
「お、いたいた真北ちゃん」
「……ども」
サイト-81██、共用スペース。業務の隙の息抜きにと自販機で買った炭酸飲料を片手に休憩用の椅子に座っていた真北研究員は、サイト-81██名物のエージェント──人事部に所属し、人員調達と斡旋を請け負う調達屋──『変人フリーク』の亦好久が呼ぶ声に、呆けていた顔の眉根を寄せて応じた。
「何の用ですか?」
「用が無かったら話しかけちゃ駄目かい?」
「そういうのはいいんすよ……探してたんじゃないんすか、僕のこと」
「そうそう、仕事の話でね」
真北の隣に腰掛けながら、そしらぬような素振りで亦好が切り出す。
意図して作ってみせていたしかめ面が、今度は無意識のうちにより険しくなっていた。この人の持ってくる話はあまり二つ返事で受けない方がいい──というのは研究室の先輩の教えであり、また彼の経験則でもある。
「そういうのはボスに話通してくれますか」
「ああ、それはさっき話してきたところ」
「あんたはさぁ……」
妙に手が早いのは何なんだよ、と独りごちる。この変人フリークはこれだから面倒だ。いや、絡まれると素直に面倒くさいのも七割ほどあるが。
「まあまあ。どうせ最近は忙しくもないでしょ?」
「確かにそうですけど……」
薄ら笑いを浮かべながら、変人フリークは朗々とそう言ってのけた。
事実真北の所属する研究室は現在大きな仕事を抱えているわけではない──少し前に大きめの仕事を終えたばかりだ──わけで、マンパワーには幾分か余裕がある。真北に至っては若手であり要職についているわけでもなく、まあ、確かに忙しくはないのだが。
はぁ、とため息を一つ吐いて、しょうがないか、と思う。上司にまで話が行っているなら素直に受けた方が話が早いだろう。
「わかりましたよ……それ、どういう案件ですか」
「真北ちゃん、今田って人覚えてる?」
「いまだ……知ってるような、知らないような」
亦好に出し抜けに問われ、真北は慌てて記憶を攫う。口ぶりからするにどこかで会っているはずだ。畜生、僕は人の名前を覚えるの苦手なんだって──と逡巡し、一つの心当たりに行き着く。
「──祭りん時の」
「お、良かった。ちゃんと会ってたんだね」
「あれやっぱあんたの差し金かよ」
それなら確かに忘れられるはずもなく、記憶に残っている。何せ強烈なお祭り騒ぎだった──真北自身も、かなり大変な目に遭った。
その祭りの夜に短い時間ではあるが言葉を交わした、真北がかつて世話になった先輩の知り合いだという、マントの男。
そうか、あの人は今田さんといったっけ。今更ながらに思い出した。
「あの人のいるところからの依頼だぜ。セクター-8105っていうんだけど……保安設備の点検と、装置開発のアドバイザー。認識災害の専門家が要るってさ」
「それで僕かよ……いやまあ確かに僕は手空いてるしツテもあるんだけどさ……」
「というわけで軽く出張を頼むよ。明日の業務が終わり次第向こうに行って、一晩明かしてからまる一日お仕事だ」
「はぁ……わかりましたよ。今田さんにもよろしく言っといてください。『片道切符がお茶をいただきに参ります』と」
「委細承知。それじゃまあ、そういうことで」
「はいはい」
変人フリークはそう言って立ち去り、片道切符はボトルの中身を飲みほした。
後日。
「ん。ここらで流石に大丈夫でしょ、真北ちゃんでも」
「ああ、はい、ありがとうございます」
「いやいや、いいって」
『近くまで行く用があるから送るよ』と、セクターが位置する山の麓まで亦好の運転で運ばれていた。
山道の入り口でブレーキをかけ、車が止まる。
「8105の人たちと合言葉パス決めてあるから、気を付けて」
「いやそういうことは早く言えよ」
シートベルトを外して立ち上がろうとする真北に、亦好がそう告げた。
何でそういう大事なことを先に言わないんだこの人はマジか信じらんねぇという動揺が滲んでか、つい口が悪くなる。
「言っても忘れるかなって──なんか意味わからない質問には『変人フリークの紹介だ』って答えとけば大丈夫だから。逆にそれ以外で答えると下手な場合は取り押さえられるから注意ね」
「……わかりました」
この人は本当に──と思いながら、今度こそ立ち上がって、ドアを開けた。
夜闇に閉ざされた街路に降り立つ。あの夏から数ヵ月経ち、もはや夜ともなればすっかり冷え込んだ空気が立ち込める。少し寒いな、と真北は思った。
上着の襟を直しながら、トランクから荷物を取り出す。
「それじゃあ」──と出立を伝えるべく運転席へ近づくと窓が開いて、亦好がいつもの呑気な面で真北に告げた。
