Tale案:ショパシフィック・リム

1998.7.12。ポーランドにとっての悪夢とも言えるインシデントが発生した。ショパニズムの流れをくむ宗教団体、"聖ショパン再臨のための音術師協会"の行った儀式により、巨大な神格実体、そしてその眷属と思しきセミのような姿をした実体群が出現したのだ。事態の収束のため動く財団とGOC。そしてここにも実体を目標に据え、戦闘を開始せんとする組織が一つ────


土埃の奥から"華麗なる大円舞曲"と共に羽音が聞こえてくる。土埃に映る小さな影は千、二千、そして万をも超えなお現れ続ける。影はやがてそのおぞましい実体を表し、歌いながら町を、人を、飲み込んでいく。そして土埃が晴れると共に一際大きな影が現れ────

「もういい、あのクソったれのサメの鼻面なんざ見たくもない」
そう言って部下に映像を消させたのはSPCのトップの一人たる殴5-1だ。殴5は今緊急の会議を開いていた。内容はもちろん、ポーランドはマウォポルスカに出現した巨大神格鮫科実体のことだ。明らかにセミの姿をしていたが、彼らにとってはサメらしい。彼らも馬鹿ではない。それらに人の身で立ち向かうのは自殺行為であると理解しているが故の会議だ。
「それで?具体的にどう殴るんだ?Excaliberを使っても殴り切れるサイズには思えないが」
そう言い出したのは殴5-3だ。サメを目の前にしながら殴れない現状に苛立っているのだろうか。筋肉を震えさせて熱を放出し椅子を焦がしてしまっている。
「そんなもの決まっているだろう。対超巨大鮫科生物用決戦兵器を使う時が来たんだよ」
対超巨大鮫科生物用決戦兵器(Super giant weapon for Punching gigantic selachii Creature)────略してS.P.C。その名の示すように巨大なサメ、特に生身のままでは危険の伴うサメを相手とする際に用いられる兵器だ。
「バカな!S.P.Cは調整中だろう!」
S.P.Cはパイロットへの負荷が大きく、未だにそれに耐えられた人員がいないため、調整中であった。そんなものを使う、と言えば当然反対意見も増加するものである。そうなれば議論も白熱する。議論が白熱するということは即ち、殴り合いで雌雄を決するということである。会議用の机は木っ端になった。
賛成派代表の殴5-1と反対派代表の殴5-7による殴り合いの結果、殴5-1のK.O勝ちとなった。つまりS.P.Cの使用が決定されたわけである。そうなれば誰が乗るか?という話になる訳だが、この我の強く、己の肉体に絶対の自信を持った評議会が譲る筈もない。かくして会議室は崩壊し、遅刻してきた殴5-13が残っていた殴5-1と殴5-6をK.O。S.P.Cに乗る権利を得たのであった。



ここはセンター328、数少ない殴5評議会直轄センターの一つである。ポーランド南部というお世辞にも重要とは言えない場所にあるセンターがなぜ直轄管理を受けているのか……その答えは地下にあった。
「地下百階……か。随分と深くまで掘ったものだ」
S.P.Cに搭乗するべくこの地を訪れた殴5-13も未だに見えないその全貌に冷や汗を隠せずにいた。己が何かしらの理由をつけて会議をすっぽかしてただただひたすらに筋肉をいじめている間にこれほどまでに巨大な施設を作り上げていたという事実、それがどんな敵をも恐れぬ殴5-13の筋肉を震え上がらせた。もはや殴5評議会に己はいなくとも成り立つのだ、というまるで子鳥の巣立ちを見る親鳥のような感慨とともに。もっとも、殴5-13が今までに会議に出席したことなど数えるほどしかないのだが。
「ははは、なにせこれほど巨大なものを隠すんだからね。それには鮫の少ないこの地下はもってこいだったのさ。そら、今見せてやる」
そういうと殴5-13を案内してきた男、殴5-6は壁に向かって正拳突きを放った。それはさながら無重力空間に射出された一本の矢の如く鋭く、速く、ただただ真っすぐに突き進んでいった。この場がコンテスト会場であれば満点を叩き出すであろう綺麗さといかなるものをも砕かんばかりの破壊力をもって突き出された拳は壁に触れるとそこで止まった。はて、いくら怪我をしているとはいえ、己の知る殴5-6の拳はこの程度の壁も砕けぬほど脆弱であっただろうか、などと殴5-13が記憶をたどっているとそれは起きた。壁に亀裂が走り、その亀裂を境目として離れるようにして開いたのだ。その先には小綺麗な通路が広がり、その周囲は底の見えないほどの大穴となっていた。正直巨大兵器と聞いて興奮していた殴5-13は鋼鉄の床に足跡がつくほどの速さをもってして通路へと飛び出すと、摩擦で床を溶かしながらそれを見た。
横長く広がり、黄金色に輝くモノアイ。無骨なデザインの巨体は鋼に覆われ、鈍く光を反射している。そして何より────胸に刻み込まれたサメ殴りセンターの象徴。殴5-13の心を震わせるには十分すぎるほど、それは"スーパー・ロボット"であった。
「驚いたろう?我々の科学と闘魂の結晶……"S.P.C"だ。」
殴5-13に少し遅れて入ってきた殴5-6は得意げに語ると、鋼の頭部へと伸びているタラップを指差してニヤリと笑った。
「あそこからコクピットに乗り込める…殴られるサメを拝める特等席だ。さぁ、サメどもの生意気なクソ面を歪めてやろうぜ」
その言葉に殴5-13は静かに頷くと、殴5-6とともに出撃の準備を開始した。



