米津元帥廻転寿司秘譚

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私は入手しうる限りの歴史資料をかき集め、毎日読み漁っていた。私が体験しなかった戦争の顛末。そこから我が国が歩んだ混乱と復興の時代。それらを理解することはまるで、忘れたものを取りに帰るような作業だった。

戦後、我が国が辿ってきた道のりは捻りのない物語ではなかったらしい。今や帝国時代は反省すべき負の歴史として認識されている。ついこの間まで帝国は我々の側にいたというのに、まるで嘘のようだ。資料を読む度に70年という歳月の流れを実感させられる。

私は「平和の符号」と題された戦後史の本を閉じ、窓の外を見た。美しい橙色の空に我が局の旗が揺らめいている。夕日に旭日というのも珍妙だが、恋昏崎に朝は存在しないため仕方の無いことである。

その時、不意に腹が鳴った。資料を読み漁る事に一所懸命になっていて気が付かなかったが、思えばもう一日も何も食べていない。しばらく空中を見つめて何を食べるか考えた。そして遂に、何かを食べに外出しようと思いたった。ここに来てから外食をした事はないが恋昏崎にも食堂や料亭くらいはあるはずだ。

椅子から立ち上がり、フラフラフラと玄関へと向かう。外へ出ると優しい風が私の頬を撫でた。街を包む西日も柔らかく心地よい。

「何処へ行こう。」

財布を懐に入れ、食事処を求めて歩き出した。街は活気に溢れ人々の息遣いが感じられるものの、過度な騒音はない。気の向くままに閑静な街を往く。

「…寿司に連れてってもらったんだー!」

「いいなぁ〜。」

ふと、子供達のそんな会話を耳にした。"寿司"、私も昔は祝い事の際によく食べたものだ。近衛公の国民精神総動員政策以降は「ぜいたくは敵だ!」の標語が掲げられ、寿司を食べる機会はほぼ無くなっていたが…。

「うむ。寿司を食いに行こう。」

早速、子供達に寿司屋が何処にあるかを訊いた。

「すまない。君たちの言う寿司屋は何処にあるだろうか。」

「おじさんも回転寿司に行きたいの?」

「…カイテン寿司?」

私が聞き返すと子供達は怪訝な表情をうかべた。

「おじさん回転寿司知らないの?」

「…すまない。よく分からない。教えてくれないか。」

「お寿司がいっぱい回ってるお店のことだよ!」

寿司が回る。想像は出来ないが子供達の言い様を見るに本当に寿司が回るのだろう。少なくとも、私の知る寿司は回転しない。どうやら70年の歳月は国の体制だけでなく食文化をも変革させたようだ。

「……それで、その回る寿司は何処にあるのだろうか。」

「えーとね。あっちの方だよ!色々なお店があるとこ!案内する?」

「大丈夫。ありがとう。」

私は別れを告げ、子供達が指した方へと歩を進めた。

歩き回りやっと見つけた。なかなか見つからず「追いかけた途端に見失う事はよくあることだ。」と諦めそうになったが、何とか辿り着いた。

それにしてもこの「yummy寿司」という店名。「美味」を意味する「yummy」という言葉、これは確か米英の子供らが使う言葉だったはずだ。敵性語の概念は廃れていると分かってはいてもなかなか慣れない。

「敵性語など遠い昔のまじないではないか。そんなものを蔓延らせてどうするのだ。」

私は引き戸に手をかけ、寿司屋の中へと踏み込んだ。

「ラッシャイ!!!」

筋骨隆々の黒人の男が出迎える。日本人離れした体格のせいか、異常に割烹着が似合っていない。

「回る寿司を食べられ-」

言いかけたその刹那、背後から激しい音が響いた。驚き、咄嗟に振り向くがそこにあるのはただの引き戸だ。手を伸ばしてみると、引き戸はぴくりとも動かなかった。

「オ客サン、ムダムダ。鍵カケサセテモラッタヨ。」

「Welcome!闇寿司恋昏崎店ニヨウコソ!」

男は片言の日本語で言う。鍵をかけた意図、"闇寿司"という言葉、到底理解が出来ない。脳がこんがらがってしまいそうだ。

「マァ座レヨ!オマエ、ヨネヅケンシダロ?」

「米津ケンシ?いや違う。私は米津元帥だ。」

「ワカッタワカッタ!トリアエズ座レヨ!」

私は困惑したすっからかんの脳のまま、板前に促されるがままに席に着いた。席に着くと板前が茶を出した。理解し難いことばかりだったがこういう部分は至って普通の寿司屋のようだ。

