろ盾とし、世界のあらゆる場所を駆け、ありとあらゆる世界を知り、阻み、解き明かす者たち。
彼らの目的は、"異常存在" の確保・収容・保護。
"異常存在" として括られるソレ。怪物、超能力者、聖域、妖怪、魔術師、異世界、UMA、天体、歴史、宇宙人、オーパーツ、過去、未来……異常な特性を持った全ての事物。人知れず、無数に、そして世界中に、現実に存在するソレ。アノマリーやSkipと呼ばれるもの。フィクションから飛び出したような物品や、歴史と密接に関わる人物、馬鹿げたコメディアンから宇宙を滅ぼす怪物まで。
社会や人類に触れれば混乱や滅亡に直結しうるソレら異常を、予め "確保" し、隠す。異常存在が逃げ出し、あるいは人の目に触れることのないように、"収容" する計画を練る。異常を探り狙う者から "保護" することで、世界を正常なまま維持する。異常を検証、研究し、時に協力し、時に正常に戻し、時には犠牲を払って、命を賭してでも理念を護る。社会を護る。
それが今少女を捕え、また、育て上げた組織でもあった。
立花育子。
財団で働くエージェントを両親に持ち、幼少期から財団所有の施設で育った。現在は一般社会での生活経験を積む段階で、民間の学校に通っている。一般常識から超常技術の基礎まで高度な教育を受け、数年後には教育プログラムの全課程を修了してエージェントとして正式雇用される予定。
……だった。
財団のロゴを並べられると、自分が "収容下にある" ことを嫌でも実感させられる。財団はこうした簡単には見えない形で様々な場所にロゴの意匠を用いる。識別のため、あるいは敵対者への罠として、もしくは、安全にそれを見透かす者への牽制として。なので施設内を歩けばあちこちでロゴを見かけることになるのだが、見かけるのと突き付けられるのではわけが違う。
「ふむ。時間だね」
不意に白石博士が呟き、手に持ったモバイル端末を振って見せる。スマートフォンのような見た目で、画面にはPM 23:00と表示されていた。もうそんな時間なのか。気を失っていたからか、18~19時くらいだったであろう空き地での出来事がつい数分前のように感じられる。
「インタビューに入ろう。今回担当することになった白石だ。よろしく頼むよ」
「はい。よろしくお願いします」
「うん。今回はまず君の出自についてあらかたの確認と、今日の下校中におきた出来事について話してもらう。良いかな?」
「はい」
「よし。話が早いね」
財団内において "インタビュー" とは "聴取記録" 全般を指す言葉だ。異常に偶然触れた民間人に事情を聞くもの、財団職員の帰還時報告デブリーフィング、異常存在そのものへの聞き取り調査。他諸々の音声記録やその書き起こし、それらの記録作業全般。これらをザックリと "インタビュー" と呼ぶ。
今回は、財団のデータベースに記録された私の記録が私の記憶や主張とズレていないかの確認 これは私が偽物とすり替わっていないかの確認も兼ねているかもしれない。これに加え、カタリーナの件についても一度にデブリーフィングとして報告することになりそうだ。見習いみたいなものではあるが、財団職員として初めての報告……とも言えるかもしれない。
……逆に、私が異常存在に指定された経緯も聞き出せるかもしれない。元より説明するつもりかもしれないが。
白石博士は記録機器のスイッチを一通りオンにすると、それらをチェックして何事かバインダーにメモし、本題に入った。
「では、まずは君について。氏名は立花育子、16歳女性。私立伽美阿女学院の高等部1年生。父は立花航、母は立花馨。それぞれ財団内でエージェントと研究員としてサイト-8141で勤務。存命。進退意向調査では残留する旨を示し続けていて、現在は登用プログラムの終盤。ここまでは間違いないかね?」
「はい」