ここはSCP財団=世界オカルト連合間合同巨大神格実体対策本部。突如としてポーランドに出現したUE-1076群へと対抗すべく設立された場所であり、人類の守りの要だ。その場所で戦線の指揮をとっているはずの男たちは皆一様に頭を抱えていた。
「……なんなんだ?アレは」
ずっと浮かんでいる疑問を口に出しても答える声はない。それもそのはず、答えを知る人間などこの場には居ないのだ。前線から伝えられた情報によれば、防衛ラインとUE-1076の間に金属製と思しき巨人──仮にUE-1077と称する──が降ってきたそうだ。降ってきたってなんだ、巨人ってどういうことだ。湧き出た疑問の声も、ドローンの映像でそのものを見ればすぐに潰えた。そうとしか言いようがないのだから。今も画面に映るUE-1077を睨みつけながら、男はため息をついた。UE-1077の着地の衝撃で総崩れになってしまったがために、軍こそ一時撤退させたがそれが正しい判断だったのかはわからない。だがもはやこうなっては──忌々しいことだが──神にでも祈る他ないだろう。もちろんUE-1076以外の神に、だが。



──今日はまず間違いなく人生で一番の厄日、いやイカれた日だ。ポーランドの雑誌記者、ミコワイは考える。今日の昼頃、雲に覆い隠された空が黒一色に染まった。そこから何もかもが壊れた。いや、俺の知る常識が、ということだが。財団物好きどもGOCクソ組織、そして世の理から逸脱した存在。そいつらだけでも頭の中は十二分にぐちゃぐちゃだってのに、極め付けは"スーパー・ロボット"だ。一体いつの間にポーランドは映画のロケ地になったんだ、なんて笑えもしない疑問が頭に浮かんでは消えていく。
「なぁ、今降ってきたロボットっぽい奴もあんたらのとこのか?」
「…………少なくとも私は知りませんね」
「……そうか」
質問に答えたこの男、ヴォジニャクは財団の人間だ。付き合いは短いが、この男が知らないなら恐らくあれは今まで見て来たどこのものでも無いのだろう。それは似たような組織が他にもあるという証明に他ならない。ミコワイは頭痛に顔を歪めつつ、歴戦の格闘家の如きオーラを纏った黒金の背中をフィルムに焼き付けた。



センター328から一飛びで戦場へと辿り着いた殴5-13は曇天の下の平原に立ち、黒い大群を見つめていた。彼我の距離はおよそ10km程だろうか。間合いを詰めて殴りたいところだが、いかんせん数が多すぎる。
「少し散らすか……」
殴5-13はコクピットからS.P.Cの全身に闘魂チャクラを張り巡らせた。するとどうだろう、S.P.Cの装甲の上に白い道着のようなものが現れたではないか。Godhand Bibleに記されし攻防一体の秘技、"魔離孔海哮まりあなかいこう"だ。S.PCはその力を確かめるかのように手を握った後、体を大きく伸ばした。それとほぼ同時にS.P.Cの体は小刻みに震え始めた。震えは段々と速く、大きくなりまるで地震のようになっていく。そして震えが最高潮に至ったその瞬間、殴5-13はその奥義の名を叫んだ。
「"空鳴烈風衝からなりれっぷうしょう"ォッ!」
空鳴烈風衝。Godhand Bibleに記されし奥義が一つ、海鳴潮騒衝うみなりしおさいしょうを発展させ、地上での使用を可能とした新たなる奥義だ。それにより発生したレゾナンスウェーブと向かいくる黒い大波とが交錯した次の瞬間、ちょうど浜辺の波の如く小型のサメどもが次々と墜落していった。墜落するサメの奥に一際大きな影を見た殴5-13は不敵な笑みを浮かべると、翡翠色の輝きを放つその影の元へと駆け出した。一歩にして風を超え、二歩にして音を置き去りにしたS.P.Cは周囲に絶大な破壊を振りまきながら突き進む。大きな影から放たれた翡翠の閃光を余裕を持って躱したS.P.Cは再び輝きだした影に肉薄し、拳を構えた。その勢いのまま、黒鉄の体の全てを使って影に殴りかかる。影を庇うかのように立ちはだかる小サメどもをこともなげに粉砕した拳はその力を余すところなく影に解き放った。影はその威力に耐えきれず、吹き飛んでいく──────などということはなく。そのサメは顔を多少歪ませながらも、らんらんと輝くその両目にS.P.Cの姿を捉えていた。殴5-13が仰天し回避の行動に移るその刹那、翡翠の極光が曇天のポーランドを覆い隠した。