「オマエ、最近、恋昏崎ニ来タンダロ?」

「うむ。はじめてここに来た時はすべてが変わっていて驚いた。まるで砂の惑星に放り出されたような気分だった。」

「スナノ惑星?軍人ノイウコトハ訳ガワカンナイナ!」

「ナラ"寿司ブレード"ノ作法モシラナインダロ?」

板前の口から耳にしたことのない言葉が飛び出す。だが、寿司という語についていることを察するに回る寿司に関することなのだろう。

「寿司ぶれ…それは…回る寿司と言うやつか?」

「ソウダ!知ッテルノカ?」

「いや、知らない。すまないが教えてくれないか。」

そう言った途端、勘定台がすり鉢状に変形した。それに目を釘付けにされていると、板前が「ヨク見テロヨ。」と言った。彼は慣れた手つきで寿司を握り始めた。なんの魚は分からないが艶やかな白い切り身が乗った美しい握りだ。板前は割り箸を割り完成した握り寿司を箸で掴むと、右手に持った湯呑を勢いよく叩きつけた。箸から放たれた寿司はすり鉢状の台へと落下し、そこで猛烈に回転する。

「なんということだ…。」

眼前で繰り広げられる回転する寿司の姿に、私の心臓は刹那に揺れた。だが、確かに寿司が回転している。なるほど、これが子供達の言っていた"回転寿司"に違いない。驚きつつも納得した。

「ココニモウヒトツノ寿司ヲブツケテ戦ウンダ、ベーゴマ、ミタイナ。タダ、負ケタ方ハ自分ノ寿司ヲ食ベナキャイケナイ。ソレガ寿司ブレードダ!」

寿司同士のベーゴマ。ようやく回転寿司の全体が理解できてきた。時が流れ、どうやら寿司は単なる食事ではなくなったようだ。私が幼い頃などは「食べ物で遊ぶな。」と言われたものだがそれも変化したのだろう。寿司は単なる食文化から変化し、現代では闘技という訳だ。

「ヨネヅ、オマエモ注文ヲシテコレヲヤルンダ!」

板前は回転する寿司を拾い上げると、私の方へと品書きを手渡してきた。だが、品書きには"バラムツ"としか書かれていなかった。

「…?バラムツ?」

「当店ハ"バラムツ"専門店。」

板前が言う。バラムツは聞いたことがあった。確かこの魚の話をしていらっしゃったのは…東條閣下だった。閣下は生物学に造詣が深い天皇陛下から拝聴したと仰っていた気がする。なんでも真に美味な魚であるとか…他にも何か仰っていたような気がするが…今は思い出せない。

「寿司ブレードデ勝負シテ、オマエガ負ケタラ、バラムツヲ食ワセテ"記憶消去"ヲシテ数時間監禁スル。ソシテ、解放スル。」

「モシ某ニ勝テタラ、特別ニ"鍵寿司"ヲ握ッテヤル。後ロノ戸ヲ開ケタイナラ、某ニ勝ツシカ無イ。」

負けても美味な寿司を食えるらしい。ただ敗北して数時間監禁されてしまうのは時間が惜しい。腹を満たしたら、再び資料に向き合わねばと思っていたのだ。

「大和男児として、挑まれた勝負を受けぬ筋合いはあるまい。」

「フフフ……。物分リガ良クテ助カル。ヘイ、"バラムツ"オ待チ!」

板前が大きなバラムツの握りを出す。私は割り箸を割り、寿司を挟んで湯呑を持った。そうしている間に板前も既にバラムツを構えていた。板前によるとこの寿司は"バラム-II"というらしい。少なくとも前に来店した男はそう呼んでいたとの事だ。

「掛ケ声ハ、3、2、1、ヘイラッシャイ!、ダ。ワカッタナ?ヨネヅケンシ!」

また名を間違えられた。だが、そんなことは問題ではない。今集中すべきは目の前の"回転寿司"だ。

3、2、1、へいらっしゃい!

両者の寿司が台上へと射出された。その瞬間、私は奇怪なものを目にすることとなった。超高速で回転する板前のバラムツが、赤黒い稲妻を放っていたのだ。バラムツの白い身に稲妻が走り寿司の上方に空間の歪みのようなものが生じた。その歪みは次第に輪郭を作り出し、瞬く間に禍々しい人影となった。それはトゲで覆われていて、まるで悪魔か鬼のような姿をしていた。右手には巨大な金棒のようなものさえ握られている。

「コレハ聖霊トイウ!!聖霊ハ優レタスシブレーダーニシカ呼ビ出セナイ!!言ワバ、寿司ノ"神格"ダ!!」

なるほど、これが現代の寿司か。

バラムツから出現した鬼のようなそれは、手にした金棒を振り上げた。万事休す。終わるにはまだ早いだろう、そうは思っても為す術もない。

その時、奇妙な感覚が訪れた。バラム-IIを見ると、その上に何かがふわりと浮いていた。人型の何か、それはまるで…。

「バ、バカナ!!」

そこに浮いていたのは、私にそっくりの人型だった。派手な半袖シャツを着てふわふわと浮いている。私はあまりの衝撃に、感電したかのような感覚に陥った。バラム-IIの上に浮いたもう1人の"米津"が腕を広げる。

