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「おかあさーん、ご飯まだー?」
部屋の奥から声がする。子供の、男の子の声だ。
「はーいすぐご飯にしましょうねー」
私のすぐ横で男の子の母親の声がした。彼女は食器棚の前に立ち夕食用の皿を準備している様だ。
「今日のご飯なに?」
奥にいた子供がこちらへと駆けてくる。
「今日もお肉?」
男の子はそう言うとオーブンの中を覗き込んだ。
「えぇそうよ。昨日焼いたお肉が余ってるからね」
「やったー!!」
彼は手を上にあげ、嬉しそうに笑いながら跳ねている。どうやら肉が好きらしい。
「でもサラダも作ったからちゃんと食べるのよ?」
母親がサラダボウルに乗った野菜を男の子に見せる。すると、彼はわざとらしく頬を膨らませた。
「えぇ〜!やだぁー!」
「ダメよ。ちゃんと食べないと。」
男の子は母親にそう言われると「ちぇっ」と言って不服そうにイスに座った。すると、そこに別の子供がやってきた。座っている男の子によく似ているが、少しだけ大人びている。どうやら彼は男の子の兄のようだ。彼は男の子の隣に座り、テレビのリモコンを操作した。
「あぁー!今見てたのに!」
弟の方がテレビを見ながら言う。
「これから面白いのが始まるんだよ」
「はいはい、喧嘩しないの」
母親は盛り付け終えたサラダを二人の子供たちの前に出した。
「今日はパパが残業だから、もう食べちゃいましょっか」
母親は自分の分のサラダをテーブルに置くと、再び台所へと向き直った。
「お肉出すの忘れてたわ」
棚から大きめの皿を3枚取り出し、台上に並べた。兄と弟、母親自身の分だろう。
皿を並べ終えた母親はまな板の上に置かれていた包丁を握りオーブンの方へとやって来た。
「………………」
私はオーブンの中から彼女の顔を覗き込んだ。彼女の目は赤黒く縮み上がった私の背中を見ているばかりで、私の目を見ようとはしない。私は、昨日肉を削ぎ落とされて骨が見えている手を彼女の足に伸ばした。
「た……たたす………………て……」
焼け爛れた喉で声を絞り出す。
「智樹ー!どれくらい食べるー?」
「んー昨日と同じくらい」
私の声は彼女には届かない。どうやら彼女の目に私は人として見えていないようだ。
「春樹は〜?」
「えー……じゃあ……いっぱい!」
元気な男の子の声が聞こえた。
「もう……ちゃんと野菜も食べるのよー?」
母親はそう言いながら私の背中にナイフを突き立てた。ぞりぞりと、なんの躊躇いもなく肉と骨の間に滑り込ませたナイフを揺さぶる。段々と体から肉が削ぎ落とされていくのが分かった。熱に晒されて痛覚に敏感になった肉が彼女のナイフによってズタズタにされていく。彼女は何食わぬ顔で血の滴る私の背中の肉を手に持ち、皿の上に載せた。
「智樹ー!持ったから持っていってー」
「はーい」
奥から兄が走ってくる。彼は私の肉の載った皿を持ち、元いた席へと戻って行った。彼が私のそばを通った瞬間、私と彼の目が合った。だが、彼もやはり、母親と同じように私の事など気にも留めなかった。
再び母親が私の目の前に立つ。彼女のナイフは私の体を通過した時に付着した多量の血で濡れている。
点滅する視界と持ち上げることもままならない首の筋肉。それを使って彼女を見上げ続ける。
当たり前の、まるでハムでも切るかのような挙動で彼女のナイフが私の脇腹に突き立てられた。ナイフは楕円を描きながら私の右脇腹の肉と肝臓を抉った。ぼたぼたと、半分凝固した血液がオーブンの中に落ちる。彼女は取れた肉塊を二等分にし、それぞれ2つの皿に盛り付けた。彼女はそれを両手に持つと、足で私の入ったオーブンの扉を閉めた。
「こら春樹、いただきますの前に食べないの」
元々焼け潰れてほとんど見えなくなっていた視界が完全な闇に包まれた。
「はーい」
全身の力が抜け、焼け爛れた肉体からありとあらゆる感覚が剥離していく。
「じゃあ食べましょうか」
私は死の予感に身を任せ、遠のく意識で彼女達の会話を聞き続けた。
「それじゃあ…」
「「「いただきます!!!」」」
楽しそうに夕食わたしを囲む声が、オーブンの中で死んでいく私の耳に届いた。
- portal:4589204 ( 29 Oct 2018 15:23 )

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