記事カテゴリが未定義です。
ページコンソールよりカテゴリを選択してください。
けたたましい警報と強い衝撃が僕の意識を目覚めさせる。
緊急事態であろうことは直ぐにわかった。しかしそれは重要では無い。
衝撃の影響か収容室の壁は壊れ、穴が空いていた。そして、自身を捕らえているはずの拘束具は見当たらなかった。
つまり、今ならばここから逃げ出せるという事だ。もっと、人の為になれるという事だ。
この幸運に幸運に感謝した。一つ問題があるとすれば、衝撃の原因であろう異常実体が、明らかに僕の方に目を向けていると言うことだが。
半壊状態の建物内を駆ける。もちろん、大切なみんなが支えてくれているから、死ぬことが嫌なわけじゃない。むしろ、みんなのために死ぬ事が僕の義務だ、僕の喜びだ。けど、このままあの異常実体に捕まってしまったら、数回しか大切な人のために死ねない。僕はもっとたくさん死にたい。たくさんの人のために死にたい。
廊下をまっすぐ駆け、突き当たりを右に曲がる。階段を下り、食堂を抜け、二股に別れた廊下を左に曲がったしたところで、もう一方の道に一人の女性を見た。
"お前が守らないでどうする"
もう居ない、父からの声が聞こえた気がした。今の僕に必要なのはたくさんの大切な人を作ることだ。けれど、彼女を助けないという考えは不思議と浮かばなかった。
身を翻し、異常実体の方に体を向ける。異常実体はすでに、僕の方を向いてはいない。
異常実体がその歪な触腕を振りかぶる。
どうか間に合えと願いながら、僕は触腕の前へ飛び出した。
女が覚えているのは、ほんの一言耳にしただけの声と、その男が女の命を救ったということだけ。
女の初恋の相手は英雄だった。命を懸けて多くの人を救ってきた。多くの事の助けになった。彼女を命の危機から救ったのは、そんな男だった。
彼女は彼のことをずっと探し続けていた。彼女の書いた論文が財団職員の目に留まり、財団で働くようになってからも、彼女は自身を助けてくれた誰かのことを探し続けていた。
そうして、3年が経過する。
「担当者が変わったみたいだね」
彼女が収容対象の点滴を交換していた時に響いた声は、……彼の声だった。それはあまりにも予想外で、目を背けたくなるような忌むべき形での再開であったはずだ。
しかし彼女は、やっと彼に会えたと思った。彼のことをもっと知りたいと思った。もっと一緒にいたいと思った。
そして、彼の1番大切な人になりたかった。そうじゃないことが、許せないと感じた。
直接接する人型オブジェクトだ。彼女は報告書を、目に穴が空くほど読み込んでいる。だから、何をすればいいかはすぐに思いついた。
あまりにもバカげているのは分かっている。許されることでないのも分かってる。そもそも、1番になんてなりようがないこともわかっている。けれど……。
そんな思いで彼女は返答する。
「ええ、よろしくお願いします。私は、 」
女の前に躍り出た男の体は、当の彼女によって突き飛ばされた。
そして、触腕に体を貫かれた彼女と、男との間にガシャンとシャッターが降りる。
「どうして……」
「私は嬉しいんですよ!何度もあなたが私を助けようとしてくれて!1番沢山助けてもらえて!だから、私も1番助けたいんです!あなたの1番大切な人になるために、1番死ななきゃいけないんです!私は、 」
命を懸けて男を救った英雄は、ただの1度も弱音を吐くことがなかった。
- portal:3669025 ( 01 Jun 2018 11:48 )

コメント投稿フォームへ
批評コメントTopへ