Tale下書き「救ってくれよ(仮)」

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2019年3月6日。その日、世界中の人間が自ら命を絶った死のミームは音もなく過ぎ去った。

風の音しか聞こえない白い部屋の中で、ただ一人それを乗り越えた男は孤独に空を見上げていた。

「いい天気だ。」

そう呟いた男の前には、美しく澄み渡った空がどこまでも続いている。

部屋に備え付けられたコンピュータを起動しながら、男はふと、数年前のある日のことを思い出していた。

 
 
 


その日、同僚数人で集まって食事をしていた時のこと。誰かがこんな話題を切り出した。

『果たして、死は救済なのか?』

あまりに物騒な話題だが、なにせこんな職場で働いているのだ。俗世と比べても死について考える機会が多いのだろう。同僚たちは自らの考えを口々に話し始めた。

「当たり前だろう。この世にどれほど悍ましい物が溢れているか知った今、死を選ばない方がどうかしてる。」
「あるオブジェクトに囚われると死んでも死ねなくなると聞くぞ。死ねるだけ温情だろう。」

何人かは死を救済だと認め、

「お前は何も分かっちゃいない!こんな場所で死んでもどうせ異常空間に飛ばされるのがオチだ。」
「死んだところで結局は財団の職務を続けさせられるという噂を聞いたことがある。間違いなく今よりさらに酷い仕事をやらされるに違いない。」

また何人かはそれを否定した。

内容としてはまさに十人十色、クリアランス違反ギリギリではないかというような話をする者もいたし、その場で考えが正反対へと変わった者もいた。議論は思いの外白熱し、皆は目の前の料理が冷めるのも忘れて語り合っていた。だがその生き生きとした顔は、自らの死について話している人間の表情には見えなかった。

一方、私は議論にはあまり参加せずに食事を続けていた。理由は簡単で、私は根っからの否定派であり、どちらが多数派かなど心底どうでもよかった。死ぬことで救われる世界など、考えただけでぞっとしない。隣を見ると、私と一番仲の良かった同僚も議論を聞いてばかりの様子だった。その時は、きっと彼も私と同じような考えなのだろうと思った。

しかし、議論も落ち着き皆も料理を食べ終わるかという頃、彼が思い詰めた顔をしてぽつりと呟いた、きっと私にしか聞こえていなかったであろうあの言葉だけはハッキリと覚えている。

間違いなく死は救済だよ。だって……

当時の私にはよく意味がわからなかったその一言は、なぜかいつまでも耳に残り続けるのだった。

 
 
 


数刻の後。

とある報告書の内容に目を通した男は、コーヒーを啜りながらもう一度空を見上げた。

「やっぱり、あいつが言ってたことが一番正しかったのかもしれないな。」

……だって、死ねたら死なずに済むじゃないか。

そう呟いた男の前には、美しく澄み渡った空がどこまでも続いていた。


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