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権力は腐敗する。絶対的な権力は絶対的に腐敗する。

20██年4月██日 サイト-8100 財団日本支部幕僚本部政治局長オフィス 西塔道香

「で、あたしが呼ばれたのはどういう要件だ?」
西塔道香は随分ご機嫌斜めだった。春物ブラウスとチノパン、スニーカーというラフな姿で休暇すべてを使った公費旅行に向かおうとしていたところの緊急招集、しかも政治局長代理――あの忌々しいロシア人によるものとなれば、どうせ碌な話ではない。さらには、ロシア人のオフィスに来てみれば、黒いペンタゴン・ゴシックのスーツを着こなした天下り役人と、黒いスーツと黒革の手袋が印象的な陰鬱なスパイマスターまで同席している始末で、西塔は待ち受けているであろう難題に頭を抱えたくなった。
ロシア人――イヴァノフ政治局長代理は、オフィスの磨き上げられたマホガニーの机に、ショットグラスを2つ並べ、背後の酒棚から年代物のコニャックを取り出し、注いでいく。
「まあ、まずはこれでも呑んで機嫌を直せ」
西塔の首筋の産毛が逆立つ。イヴァノフは人をねぎらうためにわざわざ高級酒を振る舞うような人間ではない。つまり、この愛想のいい接待も難題の度合いを表しているということだ。
「奢られたって何もでないぜ」
そう返しながら、ええいままよとばかりに一気に飲み干す。強い酒精が喉を灼き、芳香が鼻孔へと伝わる。思わず手酌でもう1杯飲み、3杯目でイヴァノフに止められた。
「リラックスは必要だが、素面の範疇でいてくれんと困る」
「わかったよ、で、要件は?」
西塔の再度の問いに、イヴァノフはようやく要件を持ち出した。
「まず、そこの道策が持っている書類の内容を確認してくれ」
天下り役人――幕僚部総合企画局員、道策常道が書類を西塔に手渡す。西塔は"Your Eyes Only"と書された書類に目を通し、速読術と暗記術で内容を素早く頭に叩き込む。
書類の概要は以下のようなものだった。
「カオス・インサージェンシーのフロント団体――日系と中華系の半グレ集団が提携した犯罪組織『東亜連合』が、出所不明の『特殊な薬物』を売りさばき、その資金力をもって勢力を拡大、関東圏の反社会勢力を圧倒している。カオス・インサージェンシーのこれ以上の勢力拡大は、星鳥事件で与えた打撃を無にしかねない。そのため、少人数の特殊工作チームを組んで『東亜連合』の薬物入手ルートを洗い出し殲滅することで、彼らの勢力拡大を阻止する」
西塔は三白眼でイヴァノフを睨みつけた。
「なんでこんなでかいヤマに少人数の特殊工作チームを組んで掛からなきゃならないんだ。機動部隊かJAGPATO条約軍の出番だろ」
「それについては私から説明しよう」
道策が眼鏡をクィっと指で持ち上げながら告げた。
「現在、機動部隊も-9(”都の狩人”)は『重臣会議』残党と結託していたカオス・インサージェンシーのセルを殲滅するために作戦活動中だ。今回の作戦とは補完的な形をなしている。そしてJAGPATO条約軍はあくまで財団とGOC、日本超常コミュニティの総意がなければ編成できない」
「なんで総意が取れないんだ?」
西塔は眉をひそめて道策を睨みつけるが、道策の眼鏡は照明を受けて光っており、表情は計り知れない。
「GOC極東支部からは『これは財団内部の問題であり、財団が処理すべき案件である』とつれない通告1つしか帰ってこなかった」
「てめえから離脱者出しておいて随分な言い草だな、おい」
GOC極東支部は「星鳥事件」の際に傘下の五行結社からカオス・インサージェンシーへの離反者を出している。にもかかわらず、この厚顔無恥な言い様。呆れた連中だ――西塔は舌打ちする。
彼女の無礼な態度にも構わず、道策は言葉を継ぐ。
「日本超常コミュニティは――特に警察庁特事課は財団に協力する姿勢を見せているが、彼らの目的が日本国における日本超常コミュニティの勢力拡大にあることを鑑みると、うかつに協力するのは帰って財団の弱みに付込まれることになる」
「だからって少人数の特殊工作チームで調査と破壊工作をしろってのは無茶すぎんだろ、特事課にはコネもある、JAGPATOの枠組みで動くべきじゃないのか」
「限定的なら日本超常コミュニティとの協力も許可する。戦術対策チームから支援部隊を引き抜く。装備も最新のものを与える。人数こそ少ないが、よりすぐりの精鋭を充当する。これで納得してもらえないだろうか」
「――海野もサポートにつけろ。来栖もだ」
1人でも多くこの厄種に引きずり込もうとあがく西塔に、道策は首を振った。
「エージェント・海野はそちらに回す。だがエージェント・来栖は別途任務が与えられている」
再び西塔は舌打ちする。あの中学生、上手く立ち回って厄種から逃げおおせたか、別の厄種を掴まされたか知らないが、少なくとも西塔と同じ泥舟に乗ることはないらしい。
そして道策はダメ押しのように告げた。
「正式な作戦指令書は明日発行される。それまでサイト内で待機していてくれ」
「――了解」
ぶっきらぼうに西塔は応え、そのままオフィスを出ていった。出ていく前に一瞬、違和感を覚える。
――結局一度も発言しなかったあの陰気なスパイマスター、なんのためにここにいたんだ?
だが、西塔はそれ以上追求せず、サイト-8100の酒保に直行した。

