Tale-JP - 日の出の刻

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改訂版 5/6 5日前にアップデート

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SCP-001-JP

アイテム番号: SCP-001-JP

オブジェクトクラス: Apollyon1 Tiamat2 Apollyon

特別収容プロトコル: 【特別収容プロトコルの過去のバージョンが326件アーカイブされています】

その性質のため、SCP-001の収容は不可能です。SCP-001イベントを生存した全ての職員は、日本支部理事会が提言した3つの行動指針のうちいずれかに従って行動し、与えられた職務を遂行することが求められます。それぞれの詳細は補遺001-JP-2198を参照してください。

野外で活動する職員はSCP-001-JP-1の影響を防ぐため、複数の衣類で体表を完全にカバーしてください。視覚の確保にはサーマルゴーグルやナイトビジョンの利用が推奨されますが、保有していない場合はSCP-001-JP-1を80%以上カットできるサングラス等でも応急的に代用可能です。徒歩での移動は反ミーム作用を持つ装備を携行していない限り推奨されません。航空機による移動が最も推奨されます。ただし人工音はSCP-001-JP-A実体を誘引する点に留意し、着陸地点にSCP-001-JP-A実体が存在する・集合する可能性を考慮した飛行経路を設定してください。着陸に失敗した場合、水深2000m以上の海上への墜落と溺死による沈降が推奨されます。

SCP-001-JP-Aとなった職員は喪失したものと見なします。負傷した職員は放棄されます。安楽死は試みられません。

対処困難な大きさのSCP-001-Aの融合体への接近は避けてください。伝導性電撃武器は実体を行動不能にするのに部分的に効果的であると示されており、自衛目的での使用が推奨されます。火炎性の武器や冷凍兵器も同様に効果的です。また、サイト-8181にて現実性歪曲兵器の開発が進行中です。

説明: SCP-001-JPは「太陽」として知られていた天体です。[データサルベージ失敗] のイベント後に後述の異常性を獲得したと考えられており、アメリカ本部にてSCP-001に指定されました。現在はアメリカ本部との通信が途絶しており、当初利用されてきたSCP-001としての指定を便宜的観点からSCP-001-JPに再指定し、追記・編纂することで当報告書を運用しています。

SCP-001-JPはかつての太陽光と同様の性質を併せ持つ光(SCP-XXX-JP-1)を断続的に発しており、これに接触した生体は接触した箇所から液状化し、その影響は全身へ伝播します3。また、異常な肉体の再構築を受けるにもかかわらず、生体は死亡しません。被影響部位の外観は「体表面の色を残したワックス状の流動体であり、動きに応じて部分的に血肉の色が混在する」と形容され、完全に元々持ち合わせていた形質を失います。この効果はSCP-001-JP-1の反射光である月光にも付加されていると確認されています。紫外線等の不可視光線に起因するものではないと結論付けられており、可視光線(~390-700 nm)のいずれかに付与されたものと考えられています。異常性を持つ実体がSCP-001-JP-1に曝露した場合はその全異常性を喪失し、生物系異常存在であった場合には他の生物と同様に前述の異常性を受けます。

SCP-001-JP-1に曝露した生体4(SCP-001-JP-A)は変化後も感覚器官による知覚を維持し、基本的に変化する以前の行動を模倣しますが、別の実体に接触することで分子レベルの結合を経て単一の実体となります。この過程は苦痛を伴わないと見られますが、実体ごとの精神が溶融するためか結合中はその場で停止する傾向にあります。ただし結合は実体が大型化するにつれて高速化する傾向があり、これは大型実体の意識が小型の実体の意識を一方的に取り込むことによるものと考えられています。SCP-001-JP-A実体は他のSCP-001-JP-A実体を発見した場合これとの結合を目的として行動する傾向があり、現在は多くの実体が体長3m以上の体躯を有しています。結合の限界量は存在しないと考えられています。

SCP-001-JP-Aが結合した場合、元々有していた移動・行動方法を失い、アメーバ等の原始的な生物に似た挙動を見せます。実体が体長2m未満のものであれば、元となった生物の体肢を模倣した付属肢を下方に突き出すことで疑似的な歩行を行いますが、実体が巨大化するにつれてこの傾向は薄れ、体肢を凝集させた大型の腕状部位を前方に突き出して肉体を引きずる形での移動を行います。

SCP-001-JP-Aの変化元が高い知性を有する生物5であった場合はその知性と記憶を部分的に引き継いだ振る舞いを見せますが、その精神性や行動は大きく変質します。例外なく全ての実体が、SCP-001-JP-1に曝露していない生物の捜索・発見し、捕縛・殺害した生物をSCP-001-JP-1へ曝露させることを目的として行動します。すべての実体がSCP-001-JPを崇拝していると見られ、他生物の追跡中以外には「太陽や月へ向けて全身や付属肢を伸ばして揺れる」「昇降する太陽や月を追って東方向または西方向へ向けて移動する」「太陽への畏敬と結合の推奨を主な歌詞とする未知の歌を歌唱・合唱する」等の行動が見られます。

補遺001-JP-2198:

【過去に更新された補遺は全てアーカイブ・統合されました】

財団日本支部理事会は協議の末、日本国内に存在する全職員に対して声明を発表。以下に提示する3つの指針を表明しました。各職員は個人の判断でこれを選択し、職務を遂行することが求められています。










































































携帯端末を閉じる。
5カ月も更新されなかった文書が、たった5日で更新されるはずもなかった。

部屋の壁に掛けられた時計を見ると、午前3時30分を指している。

端末を枕元に置き、ベッドから立ち上がる。
壁に掛けられたハンガーから標準特殊スーツを外し、足・袖を通してジッパーを首元まで閉める。手首のボタンを押すと、排気音と共にスーツ内の空気が抜ける。排気に巻き上げられて更にゴワゴワになった髪を無理やりまとめ、そのまま耐光メットを被る。こめかみのにスイッチをONして、遮光バイザーが正常に動作するのを確認し、詰め物をしてOFFにならないようにする。スーツの隣にかかっていたホルスターを締め、最後に横から多目的ゴーグルを取って、首に提げた。

