相貌失認の死神

サイト-81██、礼拝堂。
荘厳ながらも利用者を迎え入れる温かい雰囲気を演出するよう設計されたその施設はしかし、平時のそれと打って変わって悲痛な雰囲気に包まれていた。

「あかがね、じおん」

来訪者用の椅子に座る真北研究員は、遺影の下にあかがね 慈恩じおんと刻まれた、その遺影の主を表す名を誰にも聞こえないような小声で読み上げた。文字として認識すると、ああ、確かに馴染みのある名だと実感が湧いてくる。

研究室に配属されて以降こなしてきた十数件の収容作業のうち半分ほどは彼と一緒に仕事をしたことになるのだろうか。いわゆる馴染みのエージェントという立ち位置にあったエージェント、銅慈恩。報告書で見慣れたその名が見慣れぬ書式の届け書きに記されて、その死を研究室に報せたのが昨日の夕方に当たる。

「……波戸崎君は」
「はい?」
「波戸崎君は、僕を君のお葬式に呼ぶことがないよう、頑張ってね」



    • _

    死亡通知


      職員の死亡について通知いたします。



       氏名: 波戸崎 壕

       SLC: 2

       職位: 動物飼育調教部門 研究員

       所在: サイト-81██



      昨日、上記職員の死亡が確認されました。
      関係者には本通知を以て当該職員の職務引き継ぎを命ずるものとします。
      サイト-81██礼拝堂にて告別の場を設けますので、就労意欲の調整にご利用ください。


    サイト-81██ 管理部門  



    「真北君。僕は、どっちだと思う?」
    「……どうしてそんなことを聞くんです?」
    「僕は、わからない。世界がこんなことになって、僕は……」
    「落ち着いてください。他人にわかるように説明する余裕を持ってください。心理的視野狭窄は、良くない傾向ですよ」
    「そうだね……カウンセラー・真北君」

    そこで会話を区切り、言われた通り落ち着いたと示すかのように一度目を閉じ息を吐いて、星原は続けた。

    「僕は……わからないんだよ、自分がどっちなのか」

    突如発生した人類全体の精神構造の変容。異常現象オブジェクトとしての細かい性質や発生原因、抑止や復元の方法はまだ明らかになっているとは言いがたいけれど、端的に言えば、『地球から不幸が消え去った』と形容するのがふさわしいだろう──ほぼ、という注釈付きで。

    人類を保護する役目が消えるわけではないし、世界から闇が消えたわけでも勿論ない。あるいは、幸福の総量が増大した今となってはかつてよりそれを守る必要性は高いと唱える者もいる。従って、財団は存続している。
    財団は、残った『正常な』人々により運営されている。体裁上は。F331事象と呼ばれたその異常現象の浸食に合わせて人員が失われたりもしたが──「現状既に満ち足りている人間が戦うモチベーションを維持できるか」という問いについては三者三様に答えがあるだろうけれど、「否」とする者も相当数いるだろう。そして彼らが相対する世界の闇は腑抜けた精神で立ち向かう人間を生かして返すほどやさしいものではない。つまりは、そういうことだ──それなりの時間が経過して、適者生存、あるいは洗練の結果か、一説には異常者は終了処置されたなんて噂まであるが、とりあえず死なないような、財団の仕事に差し支えないような人間たちが、残った。

    それを指して、星柄のネクタイを巻いた死神は自らが正常こうふく異常ふこうか──そのどちらなのかわからないと、そう漏らした。

    「一週間前かな。波戸崎君が死んだって……そう聞いた」
    「らしいですね」
    実感がわかなかったんだよ、しばらく。ハトザキゴウという人間の存在の意味が、僕の中で……何というか、非常に希薄だった。僕はね、真北くん……そのことに気づいて、愕然としたよ」

    ゆっくり、訥々と星原が話すのを相槌を打ちながら、聞いていた。


    「問題ないですよ、あの人は。ちゃんと不幸だ」

    「誰かを不幸にしないと、誰かの不幸を食い物にしないと、仕事一つ満足にできない人間が、幸福であるものか」

    「そういう在り方を、僕は憎んだはずなんだけど……絆されたかな」
    それとも、僕は案外こんな状況で幸せなのかもな──と、小さく呟いた。


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