両親の顔が思い浮かぶ。これは仕事のためという側面もあるだろうが、父も母も40代とは思えないほど若々しく、小さい頃から色々な場所に連れ歩いてくれた思い出がある。その頃から私は財団外の同世代より多くの時間を勉強や運動に割いていたから、気を使ってくれたのだと思う。インドアな趣味に傾倒してからも、時折両親と出かける機会はあった。
そうした遊びや楽しみの思い出が多い両親だが、仕事に向かう姿勢は真摯で厳格で、その重みを態度で示してくれた尊敬できるふたりだ。たとえ私が必要な学習を放ったまま遊びに行くような生活を送ったとしても、きっと諭して叱ってくれただろう。真面目にやるべきことを遂行する。そうした精神性は間違いなく両親それぞれから受け継いだものだった。
財団で働く限り、常に命の危険とは隣り合わせ。だが両親はまだ元気にサイト-8141 私の家とも言える施設で働いている。彼らと同じ立派な財団職員になることが私の目標であり、夢とも言えるだろう。
「ふむ。14歳の時、君は異常存在アノマリーとして登録されている。この頃のことは覚えているかね?」
「……はい。アイテム番号はSCP-014-JPでした」
「当時の資料は本来ならARCアーカイブ版に再指定されるところだが、現在の扱いは違う。わかるかね?」
「……SCP-014-JP-Jに再割り当てされています」
「そうだ。現在のSCP-014-JPには違うアノマリーが指定されているね」
博士がクリアファイルのうちひとつを私の前に差し出す。表題はSCP-014-JP-J。
「……」
SCP-014-JP。
財団は特別収容プロトコルSpecial Containment Proceduresと呼ばれるアノマリーの収容手順や異常性の説明などを一揃いの資料としてまとめ、それぞれに番号を振り分けて管理する。私は以前、財団日本JP支部管轄の異常存在番号14番、つまりSCP-014-JPとして指定されていた。
説明によれば、私は人型の実体で、疾患の兆候が無いにもかかわらずもう1つ別の人格を持つ。その人格は "奈落の悪鬼、黒き翼の堕天使アイスヴァイン" を名乗り、かつては第十二地獄ヘルからやってきた天界より追放を受けた堕天使であり、生まれ変わりである私の中で目覚め、冷気の操作など多岐にわたる危険で強大な異常性を操る。
……とされた。
( ッ)
眉間に皺が寄る。人前だ。グッと堪える。堪えきれず表情に出ているかもしれない。本当に勘弁してほしい。
そう。私は中・二・病・の・頃・に・ノ・リ・ノ・リ・で・名・乗・っ・て・い・た・設・定・を・財・団・に・信・じ・込・ま・れ・て・収・容・さ・れ・て・い・た・。
( ~~~ッッ!!!!)
いややっぱダメだ全然。鼻から空気が抜けて変な音が出る。顔が赤くなってるのを感じるし脂汗も出てる。博士は机に目を落として見ないフリをしてくれているように見 いや待てちょっと笑ってないか!? そりゃそうだろうな!! 有名だもんな!!!! 本当に勘弁してほしい。
いわゆる、誤認収容。これ自体はしばしばあることらしい。財団はあらゆる異常な存在を収容するが、その中には「何でも開ける鍵」や「動きまわる彫刻」のような "人が想像しうるファンタジーな不思議存在" も含まれる。偶然空想からこれらに言及した人へインタビューを敢行したり、疑わしいからと一時拘束する事態は時折ある。と聞く。
しかし、なまじ財団内の生まれで異常に近い立場から「危険な異常性を持つ別人格を主張する子供」が出てきたら財団も慌てる。本格的に特別収容プロトコルが立案され、報告書が執筆され、専用の収容室が用意され、私も含め関係者に再三インタビューが行われるところまで行った。
僅か数週間ではあるが、何度も何度も実験とインタビューが繰り返され、最終的に私の "異常性" は否定された。はじめの頃こそ財団のような凄い組織から警戒され、本当にすごい堕天使サマの力を持ったようで得意げだった私が、流石に大事になったと気付いて急速に態度を小さく尻すぼみにしたことも検証を確信へ近づけた。