反対側の壁からポーチを外し、デスクに置いて携行品を確かめる。
糧食ピルが3週間分、配給ブロック糧食が2塊、ナッツ半袋。配給品を少しずつ残しておいたものだ。糧食ピルを1粒口に含んで飲み下し、全てポーチに入れる。水のボトルも1本、ポーチに入れる。デスクの上から折り畳みソーラーパネルを手に取り、入れる。ポーチを腰に巻き、バックルをパチリと留める。

反対側の引き出しを開け、武装する。
ショックブラスターのバッテリーを確認し、100%の表示を確かめてケーブルを抜き、ホルスターに挿す。脇にある大きなパルスグレネードを3つ、ホルスターに吊り提げる。ポーチにも余分に2つ提げる。1つ下の引き出しを開け、ジャラジャラと鳴る"礫"を1つ1つ拾う。全部で47粒あった。空のケースに詰め、ポケットに入れる。1粒だけ残して左手の小指と薬指で握り込む。

「……」

少しデスクから離れる。

ジャキッ。と、ブラスターを抜いて枕に狙いを定める。
ブラスターを戻し、次はランプに向けて構える。
ブラスターを戻し、次はブーツに向けて構える。

握り込んだ"礫"をベッド側の壁中央に手早く投擲する。
"礫"は軽い音を立てて跳ね返り、ベッドの上に落ちる。
ベッドから"礫"を拾い上げ、ケースに入れる。

「……」

部屋の入り口に向かい、靴を履きはじめる。

紐式の軽量登山靴だ。久しぶりに履くからか手間取って、少しのあいだ部屋の中が呼吸音と靴紐をシュルシュルと結ぶ音だけになる。何度か手が止まってしまう。思考する時間が出来てしまう。

「……」

結び終わった。

勢いをつけて立ち上がり、そのままドアに手をかけた。

~ ~ ~ ☀ ~ ~ ~

サイト-8167地下7階の、廊下を進む。

ずっと誰も掃除をしていないせいか床は汚れていて、1歩ごとにジャリジャリと砂を踏む音がする。一部の職員から「明るいと落ち着かない」との申立てがあって以来、照明は半分ほどの明るさに保たれていて薄暗い。いくつかの空調設備はファンに何かが引っかかって、カラカラと音を立てている。

居住セクションを抜け、休憩室前を通り、別セクションへの分岐点や守衛室前を通りかかる。パタパタと走り回る研究員、ガシャガシャと歩く遠征部隊員。3日前に部屋を出た時には何人もの財団職員とすれ違ったが、今日は誰ともすれ違わない。誰も見かけない。  理由は、大方予想がつく。

静まり返った廊下をジャリジャリと進む。
目的のエレベーターホールまでもう少し。

~ ~ ~ ☀ ~ ~ ~

エレベーターホールには人影があった。

40代ほどのエージェントが1人、エレベーターを待っている。過去に1度、彼が新規アノマリーの収容計画で現場指揮を執り、私を含む10数名のエージェントを率いていた際に話した記憶がある。

標準支給のツナギを着ていて、武器類は装備していない。かわりに、大きく膨らんだ水色のナップザックを抱え込むようにして持っている。支給品ではない、個人の所有物だろう。側面にはアニメキャラクターのワッペンが刺繍してある。彼は……おそらく足音で私の接近に気付いていたようで、エレベーターホールに歩いてくる私をぽかんとした表情で見ていた。

彼の隣に立つ。エレベーターの表示は地下25階付近を指していて、降下している。

「驚いた。俺以外にも、まだ残ってる奴がいたんだな」

彼が話しかけてきた。

「……ええ」

「その格好、上に行くのか? 8181行きの装甲車なら昨日出切ったぞ」

「いえ、歩いて出ます」

「歩いて? 正気か?」

「はい」

「なんでまた」

「……友人に、会いに行きます。計画的とは言えませんが」

目を合わせているわけではないが、彼が身じろぎするのがわかる。

「……そうか。顔が見えないから誰だかわからなかったが、あんたか。大変だな」

「……貴方はどうするんですか?」

「俺か。俺は見ての通り、地下に行くよ。コイツを選ぶのに時間がかかってな」

視界の隅でナップザックを軽くゆすっている。中身がカシャカシャと音を立てた。

「中身は色々な……外での思い出とか、仕事で得たものとかさ」

「……なるほど」

エレベーターが最下層で折り返し、ゆっくりと上がってくる。

「一応聞く。あんた、同伴者は?」

「……いません」

「悪いことを聞くかもしれんが、後輩の子はどうした?」

「……あの日に"亡くなった"とだけ聞いています」

「そうか。すまん」

「いえ。大丈夫です」

「……」

「……」

彼はおもむろにナップザックを開け、物色し始める。

「じゃあ、これを持って行け。これから取りに行くんだろう?」

彼がナップザックから引き出したのは、サイト-8181で開発された"ケープ"と呼ばれる特殊外套だ。内側の日が当たらない位置に、特殊な奇跡論術式と体温で発電・機能する機器が仕込まれていて、着用者に視覚・聴覚・嗅覚的な反ミーム性を付与する。先月からサイト内の開発部門が量産し始めた完成品だ。

「これから1階の保管庫に向かいますので、結構です」

「……いいや、これを持ってってくれ」

「なぜですか」

「これは開発部門の……特に部門長のじじいの遺作なんだ。『ここの全員分用意するまでは死ねねえ』って、じじいが最後まで折れずに作り抜いていたものだ。そんでこれは、その最後の1つだ。遠征部隊も開発部門の連中も"あの更新"に折れて降りて行ったが、じじいだけは最後まで折れなかった。その……最期の、職人の、象徴たる仕事の成果なんだ」

