Tale案:素晴らしいものに魅せられて

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路地裏に隠れた小さな酒場の中、仄暗い明かりに照らされた俺はいつものように相棒の隣の席に座った。帽子を目深に被った相棒はこちらに目を向けることすらなく話しかける。
「遅かったじゃないか、え?」
「たかだか1分の遅れだ、許せよ」
ふん、と不機嫌そうに息を吐く相棒を尻目に俺は酒場の店主に酒を頼む。一分ほどの沈黙の後、注文通りの酒が出てきた。俺は一気に飲み干してさっさと本題に切り込むことにした。
「でだ。俺を呼び出したってことは仕事だろう、さっさと内容を話したらどうなんだ」
「話だけは早くて助かるね、全く……ほらよ」
「…これは?」
嫌味ったらしく差し出された封筒を受け取る。いつもは仕事の依頼のためにわざわざ紙なんて使わないというのに、急にどうしたのだろうか。
「今回の依頼人はどうも陰気な輩のようでね。その封筒の中身が俺に送られてきたんだよ……全く、困ったものだ」
「……なぜそんなものを受けようと?」
「簡単さ。中身を見てみな」
促されるままに中身を見ると、そこには金額の記入されていない小切手が入っていた。
「なるほど、な……」
呆れながら相棒を見れば、実にいい笑顔をしていた。金に汚いこいつの事だ、前金からかなりの金額をふんだくるつもりだろう。思わず半笑いになっている俺を見て受けると確信したのであろう相棒の様子を見て俺はため息をつくと、封筒を片手に店から出た。

ポーランド共和国、マウォポルスカ県。未だにあの事件の傷痕の残るそこに俺は居た。当然ながらあの依頼主不明の依頼のためだ。俺は酒場を出た後、依頼内容を確認した。あまり詳しくは書かれていなかったが、その内容は明らかに身の危険を伴うものだった。なにせかの"財団"の懐に忍び込むのだ。ここ最近の情勢の影響で人材不足との噂こそあるが……いずれにせよ"財団"の警備は想像以上のものだろう。そう俺は考えていたのだが。
「……やけにあっさり忍び込めたな」
『人材不足って噂、ほんとらしいな。まぁこんなところに忍び込む奴なんていねえって思ってたのかもだけどよ』
通信機から聞こえる意見に少し世界の今後が心配になりつつも、依頼を早く達成するべく薄暗い森の中を駆け抜ける。所々に破壊の痕の見える森の中は不気味なほどに静かだった。森を抜けて目的地についた俺は思わず通信機の向こうの相棒に尋ねてしまった。
「おい……ここで合ってるんだよな?目的地」
『ああ、その筈だが……どうかしたか?』
「いや……穴の底が見えねえんだが……」
『だからなんだってんだ?まさかとは思うが怖気付きでもしたか?』
実際のところこの場所に来るのはかなり恐ろしかったのだが、まさかとだけ返して穴にかけられた電圧ネットをナイフで裂いてロープを垂らす。もちろん、既に電源を切っておいたため危険はない。しかし不安なのはロープの方だ。目的のブツは恐らく底にあるであろうことを考えると足りるか否かがわからないのだから。とはいっても悩んでいれば"財団"の連中が異常に気付いて駆けつけてくるだろう。そうなってしまえば一巻の終わりだ。そうなる前に、と俺は不気味な穴の中へと降りて行った。

穴の中は暗く、曲がっているわけでも無いのにある程度降りると日光が遮られ、全くの暗闇となっていた。唯一の救いは通信が繋がる事だろうか。相棒が軽口を叩いてくれるお陰で苛立ちこそするが大分気が楽になっているように思える。この仕事が終わったらマルゲリータでも奢ってやろう、なんて考えていたその時だった。
『──それでよ、そのと……!』
言葉を不自然に中断した相棒にどうした、と尋ねると、
『ちょいとばかしトラブルだ!お前は気にせず依頼に集中しな!』
慌てたようにそう言われたため渋々詮索をやめたが、すぐに後悔することになった。数分の後、通信機の奥から聞こえてきたのは聞き慣れた相棒の声ではなく、打撃音だった。硬いもので肉を叩くような音が一回、二回。少し間を開けて、もう一回。それきり音は何もしなくなった。
「おい!大丈夫か!?おい!?」
あまりの事に状況も忘れて声を張り上げる。その声に反応したのか、ごく小さな声が通信機から聞こえてきた。あまりの小ささに上手く聞き取れないそれを注意深く聞いていると、少しずつ声は大きくなっている事が分かった。しかしそれは相棒の声では無かった。もっと言えば、なにかの声ですら無かった。しかし聞き覚えのあるものだった。忘れたい、忘れようもないあの曲。
「華麗なる……大円舞曲……?」
そう曲名を呟いた途端、途方もない悪寒が身を襲った。得体の知れない恐怖に駆られ、俺はロープを掴み、登ろうとした。しかしそれは天井に頭をぶつけるだけの結果に終わった。無いはずの天井に、だ。予想外の痛みに思わず声が漏れ、手からロープがすり抜ける。重力に従って落ちていく俺の耳に忌々しい音色が響き続けていた。