ここまで大規模化した誤認収容事案は財団史上初だという。両親も含めた職員たちは何事もなくてよかった、気にしなくて良いと言ってくれた。私は本当に恥ずかしくて死にたかった。もう本当に。
財団はこれまでの報告書についてARC指定、なんなら報告書自体削除とまでは行かずとも閲覧制限の指定くらいはしてしまっても良いと言ってくれたが……この時のテンパったテンションが災いしてか、当時の私はJokeとしての再編纂を頼み込んだ。
Joke報告書。
実在する異常と空想の異常は文の上では見分けがつかない。職員の中には、存在しない異常を面白おかしく報告書風の小説にしたため、アイテム番号の末尾に-Jを付けて見せあう者がいる。悪趣味だと反感を買う場合もあるが、これらはJoke報告書として一部職員の間で親しまれている。
私は数日間変なテンションのまま先輩職員の手を借り、つい最近まで自身について詳細に綴っていた報告書をJokeとして書き直した。冗談Jokeに落とし込むことで無かったことにしたかった。生暖かい半笑いの同情より、いっそ笑い話として噛み砕いてほしかった。作業の末報告書が完成した頃には、どうにか私は落ち着きを取り戻していた。
かくして、SCP-014-JP-J 世界的にもレアな "元ネタが存在するJoke報告書" が爆誕したわけである。
この背景を知る者は本当に少ない。だから気にすることはない。Joke報告書上でも名前は黒塗りになっている。しかし、"元ネタ" の存在はまことしやかに噂になっているという。バレないでほしい本当に頼む。1度だけ、報告書の削除をそれとなく頼んだこともあるが、一応は本物の報告書を編纂したものである都合上、もう簡単には消せないらしい。聞いた時は泣くところだった。いや少し泣いた。
この出来事から程なくして、私は中二病的な趣味を人に見せることを極端に避けるようになった。はじめは完全に辞めようとも思ったのだが、そのたびに再燃するので諦めたのだ。辞めた方が良いのはわかっている。が、だってでも……格好良いし……楽しいし……もう、こう、手に馴染むし……。
……この忌々しい目の前の報告書もそうだが、そもそも大きな大きな消したい過去がある、ということだ。黒歴史というやつか。黒歴史と表現するのも古傷が疼くようで 古傷がというのも……うぐぐぐ……。
「あ~……その、良いかね?」
「 はっ、はい。失礼しました」
「いやいや、大丈夫。事情は聞いているよ。無理もない」
片眉を上げ、目を伏せるようにしてゆるく笑みを作る。
……これだ。これがキツい。間違いなく善意で、私の過去を汲んで意図して作る笑み。心配ない。事情は知ってる。問題ない。気にしなくていい。そう、語りすぎている。決して彼らのこの対応は間違ってはいないし、私を傷つけないよう配慮した結果で、だから不満を言うのはお門違いだと知っている。ただ……いたたまれない気持ちが胸に広がる。きっと彼らの何倍も濃く、強く。
だから、私も似たような表情をしてうつむいて見せる。それが彼らと同じ、言わばオトナの対応だと理解しているからだ。この表情を受けずに済むには、彼らが持つ認識を大きく転換すること、すなわち一刻も早く立派なエージェントとして大成し、かつての子供としての立場を脱却するしかない。経歴は実績で見返すのだ。
「さて、014-JP-Jとして記録された君だが……登用プログラムの方は順調なようだね。座学、実技ともに大変優秀な成績だ。特に……アノマリー関連の知識、収容計画立案テストに……フィールドワークも良いが、戦闘教練の評価が高いね。武器を使った近接格闘術……棒術や剣術系あたりかな。このあたりはご両親の影響も?」
「はい。父も母も得意でしたので」
「お父さんは地区交流戦で何度も入賞したという話だったね。剣道だったかな」
「そうです。私は長期戦になったり鍔迫り合いになると焦って対応を誤る機会が多かったので、父にはよく相談に乗ってもらいました」
「ふむ。学校の方はどうだね? 順調かい?」
「はい。あちらでも進級や卒業に支障がない成績を維持できています」