振り向くと、彼はじっと私の目を見ている。
"ケープ"を握る手に力が籠っているのもわかる。

「俺は俺が最後の1人だと思ってたし、さっき降りてった奴にも必要ないと思って、俺が最後に持って行こうと思ってたんだ。……でも、あんたは外に出るんだろ。もちろん、保管庫には地下に降りたやつら分の"ケープ"がまだまだ残ってる。だが、俺はあんたに"これ"を持って行ってほしい」

「……」

黙って、受け取る。
タグに刻まれた「5525」の文字が光る。

エレベーターが到着した。
彼はナップザックをギュッと締め、肩に担ぎあげて乗り込む。

振り返り、エレベーターの扉を抑えて、続ける。少し泣いている。

「このエレベーターはずっと下に向かうんでな。戻ってくるまで待つのは結構、足にクる。7階くらいなら階段使って上がったほうが早いぞ」

「……ありがとうございます」

彼は涙を払い、笑って扉から手を離し、そのままピンと伸ばした手のひらを額に当てる。

「最後に話せてよかった。無事を祈るよ。あんたも、あんたの知り合いの分もな」

ドアが閉まる。
直前、彼と同じ姿勢をとった。
辛うじて間に合ったのか……礼を返せたのかは、わからない。

~ ~ ~ ☀ ~ ~ ~

階段を上って保管庫の扉を素通りし、扉の前に立つ。この先には、外へと続く直線のトンネルが左右に伸びている。

扉に耳をあてると、風が吹き抜ける低い音が聞こえる。もしA個体が近くにいたなら、必ず何かの音がする。歌っているか、這いずっているか、こちらに呼び掛けているか、扉を破壊、ないし半液体の身体を活かしてすり抜けようとしている音。私たちの籠城がいつまでも続くものではないと知ってか知らずか、外の世界を支配した彼らにとって、特に自らの姿を隠す必要は無いのだろう。

扉の脇にある認証端末にパスコードを打ち込むと、低い音と共にロックが解除される。勢いよく開ければ、トンネルに反響した開閉音が外まで響いてしまうだろう。扉を、ゆっくりと細く、私が通ることができる程度に開ける。隙間から冷たい風が吹き込んできた。外の季節は春だが、早朝である上、長いトンネルを通って冷えているのだろう。外に出て、扉を再び閉じる。低い電子音と共に、ロックされる。

強く吹き込む風が"ケープ"の裾を強くはためかせるが、本来出るべきバタバタという音は出ていない。いや、音に反ミーム性が付与されているのだ。これからずっと、これを脱ぐまで、私から出るあらゆる情報は誰にも知覚されない。私自身にも。

トンネルの中央に立つ。私が向かうのは風が吹き込んでくる方向、つまり東側の出口だ。出口は廃れた林道のトンネルとして偽装されていて、道はほとんど利用されていなかった市道に続いている。私はここを出て東へ、最短距離で東へ向かう。装備のおかげで憂慮すべきことは少ない。白昼に滅びた日本を、淡々と進むことになる。

「……」

壁に手をつき、歩いて行く。
出入り口にある蛍光灯の照明を除けばこの先に光源は無く、ここから出口を……外の光を見ることはできない。






































































朝方。

サイトを出て数日。いくつかの山を越えて歩いてきた。

これまでA実体とは数度しか遭遇していない。いずれもやり過ごすことに成功した。彼らは概ね日当たりの良い場所や、かつて人間の居住地域だった場所で過ごしているため、山間部を進むうちに遭遇することは稀だ。可能な限りは直線距離で進むことも目的の一つ。しばらくこのまま進もうと考えている。

よく手入れさた杉林を進んでいる。緩やかな下り坂だ。枝はよく払われていて視界も開けている。所々にキノコの原木が組み上げられているが、これらは月日を経てほとんど木くずの山になってしまっている。下草も伸び放題になっているが、私が歩いているまっすぐの林道にはほとんど生えておらず邪魔にならない。長い間踏み固められていたおかげだろう。

足を痛めないよう、ゆっくりと土の道を歩く。

まだ山の高い位置にいるためか、先には開けた農村部が見える。右の山陰から片側1車線の国道が伸びていて、その道が遥か前方……遠く海沿いを走る幹線道路まで伸びている。手前の道路沿いには集落があり、家々と小さな商店、集落の反対側には小さなスーパーと学校らしい建物が見える。その集落を中心として、田畑が広がっている。青々と草が茂っているのが見えるが、おそらくほとんどは作物ではない、雑草の類だろう。

あたりは静まり返っていて、吹き抜ける向かい風がザワザワと木を揺らす音だけが木霊している。

道路上には何台も車が乗り捨てられている。農地の方には捨て置かれた農機具や軽トラックもいくつか見える。目を凝らすと、建物の窓はいくつか割れているのがわかる。集落の端の方には劣化して潰れたらしい家屋も何件かあり、中央の方には炎上したらしい黒い建物も見える。アスファルトに所々残る赤黒い筋は、おそらくA実体が這った跡だろう。

集落の内外に少し……数体のA実体が徘徊しているのが見える。

ちょうど真正面……東の空からSCP-001-JPが昇ってくる。ここは晴れているが行く先は曇っているようで、雲が地平線の上で帯のように連なっている。頭上の濃い藍色から水色を経て、オレンジに輝く雲の帯へと空が繋がっている。

……先を急ごう。








































月夜。

夜から朝にかけて、A実体たちの挙動は少し変わる。彼らは太陽を求める叫び声をあげて駆けずり回ったり、逆にうずくまって全く動かなくなったりするのだ。月光にもSCP-001-JP-1としての性質が備わっているとはいえ、彼らにとって月光は単なる反射光にすぎず、自分たちの崇拝対象ではないのかもしれない。

叫び声をあげる彼らを避けて進むのはそう難しくない。しかし、高速で突進する体長数m台の肉塊は純粋に脅威であり、動かないということは音を出さないということでもある。衝突や、不意に肉の端を踏んでしまう事故は昼間よりむしろ危険と言え、歌いながら緩慢な動きで移動してくれる昼間のA実体の方が、現状では御しやすいと言えるのだ。