20██年4月██日 サイト-8100 財団日本支部幕僚部政治局長オフィス コンスタンティ・アレクセイヴィッチ・イヴァノフ

西塔の退出後。
「あの髪は短いが知恵の長い女は、上手く立ち回るでしょう。それは保証しますよ」
イヴァノフはヘネシーを一杯呷ると、陰鬱なスパイマスター――グレアム・マクリーン日本支部内部保安部門統括次官に向けて告げた。
「結構。君の人選は信頼している」
「信頼とは、貴方の口から聞ける言葉としては相当にレアですな」
イヴァノフの皮肉に、マクリーンは陰鬱な表情と無言で返す。イヴァノフは肩をわずかに竦め、言葉を継いだ。
「しかし、切り札は温存しているのでしょう?」
更に沈黙。イヴァノフは口元をニヤリと歪めた。
「沈黙もまた答えですからね。いずれにせよ私は貴方に逆らえない。立場上ね。せいぜい任務に精励することにしますよ」
「今はそれでいい。君の自己保身能力も計算に入れた上での作戦だ。最適の健闘を期待させてもらう」
マクリーンはコート掛けにかけていたトレンチコートを着込み、そのままオフィスを出ていった。残されたのはこの部屋の仮の主であるイヴァノフと、彼の側近にして便利屋の道策の2人だけだ。
「なあ道策」
「なんでしょう?」
「マクリーンは俺も疑ってる、そうだな?」
「まあ、流通している違法薬物がGRU"P"部局のR系記憶処理剤ともなればそうですが、そもそもにおいて、彼が疑わない人間なんていますか?」
あくまで生真面目に、道策はマクリーンを批判する。GRU"P"部局と財団ロシア支部、そして財団日本支部の癒着が発覚したのはつい最近のことで、一号理事"獅子"の失脚まで招いた事案だ。"獅子"の手駒の残党がまだその癒着を維持し、さらにはカオス・インサージェンシーと結託している可能性があるとなれば、マクリーンがすべてを疑う偏執狂の本質をむき出しにするのも理解できる反面、やりすぎを懸念したくもなる。
「違いない。だとすると俺は自己保身のために、不関与を証明するかどこかに『真犯人』をでっち上げるなりしなきゃならんってことだ」
イヴァノフは悪びれもせずうそぶいてみせる。彼の立場は政治的にグレーだ。だからこそ、グレーのままでいる必要がある。ホワイトになれば彼が持つコネの大半は失われ、ブラックの烙印を押されれば粛清を免れ得ない。
「後者は悪手ですね。全力で彼の求める成果を出すほかないでしょう」
「わかってるとも道策。だからこそ俺はやつの投げたボールを走って加えて戻ってこなきゃならん。面倒なゲームだが、西塔たちを巻き込めたのは運が良かった」
「貴方も人が悪い。ならば我々が追っているのが財団内部の腐敗勢力である可能性も教えてやればよかったのに」
責めるような表情の道策に、イヴァノフは人の悪い笑みを浮かべて応えた。
「それを教えるとマクリーンにあいつまで目をつけられるだろう? それに実際手駒は少ないんだ、存分に使い倒させてもらう」