『聞いているのかい?殴5-13?』
声が、聞こえる。殴5-6の声だ。
『あの……なんだったか……そう、奇跡サメだ。』
割れるような痛みの中、頭を必死に動かして内容を理解する。
『S.P.Cの装甲は硬いが────ああいう手合いの攻撃への対策は不十分でね。注意しておいた方がいい。』
既知の話だ、黙っておけ。そう言おうとした瞬間、視界が開けた。どうやら一瞬気絶していたらしい。けたたましい警報音が響き渡るコクピットは赤に染められ、モニターには右半身が骨組みを残して溶解した旨が記されていた。
『派手にしてやられたな、パイロット殿よ?』
通信機から聞こてくる殴5-6の声は一瞬の夢のそれと変わりない調子で、今の己にはどうにも腹立たしく思えた。何か喚いていたが無視して通信機を切り、レバーを握る。左半身は動く。右半身も動かせないことはない。ならばまだ殴れるであろう。レバーを握り、闘魂を流し込む。握ったまま溶解した右手を開いたS.P.Cが立ち上がると共に、先ほどよりいっそううねりと数を増したサメどもを見据えて殴5-13は呟く。
「半身を奪った事が……そんなに嬉しいか……?」
聞こえる筈も無い声量で殴5-13は尋ね、凶悪な笑みを浮かべて吠える。
「最早戦えぬ、などと思っているのであれば笑止!半身を失って漸く対等、いやそれにも及ばぬわ!その事を────思い知らせてくれる!」
そう叫ぶと同時にS.P.Cは駆け出した。目に見えて落ちた速度、そして軋む右脚に小さく舌打ちをする殴5-13の眼前の波が緑に光った。あの閃光だ。
「そう幾度も通用すると思うなァ!」
そう吠えた殴5-13は大きく体を捻り、すんでのところで閃光を躱した。ぐらつく体に好機と見たか纏わりつく小サメどもをなぎ払い、思い切り踏み込んだ左脚で一息にデカブツに肉薄する。
「これで──」
そう叫びながらデカブツの開いた口を掴み、軋む腕で振り回す。凄まじい速度の回転が風を生み、やがてそれは竜巻へと育ち、周囲にたむろしていた小サメどもをチリのように散らした。これであとはこのデカブツだけだ。
「──終わりだァァッ!」
大きく開いた口に収束するような音と共に輝きを増す緑に臆すことなくデカブツを天高く放り投げる。放たれた閃光を数歩前へと進むことで避け、深く一呼吸挟み振り向くと、静かに技の名を口に出す。
「"奥義"」
最初の竜巻で小鮫という援護を失い、羽の無いが故に飛ぶこともできず、あの閃光を溜める時間もない。己が何もできない事を悟ったのだろうか、忌々しいサメはこの世のものとは思えぬ金切り声を上げた。
「"海嘯孔穿かいしょうこうせん"」
その名の通り津波に孔を穿つほどの威力を持ち合わせたその拳は鮫の腹へと突き刺さり、曲がる機構など持ち合わせて居ないであろうその体をくの字に歪ませた。めりめり、という音と共に拳はサメにめり込み、その体に無数のヒビをいれた。サメは緑の輝きをヒビから放ちながら天高くへと吹き飛び、爆散。忌々しきサメと共に暗雲は散り散りに消し飛んだ。今日のポーランドは快晴だ。




あの大騒動──財団に言わせれば"イベント・ペルセポネ"──から1週間が経過した。ポーランドの雑誌記者、ミコワイは怒涛と言う他ないこの1週間を振り返っていた。セミ野郎が倒された後、財団とGOCは異常な存在、そしてそれに関わる組織の存在を世界へと公表した。そこから世界は急速に変化を────とげなかった。そこにあったのはいつもとは概ね変わらない、ただの日常だった。恐らくは財団やGOCの戦いがそこにあるのだろう。友人ヴォジニャクの顔が思い浮かぶ。雑誌社への根回しを行ってくれた彼にも礼を言わなくては、とミコワイが考えたところで新聞記事が目に入った。『訴えられた"英雄"』と題されたそれによればサメ殴りセンターは動物愛護団体に訴えられたらしい。ミコワイは苦笑を浮かべつつ新聞記事を置き、彼の戦場に向き合った。ポーランドは今日も快晴だ。


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  1. portal:4122551 ( 01 Jun 2018 08:54 )
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