図書館にたどり着いた。

電力供給が停止し、内側にベッタリと血肉が張り付いた自動ドアをゆっくり引き開ける。窓が割れているのか、館内から風がゆっくりと吹き抜けていった。本や新聞紙や掲示物が散乱し、沢山の汚れた衣類・乾いた糞便・血痕が床や壁にこびりた館内の様子が、窓からさし込む満月の光に浮かび上がってくる。これらの汚れは、主に窓際の席や棚から出入口に向けて続き、群がっている。手近な窓には、何かが叩き付けられたようなヒビや血痕が残っている。

館内をクリアリングする。A個体は全て外に出たようで、割れた窓から時折遠いA個体の叫びが聞こえる以外は、完全に無音だ。汚れていない窓から外を見ると月明かりに照らされた町並みが見え、この図書館が高台に位置しているとわかる。遠くに、巨大な何かが住宅地をなぎ倒すようにして通ったような跡が出来ている。……報告書にあった巨大個体だろうか。ここはサイト-8181から遠い。別の集合実体がいるのかもしれない。今後は地上階で迂闊に休息するのは危険になるだろう。

カウンター裏の扉は空きっぱなしで、ドアの内側には地下へ続く階段と、暗闇が広がっている。ドアノブとドア裏に少し血痕が残っている。地下へ逃げようとした誰かが、ドアを両手で開けたところをA個体に突進され、ドアと壁に手を押しつぶされたのか。多目的ゴーグルのナイトビジョンをONにすると、すぐ足元に干からびた指が2本落ちているのがわかる。

階段を下る。

地下書庫は完全な暗闇だ。濃い紙の匂いがする。入念にクリアリングするが、ここには何もいない。地上階に続く階段、裏口への扉、物品搬入口の位置と開錠を確認し、書架の一角に座り込む。

ゴーグルをずり下げて耐光メットを外し、髪を振り乱し、頭を掻く。ゴーグルだけを再び装着。ポーチからいくつかの物品を取り出す。

道中、商店やコンビニエンスストア、スーパーマーケットの廃墟から食料を調達できることが時々ある。それら戦利品である、ミネラルウォーターのボトルやジャーキー、乾パンを並べて食べ始める。最後にブロック糧食を1個の半分齧り、糧食ピルを1粒口に放り込み、ミネラルウォーターを飲んでキャップを閉じる。残ったものをポーチにしまい、空になったジャーキーの袋は空の配給ナッツのパウチに入れ、適当に投げ捨てる。

……こんなにも味が薄かっただろうか?

ふと、目の前の書架に目を向ける。海外の小説の棚だ。目の前の段にはハリー・ポッターシリーズが置かれていて、周りにも既読の本が並んでいる。よく見ると、私が背を預けているのは日本の小説の棚のようだ。

……耐光メットを被り直し、ゴーグルを装着して、座ったまま目を閉じる。

明日の朝も早い。








































夕暮れ。

私は、どこからか花の香りが漂う農道を歩いている。私が歩いてきた山と、これから歩いていく山を繋ぐまっすぐな道だ。少し歩いたところに二階建ての納屋があるだけで、それ以外は見渡す限り様々な畑だった土地。前後それぞれの山は概ね東西にわたって延びていて、西方面……私から見て左手の、ちょうど山の端と端の間に、赤々と燃えるSCP-001-JPが沈もうとしている。西の空は深紅に近い赤色で、私の頭上に掛けてオレンジ色になり、東の空は夜の接近を感じさせる紫色をしている。

SCP-001-JP-1は私の右手に長く長く私の影を落としているはずだが、私にも周囲の誰にもそれを知覚することはできない。かわりに、陽が沈む方角から私の足元に向けて、揺れ動く複数の影が落ちている。道路脇……満開の菜の花畑の一角に、10体ほどのA実体が集結している。彼らはいずれも体長3m前後の団子型で、結合することもなく円陣を組み、ゆらゆらと這いまわりながら何か朗唱している。

距離が近づいてくると何を歌っているのか聞き取ることができた。歌詞は支離滅裂なもので、テンポも何もない。時折動物の鳴き声も混じり、とても歌とは呼べない代物だ。ただただ狂ったように回り踊りながら、50以上はあろうかという生き物の声で、何事かを嘆き、何事かを叫び、何事かを笑い合っている。

このまま歩けばやり過ごすことができる。しかし、SCP-001-JPが完全に沈めば、これらの実体はヒステリーを起こして走り回るだろう。その前にねぐらを見つけなければならない。……前方の山の中に都合よく建物が有るとも限らない。見晴らしが良い分、もう目の前にまで来た納屋で寝るのもひとつの手かもしれない……。

と、その時、何か違和感を持った。

何かがおかしい。足元……いや、空気までもが震えているような感覚がある。周囲を見回すと、先ほどまで踊っていたA実体の集団が狼狽した様子で回るのをやめ、何か口々に叫んでいる。そのうち彼らは、私の進行方向に対して左前方の山に向けて勢いよく這って行った。あちらの方角に何かあるのだろうか。

その時だった。

ズドン、と。地上の全てが突き上げられるような衝撃が響いた。私は周囲の小石ごと打ち上げられ、よろめいて尻もちをついてしまう。背後でギシギシと納屋が揺れ、辛うじて倒壊を免れる。

続いて、ズシン、ズシン、と、明らかに巨大な何かがこちらに向かってくるような足音が、地響きとなって伝わってくる。目を白黒させて周囲を見回す。

そして、それが山の向こう見えた。

それは巨大な人型だった。ほんの数歩で山を踏み越えようかという巨躯。100……200……300mはあるだろうか。頭部を含む全身が深黒の装甲板で覆われていて、継ぎ目らしい線が赤く発光している。熱を発しているのか、身体の輪郭が陽炎のように揺らめいている。それが、まるで生き物のような滑らかな動きでゆらりと山陰から向かってくる。