「なるほど……付記の項目に "人間関係の構築に不安ありと回答" とある。特記事項というほど懸念されている様子はないが、この点はその後どうかね?」
うっ。
「いえ、まだ……。険悪な同級生がいるわけではありませんが、なかなか……その……」
「ふむ。いや、これはカウンセリングではないからね。あまり気にしないでくれたまえ。あとはまあ、こんなところかな。ふむ……定期の再評価テストでは……。歯科検診が……ふむ、蕎麦アレルギー……支給品履歴がこれで……おっとこっちか。ふむ……」
博士は側頭部をポリポリと掻き、資料をめくりながら考え込む。
これまでの様子を見ると、私の経歴について話しながらこの場ではほとんど資料を読んでいないことがわかる。読みながら事情を聞いているというよりは、記憶どおりか確認を取りながら資料に目を落として噛み砕いているような、そんな印象。インタビュー以前にかなり読み込んで……もしかしたら大部分を暗記しているのかもしれない。
尋問のような形で情報を絞られるのだろうかと少し身構えていたが、本当に事実確認というか、私の経歴を確認する作業に終始している……ように見える。今のところは。公的な記録の確認が主体で、その内容もさして踏み込んだものではない。
ただ、そろそろ資料に載っていない部分……プライベートな話にも触れそうな雰囲気だ。その場合、おそらく真っ先に触れるのは趣味。とりわけ私の所持品であるスシブレードやその使い方についての確認か。となると 。
「よし、これだね」
博士が1枚の資料を選び取り、私の前に差し出す。
「次は、嗜好品の購入申請にある……えー、直近だと…… "爆転ニギリ・スシブレード タクティカルセット ~深淵の漁師編~" や、これまでの購入商品について確認したい。良いかね?」
「……はい。大丈夫です」
やはり、まだ中二趣味と向き合う時間が伸びそうだ。
「7番チームの報告来ました。対象確認できないそうですが、国道沿いに 」「今日最後の護送車出てます。経由地として 」「8134に連絡がつかない。またシステム障害か?」「2450-JPの移送は来週で大丈夫なのか? 3番倉庫の空きが 」「誰かニッソ出身の人に連絡付けられませんか! 創研内での春化処理について 」「いいや、Anomalousの倉庫に行く。ちょっと貸出申請で問題が 」「おい誰だ出前頼んだ馬鹿は!」「4時くらいにあった天日町の火事で1763-JPの未発見個体が 」「対策室メンバー、到着まで20分です」「そろそろ休憩にしようぜ。お前のおごりで 」「8181の定例会の話聞いたか? 来月の査察に 」
収容サイト-81██の指令室は喧騒に包まれていた。延々と鳴り続けるコール音やアラーム音、慌ただしげな足音に交わされる議論、叩かれるキーボードと割り振られる紙束の数々。あらゆる情報が広い部屋の中を満たし、高い天井に反射して響き、舞い込んだ情報がまたどこかへ流れていた。
しかし、緊張感こそあれ危機感は決して強くない。財団の仕事はいつも命の危険と隣り合わせ……とはいうが、それはいつものことだ。中には談笑を交わすものや互いに小突き合う者、休憩に入ってあくびをしながら指令室を去る者すらいる。修羅場の様相を呈した指令室は、善かれ悪しかれ彼らの日常でもある。
そんな中で、比較的忙しい通信士のひとりがピタリと手を止めた。眼球が素早く画面上を走り、情報を汲み、脂汗を顎に滑らせながら指示をキーボードに叩きつけはじめる。近場の職員に手短な指示を飛ばし、内線で何事か確認を取り、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、喧騒の中へ何事か叫んだ。
直後、特殊な音階の警報がすべての音を切り裂いて職員たちの耳へ届く。
続いて、録音された電子音声によって職員たちへの指示が放送されはじめる。