「ス、寿司ヲ回シタコトモナイ奴ガ、ナゼ聖霊ヲ!!」

宙に浮くそれを目にして、板前は驚き慄いていた。

『お前はどうしたい。』

宙に浮くもう1人の米津が鬼のような存在に向かって語りかける。金棒を振り上げたバラムツの鬼は何を答えるわけでもなく、ピタリと動きを止めている。

『…返事はいらない。』

その声と共にバラム-IIが異常とも言える速度で回転を始めた。接地面から黄色い稲妻が走り、バラム-IIの周囲を焦がしていく。

「F……Fuck!!!!」

板前が叫ぶと、とうとうバラムツ上の鬼が金棒を振り下ろした。だがバラム-IIの稲妻が板前のバラムツに直撃するや否や、鬼は忽ち消え去った。板前のバラムツが爆ぜ、板前自身に稲妻の流れ弾が当たる。板前の衣服もバラムツ同様に爆ぜ、板前の髪の毛がパーマネントをかけた頭のようにちりちりとしたものになる。

目の前で起こった超常的な現象に目を丸くしていると、もう1人の私がゆっくりと振り向いた。

『…明後日を探し回るのも悪くはないでしょう…』

そう言うと、もう1人の私は霧散するように消えた。寿司屋の中に半裸の板前と私だけが残される。

「私は勝った。さぁ、ここから出してもらおう。」

私が言うと板前はやるせなさを引っ提げたような面持ちで動きで鍵寿司を握りだした。

「オマエノ実力ヲ見誤ッタヨウダ…鍵寿司ヲ持ッテ…サッサト出テイケ!」

私は鍵寿司を受け取り引き戸へと向かおうとした。だがその時、寿司を握る板前の姿が目の前に浮かんだ。白く美しい握り寿司を拵える板前。あの挙動、あの寿司は恐らく長年の鍛錬によって培われたものでは無いだろうか。私は立ち止まり、板前の方へと向き直った。

「……すまないが、私に寿司を握ってはくれないか。」

「…!?…オマエ…一体何ヲ…?」

「…寿司を握る様を見ていて思ったのだ。身なりは恐ろしげだが、寿司を握るその技術は正に職人のそれだ。恐らく、その寿司はさぞかし美味いのだろう。」

板前は困惑する様子を見せていた。だがやや硬直した後、にっこりと笑った。

「褒メラレタノハ…ハジメテダ。ワカッタ。オマエノタメニ腕ニヨリヲカケテ寿司ヲ握ロウ。特別ニ、記憶消去モツケナイ!」

彼は急いで寿司を握り、寿司折の中一杯にそれを詰めてくれた。彼は寿司を握りながら"回転寿司"の後にどうなるかを教えてくれた。彼の言う事には"回転寿司"をしたあとは記憶消去されずとも記憶がだんだんと薄れるらしい。そして最終的には"回転寿司"のことを忘れるのだそうだ。全く、現代の寿司は不明なことが多い。

私は寿司折を有難く頂戴し、片手にぶら下げながら基地へと戻った。

私は椅子に座り、まだ記憶が残っているうちに寿司を食べることにした。白く美しい寿司が窓から差し込む夕日を浴びて光り輝いている。一貫の寿司を手に取り、醤油につけて口に運ぶ。口いっぱいに脂の豊かなバラムツの甘さが広がる。身から溢れ出す脂と唾液が混ざり合い、口の中でトロトロと溶けるようだ。バラムツ寿司に舌鼓を打ちながらバラム-IIから出現した人型のことを思い返した。

板前は彼を"聖霊"と、そう呼んでいた。板前が出した鬼と同様の存在…なのだろうか。若しかすると彼は私の「未来の音楽」を聞くことが出来る能力に何か関係しているのではなかろうか。それに彼は『…明後日を探し回るのも悪くはないでしょう…』と言っていた。あれはどう言うことなのだろうか。私は寿司を口に運びながら机の上に積まれた資料に目をやった。

「明後日を探し回る…か。」

過去ばかりを振り返っても仕方がない、ということだろうか。確かに、日本は敗れたのだ。今更過去を振り返っても仕方がない。私が目指すべきなのは新たな形の"帝国"の復興なのかもしれない。それは困難な道だろう。擦り切れて疲れ果てるかもしれない。だが、進むしかないのだ。明後日を探し回るのも悪くないかもしれない。

私は寿司を口に運びながらそんなことを考えた。

目覚めると腹に猛烈な違和感があった。腹痛ではない、猛烈な違和感。この違和感は間違いない。腹が何か受け止めきれないものと出会っている。テーブルの上にあるのは寿司折りの空、だが自分が何を食べたのかを思い出せない。そうこうしているうちに、腹の中の違和感は徐々に下方へと下がってきた。

どうしようもないほど熱烈に違和感が外部へと脱出しようとする。危険を感知して騒ぐ頭と腹の奥がぐしゃぐしゃになっている。

醜くも地を這って便所の方へと向かう。力むあまりうまく息が吸えない。呼吸をしようと体の力を少し抜いた。その時、何かが解き放たれた。

力が抜けていき、3000年の恨みが放たれたかのようななんとも言えない脱力感が体を支配する。そして同時に、臀部に暖かい物が広がった。

夢ならばどれほど良かっただろうか。床に鼻先が触れる。呼吸が止まる。ここに人がいたならば、確実に「私のことなどどうか忘れてください」とそんなことを心から願っていたに違いない。

「アイムアルーザー…。」

私の意識はここで途切れた。


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