差し込むSCP-001-JP-1をものともせず、A実体たちが向かっていった山を踏み越え、一歩ごとに土壌を巻き上げながら斜面を降りてくる。林から平地に足元が出てくると、その足先にA実体たちが群がっているのが見える。数十体はいるようだ。彼らは足を這い上がろうとしているが、単純に振り落とされたり、熱に焼かれて剝がれたりしているようだ。

直感的に理解する。あれがSCP-001-JPの報告書にもあった、GOCの決戦兵器だ。どのようにしてSCP-001-JP-1を無力化しているのか、武器も持たずに何をしに来たのか、あの熱はなんなのか、何もわからない。ただ、財団と双璧をなす世界的正常性維持機関の虎の子、人型巨大決戦兵器が歩いてきていることは確かだ。

背後からA実体たちの叫び声が聞こえる。振り向き、納屋の影から覗くと、遠く離れた民家や山林からいくらかのA実体が高速で這い寄ってきている。あれだけ派手な人工物が歩いていれば、山向こうの町や離れた都市からもA実体が集まってくるかもしれない。

彼らにも障害物を避けるくらいの能はある。鍵がかかっていない納屋の扉を開け放ち駆け込んで、朽ちかかった木の梯子を駆け上がる。ちょうど巨人が歩いていった方向の壁に、汚れてこそいるものの窓があった。駆け寄り、手近な壁に掛かっていた布切れでガシガシと窓を拭く。

地上からは見えなかったが、かなり離れた位置……巨人の向かう先には、小さな池があるようだ。その池から何かがゆっくりとせりあがってくる。それは筒だ。柱のような、塔のような、200mは優に超えるだろう大きさの砲だ。池から完全にせり上がり、ジュウジュウと水を蒸気に変えながらその全容を顕わにする。

ズシン、ズシン、と巨人がそれに近づき、立ち止まり、持ち上げる。軽々と拾い上げた砲身を、右手に繋ぐようにして装着し始めた。この間も足元からはA実体群が這い上ろうとしているが、意味をなしていない。

ここでふと、巨人がこちらに……存在しない目を向けたように見えた。かすかにこちらに頭部を向け、少し頭を傾けて、また手元に顔を戻す。……ウインクをしたように思えた。私の存在に気付いているのだろうか……人が乗っているのか?

砲身の装着が終わったようだ。何か軽く操作し、パキンと軽い音を立てて砲身から何かが外れる。それはおよそ100m程の針のような何か。巨人はそれを高く掲げ、ズンという振動を響かせて地面に深々と突き刺す。手を離した針の上端には、先ほどまで確認できなかった赤い光が灯っている。光は徐々に強さを増しているように見え、手に持った砲身がそれに合わせて脈動し、同じ赤色の光を放つ。

巨人はこちらに背を向け、その場にしゃがみ込み、砲を構える。何を打ち出すのかもわからない、どんな仕組みかもわからない。しかし、撃つ気だということはわかる。SCP-001-JPを、太陽を。

どれほどの衝撃が来るかは想像できない。かといって逃げることもできそうにない。ひとまず最低限の安全を確保するため、その場に伏せようかと思い立った。

しかし、それが来た。

まるで何十倍もの質量を持つ鉄道車両が、すぐ脇を走り抜けて行ったかのような衝撃が納屋を襲う。埃が舞い、壁に掛けられた農作業具がガチャガチャと床に落ちる。納屋が崩れないのが不思議なほどだ。あまりの衝撃に床に転げる。

よろめきつつ窓から覗くと、それが一目散に巨人に向かって進んでいるところだった。

それが何であるか、判断するのに数秒を要した。それがA実体の集合体だと理解するのが遅れたのは、まるで山そのもののが動いているのかと思うほどの、その大きさを信じたくなかったからか。体表面をスライドさせ、音もなくキャタピラのように動かしながら、あの巨大質量でそんな速度が出せるのかというほど機敏な動きで巨人との距離を詰めていく。

ひと呼吸置くよりも速く巨人に接近し、そのままの勢いで、それは空を覆うほどに巨体を伸び上がらせた。

そしてそのまま、全質量をかけて巨人に覆いかぶさる。

瞬間、けたたましい嗤い声が、何万、何十万という大合唱となって響き渡る。

圧倒的質量を以てしたボディプレスも、巨人を完全に押しつぶすことはできなかったようだ。しかし、煙を上げ燻りながら突出したその頭、その肩、その砲は、明らかにひしゃげている。

嗤い声は続いている。

巨人の反応は機敏だった。ひしゃげた砲を鈍器として、巨大A実体に叩き付ける。しかし、アメーバ状の肉体を持つA実体には効果が薄かった。A実体は渦を巻いて巨人に群がり、巨大なボールのようになって太陽光を遮り、その身体を取り巻いていく。

ボールの中で巨人がもがいているのがわかる。時折ボールの形が崩れ、拳や足のような形に突出する部分が見える。しかし、巨大A実体の肉体を突き破ることはできていない。……徐々に、何か金属が曲がるような、破れるような音が響きはじめる。

嗤い声は続いている。

ボールのこちら側を突き破り、巨人の上半身が飛び出してくる。その顔には装甲板が無い、人間のようにも、猿のようにも見えるその顔面は、装甲板と同時に引き剥がされたらしい剝き出しの脂肪や血や皮膚組織に塗れ、人間のものに酷似した2つの眼だけがギョロギョロと動いている。その眼が、私を捉えた。

巨人は、明らかな苦悶を示す獣の咆哮にも似た絶叫を上げ、こちらに手を伸ばす。その瞬間、巨人の下半身を巻き込んだまま、ボールが横に回転する。巨人は叫びながら、グルリと回転し、SCP-001-JP-1を浴び、こちら側に戻ってくる。そしてまた振り回される。グルグルと振り回される。その間ずっと巨人は叫んでいて、叫んでいて、その声は、徐々に嬌声に変わっていく。

