悪魔に鉄槌を鮫には死を


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真っ暗な室内ではプロジェクターから投射された光だけが眩く輝いていた。ベッドに縛りつけられた少女がスクリーンに映し出される。黒い服を着た男が、ベッドに縛られ苦しそうに呻き声をあげている少女の上に覆いかぶさるように跨る。

『 父と子と聖霊のみなによって…』

男がそう呟くと少女は痙攣したかのように縄でベッドに繋がれた足を震わせ、歯をガチガチと鳴らし、白目を剥いて仰け反る。

『 父と子と精霊のみなによって…』

これは悪魔祓いexorcismusだ。男が、少女に取り付いた悪魔を追い払おうとしているのだ。

男が、少女に取り付いた悪魔を追い払おうとしているのだ。

『 父と子と精霊のみなによって…』

男が呟き、少女は苦悶する。そして──

コンコン、と扉がノックされた。プロジェクターの横の椅子にふんぞり返っている男はそれを無視したが、5秒も経たずに今度は少し強く扉がノックされた。彼は天井を仰ぎながら大きくため息をつくと、椅子から立ち上がりしぶしぶリモコンの停止ボタンを押した。リモコンをテーブルの上のワインに持ち替え、ヨロヨロと歩いて扉を開ける。真っ暗な室内に外の光が入り込む。彼は思わず、部屋の外の明るさに目を細めた。

「あぁ…修道院長…何かね?」

ドアの前には修道服に身を包んだ中年の女が立っていた。彼女は男の口から漂ってきたアルコールの臭いに分かりやすく顔を顰めると、右手で鼻の前を軽く払った。そして、顰めた顔のまま男の顔を見た。

「お客様です」

男は彼女の言葉を聞きながら額を掻き、唇を口の中に巻き込んで大きく鼻から息を吐いた。その顔、仕草、態度の全てに「面倒くさい」と書いてあるかのようだ。扉の枠に寄りかかり、わざとらしく目線を彼女から逸らすと、男はワインを揺すりその揺れる液面に目を落とした。

「私は今…忙しいのだが…」

「昼間から映画を見ながらお酒を飲むのでクソ忙しいのですか?」You say you're too fucking busy watching movies and drinking during the day?

女の左の瞼がピクピクと痙攣する。それは明らかな苛つきのサインであり、感情が表情に出やすい彼女の癖でもあった。その様子を見て男はやや肩を窄めたものの、とても修道院長の口から出たとは思えない「クソ」という言葉に反応して、片眉を釣り上げてみせた。

「いかんよ、クソなどと言っては。君は修道院長の地位についてからもう何年も経つだろう?言動とか…感情とか…律するべきだと思うよ。私は。それとね、このワインは……ワインはね……キリストの血だからいいのだよ…映画だって悪魔祓いのやつだ。だからこれはそういう…そういうヤツなんだよこれは──」

アルコールで脳の機能が鈍った男は、嗄れた声でまるで子供のような反論を並べ立てる。彼女は大きく、わざとらしく溜息を吐いた。苛つきを通り越して露骨に呆れているのが見て取れる。そんな様子を感じ取って男が言葉を詰まらせると、彼女はゆっくりと口を開いた。

「"連合"の方々です」

しばしの沈黙が訪れる。男の顔から徐々にふざけた調子が抜けていき、何かを懐かしむような、それでいてどこか煩わしさを覚えているような表情が浮かぶ。その間、修道院長は黙って男の方を見ていた。男はそんな彼女の様子を尻目にワインをゆらゆらと揺らすと、それに勢いよく口をつけた。喉を鳴らしてグラスのワインを一気に飲み干し、大きく息を吐く。

「わかったよ。今から着替えて行く……お客人には少し待つよう伝えてくれ」

そう告げて扉を閉めた。彼女は扉に口を近づけて「応接室でお待ちしてますからね」と叫ぶと、くるりと踵を返した。彼女の足音は「全くもう」などという呟き声と共に遠くなっていった。