20██年4月██日 サイト-8100政治局ブリーフィングルーム 西塔道香

酒保で明け方まで呑んでいたためひどい頭痛がする。頭痛薬を水で流し込み、しばらくして頭痛が去った後、西塔はシャワーを浴びて仕事着――黒いスーツとホットパンツ、パンプスに着替え、道策の指定時刻5分前にブリーフィングルームに到着していた。広々とした部屋にずらりと並んだ椅子の1つを適当に選んで座ると、見慣れた顔のエージェントたちがぞろぞろと入ってくる。
西塔と同じ服装の、だがどこか垢抜けた印象の美女は立花育子、その後ろをおずおずとついてくるコーカソイド系のどこか少女らしき雰囲気を残した女性は雛倉結愛、ツーマンセルで行動することの多いエージェントで、西塔も何度か作戦を共にした記憶がある。2人とも実力は確かで、イヴァノフと道策の集めた人材はたしかに精鋭だと思ったが、彼女らの経歴には傷がある。SCP-014-JP-JとSCP-014-JP-EX。それが立花と雛倉の元の名前だ。西塔も認識災害に曝露しており、自覚はないが性格の変化があったと記録されている。
――脛に傷持つ連中の混成部隊かよ。
西塔は苦い顔をしたが、次の瞬間更に渋面になった。
「アイヤー、道策サンから云われて来てみれば、人数これだけカ、少ないアルね」
協和語を操る、チャイナドレスを優雅に着こなした玲瓏な美人、許山華は西塔の頭痛の種だった。なにしろ、作戦遂行能力と行動力は抜群だが、曰く仙薬で不死になった、曰く財団仙拳の継承者である、という胡散臭い噂が付きまとう人物だ。信用はできるかもしれないが信頼できない。
――おいおい、こいつとも組むのかよ……。
天を仰ぎ、ぶり返した頭痛をこらえていると、最後に顔の印象が薄いスーツ姿の男性を先頭に、迷彩服を来た数名の屈強な男たちが入ってきた。
「西塔さん、大丈夫ですか?」
先頭の人物は彼女の戦友、海野一三だった。見慣れた――と云ってもすぐに記憶から薄れるのだが――顔に、思わずホッとする。
「おお、大丈夫だ。にしても混成チームもいいところだな」
「それについては、私から説明させてもらう」
最後に入ってきた官僚然とした男、道策が告げる。
「今回の作戦はいわゆる秘匿作戦だ。そのため人員を多く、まとめて引き抜くことは困難であり、結果このような混成チームを形成することになったと理解してほしい」
「本当にそれだけかよ」
西塔の追求にも道策は動じず、言葉を継ぐ。
作戦のケースオフィサーは私が務める。チームリーダーは西塔君に任せたい。作戦名は《アイアン・クロウ》、チームの名称は『鴉』だ」
だが、この天下り役人が鉄面皮を晒すときは、なにか隠し事があると、彼女はそう長くない付き合いの中で知っていた。
――もしかして使い捨てにする気じゃないだろうな?
西塔が引きずり込んだ海野以外は、脛に傷持つエージェントばかりが招集されているのはそういう理由ではないかと推測する。いや、海野も日本超常コミュニティと近すぎる。その意味では同じか。だが、口には出さない。
そんな西塔の懸念をよそに、道策はブリーフィングルームの壇上に立ち、着席した全員に告げた。
「ではブリーフィングを始めよう。君たちはを特殊工作チームを組み、カオス・インサージェンシーのフロント『東亜連合』のPoIを確保し、流通している違法薬物についての情報をできるだけ収集してほしい。その際、財団らしい『スマートな』手法を用いず、あたかも敵対反社会勢力が襲撃したかのような、粗雑な手法をとってもらう。これは財団が動いていることを隠蔽するための絶対条件と考えてほしい」
『粗雑な手法』は財団エージェントとして一応の訓練は受けているが、抵抗感はあった。
「道策サン、そのやり方はさすがに気乗りしないんだけど……」
西塔がそう告げると、道策は眼鏡の位置を直し。
「繰り返すが、今回の作戦において財団の関与を隠蔽するための絶対条件だ。その際に多少荒っぽい手口を使うのは、許容範囲ではないかね?」
「待てよ」
「我々が汚れ役を引き受けるんですか?」
西塔が激発するのを抑えるように、立花が口を開いた。
「その通りだ。財団にとって必要な行為と倫理委員会も認識している」
「ならば、問題ありませんね」
大ありだ、と西塔が口を開こうとするのを、立花が制する。
「私達はその役割分担を受け入れます。エージェント西塔、あなたも財団職員であるならば、忠誠と義務の重さをわきまえてください。ましてやリーダーなんですから」
忠誠と義務。傍若無人に振る舞っている西塔も、自らが財団エージェントであるという自覚はあった。だから、それを突きつけられると黙るほかない。苦虫を噛み潰し、立花を睨みつける。すると雛倉に鋭い蒼い眼で見据えられていた。吸い込まれるような蒼い眼からは、立花を守ろうとする意志が感じられた。西塔はなんだかバツが悪くなって視線をそらす。
そんな水面下での攻防をよそに、道策は続けた。スクリーンに中年男の顔写真とプロファイルが表示される。
「PoI-████、鮫島弘明。『東亜連合』と結託している中規模商社『鮫島洋行』の創業者社長で、ロシアから密輸入した違法薬物を『東亜連合』に卸売していると諜報部門は判断している。彼の身柄を確保し、情報を入手することが君たち『鴉』の第1の任務となる」

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