業務記録: SCP-2108-JP
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夕刻、非常勤のカウンセラーとして潜入している学校を去る。
今までは周辺事情の調査を目的としていたが、本命──いま収容に取り組んでいる異常現象の中心と目された少女、八野宮本人へのインタビューを、先ほど終えた。
若手とは言えそれなりに仕事をこなしてきた身として、初期調査はこれで終わりだろうという予感がしていた。必要な情報は、おそらく全て引き出したはずだ。
仕事はした。任された仕事は、終わらせた。肝心の記録は、リアルタイムで既に送信されている。あとは人材派遣の担当者がよろしくやってくれるはずだ。週に1回とはいえど2ヶ月近く通い続けた施設とはこれでおさらばになるだろう。

「クソ……」

しかし、依然として真北向の気は晴れない。何一つとしてやり遂げた気がしない。さらに言えば、2ヶ月近く通ったくせに復路で道に迷う羽目になっていた。

「だから嫌だっつったのに、潜入任務……」

つい口をついた悪態を聞く者はいない。手元の方位磁針を見つめる目が険しいのは、暗がりを歩いているせいだけではなかった。


「おかえり真北ちゃん、遅かったね」

真北研究員がサイト-81██に帰還したのは結局、ほとんどの職員が自らのねぐらに引き上げる時間になってからだった。

「……迷ってましてね」
「だろうね」

彼を出迎えた付き合いの長い斡旋屋エージェント──変人フリークの亦好久に、「あんたなんでここにいんだよ」という声音を隠さず短い言葉で応えた。

「ともあれご苦労様。どうせご飯食べに来たんだろ?」
「……まぁ」

どこ吹く風なエージェントに呆れつつ、夜はこの人が食堂にいるのを忘れていた──食事してから寝ようと考えたのが運の尽きだったと内省する。

「良かったねぇ真北ちゃん、帰投遅くなるって申請出しといてあげたぜ。遅番用のメニューならまだ出来立てが食べられるよ」
「あんたホント余計な気回すの得意ですよね……別にいいのに」

出来立てとかどうとかに関心ねぇんだけどなぁ……食堂の人ごめんなさいと思いつつ適当に目についたメニューを注文して、晩酌や夜食を調達しに来たか、あるいは真北研究員と同じように帰りが遅かったかこれから出動するか、そういった職員たちがまばらに座る中の一角の席に着く。

「まぁまぁ、これは私なりの労いだよ。潜入任務お疲れさまってわけ。仕事は終わりだってさ。来週からは行かなくていいって」
「そうすか……」

エージェントがテーブルの向かいに座ったのを見ながら一口目を押し込み、咀嚼したものをある程度片付けて、口を開いた。

「次からは他の人に振ってくださいね、あの手の仕事。僕はもう嫌です」
「ふぅん。好評だったんだけどね、カウンセラー・真北。次からも頼もうと思ってたのに」
「それこそ専門家に振ってくださいって……僕は認知心理の側の人間なんですよ」

しかし、事実、心理学者としての知見を有しているという以上に、真北研究員のカウンセリングは潜入先でも財団内部でも好評だった。
認知的共感──対話相手の心情洞察に秀でているとした財団の適性テストは、伊達ではない。

「こぐちゃんに会う前は臨床を目指してたって聞いたけど?」
「……猶更。それを知っててどうして僕に振った?」
きみが適任だと思ったんだよ。真北ちゃん。きみもわかってくれると思ったんだけどな」
「僕が? ──どこが。臨床やめたのだって、そっちじゃないって言われたからなのに。小熊先輩の慧眼は、あんただって知ってるでしょ」
だからだよ。だからきみが適任なんだ。真北ちゃん」
「は?」

『変人フリーク』亦好久の目が赤縁の眼鏡の奥で真剣みを帯びる。身を乗り出して手を組んだエージェントから逃れるように、研究員は目を逸らした。

「質問しよう。真北ちゃん。きみの目に八野宮はどう写った?」
「どう、とは」
「きみ風に小難しく言い換えてみよう。そうだな……」
「……」

真北向の持つ悪癖を揶揄しつつ考える素振りを見せ、亦好久は向かいに座る青年を見据えた。真北向もまた、その目線を怪訝な目で受け止める。

「今回の件に関して、私は思うわけだよ。『きみにとって、八野宮だけが人間だったんじゃないのかな?』って」
「……んなこと、あるわけ。僕は心理学者だ──人間を相手にする以上、僕の目は平等に……」
「平等に、なに?」
「平等に……」