「ああそうだ、真北ちゃん」
「何すか」
「今田ちゃんは博士号持ってないからね」
「……はあ、そうすか」
急に何だと思ったが、そういえば納涼祭で会った時は彼のことを博士と呼んでいたような気がする。誤解していたってことか──と考える真北を、「じゃ、そういうことで。ガンバ!」とエールを残して亦好の車が置き去りにした。
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しばらく山道を行き、暗がりから見つけ出したゲートをIDカードで通過してまた暫く歩くと、施設の入口だろうドアが見え、そして、亦好から聞かされていた"案内人"であろう男が誘導灯の微弱な光を受けて立っていた。
「すみません、寒い中お待たせしました。サイト-81██から派遣されてきました、真北です」
「──どうやってここに来た」
「は……?」
どうやら歓迎されされているわけではないらしい。剣呑な声音と刺すような視線が、真北向を出迎えた。
「答えろ。どうやって、ここまで入ってきた。答えないなら撃つ」
ドスの利いた声で、急かされる。
どういうことだ、先方から招かれたのではなかったか?と、真北の頭がクエスチョンマークを吐き出しかけたが──
「えっと……変人フリークの紹介で」
こうだっけ、と先ほど言い渡された文言を必死に思い浮かべて、口にした。
「ふ、はは」
刺々しい雰囲気から一転、男は人懐っこそうな笑い声を上げ、目を細めて真北に向き直った。
「いやいや、失礼。決まりごとなんでご勘弁を。そのナリと変人フリークあの人からそれを聞いてるってことは確かに真北くんっすね。──俺はセクター-8105の道明寺。案内役ってことで、お出迎えに来ました」
「ああ……パスってそういうことなんですね」
そういうことか、と納得する。面倒な決まりもあったものだ──が、見た目にはトンチキでも財団施設の決まりだ。何か背景わけがあるのだろうとは、無神経な真北にも察せられた。
「では改めて──セクター-8105へようこそ。方向音痴の『片道切符』と聞いてるが、大丈夫だったか?」
「大丈夫でしたよ。 方位磁針これがあるのと、窓明かりが見えたので」
目張りされているのか、あるいは磨りガラスかは遠目にはわからないが、茫洋とした、しかし確かな灯りが、ゲートをくぐってからこっち、真北向の道行きを照らし導いていた。近づいてわかったが、この施設から漏れる窓明かりだったのだろう。目印にして正解だった、と思う。あの灯台がなければ妙なスポットに迷い込んで警備関係者の手を煩わせる羽目になっていたかもしれないという危惧は、彼の経験上そう突飛なものではない。
「そうっすか。……ちなみにその明かりの主は『常夜灯の主』と呼ばれてる。昼夜逆転なんだ、その人。今田博士ハカセってんだけど、後で会いに行くといい」
「僕の『片道切符』も大概ですけど随分なあだ名ですね……昼夜逆転なだけで……」
あれ? 今田って……いや、あの人は博士ではないのだっけ? それに、そんな大仰なあだ名の似合う人間では、なかったような気もする。
耳に飛び込んできた心当たりのある名前に、頭の中で亦好から聞かされたことや、あの祭騒ぎの喧騒を眺めながら話した男の姿を思い巡らしてみるが──
「じゃ、行きますか。はぐれるなよ?」
「え、あ、はい」
先導する道明寺の警告によって、思考は打ち切られた。
ゲストルームに通されてから関係者への挨拶を兼ねて食事をとり、荷物の整理と上司への連絡を済ませた真北は、何をするでもなくベッドの上で暇を持て余していた。
「変人フリークめ……何が『移動中に寝ときなよ』だ……眠れねぇじゃねえか……」
山の中だからか、あるいは施設全体が広域に渡るからだろうか、それともエージェントたちが夜勤を主とするからだろうか、セクター-8105の夜は静かだ。
携帯の画面を睨み、十分と経たずに23時を回ることを知らせる時計を捉えた真北は、静けさに耐えきれなくなったかのように起き上がり、鞄の上に放っておいた上着を手にとった。
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静かな施設内に、一歩一歩を刻む足音が小さく、しかし確かに響く。
ゲストルームをあとにした真北は、南棟を目指して歩いていた。
自分の足音を聞くのは嫌いではない。だから、間違えて足を踏み入れた北棟から南棟へ向かうのだって、特に大した面倒ではなかった。
「昼夜逆転ってんなら、この時間も起きてるだろ」
