Tale下書き「三葦撮影長の休日 〜京都編〜」

物事には必ず前兆があるものだ、と誰かが言った。人が人に対して何かをしようとする時、身体の動きや顔の表情なんかに変化が表れたり、大地震の前には小動物がその場から逃げ出そうとしたり、大なり小なりそういう前兆がある。そういう点に気づく観察眼を持つ事で手痛い経験をせず安全に人生を歩んでいけるのだと。

なるほど、確かにそれは理に適っているかもしれないと、若かった私は誰が言ったかも知れぬ言葉に強く共感した。
実際それは役にも立った。対人関係は良好になったし、戦地を歩む時は

休みの日でさえ、財団に連なる者は気を置く事は許されない。正直、今回の事で私はそれを強く痛感した。もちろん私は如何なる状況でも自分の職務を全うする事に異存はないし、事を成すにあたっての覚悟を持ち合わせていると自負している。だが悲しきかな。異常なるモノとの遭遇は常に唐突なのだ。奴らは日常の、ふとした瞬間に我々人間の側へと姿を表す。日常の中に潜む恐怖ほど厄介なものはないのだ。それこそ、今から話す私の体験のように。

「やっぱ冬だよねぇ、京都は」
などと通ぶって独り言を愚痴る私こと三葦一郎太は、カメラマンを生業としている。ただ私は普通の(普通がどういうものかは知らないけれど)カメラマンではない。
私はこの世に蔓延る異常なモノを確保・収容・保護する組織、SCP財団の専属カメラマンなのだ。悍ましく恐ろしい存在の姿を先行して発見・撮影し、異常性の解明と収容をより強固な物にする為に役立てる事が私の役目、私の与えられた使命だ。

そんな私が、私服のコートとマフラーに身を包み愛用のカメラを携えて京都にやって来たのにはそれなりの理由……がある訳では無かった。今回は完全にオフ、久方ぶりの休日である。強いて言えばそれが理由なのだが。

有り体に言うと、休みを押し付けられたのだ。私は異常や怪異と第一線で立ち向かう職務であり、傷がつく事はしょっちゅうだ。生傷は絶えないし、傷跡や古傷のせいで体は見せられたものではない(まあ財団関係者には私の奮い立つ筋肉と共に常に見せている訳だが)。
そして遂に職場の医師から「休め」と強く念押されてしまったのだ。休養と精神の安定も兼ねて、旅にでも出ると良いと言うのがその医師からの処方箋となり、故に私は古都・京都での暫しの旅行を享受していると言う訳なのである。

「お兄さん、おおきに」
「どうも……おお、美味そうだ」
京都での楽しみと言えば、歴史ある神社仏閣巡りや風光明媚な景色が挙げられるだろうが、久々の電車での移動に手こずり弁当を買う時間も無かった私にとって、まず腹ごしらえをする事は急務であった。そんな訳で訪れたのは京都市東山区は産寧坂あたり。「三年坂」の別名で知られるこの坂周辺は、石畳が独特の雰囲気を醸し出す雅やかな街並みが広がっている。街道沿いには買い食いに最適な食べ物・飲み物を売る店が所狭しと並んでおり、私の食欲を刺激する。
しかしせっかく京都まできたのだから、何か「らしい」物を食べたくなるのは私だけではないだろう。そうして探し当てたのが、今手元にある生麩串だ。分厚い生麩に胡麻が散らされた味噌がかけられており、食べやすいように串が刺してあるというシロモノ。普通の生麩とよもぎ麩の2種類があったので一も二もなく両方を買ってしまった。仕方ないじゃあないか美味そうなんだもの。
「そんじゃ……いただきます」
贅沢にかぶりつく。ちょっと勢いづいたせいか口元に味噌が付いてしまったが、そんな事を気にする前に駆け巡る思い。
「……うーん。美味いな」
今になって思えば何とお粗末な表現だろうか。今度からもっと語彙力を鍛えるべきだろうと我ながら思った。
しっかりと焼かれた生麩は程よい熱さで冬にはぴったりの逸品だった。表面は香ばしく、中はもっちりとした生麩が少し甘めの味噌が絡み合う。口の中で生麩がとろとろと解れていく感覚は私の少なすぎるボキャブラリーでは言い表せられない程に素晴らしいものだった。普通なら少しくどく感じてしまうだろう味噌の甘ったるさが、胡麻の存在によってカバーされ絶妙に飽きを感じさせない。
美味い。美味すぎる。何だこれは。幾ら腹が減っていたからといって目の前のこいつは余りに罪づくりじゃあないか。ついつい二口、三口と食べたくなってしまう。2本目に食べたよもぎ麩の串もかなりのものだった。少し苦味のある風味が更に食欲をそそり、一本目の普通の生麩のものとはまた違うハーモニーを奏でる。気づいた頃には既に完食してしまっていた。
「これは……これは……」
少し悩んだ末、もう2本食べた。

「にしてもお兄さん、ええガタイしてはるんね」
出されたお茶を啜りながら一息ついていると、お店のご婦人が声をかけて来た。
「えぇ、鍛えてますからね。何ならちょっと触ってみます?この腕あたりなんか」
私は腕の筋肉を隆起させ、ジャケット越しに力瘤を作って見せる。ご婦人はお気に召してくれたようだ。やはり筋肉は至高のコミュニケーションツールである。
「観光?」
「えぇ、まあそんな所です。何せ京都に来るのは学校の修学旅行以来なもんですから……」
「それはええなぁ。京都は見るとこ多いさかい、目移りしてまうやろ?」
やはり地元を誇らしく思っているんだろう。ご婦人は少し自慢げだった。
「どこかおすすめの場所はありませんか?観光名所はだいたい修学旅行か何かで巡ったんですが、こう……地元の人が知ってるおすすめの……というか」
「せやねぇ……」
少し考え込むご婦人。
「……街から外れて山の方にあるんやけど、それでもええ?」
「構いませんよ。鍛えてますから」
「それならかまへんのやけど……。嵐山の方、分かる?」
「竹林が有名なあそこですか?」
「そうそう、あそこから山の方に行く道があってな、だいぶ歩いた所に山田捻木尾って場所があんねんけど、そこに最近古ーい神社がある言うて噂になっててなぁ」
山深くの知られざる神社……ご利益がありそうな場所だ。最近で言う所のパワースポットという奴だろうか。
「何でもね?その神社……というか社が丸ごと木に侵食されてるらしいんよ」
「社丸ごと?えらく大きな木なんですね」
「あー言うても社は小さいもんやからそこまでやって聞いたけどね」
小さいのなら侵食されてもおかしくは無いだろうが、しかし木が侵食されるほどにまで捨て置かれていたのは不思議な話だ。通常神社には管理人がいて社を守っているのだと聞いたことがあった。話から察するに相当昔から捨て置かれていたのだろう。
「で、そこの神社にお参りすると、願いが叶うらしいんよ」
この一言に体がざわついた。職業病という奴だろうか。最近まで誰にも知られることなくあり続け、人の願いを叶えてしまう神社。話半分に聞けばどこにでもありそうな話だが、しかしこの世にはそれに似た異常なものが存在する事を私は知っている。
「願いが叶う、とは?」
「聞いた話やと、無くしたものがたまたま出てきたとか良い人が見つかったとかやね。
とにかくそういう神社があるて聞いた位かなぁ」


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