最近の女学生のガラケー事情

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「以上で財団の通信機器講習を終了します。端末の操作等で不明な点は配布したマニュアルか、それぞれの担当博士に確認するようにしてください。」

ふぅ、と一息吐いてみる。いや、携帯を支給されるだけなのに覚えなければいけないことが多すぎる。学生時代でもこんなに頭を使ったことは無かっただろう。
私、エージェント杉村は以前はSCP-1160-JP-EXとして財団に収容されていたが、その時に学生という身分を捨てている。まあ、学生どころか戸籍すら捨てたのだが、その話も今は関係ないので捨てておこう。
財団という組織に入って半年ほど訓練を行い、エージェントとして活動する最初の仕事が今日の情報端末の取り扱いに対する講習に参加する事だった。
近年の情報化社会において機密事項の取り扱いは財団にとっては死活問題であり、情報漏洩など以ての外。だからこその講習である。端末の操作方法から端末紛失時の対応に処罰についてなどなどなどなど…。昔、おばさんにスマホを買ってもらった時は取り扱い説明書なんて流し読みするだけだったが、その数倍の情報を頭に叩き込まれたのだから溜め息の一つも吐きたくなる。それでも使い慣れたスマホであればそうでもなかったかもしれないが、私が支給されたのは二つ折りタイプの、いわゆるガラケーと呼ばれるものだった。
通常であれば財団職員に支給されるのは一般企業のそれとは比べ物にならないほどのセキュリティがかけられ、様々な機能を与える改造を施したタッチパネル式のスマートフォンのはずだ。だが、私は左腕が怪我で動かない。手の小さい女の身としては片手でスマホは操作しにくいのだ。特にエージェントとして活動する上で緊急事態の時に咄嗟に連絡できないのは痛手である。なので、片手でも操作しやすい改造ガラケーが私に支給されることになったのだ。まあ、スマホの方が利点が多いので今ではほとんど使われなくなったと聞いている。その証拠に今回の講習に参加したのは私の他にもう1人だけだ。チラリと目線を向けると、私よりは年下であろう女子高生…もしかしたら中学生ぐらいの子が興味深そうにガラケーをパカパカと開閉している。無理もない。私も昔からスマホだったし、友人達や周囲の大人も皆スマホだった。ガラケーに触れたのなんて生まれてはじめてだ。きっと彼女もそうなのだろうとボーっと見ていたら、その子は自分の鞄から全長50 cmほどの細長いピンクのヒョウのぬいぐるみをガラケーにくくりつけようとしていた。

「…いや何で?」

不意に私の口から出た疑問が聞こえたのか、彼女がこちらを向く。

「えっと…何でしょう?」

「え、あ、いや、何、その大きなぬいぐるみ?」

「あ、この子ですか? 東京のナウいヤングの間で携帯電話を落としにくくするためにぬいぐるみをストラップにするのが流行ってるって聞いたんですけど…違うんですか?」

「…いや、聞いたことないんだけど。」

「え…うわぁ、また騙された…。」

ガックリと肩を落としてぬいぐるみを鞄にしまいだす。

「私、最近の流行に疎くって。研究員の人とかが色々と教えてくれるんですけど、私が知らないのをいいことにイタズラで変なことを教える人もいるので…。ホント、チョベリバってやつですね。」

変わった子だった。財団には変な人が多いと聞いていたが、噂に負けない変わった子だった。

「あれかな。昔に流行ってたってテレビで見たことあるかも。まあでも、ケータイより大きいの付けてたらジャマじゃん?」

「…ですよねぇ。私も変だと思ったんですけど、今の人達ってすごい格好してるらしいじゃないですか。ヤマンバギャルとか。」

また騙されてる。なんていうか、日本に来たばかりの外国人英語教師に変な日本語を教えようとする、あんな感じなのだろうか?

「とりあえず、渋谷とか原宿には行かない方が良いと思うよ。変な影響を受けそうだから。あとはアキバとか。」

「アキバ…秋田のことですか? ヤマンバじゃなくて…ナマハゲ?」

可愛らしく首をかしげる姿はあざとさを想起させるが、おバカキャラだとか天然系と呼ばれる人達とは一線を画す、しっかりとした知性を感じる。
…変な感じだ。決してバカにしているつもりはないけど、妙な優越感と微笑ましさが混ぜ合わさったような、変な感じだ。でも、騙されやすいだけで悪人ではないみたいだ。素直な可愛らしい子だと思える。

「やっぱり今の東京は怖いなぁ。社会復帰プログラムでは教わらなかったし…。」

…気になる単語が聞こえてきた。

「何? 社会復帰?」

「あ、はい。あの…色々あって。」

そうか。彼女も財団の関係者だ。異常な事態に巻き込まれた被害者だった可能性もあったはずなのに。

「ごめんなさい。配慮が足りなかった。」

「いえ、気にしないでください。私自身はあんまり自覚は無かったので。なんていうか、目を離した隙に状況が一変したっていうか…。」

…色々あったんだろう。詮索するのも失礼だ。そもそも開示できない情報だってあるはず。

「それに、こうして秘密道具みたいな機械がもらえるようになるのも、お姉さんに会えたのもそのおかげですし、悪くはなかったのかな、って思うんです。こんな小さい機械で遠くの人とお話できるなんて…すごいなぁ…。」