真っ暗な部屋の中、男はシャツを脱ぎながら一時停止中のスクリーンを眺めていた。スクリーンにはグロテスクに歪んだ少女の顔面がアップで映し出されている。中途半端な状態で一時停止したためか、その顔は滑稽に歪んでいる。椅子の背もたれに雑にかけられていたキャソックに袖を通し、空になったグラスにワインを注ぐ。そしてそれをまたしても一気に飲み干す。再び空になったグラスをテーブルに置き、その手でテーブルの上に雑に投げ出されていた聖書とロザリオを手に取る。そして、名残惜しそうにスクリーンの中の歪んだ少女の顔を見ながら男は部屋を去った。

「司祭様はまもなくおいでになります。もうしばしお待ちになってください」

応接室に戻った修道院長は、豪華な椅子に腰掛けた男達に言った。先程とはうってかわり彼女の様子は至って丁寧な口調で、いかにも礼節を重んじている清廉な人物のようである。スーツを着込んだ3人の男のうち1人が「ありがとうございます」と言う。あとの2人は彼女の方を見ようともせず、険しい顔つきで手元の資料と机上に置かれたノートパソコンを見比べている。

男達は訪ねてきた時からずっとこの有様だった。飲み物を勧めようが真ん中の眼鏡の男が「お構いなく」と応えるだけで、あとの2人はただただ作業をしている。それだけでなく、応接室の外の廊下には何人もの人間達がうろついている。彼らはこの3人の男と共に修道院の中に入り込み、勝手に警備を始めたのだ。何より我慢ならないのは彼らが銃を腰に提げていることだ。ここは祈りの場であり修道生活を送るための場なのだ。何を警戒してそんなものを持ち込む必要があるというのだろうか。ろくな事前連絡もなしに何人もの武装した人間を伴って修道院を訪れるなど論外だ、と彼女は思っていた。だが同時に彼らにそんな理屈は通じないであろうことを彼女は理解していた。教会等への銃器の持ち込みは州法で禁止されている。だが彼らは──"連合"は州法すらも飛び越えることが出来る。地下組織。秘密結社。一般社会に表立って姿を見せることはなく、世界の暗所で蠢いている組織。呼び方は色々とあるであろうが、"連合"という組織がそういうものであることを彼女は理解していた。

普通、こういった組織が表に出てくる時は何らかの隠れ蓑に身を包んでいる。ホームレスであったり、住民であったり、ツーリストであったり、警察であったり、軍隊であったり、政府関係者であったり。公衆に自分たちの姿を晒さない様に活動するためにそのような偽装をするはずだ。今回も彼らは表向きにはアメリカ合衆国政府関係者を名乗ってこの修道院を訪れた。彼らは応対した修道女に政府関係者であることを示す身分証を提示し、修道院の中へと入ってきた。だが彼らは公然と、修道院長にはこう名乗った。「世界オカルト連合」であると。この修道院には修道司祭を頼ってたまにそういう連中がやってきた。その相手をしているうちに、どうやら彼女は協力者と見なされていたらしかった。

彼女は表面的には頬笑みを浮かべ、丁寧に繕ってこそいたが汚らしい罵りの言葉と舌打ちが口から漏れないように必死に取り繕っていた。

「直前でなくて、もっと前もって連絡を下されば準備をいたしましたのに」

キーボードを叩く音を鬱陶しく感じた彼女が、至って優しい笑みを浮かべたまま嫌味を言う。相変わらず両脇の男達は無反応のままで、またしても真ん中の男だけが顔を上げた。

「本来はそうすべきでした。しかしご連絡を差し上げる時間も惜しいほど、喫緊した──」

男の発言を遮るように、ガチャリと音を立てて応接室の扉が開かれる。キャソックを着込み、ロザリオを首に提げた老人が現れた。うねりつつもしっかりと整えられた白髪は、シワの刻まれた顔と相まって威厳を醸し出している。高齢であるが背筋は真っ直ぐに伸びており、キャソックを着ていてもその身体の厚みがわかるほどに体格が良い。