嗤い声は続いている。

ボールは回転の軸をゆがませ、巨人の歪み始めた体を地面に何度も、何度も叩き付ける。巨人はもう叫んではいない。笑っている。心底楽しそうに笑っている。

もう、見ていられなかった。
目をふさぎ、頭を、両耳を抑えてその場にうずくまる。
ヘルメット越しだ。意味なんかない。

嗤い声は続いている。

ジュルジュルと何かをすするような音が響く。

嗤い声は続いている。

ブシュゥーッと何かを噴き上げるような音が高い位置から聞こえ、ドガンゴガンと、何か巨大な金属の塊が降り注ぎ、周辺の地面に突き刺さる音が響く。

嗤い声は続いている。

嗤い声は続いている。

嗤い声は遠のいていく。

嗤い声は小さくなる。

嗤い声が聞こえなくなっても、私は顔を上げることができなかった。











































真昼時。

これまで、なるべく直線での移動を保ち、人気のあった地域を避け、可能な限り日当たりの悪い場所や山林を進んできた。しかし、どうしても避けられない人口密集地がある。ここを迂回するルートを選ぶと、全体を通してみて十数日間ものロスが生まれ、食料も減少するだろう。移動の長期化がリスクに直結する環境で、迂回は選択できなかった。

私は足取り重く、白昼の大阪市中心部を歩いている。

快晴の空の下、ゴミや朽ちた血肉、放棄されたあらゆるものが散乱したビル街を歩く。何の香りもしない強いビル風の中を、ヨタヨタと歩く。ここはもともと繁華街で、かつてはこの時間にも大勢の人で賑わっていた。しかしその道程に、危惧していた危険はほとんどない。

地上にA実体はまったく存在しないからだ。

彼らは頭上にいる。高いビルの上端に塊になって、歪んだ球状の肉塊になっているのだ。SCP-001-JPをよく見るためか、高いほうへ高いほうへと集合した結果なのだろう。

これまでの道中、あべのハルカスがボロリと崩れ、通天閣がぐにゃりと曲がっているのを見た。おそらく、高い建物から順に彼らが集結し、倒れ、集結し、倒れを繰り返しているのだろう。

無人のビル街に彼らの歓声や歌声が、ビルの群れを反響してここまで響いてくる。

もしも、私が何か音を立てたなら、すぐさま頭上から殺戮肉塊が降ってきて私を押し潰し、陽の光にあてるため引きずって行くことだろう。彼らがそうする気配は無い。見渡す限りすべての高層ビルに彼らの塊がこびりついている。遠くのビル群を見ると、まるで大量のマッチが立ち並んでいるようにすら見える。

つまり、きっと大阪に、生きたヒトは1人たりとも残っていないのだろう。彼らが太陽礼拝を謳歌し、好きな場所に好きなように向かった結果がこの大阪なのだから。

長い歴史を誇り、日本有数の規模を持ち、財団をはじめ様々な正常性維持機関の施設があったであろう大阪も、陥落している。

人類の矛、GOCは敗北した。
人類の盾、財団も崩壊した。

もう人間なんてどこにも残っていないのかもしれない。

私だけが、最後のヒトなのかもしれない。














































































































さらに数日、歩き続けた。

今日歩き始めて数時間。山の裏に隠れていて見る事はできないが、そろそろ朝日が差し込んでくる時間帯だ。天気はここ数日は快晴のまま。山々の隙間から見える空は少し白んできている。

山肌に沿うようにして、曲がりくねったアスファルトの道を進む。周囲は起伏が激しい広葉樹の森だ。私が進む道も両サイドが急斜面になっていて、右手の谷底には小川が流れている。谷川から上がってくる湿気もあってか、アスファルトや道路外の地面はじっとりと濡れ、独特の香りを放つ。ゆるやかな向かい風が、樹上の新緑やまばらな下草を揺らし、ザワザワと音を立てている。

そして、周囲には複数のA実体がいる。すべての実体が、普段のように叫びもせず歌いもせず、黙々と緩慢な動きで東に向かっている。夜明けを見に行くのだろう。目視できるだけで数体、山の影や見えない範囲にもいると考えると、この一帯だけでおそらく30~50体はいると考えられる。密集しているわけではないので、避けて歩くのに苦労はしなかった。

カーブを抜け、建物が目に入る。目的地だ。

国管轄の小型天文台に偽装された施設。その実態は、あるアノマリー専用の収容ユニットだ。内部には警備室・収容室と、少しの収容ロッカーしか存在しない。山の西側の斜面に、ただひっそりと建っている。放棄されて数年経ってはいるが、ドーム状の屋根や外壁に少し汚れが目立つようになっている以外は、私が通っていた頃と特に変わりないように見える。

そして、それを目にした私は走り出した。

施設対面の斜面を覆うようにして、巨大なA実体がゆっくりと降りてきていたからだ。このまま進めばユニットを押しつぶすような針路をとっている。私がこのまま道を進めば、ゆっくりと押しつぶされる様子を見ることになってしまうだろう、道を外れ、谷底を超えて直線距離で抜けられるコースを駆け始める。

周囲のA実体が反応した。私が走り出すと、私が蹴った枯葉や土が跳ね上がることになる。これまで走らず歩くことを徹底してきたのはこれを避ける為だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

ずるずると足元が滑る斜面を、なかば転げるようにして駆け降りる。進行方向にいた1体が、おそらく何も見えないであろうに飛び掛かってくるが、ショックブラスターを素早く抜いて打ち込むと、実体はバチバチと痺れてその場にうずくまる。その脇を素早く抜けて走り続ける。音に反応してか、少し離れたA実体たちもこちらに気付き始めた。近くで振り向いたA実体にも先制して1発撃ち込み、先を急ぐ。残弾はおよそ5発。

