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前文


財団が幸福に侵食されつつもO5-3が行った最初の対応は、幸福を享受することのなかった存在を特定することでした。

まず、各職員の精神状態を把握するために財団職員全体に対し、アンケートを行いました。結果、純粋な人類以外の職員の精神状態が、純粋な人類に比して有意に悪いことが観測されました。これを根拠に、O5-3は純粋な人類以外の存在は幸福に侵されることなく依然として通常の精神であると仮説を立てました。

次にO5-3が行った対策は、幸福に侵されることがなかった職員の昇格です。該当者はその能力を区別せず、みな重要な役職へ配置換えが行われました。ただし、著しく能力が欠如していると判定された職員は数時間でその能力を習得しました。彼らをサイト管理者やそれに並ぶレベルの重要職にふさわしい存在へ変化させるために、財団は技術力を惜しみなくつぎ込みました。使用が禁止された機械が平然と用いられ、倫理的な理由で差し止められていた技術はその効力を遺憾なく発揮しました。

現在の財団は残酷さの上に成り立っています。私たちはO5-3によって何が行われたかを知る必要があります。


事例


職員の幸福さと仕事の効率の相関を調べるために、財団は精神状態把握のためのアンケートを頻繁に実行するようにななりました。その結果、幸福さがある点を上回ると唐突に効率が減少することを発見しました。同時に、ごく一部の職員の精神状態が急速に悪化する現象を観測しました。その時点まで人は全て幸福であると考えられていたため、この値ははじめは外れ値として集計から自動的に排除されていました。その外れ値の存在に財団が気が付くのは第2回のアンケートを実施した後でした。

財団はまずその職員とのカウンセリングを実行し、インタビューを行いました。

インタビューより一部抜粋

(中略)
なんかさ、突然異常性持ち職員が昇格したじゃないか。その時点でなんかおかしいと思ってはいたんだ。だってさ、財団は正常性保護団体だぜ。正常性保護団体のトップが異常な奴らなんてどうなってんだって。上層部がおかしくなったのかと思った。この異動の意味は全然伝えられねぇんだもん。不満っちゃ不満だし、何より不信感が強かった。でもさ、その不信感を他人と共有しようとしても「どうでもいいことだろ?」って帰ってくるんだ。どんだけ無関心なんだよってその時は笑い飛ばしたけど、そいつキョトンとしやがったんだ。

でさ、それ以降も一緒に仕事するわけじゃないか。仕事してると愚痴の一つや二つ、漏らしたくもなるわけよ。精神を擦り減らすような実験しかないわけだから。でもな、他の奴ら愚痴に一切乗ってこないんだ。「大変だな」って他人事よ。同じ作業やってるのにだぜ?実験の時に文句を漏らすなって意味かもしれないと思った。だが、単純作業でも奴ら変わらなかった。段ボールをひたすら搬入し続ける作業。そんなのを1時間も2時間もやってたら嫌になるだろ?だから「疲れたな」って休憩室で誰に言うでもなく言ってみたんだよ。そしたらさ、「お疲れ」って言い放ってきたんだ。嫌味ったらしいなって思ってたけど、多分そういうことじゃなかったんだろうな。なんか居心地悪くて。んで、唯一まともに返してくれたのがあの人じゃない管理官なんだよ。ああ、サイト総出の仕事だったからな。なんかさ、あいつと同じ感性なんだって思うと、俺って人じゃないのかなって。

ほら、昨日カウンセリングもあったじゃんか。そん時はあのアンケートって意味あったんだなってびっくりしたわ。だってさ、いくら辛いって書いても何もしてくんないんだから。だが、いざカウンセリングとなると正直に書いてたことを少し後悔してたんだ。めんどっちいし。あと、カウンセラーがなんか青いちっちゃいよくわからない奴だったし。本当にあれ生物か?でもな、そいつとカウンセリングしていくうちにさ、安心出来ちゃったんだよな。やっぱり、俺ってもう人じゃないのかって。

(以下省略)

財団はこの例を踏まえ、当該職員に対しカウンセリング技能を習得させた上で、すべての「外れ値」であった職員に対するカウンセリングを開始しました。しかし、この例を除き、財団内に通常の情動を保つ人類は存在していませんでした。

まず、通常の人類との差異を比較するため、多種多様の非侵襲的検査を実行しました。しかし、特段の差異は発見されませんでした。次に、全ての嗜好、生活習慣、思想を検査しました。しかし、これにも特段の異常は見られませんでした。次に、O5-3は侵襲的検査の実行を指示しました。麻酔がかけられたうえですべての臓器は厳密な観察と検査が行われました。この検査の実行時点で既に当該職員は非常に衰弱していました。最終的に、当該職員は衰弱死します。享年28歳でした。その後、同サイトから幸せの影響から脱した人間が発見されました。これは当該職員が死亡した時点で最も近い位置にいた人間でした。継承イベントの発見です。

O5-3は継承イベントの検証を指示しました。その後、幸福の影響を受けない人類が死亡した際、最も近い人間にその効果が移転することが確認されました。この検証のため、3人もの人間が恐怖に怯えながら死んでいきました。それぞれ享年57歳,33歳,19歳でした。

O5-3はこの情報を得た時点で関連者に対し、記憶処理を実行し、全ての記録を抹消しました。


お願い


あなたがもし、今幸せでないなら絶対に財団に接触しないでください。彼らは幸せになってしまった12人の統治者を幸福から救い上げようとしています。あなたは人間です。他の誰でもない、あなたという人間です。神から預けられたその不幸を噛み締めて生きてください。財団の連中にその不幸を明け渡してはならないのです。


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