ほんの一瞬の静寂のあと、すべての職員が迅速に反応する。断りを入れて通信を切り、同僚と連れ立って足早に移動をはじめ、報告書を一時保存してラップトップに移し、悪態をつきながら休憩を返上した。施設内には多数の隔壁が下ろされ、警備システムはフル稼働を始め、職員たちは指示に沿って特定の部屋へと避難する。
それは敵対組織による襲撃と、これに伴う "収容違反" を示す警報音だった。なんらかの異常を携えた者たちが、財団を攻撃し、収容済みの異常を解き放つ危険がある。施設内に捕らえられた、多くは人間を苦しめ、心を侵し、いとも簡単に死を振り撒くようなそれらを。放送は明確な、差し迫った危機を伝えるものだ。
室内の一番大きなモニターには施設内のマップが映し出され、危険区域とこれを避ける避難経路、避難指示区域や警報が鳴っているエリアがカラフルな警告色で示さている。しかし、いくつかの部屋には警報が送られていないとわかる。ただ、この状態は正常なもの。それらは異常存在を収容する部屋だった。
これらに警報を届けない理由はいくつかある。襲撃の目的が仲間の奪還などであった場合はある種の合図として働く懸念があり、無関係な異常存在にとっても逃げ出すチャンスとして受け取られる懸念があるためだ。
つまり、施設の中央付近にあるその部屋 所有するスシブレードについて、そしてそれで遊んでいた際に起きた異常な出来事について語る少女にも、あまつさえ対面で話を聞く博士にすら、この危機は伝えられなかったのである。
資料を乗せた長机を収容室の隅へ移動する。部屋の中央へ戻ってきた白石博士が2回指を鳴らすと、ププ、と電子音が鳴って手錠が外れた。
「よし。では改めて、実験を始めよう」
手の様子を見ながら軽く感謝を述べると、博士はいいんだと言って屈みこむ。足元にはクーラーボックスだけが残されていた。蓋の隅に親指を押し当て、固定具に付いたロックを解除しながら話し始める。
結局、博士は私の話を淡々と聞きメモを取るのみで、そう深く突っ込んでくることも無かった。スシブレードの入手歴や使用法、好みの戦法や参考にした媒体を聞かれた程度だ。昨日の夕方に見た明らかに異常なスシブレーダーについてすら掘り下げなかったのは引っかかるが、事前に何か掴んでいて、これから実験で何か掴む……ということだろうか。
「ひとまず、収容直前の状況は理解した。次は試しに、スシブレードを回す様子が見たい。2戦ほど手合わせ願えるかな」
クーラーボックスを開け、取り出したのは半透明のタッパーに入ったマグロの握りだ。4貫入っているのが透けて見える。博士はそれを床に置くと、胸ポケットから眼鏡型のスシブレード用デバイスを取り出した。ポケットからは小さなチップ用ケースを取り出す。どちらも入門用の安価な市販品だ。おもちゃ屋のレジ横でよく見かける。
「わかりました。よろしくお願いします」
「よし。実験用のマグロは一応用意したが、こちらを使うかね?」
最後に取り出したのは15cm四方程度の立方体だ。角が丸く陶器のような質感で、上面には財団のロゴが薄く浮き上がっている。側面には小窓が1つあり、『奈落天暗黑掌』が納められているのがいるのが見えた。これは小型収容ボックス。小さな異常存在の確保に使用する小箱で、中で手榴弾を起爆しても平気という代物だ。
マグロの握りは最も標準的なスシブレードで、文字通り誰でも回せるスシだ。実験と称して使うのなら適切だろう。だがスシブレードを回す様子を見たいというのであれば、さっき話した私物を実際に使って見せるのが良いと思う。ただ 。
「ええと……回収した時、状態はどうでしたか? 流石に鮮度が気になって……」
あれは昨日の朝握ったものだ。夕方の時点では大丈夫だったが、夏の屋外で激しく使用して、しかもそのまま放置されていたであろうスシは、チップの効果を加味しても……ちょっと……。
「ああ……ふむ、なるほど。回収した時点では使用に差し支えない鮮度だったはずだよ。ボックスごと冷蔵しておいたから、おそらく大して変わらないはずだ」
「……え?」
