prescence メモ

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冬。開きかけのドアからGabeの様子を見に行く。彼女はもう冷たかった。

部屋の唯一の窓からは鈍色の日光が注がれていた。鈍色の道に沿って羽を生やした獣がGabeに向かって飛んでくる様を幻視する。それはGabeの柔らかさを留めた皮膚を食いちぎろうとして、口を開いた。歯列が差し込まれようとするその瞬間に、ドアは小さな音を立てて閉じた。

*

家人の誰も、閉ざされたドアを開くことができなかった。彼らはまず手でノブを回そうとして、それが無理と分かると、次にバールを用いてドアを壊そうとした。人と同じ程の頭の斧を振り下ろしてもびくともしないドアを目の当たりにして、彼らは何か超常の出来事が起こっていることを認識した。

日中にも関わらず窓はカーテンで塞がれていて、屋外から中の様子を伺うこともできない。大した見込みがある訳でもなく、彼らは窓を思いつく限りの方法でこじ開けようとして、失敗した。

消えた赤子。姿をくらましたその兄。至極当然の思考として、彼らは二人とも閉ざされた寝室の中にいるのだろうと推測した。しかしどちらの声も聞こえてこない。耳を聳てたとしてもだ。部屋は沈黙を保っているように見えた。

部屋の中を覗くこともできないまま、数日が過ぎた。市の警察に連絡はしたものの、手続きが増えるばかりで手掛かりは得られない。家人の一人が寝台の上で眠れぬ夜を過ごしていると、問題の寝室から物音が聞こえてきた。人の足音を思わせる音だった。しかし幻聴だったのかは本人も分かっていなかった。何せ予期せぬ悲劇で心身を痛めている時分のことである。縋るように、家人は開かずの扉に耳を押し当てた。家人は、部屋の中から物音がしていることを確信した。

物音が聞こえたのはその一度だけのことだった。その話を聞かされた皆が、それを真実とは捉えず、家人が悲劇によって心を壊してしまったのだろうと同情の念を寄せた。

*

二人の失踪から二週間、冬の寒さが谷に差し掛かる頃、寝室の扉は独りでに開いた。

朝に最初に目覚めた家人の一人は目の前の光景を信じることができないまま、おそるおそる寝室に近づいた。中は無人だった。二人の一方はおろか、過去に誰かが足を踏み入れたという痕跡すらなかった。備え付けられた家具は確かにそのままだったが、本来なら生活の中で蓄積される汚れや傷も無く、静かに置かれていた。

異常な静けさに支配された部屋だった。二人の失踪に関する手がかりは一切無かったが、超常が二人を奪い去ったのだという確信を強める光景だった。

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春はポルターガイストが騒ぎ立てる季節となった。部屋は今までの静寂を忘れたかのように、不穏な物音によって家人達の心を苛んだ。家のどこにいようと、人の足音が聞こえる時があった。本を読んでいると、自然光が瞬き始める時があった。食事をしていると、見知らぬ誰かの笑い声が遠巻きに聞こえてくる時があった。家具が振動し、移動することは日常茶飯事で、特に二階で顕著だった。ポルターガイストが最も騒ぎ立てるのは、例の寝室に人が入った時で、命の危険を感じる程の地震(質の悪いことに、あくまで局所的なものだ)に見舞われることもあった。

扉が開いてからしばらく、例の寝室の扉を閉めるのは家人にとって禁忌だった。しかし不穏な物音に耐えかねた家人らは、自然と、寝室を再び閉ざされたままにしておこうと志向するようになった。

ポルターガイストは騒ぎ続けた。失われた赤子を忘れるな、失われた青年を忘れるな、と語り掛けるかのように。

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夏。家人達は既に一人残らず家を去っていた。伽藍洞の不吉な空き家は取り壊されるあてもなくそこに立ち続けた。超常は姿を変えながらも、その場所に在り続けた。半信半疑で聞いていた疎遠な隣人らも巻き込んで、それは静かに拡大した。

近隣の誰かが窓越しに町の様子を眺めようとすると、赤子の声が聞こえることがあった。それは時に笑い声で、時に泣き声だった。家人の一人なら、それが失われた赤子のものだと同定できたかもしれないが、彼らはもうこの町にいなかった。

壁に落書きがなされることがあった。元々治安の良い一帯だったこともあり、白壁に塗りたくられた灰色の文字はよく目立った。「へらない」「たべないで」「いたい」「あか」。そんな悪筆な文字列が日々、何処からともなく現れ、勝手に消えていく。

カラスの群れは人の魂が宿ったかのように、例の空き家の周りをうろつくことがあった。時には屋根の上の小さな領域を旋回し、時には嘴で寝室の窓を突き、時には玄関口の前で横たわるようなことをした。ある日カラス達は庭に寄ってたかり、一心に石を拾い集めていた。群れが去った後、隣人の一人が不法進入を承知で庭の様子を見に行くと、ケアンと呼ぶべき小石の山が敷地の隅っこに出来上がっていた。

その町に降り注ぐ日光だけが、歪んだ極彩色を帯びる日があった。そんな日は、町人のみならず、諸々の野生動物も落ち着きを無くした。

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時が流れるも、超常は町に居座ったままだった。ポルターガイストや野生動物の奇行は、少なくとも町民にとっては、珍しくない現象になりつつあった。かの家の隣人らからすれば、否が応でも慣れてしまう程の頻度だ。当然町を逃れる者もいたが、直ちに商店街の人通りが失われる程の流出ではない。

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陰から様子を伺っていた財団も、逐一を記憶処理をしていても仕方ないことにとうに気付いていた。ネクサス指定も将来的にありえるかもしれない、と担当者は心の中で思った。

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オメガ-ゼロの隊員は、町の惨状を前にして途方に暮れた。辺鄙な田舎町に直接足を運ぶことを怠ったのは間違いだった。その隊員は、最早覆しようのない状況を嘆きながら、生者の為の落書きを町の各所に書き残していった。

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例年より肌寒い、晩秋。町は相変わらず超常に蝕まれていた。

動物の奇行は甚だしく、ネズミやら蛙やらの群れが食料品店に襲い掛かることが増えた。パンには目もくれず、彼らは牛乳を貪り飲んだ。

学校の子らは前触れ無く立ちあがり、空に向けて祈りを捧げた。祈りを終えた誰もがその時に何を考えていたのかを覚えていなかった。

家々では、親が在りもしない赤子の声を聞き、慌ててあやしに向かう。本物の赤子は忘れ去られた。気付けば、四人の命が揺り籠の中で冷たくなっていた。

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