暗がりの中『南棟』と告げる表示を、目を凝らして確認した。
爪先が向くは最上階。
非常階段を登って、先客の存在を知らせる光が漏れる扉を叩く。
「『常夜灯の主に会いに行け』と言われたんですが……休憩室ってここであってます?」
ここを目指した理由はただ一つ──常夜灯の主に、会いに来た。
「あってますよ。ここのこと誰に聞きました?」
「……変人フリークの紹介で」
「なるほど。寒いでしょう、どうぞ中へ」
促す言葉とともに、中から扉が開かれた。
「お世話になります、今田博士。サイト-81██から来ました、ま──」
「僕は修士ですよ、真北さん」
「……今田さん?」
「はい。お久しぶりです」
は?と言わんばかりに目を丸くする真北に、今田研究員が「お元気でしたか?」と問いかける。
あの祭りから数ヶ月。『変人フリーク』亦好久の奸計によって、片道切符と常夜灯の主はいま再び相会うた。
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「約束のお茶を淹れましょう。コーヒー……は眠れなくなるのでやめましょうか。お茶の好みとかありますか?」
「特に無いっすね。緑茶と紅茶なら……いや、別にそれもどっちでもいいな……」
「ではハーブティーにしましょうか。せっかく外から来たお客さんにただの紅茶じゃつまりませんしね」
室内のソファに座る真北に今田が給湯器周りに置かれたものを何やらいじりながらそう問いかけた。手慣れているな、とその所作を眺めながら真北はぼんやり思う。
「それは紅茶と何が違うんですか?」
「いろいろと違いますよ。例えばハーブの香りに安らぎを感じるって人は多いですね」
「へぇ……お茶なんて全部同じ嗜好品だと思ってましたよ」
受け答えしているうちに、室内に湯気とともにハーブの芳香が立ち込めた。
祭りの夜の別れ際にかけられた『お茶か何か、お出ししますよ』との誘い文句は、社交辞令でもなんでもなくこの人の習慣の一つだったのかもしれないなと得心する。
「初めてが僕なんかの淹れたもので申し訳ありませんが、まあどうぞ。茶葉自体はそこそこいいものなはずですから」
「はは、気にしないでください。違いがわかるほど上等な舌では多分ないので」
コト、とローテーブルにカップが置かれる。
確かにどこか落ち着く匂いのする液体から昇る湯気の向こうにもう一つカップが置かれて、今田が腰掛けた。
「今田さん、修士だったんですね。誤解してました。初対面のときはすみません」
「まあ、あえて訂正しなかったのはこちらですから。その辺りは置いておきましょう」
「でも──確認しときたいんですが、あなたが『常夜灯の主』で『今田博士』なんですよね」
「前者は置いておくとして──後者はここの連中が使うジョークですよ」
「なるほど……」
使う、か。……その辺の話は、つっつくべきではないのだと思った。きっともう終わった話なのだろうから。
静かにお茶を啜り、息をつく。なんとなく落ち着くのは、ハーブの効用だけではないだろう。お茶の類には疎いとはいえ、真北とて人の心の専門家だ。それくらいの判別はできる。
「常夜灯の主……灯台守、寝ずの番人、ナイトウォッチ……いや、やっぱり『主』というのが適切かな……」
「どうしました?」
「いえ……あなたを主と呼ぶわけが、少しわかったような気がするだけです」
「なるほど。つくづく物事の理解が早い人ですね」
「? そうですか? ここにいるあなたを『常夜灯の主』と呼ぶのは、きっと自然なことですよ。というか、あなた自身自任してる節はありませんか? 僕にはそう見えますけど」
「あれです、ある意味、アイドルと近しいような」と、カップに息を吹きかけながら、そう付け加えた。
"違うのは常夜灯の主が沸かすのはフロアではなくお湯だって話すかね"というのは、野暮な冗句だろうか──と思いながら、中身を啜る。
「ははは……真北さん、アイドル好きですよね」
「そうですね……NBAとNMBの区別がつくくらいには」
「それは誰でもわかると思いますよ?」
「でもアスリートだってある意味、アイドルみたいなもんじゃないですか?」
「ああ、そうかもしれませんね」
「あなた達も、そんな感じがします。ここの人達には、求められて輝く何かが……」
「ふふ……あなたも、ある意味そうではないですか? 『片道切符』を売り込むエージェントもいるようですが」
「あれは何か……何なんでしょうね。僕は別に、そういうつもりは無いんですけど」
あはは、と今田が緩やかに笑って、カップを傾けた。