数十秒ほどかけて俺は何か柔らかい、小さなものの山の中に落ちた。痛みに呻きながら山から抜け出すと微かにめり、と何かが割れるような音がした。未だにピアノの音色ばかり聞こえてくる通信機を投げ捨て、闇の中に目を凝らす。当然ながら何も見えなかったので手に持ったライトをつける。無事に一筋の光が伸びたことに安堵しつつ照らされた地面に目を向ける。煉瓦色の地面はその光を受けて鈍く輝いており、どこか不気味だった。見た目からして、素材は土か何かだろうか?そんな風に考えつつ地面に触れる。
「これは……?」
地面に裂け目ができていた。それも一つではなく、無数にだ。決して広くはない裂け目だったがただ避けているわけでもなく、内部に小さくはあるが空間が広がっているようだった。不思議なものもあるものだ、と思いつつ立ち上がる。他には落ちてきた山以外何も無いのだろうか。ここで餓死なんてのは避けたいな、などと我ながら呑気なことを考えながらライトを操り、周囲の様子を探る。上、ただの暗闇。前、地面だけ。右、前に同じく。左、人の顔。…………人の顔?
「えっ!?」
半ば諦めていたが為に一度無視してしまったが間違い無く人の顔だ。どこかで見覚えがあるがそんなことはどうでもいい、人が居た事実が重要なのだから。ライトに照らされて浮かび上がる生気のない顔に若干の不安感を覚えつつ、駆け寄る。
一歩近づく。息をしていないことがわかった。
更に一歩近づく。顔は少なくとも人のそれでは無いことがわかった。
更に一歩近づき、足を止める。青ざめていく顔と同じように恐怖からくる興奮がひいていく。冷静になった俺は思い出した。闇の中に浮かび上がったその顔は──────フレデリック・ショパンのものだ。
「う……うわああああッ!」
驚きと恐怖のあまり俺は尻餅をつき、ライトが手から零れ落ちる。手には柔らかい感触。最初に落ちた山のものらしい。理性がけたたましく警告音をあげるのも無視して俺は震える手でライトを拾い、脈打つそれに向ける。照らされたそれはちょうどセミの幼虫のような体にショパンの頭部を無理やりつけたような、姿だった。この場所から生まれ、ポーランドを滅ぼしかけたあの悪魔の存在が頭をよぎる。だから来たく無かったんだ、という遅すぎる文句と恐怖とに思考をかき乱される俺の耳に音が聞こえた。めり、と何かを割るような音だ。数刻前まで地面から鳴っているものだろうとそう考えていた。しかしどうやら違うようでその音は背後の山から、そして掌の中から聞こえていた。めりめり、と再び鳴るその音と共に掌の中の感触が少しずつ大きくなっていることに気づいた俺はどうしようもなく嫌な予感がし、それを抑え込もうとした。抑え込んだところでどうにかなるものには思えなかったが、中から出てくるものを見たくなかった。それが出てきたら終わりだ、と勘が告げていた。
「嫌だ……出てくるなッ!出てこないでくれよォ!!」
懇願にも近い叫びも虚しくそれは割れ、中から翅が、その胴が、そして顔が姿を現す。見るもおぞましいそれは何か一言うめくと翅を広げた。諦めからか、俺は糸が切れたように四肢を力なく投げ出して微かに笑う。少しずつ食われていく俺の耳にあの音色が再び響き始める。あぁ、よく聞けばなんて綺麗な音楽なんだろう。なんでこれを恐れていたんだろう。幸福感が頭を満たし、それもまた彼らに食い破られていく。かすれていく視界の中で最後に見た無数の異形の翅がライトの光を浴びて輝く光景はひどく冒涜的で、美しかった。


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