谷川をバチャバチャと渡りはじめた時、川上からA実体が突進してくる。感電を避けるため、ブラスターではなくケースから無造作に"礫"を取り出し、そのうちの1粒を投げつける。"礫"が一端を掠めた実体が、その場でギュルリと真球状の塊となる。川下から水音を聞き、振り向きざまに2粒投げる。と、この時ケースを川に落としてしまった。真球に丸まった実体にカツンと当たりながら、そのまま川下に流れていく。逡巡している暇はない。川を渡り切り、手近な実体にブラスターを浴びせながら坂を駆け上がる。手の中の"礫"はあと3粒。ブラスターもあと3発。

ブラスターを撃ちきりながら斜面を駆け上がり、残り僅かな道路を駆け、荒く息を吐きながら敷地へ続くゲートへ向かう。巨大実体は斜面を下り切り、こちらへ登り始めているようだ。反対側の斜面を覆うようにして胴体の中ほどが下りて行くのが見える。その表面が大量の目で覆われ、ギョロギョロとこちらを見ているのがわかる。獣の目も鳥の目もヒトの目も、1つ1つの目が嗤っているようにも見える。

ゲートを乗り越え、駐車場を駆け抜ける。高いステンレス鋼板の塀がある為か、追い縋ってきた実体群はゲートに群がってくる。迎え撃つため、入り口出口両側の道にそれぞれ1個パルスグレネードを投げつける。バヂチと破裂音がして軽い閃光が走り、群がった実体がそのままゲートで1塊となり、まとめて感電しているのが音からもわかる。叫び声と嗤い声が木霊する。チラリと振り向くと、数体の実体が壁を乗り越えようとしている。向かって右の壁方面に2つ、左方面の壁に1つ、パルスグレネードを投げる。金属製の壁を通って通電し、いくらか痺れてくれている。しかし、ほんのわずかな時間稼ぎでしかない。

勢いよく扉に飛びつき、パネルにパスコードを叩き込むが、手が震えて失敗する。背後から私を呼ぶ声が近づいてきて、振り向きざまに"礫"を投げつける。目前に触手のように伸びた3本の腕が縮こまり、ギュルリと巻かれる。もう防ぐ手段が無い。まだいくつも声は迫っている。

震える手を抑え込みながらパスコードを打ち込み、やっとの思いで成功する。扉が開く刹那、空を覆う影に空の明るさが遮られた。扉が開ききる前に体を滑り込ませ、内側の閉鎖ボタンを殴るようにして押す。扉は瞬時に閉まるが、直後、建物全体を揺るがすような衝撃が走る。

廊下を駆け抜ければ収容室の扉だ。コントロールパネルにもう一度パスコードを打ち込んでいく。この先が目的地だ。この先に、彼女がいる。

時間が何十倍にも引き延ばされているように感じる。

この施設はその使用の都合上、高耐久防音設計だ。巨大実体が押し潰しに来ていても、数分は耐える……だろう。

だが、その間に何をするというのか。私は何をしに来たんだ。何のためにここに来た。彼女に一目会いたかった? 会って何になる! 世界は滅びたと近況報告でもすれば良いのか、財団は敗北したと愚痴でも聞かせれば良いのか!

ミシミシと壁が軋む。

外の様子が手に取るようにわかる。肉の壁が施設を完全に包み込み、GOCの兵器にしたように全方位から外圧を掛けているのだ。1つに溶融した彼らが歌い、叫び、嗤う声すら聞こえそうなほど状況が理解できてしまう。その声の中に、死んだと聞かされた同僚や、目の前でA実体へと変貌した後輩の声が混じっているようにすら感じる。いや、彼らが働いていたのは私と同じ近畿地方周辺。あるいは、本当に彼らも混ぜ込まれているのだ。

そして私自身も、このままでは彼らと1つになる。

絶望的だ。


結局、私は何がしたかったんだ。



パスコードを打ち終え、開く扉に体を滑り込ませる。




SCP-2050-JPの収容室に入る。





直後、壁が崩れ、収容室から外が見える。






無数の目が私達を見、無数の口が私達を嗤っている。







1箇所の壁の崩壊を皮切りに、轟音の響かせてボロボロと壁が崩れ、施設が握り潰されていく。








1つの大きく太い肉の塊が、彼女の岩戸に伸びる。








彼女の存在を知ってか知らずか、駆け寄る私の行く先を阻もうとしているだけなのか、それはわからない。








  駄目だ!!!」









聞こえるはずもないのに、叫ぶ。










彼女の










その名を










叫ぶ。






































































       !!!!!」








































































岩戸が、崩れる。






































































へたり込んだ私に、

ゆっくりと、ゆっくりと。

それは走馬灯かなにかのように、ゆっくりと見えた。

砕け、急速にその形を、光を失う岩戸から、1筋の細い光が伸びる。

光は崩れた壁を抜け、ゆっくりと壁のようになったA実体に突き刺さる。

そのままゆっくりと肉の壁を横切り、加速し、表面全てを滑るように振り抜かれる。

それはまるで演舞のような、鮮やかな軌跡を描き、真上を向いて止まり、薄らいで消える。

岩戸は粉々に砕け散った。いや、もはやそれは粉塵のようになり、もうもうと煙のようになって立ち込めている。収容室の外壁もまた砕け、カツンカツンと欠片が転がり落ちている。

巨大実体が壁の外を埋め尽くすようにして存在し、外を見ることはできない。そして、それは動かない。数千数万の瞳、数千数万の口をピタリと止め、伸ばした触腕を中空に止めたまま、微動だにせずそこに止まっている。

外を見る事が出来ないということは、外に光が差し込んでいないということ。天井もなければ当然照明も無い。しかし私は、ナイトビジョンも無しにこれらを見る事が出来る。

  随分と、複雑怪奇なものを連れていますね?」

そして、煙の向こう  岩戸の中から彼女が現れ、こちらに歩み寄ってくる。

ゆったりと、白地に金の精緻な刺繍が光る着物を、豪奢な麻色の帯で纏めている。首には翡翠や水晶の勾玉で彩られた細い首飾りが提げられていて、これは真紅の領巾とともにふわりと浮遊し、1歩進むごとにキラキラと輝いている。