言葉に詰まり目を泳がせる真北研究員を、エージェント・亦好は微笑ましげに見つめる。

「そういうところだよ。そういうところが、今回必要だと私は踏んだのさ。こぐちゃんや君が持つ、尊厳を解体する目が必要だと、私は読んだんだけどね。当たってたかどうかは、きみ自身よくわかってるだろ?」
「……僕とあの人は違うでしょ」
「いいや。きみも、こぐちゃんも、そしてあの子も──同じ目をしていると思うよ。私から見ればね」
「だったら、あの人に振ればよかったじゃないですか。何も僕じゃなくたって……つうかそもそも1回断わってんすよ、僕は」
「いやぁ。だって真北ちゃん、どうせ後で報告書なり読んで引きずるでしょ、これ」
「んなことねぇよ」

ヘラヘラと知った口を利くものだからつい悪態を吐いたが、彼自身、断言できる自信はなかった──目は、逸らされたままである。

「ほんと?」
「僕は心理学者だし、財団職員だ──ただの資料サンプルに、入れ込んだりなんかしない。あんたならわかるだろ。あの子と同じ目をしてるというなら、僕がどれほど冷めてる人間なのか」
「ちなみだけど。こぐちゃんは自分で行くのも真北ちゃんに行かせるのもめちゃくちゃ渋ってたよ」
「……」

慧眼、と自分で評価した旧知の先輩を引き合いに出されて、顔をしかめる。

「つまり、そういうことじゃない?」
「……僕が? 違うね。違うよそれは。変人フリークの目もついに曇ったか?」
「違わないね。年の功をなめないでくれ給え。一応先輩だぜ、私──これでも、人を見る目には自信があるんだ。その仇名は伊達じゃあないんだよ」

目を逸らして、やや乱暴に二口目に手を付ける研究員に、エージェントは続けた。

「真北ちゃん。私なりの気遣いだぜ、あれは。あの子がこれからどうなるのか、大体もう察してるだろ? あの子を見捨てる人生と、せめて向き合う人生。果たしてどっちがいい?」
「…………。残り、あげます。ごちそうさまでした」

眼鏡の奥の視線から逃げるように、そう言いつつプレートを向かいに差し出して、2口だけ齧ったパンを口内に押し込みながら真北向は席を立った。

「えぇ……」

苦笑いしつつプレートに視線を落としたエージェントの目はしかし、去りゆく研究員の背中を捉え続けていた。


「真北くん、珍しいね」
「何がです?」
「食堂で会うの」
「あー……」

翌日。正午前のやや賑わい始めた食堂で、真北研究員は小熊博士と対面した。
珍しいと言えばそもそも、彼が先輩である彼女から逃げないこと自体が珍しくもある。
対面して話すのは、いつ以来になるだろうか。

「そんでそんなに食べるタイプだっけ、真北くん」
「昨日晩御ご食べそびれたでんすよ」
「食いだめは体に良くないよ」
「善処します」

学生時代の真北研究員はどちらかと言えば小食だったし、財団で再会してからも体格が変わったようには見えなかったが、その皿に盛られた食事は成人男子であることを加味しても多めなものだったが、ストレスで過食に走っているのではないかという小熊博士の医学者らしい心配は否定された。

「……っていうか、それ朝食?」
「関わってた仕事がひと段落したんで、今日は休みもらえたんすよ」
「生活習慣はちゃんとしなきゃダメだよ」
「……はい」

小言めいた世間話の合間に食を進めつつ、一瞬、沈黙が訪れたタイミングで、真北向が口を開いた。

「先輩」
「なに?」
「僕の目って、どう見えます?」
「……何の話?」

対面した先輩──小熊月子の目を、見据える。
二重の瞼、髪と同じ茶色の虹彩、そしてその中心の空洞──瞳孔に、視線を凝らす。

「僕には、先輩の目は普通の眼球に見えます」
「そりゃ、それだけ細部を見ればそう見えると思うよ。わたし健康なほうだし」
「僕らの目は空虚なものなんじゃないかなって、思ったんですけどね……」

小熊月子の眼球が返した視線が一瞬真北向の視線と重なって、直後、彼の視線が泳いだ。

「ふーん……」
「……なんすか」

しまった、と思った。余計なことをした。何かぼろを出したような不安感が、真北向の背を伝う。
元々人の目を見れない性分なうえに、真北向は昔から、この先輩と目を合わせることが苦手だった。口の中のものをうまく飲み込めない感触がして、お茶を仰いだ。