夜は、更けていく。
「これで終わりですかね?」
「そうなりますね。お疲れさまです真北さん。助かりました」
「いえ、こちらこそお世話になりました、宮原さん」
「またの機会がありましたらどうか。あるいは、今度は『片道切符』の実例でも拝ませて貰う機会があれば嬉しいですね」
「僕は見世物ではないんですが……」
翌日、夕刻。
任された仕事を終えて装置開発課のオフィスから退く真北と、8105装置開発課の研究員、宮原が言葉を交わす。
「地味に楽しみだったんですよ、『片道切符』を見るの」
「楽しみにされても何も出ませんよ?」
「今回は迎えが来てるんでしょう? なら"『片道切符』の帰り道"問題は解消されたけど、安心すればいいのか残念がればいいのかちょっとわかりませんね」
「なんすかその問題」
え、ていうか迎え来てるの?と遅れて驚く。そもそもそのあたりも初耳だった。
このセクターの情報伝達体系は1日過ごしても不明なところが多いというのが真北の最終的な結論だった。
今田に関しては、置いておくにしても──
「『片道切符が訪れる』と聞いてうちの人間は結構心配したんですよ。あの灯台守はまあ大丈夫だろうとか何とか言ってましたけど……このセクター、構造が複雑でしょう? 無事に帰れるかどうか、ね」
「それは余計なお世話……ではないですね、一回南棟に行こうとして北棟に行きました」
「……そんなレベルで迷うようにはできてませんよ、この建物」
「えっ」
「あと、ゲストルーム行くなら逆よ」
「…………」
真北は、少しだけバツが悪そうな顔をした。
・
・
・
そして。
荷物をまとめて、セクター-8105を後にする。
道明寺に出口まで送られ、駐車場まで降りた──
「……なんで貴方がここにいるんですか」
「真北くんを迎えに来たんだよ。聞いてなかった?」
駐車場に降りた彼を迎えたのは大学時代の先輩にして現在の同僚、小熊月子だった。
これから乗り込む車内にある種の天敵の姿を認めた真北は、眉根を寄せてみせる。
「……まあ、いいですけど」
「それじゃ出るよ。シートベルト締めた?」
「もちろん」
「オーケー。あ、口閉じといてね。ここ揺れるから」
「はい」
荷物を後部座席に、真北自身は助手席に乗り込んで、二人の同窓生を乗せた車が走り出した。
脱出ゲートを目指す車のヘッドライトと逆の方向を、振り返る。
セクター-8105南棟、最上階。日が沈んだ真闇の空に、閉鎖された窓から変わらず明かりが漏れていた。
ガタン、と大きく揺れたのを感じて、ゲートを超えたのだなと悟る。
「『常夜灯の主』だっけ?」
「……何がですか?」
灯台を眺める後輩を見てか、そう尋ねた小熊の横顔を窓を鏡代わりにして見つつ、はぐらかすように答える。
「今田博士、だっけ?」
「修士ですよ、あの人」
「会ったんだね」
「……会いました」
ハンドルを握る先輩の口角が少し上がったのを認識して、目線を逸らす。まばらな街灯が、寂しげな蛍光灯の明かりを夜道に投げかけていた。
「何話したの?」
「夏に行った祭りとか、あの辺のことをちらほらと」
「へー、そっか、長野のあれ居たんだっけ、今田さん」
「はい……ていうか、先輩は知ってるんですね、あの人のこと」
「まあ、そりゃあねえ。同窓の先輩でしょ? 亦好さんから聞いたよ」
「なるほど……」
山道を抜け、市街地へ出た。視界に続く道には、二人の他に人気はない。
ただ、夜闇とまばらな光だけが存在していた。
「先輩」
「なに?」
「今度、同窓会しましょう」
「え」
1分に満たないくらいの沈黙のあと、真北が口を開いてそう言った。
ハンドルが一度、少し左へずれ、窓枠に頬杖をついていた真北が窓に軽く頭をぶつけた。
「いてっ──そんなに驚かなくても。僕何かやっちゃいましたか?」
「いや……ごめん、真北くんがそういう事言うとは思わなくて」
「そりゃ僕だって言いますよ、それくらい、たまには」
懲りていないのか、もう一度窓の外に目をやって、流れていく街灯と、空の暗黒に目を凝らす。
「真北くんて昔のこととか省みないタイプかと思った」
「そんなこと──ないですよ」
思い出す。セクター-8105の面々でも、あの納涼祭のことでもなく、昔のこと──でもなく。
靴紐を自分で結べるようになったのはいつのことだろうか。サッカーをやっていたから、その時どこかで誰かに習ったのだろう。小さな自分の手が、小さな靴の紐を締める光景を覚えている。
一人で立てるようになったのは、歩けるようになったのは、走れるようになったのは、自転車に乗れるようになったのは、いつのことだろう。でも、その景色を知っている。
