スシブレードの歴史……
それは遥か二百年の昔、江戸時代にまでさかのぼるという
古代よりスシブレードは
寿司をぶつけ合い鎬を削る
奇跡論的な遊戯であった
それらは、「鮨相撲」と呼ばれた
今 生ハムスシを駆り、
寿司寿司の戦いに挑む少女がいた
光と闇 二つの顔を持つ少女
人は彼女を「大江戸淑女」と呼ぶ
【A&B part】
「さようなら、皆様」「ごめんなさい、良ければまた明日誘っていただけるかしら?」「ええ、私たちも向かいましょう」「ごきげんよう、また明日」「迎えが来るまでお話いたしませんこと?」「ごきげんよう」「ごきげんよう」
夏。八月の上旬。
夕暮れになってもジワジワとうるさい蝉時雨を背に、口々に別れの挨拶を交わす学院の生徒たち。その間を縫うように校舎を出て、帰路に就く。新品だった学校指定の夏用ワイシャツもだいぶ着慣れてきたが、今は汗でベタベタして不快だ。スカートも足に張り付いているように感じる。リュックのショルダーストラップを両手で握り直し、足元に落ちる長い影に目を落としながら校門を後にした。
車通りの多い大通り沿いを進み、ショートカットのため広い公園に入る。背の高い常緑樹の並木を縫って風が枝葉を揺らし、ウッドチップの細いジョギングコースに影を落とす。犬に引かれながらジョギングをする人、ベンチに座って休憩する老人、低い生垣の向こうにはボール遊びをする親子連れもいるようだった。
広場にある出口から道に出ようとした時だった。中央にある噴水の向こうから聞き覚えのあるフレーズが聞こえ、小さく歓声が上がる。
「「3、2、1、へいらっしゃい!」」
足を止め、少し回り込んでみると 広場の反対側で2貫の "スシ" が戦いをが繰り広げられていた。
対戦者は見覚えのある制服を着ている。どうやら同じ学院の生徒のようだ。すぐそばでは同級生らしい数人が双方を応援していて、近くのベンチに座っている子供が歓声を上げ、通りかかった通行人も興味深げに何人か足を止めている。回転しながらぶつかり合っているのはサーモンとカンパチ、どちらも人気があるオーソドックスなスシだ。
バシッ バシッ ガッ
何度かの衝突のあと、サーモンがグラグラとバランスを崩しゆっくりと回転を止める。敗北だ。小さく歓声が上がり、次は見学していた生徒2人が交代で対峙する。広場の向こうから更に数名の生徒が合流しようとしているようで、もしかしたらこれからもっと大人数で遊ぶのかもしれない。
始まった対戦を見終えることなくその場を後にする。公園を出ると、道路を挟んで反対側の道で子供がスシを持って駆けて来るのが見える。珍しくもない。今やスシは社会現象ともいえる大ブームであり、きっと明日も明後日もこの公園で……いや、全国でスシが回されることだろう。スシは日常に溶け込んでいる。
スシブレード。
数年前から世界規模で流行している対戦型ホビーだ。プレイヤーは片耳にデバイスを装着し、用意した寿司に小指の爪ほどの専用チップを埋め込む。寿司はデバイスから読み込まれた脳波に応じ、特殊な技術で浮遊・回転し、"スシ" となる。プレイヤーはこれをぶつけ合わせ、どちらかが自壊または停止するまで争う。
人気の秘訣はその奥深さと対戦の熱狂にある。
用意する寿司は市販のものでも問題ないが、シャリが硬いと回転力が地面に伝わりにくくなるため、なるべくふんわりと、しかし自壊しない絶妙な寿司を自作するのが至上とされる。地面との接触で回転力を削がれないために酢の選定にも注意を要し、当然、直接敵スシに接触するネタは無限の選択肢と可能性を持つ。工夫次第では特殊なエフェクトを発生させることもできるようで、そのカスタム性・戦術の多様さは凄まじいものだ。
回転力は脳波に影響されるが、これは概ね「スシを信じる心」「明確なイメージ力」「戦闘の興奮」が強いほど良いとされいる。スシを相棒として信じ、勝利を渇望し、熱いバトルを求めるほど強くなるという単純でロマンあふれるその仕様は、ホビーアニメシリーズの人気爆発も相まって老若男女を問わず多くの人の心を掴んだ。
今やスシはあらゆる媒体の宣伝・広告に顔を出し、世界大会はオリンピックにも引けを取らない盛り上がりを見せる。ネット上には無限に寿司やネタの情報が溢れ返り、スシ・インフルエンサーもマスメディアに顔を出すようになった。極少数顔をしかめる "上品" な人々もいたが、私が通うようなお嬢様学校にも人気の波が来ている。いずれスシを嫌う人は皆無になるのだろう。
スシについて考えながら大通りを逸れ、脇道に入る。このあたりは古い商店街に近く、入り組んだ路地が多い。大型室外機の合間を縫い、捨て置かれたビールケースの横を過ぎ、壁の隙間を通り、さらに数度角を曲がると目的地に着いた。
ここは四方を廃ビルの壁に囲まれた空き地だ。カビとコケが生えたコンクリートの壁と、まばらに雑草が生えた固い土、角から生えている曲がった1本の木、金網が付いた排水溝、傾いた「売地」の看板と、あとは橙色の青天井しかない。
ここに来るにはL字の通路を通るしかなく、ビルに囲まれた寒々しい荒地にわざわざ来る人など皆無だ。私以外は。
リュックを下ろし、スシを取り出した。