「大変お待たせしました。」

老人は朗らかに微笑みながら、やや赤らんだ鷲鼻の上を滑りつつあった眼鏡を掛け直した。彼が部屋の中に一歩足を踏み入れると、3人の男たちが椅子から立ち上がる。

「あなたがジェイコブ・クロフォード修道司祭ですね」

真ん中の男にそう聞かれた老人は優しい笑みを浮かべながら「左様です」と答えた。

男の名はジェイコブ・クロフォード。この聖サウスフリント修道院の修道司祭にして、元世界オカルト連合108評議会傘下組織のエージェントであり、元祓魔師exorcistである。




悪魔に鉄槌を_鮫には死を


GIVE DEAL A HARD BLOW TO THE DEVIL

GIVE DEATH TO THE SHARK






クロフォードは椅子に腰を下ろすと、その細めた瞼の隙間からちらりと目の前の男達を見た。3人ともスーツを着ているが、両脇の男達は恐らくは連合の技術者か研究者だろうと推測した。彼ら二人の着ているスーツはただのビジネススーツだ。 彼らのスーツのシワを見るに、彼らは普段はジャケットを着る機会も少ないものと見れる。察するに何らかの任務の後方支援のために同伴しているのだろう。彼は、二人の間に挟まれた男こそが連合のエージェントに違いないと確信していた。Gen+1ナノ繊維縫糸が組み込まれているであろうやや硬質な質感の、それでいてあたかも普通の布地で出来ているように不自然でないシワが意図的につけられているジャケット、何らかの装置が組み込まれているであろうフレームのやや太い眼鏡、そして偽装用の香水に紛れてスーツから漂う独特の臭い。それは連合の標準任務服、標準実地礼装Standard Field Dress、通称"ブラック・スーツ"と見て間違いないだろう、と彼は思った。SFDは連合のエージェントとして活動していた時から既に配備されていて、クロフォードもそれを多く装備してきた。様々な形態の衣類に偽装できるSFDだが、それの着用感は衣類の形態に関わらず常にどちらかと言えば不快なものであり、彼はそれに着慣れるまでに大層苦慮したものだった。今のSFDはクロフォードが活動していた25年前のものよりもバージョンアップされているはずだが、その基本的な特徴は大きくは変わっていないはずだ。これを少なくとも表面上は難なく着用していることから、この真ん中の男がある程度経験を積んできたエージェントであるとクロフォードは推測していた。そして何より、彼はこの男の顔つきに見覚えがあった。彼の面構え、それはこの男が数々の修羅場を越えてきたことを示している。顔筋を駆使して愛想の良さそうな表情を作っているが、その顔貌の薄皮一枚隔てた先には連合工作員として培ってきたであろう冷酷さと覚悟が存在している。それが何よりもクロフォードにこの男が経験豊かなエージェントであることを確信させた。

「初めまして、クロフォード修道司祭。世界オカルト連合から参りました。イーライ・オールディスと申します。」

「初めまして。エージェント・イーライ」

クロフォードがそう答えるとイーライは一瞬動きを止めた。笑顔の形に歪められた瞼が若干見開かれ、そこから驚愕の色を持った瞳が覗く。だが1秒にも満たない間に、彼の顔筋は再び愛想の良さそうな作り笑顔に巻き戻った。

「はは。えぇ、その通り、私はエージェントです。…資料によればあなたがGOCを去って25年と数ヶ月との事でしたが、その手腕は失われてはいないようですね」

クロフォードの推測は的中していたようだった。そして込み上げてきた驚きすらも一瞬のうちに律する感情制御の精度を鑑みるに、やはり彼はある程度の経験を積んできたエージェントと見えた。

「こちらは私と同じ排撃班の…」

「アランです。アラン・ジョーンズ」

「こんにちは。ニック・ベイリーです」

イーライに続き両脇の男達が名前を述べた。手を差し伸べてきた彼らとテーブル越しに握手を交わしながら、クロフォードはやはり微笑みを崩さぬまま話した。

「それで、用件とはなんでしょうか?」


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