そういう類の、いつどこで見たのかも知らないような、そんな記憶の風景を、思い出す。
ちょうど目の前に広がるような暗闇を、ただどこまでも歩いていく。そういう景色を思い出すことは、別にそう珍しいことでもない。
暗がりを、歩いている。月明かりか、あるいは街灯か、窓明かりか、そういうものだけが、ぼんやりと足元を照らしていて。そして、夜空の極点だけを見据えて歩き続ける。
何度も思い出した景色に、今は、一人、蛾のようだと、いつかそう思った人間が付き添っていた。
──「真北さん。ユーリが、『自慢の後輩だ』って、言ってましたよ」。
休憩室で交わした、というよりかけられた、最後の言葉。
ユーリ。おそらく、今田の知人でもあろう、真北が世話になった──お礼状を出すときに調べたところフルネームで『白滝裕里』というらしいが、これは偽名だろうという確信があった。──先輩を指すその名を呼ぶ彼の声がまるで彼の背負う灯のようでしっくり来るなと思ったのと対照に──白滝祐里。その名を調べた際に覗いた人事ファイルの示唆する人物像は、あの夜並んで歩いた人と重ならないように思えたのは、過去の事実の話。
「同窓会、したいです」
「そう……まあ、そこまで言うなら、私も吝かじゃないけどさ」
それでも、確かにあの夜、何かに触れた気がしたのだ。──自分が何に触れたのか、今となっては確かめる機会ももうないけれど。
いつだったか。真北が正式に財団の人員名簿に登録された後、あの案内人の死亡が通達されていたことを、亦好から聞いた。
「まあ確かに、何かを共有できるっていうのは大事だよね。──特に真北くん、きみや、私のような人間は」
「一緒にしないでくださいよ。僕は、別に理解者なんて必要としません」
いつも周りの人間からはぐれて歩いていたと思うし、これからだってそうだと思う。理解されようと思ったことはない。彼自身が北を指す針を辿るだけなのだから──いつでも、どこまでも。
だけど。歩いて歩いて歩き続けた後に、振り返って初めて、足跡が交わっていたことを知ることだって、あるのだ。
「それでも、先輩。目に留まった虫の名前が気になることくらいありますよね……いや、何言ってんだろうな、僕」
軽くため息を吐いて、「すみません、無視していいです」と、横目で運転席を流し見ながら謝る。
「ま、共通の知り合いの話なんていい話の種じゃん。それとも真北くん、その場にいない人の話するの嫌ってタイプ?」
「……僕にだって、触れていいものとそうじゃないものの違いくらい分かりますよ──AKBと乃木坂の区別はつきませんけどね」
後輩の流し目を視線と微笑で受け止めて返す小熊の言葉に、自嘲的な笑みを浮かべながら目を逸らして真北は答えた。
「真北くん、アイドル好きだよね」
「妹が好きなんですよ」
「妹さんいたんだ……って、これは昔も聞いた気がするな」
真北の眼球が窓の外の夜景を追う。流れていく夜闇と街の明かりの中に、一瞬、舞う翅の影が見えた気がした。
「やぁやぁ、真北ちゃんの件はご苦労様」
それは、かつてのある日のこと。
変人フリークと星のまよいごが、そんな風に言葉を交わした日もあった。
「お世話様です。彼はその後順調ですか?」
"死神"然とした事務的なセリフで応じる。
文句の一つくらいは言うべきだろうと考えていたが、流石に『余計なことしやがって貴様何を考えてやがる』とまではいかず、出てきたのは迂遠なセリフだった。
どうせこの変人フリークはある程度までなら汲み取らなくてもいいような意志を汲み取るし、そもそも嫌味が通じない。
「ああ。何せ私のお気に入りだからね。──いい仕事したろ? 私」
案の定、変人フリークは悪びれもしないような声音でそうセリフを述べてみせる。
「……それは、まぁ」
そのことを責めるセリフも、文句も、返ってこなかった。
どこか優し気な、何か遠くを見るような目を、それはどこかへ向けていた。
「それは、何より」
それを見て、赤眼鏡の死神は微笑んだ。
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アクションSFオカルト/都市伝説感動系ギャグ/コミカルシリアスシュールダーク人間ドラマ/恋愛ホラー/サスペンスメタフィクション歴史任意
任意A任意B任意C- portal:3839905 (02 Jun 2018 18:03)
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