屈みこみ、ずいと私に顔を寄せる。

薄く紅を引いた唇、透明感のある白い肌、黒曜石のように煌めく黒い瞳。頭上には黄金の真円に細い金細工で放射状の光があしらわれた冠を頂き、艶やかな長い黒髪は後ろで1本に纏められていて、白金の櫛で留められている。

「どうしたのですか? 久方ぶりではありますが、口が利かなくなったわけではないでしょう」

呆然としつつも、立ち上がり、耐光メットを脱ぐ。

「……お久しぶりです」

「まあまあ……随分とやつれましたね? ひどい顔ですよ。髪も酷い有様です」

「……色々と、ありまして」

「そのようですね?」

彼女は頭上を見上げ、周囲を見回して眉をひそめる。

「こんなものを……こんなものに追われているのですから、苦労もしたでしょう」

「これが何かわかりますか?」

「ええ。当然です」

彼女はおもむろに指をそろえ、指先を壁に向けるようにしてかざす。

「複雑に絡み合っていて煩雑ですが、作りも理解できます。しかし……よくもまあこのような……」

指先から先ほどよりも細い光の線が伸び、手を揺すって壁の一部を繰り抜くようにして動かす。すると、縁取られた壁の一部が床に落ち、淡く輝きながら起き上がる。

それは鳥だ。小さな青い鳥が立ち上がり首を振って小さく囀った。

  直せるのですか」

彼女はいたずらっぽく笑う。

「私を誰だと思っているのです?」

気付けば、彼女の手には一振りの細い剣が握られている。装飾はほとんどない。全体が光り輝いていて、まるで光そのものが束ねられたかのようだ。

彼女は剣を持ち替え、高く掲げて朗々と言い放つ。

「私はヒトと歩み、世を眺め、明日に笑う光。かつての名もなき神。あなた達が、Aと呼ぶ者ですよ?」

剣が閃き、微細な輝きが迸る。溢れ出る光の帯は次々と肉壁に突き刺さり、溝を入れ、斬り払うようにして全てを薙いで行く。

あまりの眩さに目を細める。

数秒も経たずに光は薄らぎ、彼女は剣を下ろしてカシンと床に突き立てる。

急激に視界が開け、朝焼けに燃える空が見える。周囲を覆っていたSCP-001-JP-A実体が様々な大きさの破片となって飛び散り、朝日を受けながら私が歩いていた道や谷に落ちていく。

  !!」

思わず崩れた外壁に駆け寄る。

飛び散った破片は落ちた場所で淡く輝きながら元の形を取り戻して行く。それは人であったり、犬であったり、鳥であったりと様々な姿となり、フラフラと立ち上がり、驚いたように周囲を見回している。

「この程度、造作もありません」

言葉を失う。

私は財団職員として、都合の良い夢を見ることは許されないと、A実体となった人々の開放や社会の再興など考えないようにしていた。そんな力も、技術も、奇跡も、存在しないと自分に言い聞かせてきた。しかし、これは  

「さてひとまず、周りの方には危険のないよう離れていただいたことですし……次に掛かりましょうか?」

「次とはどういう……」

彼女はフッと笑って振り向き、先程と同じように手を向ける。

施設が砕け、剥き出しとなった山肌に。

「まっ  

私の制止を反対の手で抑え、わずかに力の籠った声で答える。

「大丈夫です」

ドッという轟音と暴力的な閃光・衝撃と共に、山が弾け、溶け、バラバラと飛沫になって飛ぶ。

降りしきる山の残片の向こう、上る太陽  SCP-001-JPが見える。

赤く、紅く、朱くゆらめく星。雲を超えた先、空の向こうに輝くソレ。

ゆらゆらと揺れるまま、世界を融かし、文明を犯し、人類を焦がし、全てを嘲笑したApollyonクラスオブジェクト。

それが、昇っていくのが見える。

嗤っているようにも。

見える。

「問題ありませんよ。大丈夫です。あなたは、あなたを含めた財団の……世界の全て。二度と好きにはさせません」

そう、アレが見えるということは、曙光が直接差し込んでいる。それなのに私は、身体が泡立つことも、叫び狂うこともない。かつての仲間がそうしていったようには、ならない。

ふと、スーツのスイッチを押し、上半身だけ脱いで、自分の手のひらを見る。見慣れたはずの自分の手だ。しかし、憎んでも憎んでも足りなかったあの光を受け、陰影をつけるそれは、なんだか懐かしいような  かつての姿を取り戻したように思えた。それは、見慣れていたはずの自分の手。

「ありがとう……ございます」

おもわず呟く。

「感謝されることなどありません。これはほんのちょっとした恩返し。まだまだあなたにしてもらわなければいけない事はありますからね。その……前払いと思ってくれても構いませんよ?」

「……なんでしょう?」

「これから、あなた達には世界を元通りにするために奔走してもらわなければなりません。ヒトの世はヒトの手で取り戻していただかねばなりませんからね?」

  それは、大変そうですね?」

「ふふ、なにより。ようやくいつもの調子に戻ってきましたね?」

「あなたには、あれをどうにかできるのですか?」

「もちろん。私が不在の間、あれは少し調子にでも乗ったのでしょうか。それとも理由があったのか、それはわかりません。ですが  

明々と空を灼き、SCP-001-JPが揺れる。まだ、嗤っているように見える。

  あれは私を、私という光を忘れ、やりすぎたようです。灸をすえねばなりませんよ」


彼女の剣が、手が、衣が、髪が、顔が、淡く輝きだし  徐々に、徐々にその強さを増す。




SCP-001-JPもまた、わずかに朱みを増したように思えた。






「さぁ、参りましょう」








眩い輝きに視界が埋まる。










「日の出の刻です」












ああ……。














  ここに、光がある。


▲記事ここまで▲


▽以下メモなど▽


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100%の私怨を、なるべく蒸留して書いたTaleです。


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