まるで、昔の青春映画のような言い回しに背中がむず痒くなる。あまりにもキレイな水場には魚は生息できないと聞くが、まさに彼女は純水なのだ。
キレイすぎる。汚れを知らない。今の荒れ狂う情報社会の濁流の中で、ここまで純粋を保てていること事態が奇跡のようなものだろう。
そんな彼女にいらないことを教えて汚してみたくなる研究員の気持ちも少しはわかるかもしれない。
しかし、私はそれを許容できない。1人の"正義"を汚したことのある私は、それを見過ごせなかった。

「さっきの講習でも言ってたけどさ、気を付けた方が良いよ? 今の時代はフェイクニュースとか、至るところに嘘が溢れてるんだからさ。そこらへんは自衛しなきゃ。」

「それ、私は違うと思うんです。」

「…何が?」

「今の時代は嘘が溢れてるんじゃなくて、いろんな人の声が大きくなった気がするんです。」

「声が大きくなった?」

「昔から嘘をつく人はいました。人を騙す人、人を傷付ける人。いろんな人がいても、その人を知る手段はテレビとか新聞くらいで。嘘をつくならもっと小規模だったんです。」

まるで、見てきたかのような言い方だった。

「それが今は…その、SNS、でしたっけ? 全然つぶやきじゃないじゃないですか。全世界に聞こえるくらいの大声じゃないですか。ちょっとした気持ちでついた嘘が色んな人の耳に入るようになって、それだけ嘘がバレやすくなっただけなんです。」

以前はそういったアプリも利用していたが、そこまで考えて使ってはいなかった。暇潰し、便利なツール以上を求めてもいなかった。

「それは同時に嘘に騙された人の声も大きくなるってことで、自分がされたことを大声で話すから皆が皆を信用できなくなって、自衛するしか無くなっちゃったんだと思います。」

その言い方は私の心の傷を抉る。

「それじゃあ、やられた側は泣き寝入りしろってこと?」

被害者は被害者のまま、加害者にやられれば良いとでも言いたいのか? 町中を歩く加害者を見付けてもただ指を咥えて見ていろとでも言うのか? 私の心の中で怒りが炎のようにうねりを上げる。

「頼ればいいんだと思います。」

「…は?」

「誰か、信頼できる人に頼ればいいんだと思います。1人でできることなんてたかが知れていますし。」

「でも、警察なんて不祥事だらけで信用できないし…。」

「警察もみんながみんな不祥事をしてるわけでもないですし、これもみんなが悪いことしか大声で話さないから、自分の周りにも悪い警察しかいないと思い込んでるんですよ。中には、親身になって味方になってくれる人がいたはずです。」

なぜだろう。

「本当の自衛って皆を疑うことじゃなくて、心の底から信頼できる人を見付ける事なんだと思います。誰だって1人で何でもできるわけじゃないですし、困った時にこそ大声で助けを求めればいいんですよ。」

なぜ、この子は見て来たかのように話せるのだろう。
私が本当にするべきだったことを、私の後悔を。純粋の水面は鏡のように私を映し出している。
"彼"とは違う。清濁を飲み込んで、それでも純水であり続ける彼女は、"彼"に似ていて、根本的に違っている。

「なので、助けてください。」

彼女は私に考えを纏めることを許さず、さらりと突拍子もないことを口に出す。

「え、何を?」

「自衛で思い出したんですけど、さっき講習でネット閲覧のフィルターって言ってたのがわからなくって。どうやるんです?」

そう言って彼女は自分のガラケーを差し出してくる。

「…貸して。」

あの時、誰かに助けを求めれば、未来は変わっていたのだろうか?
彼女のようになれれば、"彼"は死ななかったのだろうか?
ただ、そんなもしもの話に意味はない。

「やっぱり、未来の道具なんですね。スマホってやつの操作が難しそうだからこっちにしたんですけど、それでも難しいです。これならポケベルにしとけばよかった。」

「ポケベルって今も使えるのか…あれ、反応しない?」

「え、本当ですか?」

「ほら。」

「…あの、これボタンだから。」

「え…あ、押し込まないとダメなの? タッチパネルの感覚じゃダメなんだ…。」

「サゲシュンってやつですね。」

今は今でしかない。過去を変えてはこの答えに辿り着けないのだから。


財団所有のレンタル会議室を出て私たちは建物の外へと向かう。

「浅草かぁ…じゃあ、雷門? スカイツリー?」

「どっちも! すっごく楽しみ!」

聞けば、彼女は講習と社会復帰プログラムの最終テストのために他県からわざわざ上京してきていたらしい。まあ、テストといっても切符を買ったり店での買い物だったりと簡単なものらしく、付き添いの研究員との観光に近いのだそうだ。