唖然とし、差し出されたボックスを受け取る。ロックはされておらず、蓋を持ち上げると簡単に開くことができた。『奈落天暗黑掌』を取り出してみる。
対戦に何の問題もない。大して消耗が無い状態……に、見える。いや、ネタ固有の匂いや、朝から夕方まで保持していた程度のくたびれ具合は感じるが……それにしても海苔がしっとりしていたり、ネタの表面が僅かに乾いている程度だ。汚れすら無い。まるであの対戦が無かったかのような、あるいは時間でも巻き戻ったかのような鮮度。
「……問題なさそうかね?」
「え。……あ。はい。大丈夫です。問題なく使えそうです」
「それは良かった、助かるよ。割り箸と湯呑みシューターは必要かね?」
「……いえ、大丈夫です……」
「ふむ。わかった」
博士はタッパーを持って数歩離れ、タッパーから寿司を取り出して準備を始めた。
しかしどういうことだ? 複数回の接触を伴う対戦、粉塵や小石の飛散を伴う戦闘、そして 思えば確認していないが、明らかな敗北。それらを経て無傷などありえないはずだ。なにより、ネタの消耗が無いのが一番異常だ。博士や財団が修繕や補填をした……とは考え難い。財団は不必要に異常関連物品に手を加えたりなどしない。
……カタリーナが発揮していた何かの異常性と関係している……と考えるのが自然だろうか……? 不自然な何かを引き合いに出さなければ辻褄が合わない。
【この状態で立花がスシの健常性を疑問視して申告しないのは不自然】
【博士がアタリをつけてると初めに言うべきか。「よし。いくつか見当がついた」みたいなセリフか?】
そういえば、2回目はチップを埋める様子を見なかった。
オモチャであれば鮮度も保たない。あれはスシブとして回したから鮮度w取り戻した。
夢と目標は別のもの
荷物はもう運び込んでいる。
群青のリボン 縛ってキリッと 髪をほどくギミック(1貫にも改めて挿入する)
【そもそも厨二病的な立場だったじゃないか。なぜ憧れる。何に憧れる】
↳ 自由に振るうことのできない力・立場には心躍るものがない。
↳ その他と違い、自由は決して与えられない。自ら掴み取れ。
【結局何がしたいんだ?】
【大目標: まだまだ子供でいたい。いっぱい遊びたい。子ども時代の延長戦】
↳ »> それで良いと認めてもらう話 «<
↳ 財団は初めから優秀な人材など求めていない
↳ これまでが真面目過ぎた
【前回の収容は実感が湧かないうちに終わった。 どこかで記憶処理も受けていた?】
【アイキャッチ】
███&███
【B part】
あああ
【ED主題歌:██████】
【C part】
あああ
【次回予告】
あああ
次回、スシブレード 華聞伝 第3貫
あああ
~ ~ ((🍣)) 💥 ((🍣)) ~ ~
第3貫 学院のウワサ Merry_Classmates
[あらすじ]
番外編 第1貫 お嬢様のパーフェクトスシブレードお教室 Sushi_Mechanics
【番外編OP主題歌:██████】
あああ
【ED主題歌:██████】
~ ~ ((🍣)) 💥 ((🍣)) ~ ~
第4貫 寿司食いね! A_Little-Sushiter's
[あらすじ]
~ ~ ((🍣)) 💥 ((🍣)) ~ ~
第5貫
[あらすじ]
~ ~ ((🍣)) 💥 ((🍣)) ~ ~
第6貫
[あらすじ]
~ ~ ((🍣)) 💥 ((🍣)) ~ ~
第7貫
[あらすじ]
~ ~ ((🍣)) 💥 ((🍣)) ~ ~
第8貫
(何らかの紹介)
~ ~ ((🍣)) 💥 ((🍣)) ~ ~
第9貫
[あらすじ]
~ ~ ((🍣)) 💥 ((🍣)) ~ ~
第10貫
[あらすじ]
~ ~ ((🍣)) 💥 ((🍣)) ~ ~
第11貫
[あらすじ]
~ ~ ((🍣)) 💥 ((🍣)) ~ ~
第12貫
[あらすじ]
~ ~ ((🍣)) 💥 ((🍣)) ~ ~
第13貫
[あらすじ]
~ ~ ((🍣)) 💥 ((🍣)) ~ ~
第14貫
[あらすじ]
~ ~ ((🍣)) 💥 ((🍣)) ~ ~