大人気のスシブレード、かく言う私も大好きだ。アニメは一昨日の最新話まで全シリーズ見ているし、自分の部屋にはたくさんのグッズもある。スシの握り方もだいぶ熟達してきたと思うし、色々なネタを試して最近は手になじむネタも絞り込めてきた。さっきも公園での対戦を見てイメージトレーニングしていたくらいだ。
足りないのは そう、友達である。
私は……私は友達が少ない。というのも、好きなものにこそ詳しいがそれ以外のものにものすごく疎いのだ。同世代に流行りのアイドルや歌、コスメやファッション、行事やグルメにも詳しくない。話題を合わせられないのだ。家では勉強に多くの時間を割くし、これは怠れない。テレビもニュースこそ少しは見るが、バラエティ番組や歌番組はほとんど見ない。
そして私が通っているのは俗にいうお嬢様学校。だが私の暮らしはお嬢様というほど裕福ではない。通学・生活していられる程度のマナーは身に着けているつもりだが、お稽古・お食事・バカンスなんかのセレブリティな話題に乗っていけるわけではないのだ。
楽しいものを同じ視点で楽しめないこと、"実感に共感できないこと" は友達作り、ひいては人間関係において致命的な問題だと痛感する。
そしてこれは、スシブレードにおいてもそうだ。私にとってスシブレードとは、暇潰しのホビーでありアニメのグッズであり、そして、妄想のタネでもある。
最近はちょっと恥ずかしくなってきて公言しなくなったが。いわゆる中二病である私はオリキャラが創作世界で無双したり、現実のトラブルを解決したりする妄想をするのが大好きだ。授業中の教室に魔者たちが襲来して同級生や教師を捕らえ、私はオリキャラを手早く荘厳に召喚し、敵の命乞いに耳も貸さずに切り伏せてふふんと笑うのだ。あらゆる状況あらゆるパターンで。
スシは今の私の武器であり、いつでも懐から取り出せる相棒だ。毎朝鍛錬も兼ねて握っている。様々な設定を練り込み、単体で放てる華々しい必殺技・奥義・絶技・妙技・最終奥義の数々を持ち、オリキャラとの合体技も存在する。その動きは華麗かつ凄絶。素早い動きと絶え間ない連撃で反撃の余地を与えない。アニメスシブレードのキャラクターとも何度もイメージトレーニングをこなし、その戦略に隙が無いことを確認している。無敵の相棒だ。
それで、これでどう "友達" と遊ぶのだ。
技名とか友達の前で堂々と言えるか! 言えないが!? いやでも……ちょっと超かっこいいし……妄想も、スシも、もう手放すには惜しいほど手に馴染んでしまった。
「……」
スシを夕空に掲げてみる。
『黒造り軍艦』。真名まなは『軍冠䨮幻夜葬』アブソリュートダーク・フリージア。『大洋の白蔓』を『極透結晶』で漬けたものに『夜の滴』を垂らし和えたものを軍艦巻きとして設えた逸品。暗黒海の芳香に臆することのない選ばれし者にしか扱うことのできない至高のスシ。
……という設定の黒造り軍艦だ。イカの塩辛にイカスミを和えたネタで、さすがに夕方まで懐に入れておくと少し生臭い。スシブレードのチップに抗菌・防腐効果が無ければとても持ち運びできない代物だ。だけど、夕焼け空にキラキラと映えるスシは濃厚な設定と愛着も相まって最高に輝いて見える。たまらない。
「……」
スシに秘めた思いは人それぞれで、それがすべて語られるとは限らない。アニメ4期でヒロスエも言っていた。つまりこのスシの背景アレコレだって、私が心の内に秘めていれば良いのだ。相手にわざわざひけらかす必要も無い。
手の中のスシをもう一度眺め、壁に向き直る。表面の汚れはほとんど吹き飛んでいて、他の壁よりも明るい色をしている面だ。気のせいだと思うが、心なしかへこんでいるようにも見える。
「……3、2、1、へいらっしゃい!!」
掛け声とともにスシを射出し、いつものように壁打ちを始める。
家に帰る前、帰り道の途中にここでスシブレードの練習をしていくことがよく 頻繁にある。最近頻度が増えた気がする。はじめの頃は毎回壁を洗っていたが、最近は汚れもほとんどなくなって、どうせスシになった寿司はほとんど汚れないのだからと気にせず練習台にするようになった。
何度か仮想の敵を避けるようにスシを動かし、自分の足元に寄せて、拾い上げる。
いつか、いつか友達は欲しい。一緒にスシを回せる友達が。練習していれば、上達できれば、いつか誰かとスシブレードができたなら、その人と友達になれるだろうか?
「……へいらっしゃい!!」
再度射出。回転を利用して斜めに着地させ、仮想の敵を中心に円を描くように回す。敵の攻撃を躱して急旋回。上手くいなして体当たりを決める。思い通りに戦略を組み立てる。対人戦ならこう上手くはいかないだろうが、イメージトレーニングの敵は思い通りに吹き飛ばされていく。
友達との対戦とはどんなものだろうか。やっぱり勝ったり負けたりを繰り返すのかな。一緒に練習して、まだ見ぬ対戦相手やスシとも戦って……もっと言えば、あのアニメのようにとはいかなくても、この寂しさと退屈を振り払うような、冒険心がくすぐられるような日常を送れるようになるのだろうか。
また拾い上げ、構える。
「へいらっ !!」
その時だった。
パキン。
「 っ!! だっ、誰だ!?」
反射的に叫ぶ。
【OP主題歌:██████】
【C part】
あああ
【次回予告】
あああ
次回、スシブレード 華聞伝 第2貫
あああ
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