「デートってやつです。他の皆より早めにプログラムが終わったんで、そのごほうびなんです。それで問題がなければ…私、高校生になるんですよ。」

彼女は明るく笑う。

「それで、休みの日は研究を手伝って、それから…。」

彼女は未来を信じているのだろう。その純粋な心で、曇りもなく、輝かしい未来を。それを言葉にするならば…

「夢、か…。」

案外、耳聡いのかもしれない。彼女は立ち止まり私の顔を覗き込む。

「お姉さんには夢はないんですか?」

「…どうなんだろう。」

以前はあった。間違いなくあった。しかし、その夢は儚く砕け散り、後に残ったのは私という夢の残骸だけだ。

「…もし、困ったら大声出してくださいね。私も困ったら大声で呼びますから。」

「…なんで私をそこまで信頼できるの?」

人に頼れなかった私が問う。

「…お姉さん、私が後で困らないように助けてくれましたから。」

そう言って彼女は鞄からチラリとピンクのヒョウの顔を覗かせる。

「え、それだけ?」

彼女はニカリと明るく笑ってまた歩き出す。

「お姉さん、雰囲気が私の知り合いに似てるんで。疲れてるのに誰かのために頑張っちゃう…ヒーローみたいな。」

そんなはずはない。私はただの…正義の味方のなり損ないだ。
そう、反射的に口に出かかった時だった。

「あ、佐々木くん!」

彼女は駆け出し、施設の玄関口に立っていた人物に抱き付いた。
年齢的には彼女の父親だろうか。だが、それなら呼び方が名字なのはおかしな話だ。まさか、今流行りのパパ活と呼ばれるものではなかろうか?

「それじゃあね、お姉さん! また後でメールするね!」

私が止める間もなく、彼女は男性と腕を組み歩き出す。男性の方が焦って私に会釈をした様子から考えるに、そういったいかがわしい関係ではなさそうだった。
まあ、危うさもある彼女だが、芯はしっかりとしているのだから心配は必要ないかもしれない。そもそも、この施設に入っている時点で男性も財団関係者なのだから下手なことはしないだろう。
私は自動販売機で飲み物でも買ってから帰ろうと踵を返す。

「…佐々木くん?」

聞き覚えがあった。よくある名字ではあるが、つい最近に見かけた気がする。それも、似たようなシチュエーションで。待ち合わせた男女の…

「…あ。」

思い出した。三村博士から財団エージェントとして活動するにあたり、セキュリティクリアランスが無い報告書をいくつか読ませてもらったことがある。
その中の時間経過が遅くなった中学校の報告書に、佐々木という人物の名前があったことを思い出す。あれは確か…

「…SCP-2040-JP。」

彼女はその関係者だ。それならば、彼女の古めかしい言動も、知識のギャップも、職員のイタズラの意味も、全てが繋がる。
そして、あの佐々木という男性が玄関口で待っていた理由も。彼女を置いて、老いていくことが怖かった。だから、同じ施設内で待っていたのか。
再び玄関に目を向ける。開いた扉の先には切り取られた絵画のように2人並んで歩く姿があった。
ああ…それは、それはなんて…

羨ましい

あの2人には無限の可能性がある。その中には共に歩む未来もあるだろう。私と"彼"には歩めない、そんな未来が。

妬ましい

黒い感情が溢れ出すのを、私は左腕の傷をさすり振り払う。
違う。
その感情は私のものではない。それは、その感情はあの日に死んだ"連続殺人犯冴島 亮子"の感情だ。
違う。
私はエージェント杉村。正義は心の中にある。
心を落ち着かせ、呼吸を整える。私にとって2人は木漏れ日のように眩しすぎた。
今度こそ施設の奥に戻ろうとすると、聞きなれない電子音が耳に入ってくる。それは私が支給されたガラケーがメールの受信を告げる音であり、サブウィンドウには先ほど別れた彼女の名前が表示されていた。別れたばかりだというのに、ずいぶんと早くガラケーの操作に慣れたようだ。実際、彼女の知識の吸収力は素晴らしかった。もしかしたら、すでに私よりもガラケーの扱いは上手いのかもしれない。
昭和に生まれた中学生と、平成に生まれた高校生が、令和の時代に出会い一世代前のガラケーに四苦八苦しながら談笑する。
きっと財団という組織では、こんな不思議なことにこれからも巻き込まれていくのだろう。
…なんだ。夢は失くしたけど、未来ならあるんだ。
何が起こるかわからない。そんな未来に想いを馳せながら届いたメールに目を通す。

「…大きな声は出したつもりはなかったんだけどなぁ。」

カチカチとボタンを押す音を楽しみながら、私は一つの言葉を打ち込む。
令和を生きる過去を捨てた私が、昭和生まれの年下の未来を夢見る友人に送る最初の言葉。
送信ボタンは少し固いが、気持ちは確かに届いてくれただろうか。本来は出会うはずはなかった友人へ、エージェント杉村になって最初の友人へ。
どうか、彼女の道が明るいものであることを願って。

『ようこそ未来へ』


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