「きみの目が何であるかは置いておいて、露骨に目を逸らさないでくれるかな」
「……照れてるんですよ」
「言い訳が下手だね」
「撤回しますよ。僕は貴方の目が怖い」

ふーん──と意に介す様子もなく、小熊博士は対面した後輩の目を見据えて、問うた。

「じゃあ、八野宮ちゃん、だっけ。あの子は、どうだった?」
「……亦好さんが漏らしたりしました?」
「ううん、カマかけ」
「敵いませんね」

だから怖いんですよ、貴方の目──とこぼして、首を振る。

「無理して助けようとしなくていいんだからね? きみはカウンセラーでも何でもない、ただの財団職員なんだから」
「別に僕、人助けがしたいんじゃないですよ」

拗ねたような口調で、反射的に言い訳を口にした。

「わかってないですよ、貴方も、亦好さんも」
「そう? きみ、結構わかりやすいと思うよ。自分でどう思ってるかはわからないけど」
「……そういうことにしといてあげます」

目を伏せてため息を吐いた真北研究員に、小熊博士が「それで」と続ける。

「きみは、どう思う?」
「何を」
「あの子はこれからどうなると思う? 考えてみてよ」
「知りませんよ、そんなの。適当に記憶処理して元通りが相場じゃないですか? うちで引き取るほどじゃないと思いますよ。監視はつくかもしれませんけど」
「それで?」
「そのまま、普通の一般人としてつまらない人生送って死ぬんじゃないですか? 見たところ、まぁ普通の枠に収まる子でしたし」

皿の中身を無造作に口の中に放り込みながら、研究員は所感を告げる。
人を見る目にさしたる自負があるわけではないが、実際に話した結果、その少女にさして取り上げる必要もないサンプルに分類される人々との大した違いは感じられていない。

「へえ。それで、そのことをきみはどう思う?」
「別に、いいんじゃないですか? 相応の生き方ってものがあるでしょ、人間には」
「つまり今回の件は過ぎたことだってこと?」
「……そりゃそうでしょうよ。僕らみたいな凡人には凡人相応の生き方ってものがあるんですよ」
「──もしかして真北くん、妬いてる?」
「は?」

誰が、誰に? と訊こうとして言葉に詰まって、代わりの言葉が口を突いた。

「んなわきゃないでしょ。一回りは離れてるんですよ、あの子」
「じゃあ、あの子がもしもう一度あの現象を引き起こして──幸せになったとしたら?」

口の中に何も入ってなどいないのに、重々しい何かを呑み込む感覚がした。

「……、…………」
「……ごめん、いじわるだったね。真北くん、きみがあの女の子に対して背負わなきゃいけないことは、何もないよ。わたしが保証する」
「軽く言ってくれますね……わかってるんですよ、それくらい。僕が一番」

ただの15歳の少女などさしたる問題ではない。どこでどう生きてどう死のうがどうでもいい。真北向にとってそれは当たり前に確立された価値観だ。
どうだっていい。情動的共感の能力にウィークポイントを抱える彼が、その言葉に共感した少女であるということ以外は。

「ただ生きて死ぬだけだ──わかってますよ、それくらい。いつまでも夢を見せてやるほど、あの子に入れ込んでるわけでもない。元通り生きてもらうだけです」

何も問題はないでしょうと言い切るように言葉を切って、皿に残された品を口に詰め込み、お茶で流し込んだ。

「ごちそうさまでした──ではまた、そのうち」
「……うん。ゆっくりね」

トレイを食堂に返して、廊下に出た。
昼食を摂りに食堂へ向かう人々と逆方向に歩きながら、考える。

「僕ら、どうなればいいんだろうね……」

聞こえもしない、聞こえていてもきっとそのうち記憶から消えるであろう言葉を、一時対面しただけの少女に投げかけた。
もちろん、返答はない──自室を目指して、黙って歩き続ける。
足取りは胡乱。曲がる角を一つ間違えて、遠回りしながら居住スペースへ。

「──あんたが正しいよ、先輩……」

自室のドアを開け、ベッドに飛びこんでそう呟いて。
首に提げた方位磁針をノールックで投げ捨てて、真北向は布団にくるまった。

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