第15貫
[あらすじ]
~ ~ ((🍣)) 💥 ((🍣)) ~ ~
第16貫
[あらすじ]
~ ~ ((🍣)) 💥 ((🍣)) ~ ~
第17貫
[あらすじ]
~ ~ ((🍣)) 💥 ((🍣)) ~ ~
第18貫
[あらすじ]
~ ~ ((🍣)) 💥 ((🍣)) ~ ~
第19貫
[あらすじ]
~ ~ ((🍣)) 💥 ((🍣)) ~ ~
第20貫
[あらすじ]
~ ~ ((🍣)) 💥 ((🍣)) ~ ~
第21貫
[あらすじ]
~ ~ ((🍣)) 💥 ((🍣)) ~ ~
第22貫
[あらすじ]
~ ~ ((🍣)) 💥 ((🍣)) ~ ~
第23貫
[あらすじ]
~ ~ ((🍣)) 💥 ((🍣)) ~ ~
第24貫
[あらすじ]
▲記事ここまで▲
▽以下メモなど▽
タグ: tale jp スシブレード 闇寿司 scp-014-jp-j
続編リンク: 【1期】・【2期】 / 【3期】 / 【4期】 / 【劇場版】
活用リンク: 【構文】【未聞伝】【異聞伝】【カタリーナのドレスのイメージに近いやつ(色は違う)】【米ブレーダーコードネーム】【時系列等(無地の作業場1)】【重要フレーズ(無地の作業場2)】【コピペ世界観設定】【メモ】
【旧版・原作セリフ抜き出し】
http://scp-jp-sandbox3.wikidot.com/draft:4601815-114-7db9
ページコンソール
批評ステータス
カテゴリ
SCP-JP本投稿の際にscpタグを付与するJPでのオリジナル作品の下書きが該当します。
本投稿の際にgoi-formatタグを付与するJPでのオリジナル作品の下書きが該当します。
本投稿の際にtaleタグを付与するJPでのオリジナル作品の下書きが該当します。
翻訳作品の下書きが該当します。
他のカテゴリタグのいずれにも当て嵌まらない下書きが該当します。
言語
EnglishРусский한국어中文FrançaisPolskiEspañolภาษาไทยDeutschItalianoУкраїнськаPortuguêsČesky繁體中文Việtその他日→外国語翻訳日本支部の記事を他言語版サイトに翻訳投稿する場合の下書きが該当します。
コンテンツマーカー
ジョーク本投稿の際にジョークタグを付与する下書きが該当します。
本投稿の際にアダルトタグを付与する下書きが該当します。
本投稿済みの下書きが該当します。
イベント参加予定の下書きが該当します。
フィーチャー
短編構文を除いた本文の文字数が5,000字前後か、それよりも短い下書きが該当します。
構文を除いた本文の文字数が短編と長編の中間程度の下書きが該当します。
構文を除いた本文の文字数が20,000字前後か、それよりも長い下書きが該当します。
特定の事前知識を求めない下書きが該当します。
SCPやGoIFなどのフォーマットが一定の記事種でフォーマットを崩している下書きが該当します。
シリーズ-JP所属
JPのカノンや連作に所属しているか、JPの特定記事の続編の下書きが該当します。
JPではないカノンや連作に所属しているか、JPではない特定記事の続編の下書きが該当します。
JPのGoIやLoIなどの世界観用語が登場する下書きが該当します。
JPではないGoIやLoIなどの世界観用語が登場する下書きが該当します。
ジャンル
アクションSFオカルト/都市伝説感動系ギャグ/コミカルシリアスシュールダーク人間ドラマ/恋愛ホラー/サスペンスメタフィクション歴史任意
任意A任意B任意C- portal:4601815 (02 Aug 2019 03:33)




コメント投稿フォームへ
注意: 批評して欲しいポイントやスポイラー、改稿内容についてはコメントではなく下書き本文に直接書き入れて下さい。初めての下書きであっても投稿報告は不要です。批評内容に対する返答以外で自身の下書きにコメントしないようお願いします。
批評コメントTopへ